読者の皆さんは「感性思考」という言葉にどのようなイメージを持つであろうか。一つの注目すべき動向だが、2015年頃から米国では、MBA(Master of Business Administration、経営学修士)だけではなく、MFA(Master of Fine Arts、美術学修士)の取得を目指すビジネスエリートが増えているという。

MBAからMFAへ

厳しいビジネス環境を乗り切り、成長を持続させるためには理系の発想(※1)だけでは不十分で、感性的な視点も加味して(つまり理系+芸術で)、経営判断なり戦略なりを立てなければならない、という考えがある。まさに“ビジネスにアートを”と称されるような状況だが、「感性思考デザイン」というのは、このビジネスにアート感覚を注入する活動である。

感覚と感性

「感性思考」をインターネットで検索すると、「感性的思考」「感性ポテンシャル思考」「感覚思考」など似た言葉がたくさん見つかる。“感性の力”を礼賛している点は同じなのだが、根底に「感性」と「感覚」の境界を曖昧にした解釈の混同がある。
 
「感覚」とは、皮膚感覚、視感覚などと言うように、直感にもとづくものであり“反射的な反応”である。心理学でいう「知覚」のことだ。
一方「感性」とは、記憶や知識や経験と相まって、“認知的に処理されて芽生える反応”である。前者は直感的であり、後者は思考的な傾向を持つ。よく「日本人の感覚では」と言うことがあるが、これは「日本人の感性では」が正しい表現だ。人間として感覚にそう違いがあるわけではない。

「感性」は高次の認知の仕方でもある。桜の花を美しいと感じる“感覚的な傾向”は日本人に限らず万人に共通のものだ。ところが、学校の新学期などと結びつけて魅入る(想いつつ見る)のは日本人だけであろう。

米国のエドワード・ホール(Edward Twitchell Hall, Jr.)氏は、「文化的依存度(※2)」について述べている。つまり、人が属する社会の文化的な背景が、思考や判断に大きく影響を与えるのだ。日本人が「Yes / No」をはっきり言わないというのは、そういう文化である、と言うしかない。

感性思考とは

感性的な思考とは、外部からの情報をきっかけとして、その当人の過去の記憶や知識や経験に照らしつつ解釈し、自分なりの想念(心の中に思い浮かべる考え)を発想することである。そこには次のようなプロセスがある。

感性的な思考のプロセス

  1. 外部からの情報(外部刺激) > 知覚する
  2. 過去の記憶や知識や経験に照らす> 連想する
  3. 総合的な解釈 > 想念が芽生える

感性思考は1→3のプロセスを経る。

“自分なりの”ということはつまり、個人の想いの下に発想することを意味する。つまり個人的なわけだが、それを前述の「桜の花と新学期」のように意味を重ね合わせて昇華させ、一般化することで多くの人が共感を抱くようなものにすることができる。これとて東北地方や北海道には当てはまらない感性であるが(東北地方や北海道では新学期シーズンに桜は間に合わない)。

極めて感性的なものに「俳句」がある。俳句の「季語」は感性そのものだ。例えば「風鈴」というと8月(夏)の季語だが、逆に「八月」と言ったとき、それは単に「夏」を指すにとどまらず、「あの忌まわしい悲惨な戦争の終結」とか「原爆霊」などをも伝えることになる。どのような感性で何を伝えたいかが重要なわけだ。

そこには作者の想いがあり、受け手の解釈がある。”どのように想い伝えたいか”という作者の想いも、受け手の”想いを受け取り解釈し共感する”ことも「感性」の成せるわざだ。解釈することは“思いつく”ことでもあり、一種の発想力である。

「感性思考デザイン」とはこのような「個人の想念 → 一般化」を目指すデザインの思考方法であり、先の“ビジネスの中で重視されるアート性”を具体的に実行するものである。

ここで1つお断りしておくが、「アート性」とはなにも「芸術的な感覚を取り入れる」という単純なことではない。見る人利用する人に“美的な感動”を与えることである。“美的な感動”とは、スマートであるとか、理にかなっているとか、真に欲しいものはこれだったなどの、高次な肯定感を含むものである。「美」は絶対的な許容であり共感である。美の概念は人により異なる点が難しいところだが、これを明らかにする試行錯誤が「感性思考」である。

コモディティー化と感性思考

昨今、コモディティー化により製品が売れなくなっている、とよく言われる。「コモディティー化」とは、特徴が薄れ市場価値が低下して競争力が無くなることである。コモディティー化すると外見だけではさして区別がつかず、どれも同じ製品に見えてしまう。携帯電話やスマートフォンやデジタルテレビが良い例である。性能や機能だけでなくデザインまでもが画一化してしまう。

このような状況を回避するためには、「魅力品質」が必要だと言われる(図1-1参照)。魅力品質とは、それを見たとき、利用したときに“他にない魅力”を強く感じることだが、この魅力を与える方法の一つが「感性思考デザイン」を行うことである。

図1-1:狩野モデル(狩野紀昭による)

旅行ツアーの企画などのようにサービスもコモディティー化しつつある昨今、競合に差をつけるのは「感性」しかない。新しいサービスといえども、感性思考でアイディア発想し、他にない経験価値を見出す必要が生じている。この傾向を最近の例で概観してみると次のようなものがある。

  • お客様が洗面所を利用するたびに清掃し、いつでも綺麗な状態で用を足してもらうよう心がける(※3)(小料理屋の事例)
  • 会計伝票に店長自らが手書きでお礼のメッセージを添える(※4)(カフェの例)
著者撮影
  • 修理を待つ間、靴をバスタオルで温める(※5)(靴の修理店の例)

これらは、ちょっとした事であるが、サービス提供者やスタッフのセンスの良さを感じさせる出来事である。これらは「レベル11のサービス」と言われる(※6)。レベル11のサービスは、他とちょっと違うというサービス品質の違いを表しており、まさに感性思考デザインである。

レベル11

デザイナーにこのような話をすると、『当たり前だよ。だから自分達もがんばっている。』と言われそうだが、ちょっと違う。いわゆる”良いデザイン”が「レベル10」だとすると、魅力品質まで高めたデザイン、レベル11のデザインが求められるのだ。サービスとて同じことである。レベル11のUX、レベル11のサービスが求められている。

確かにデザイナーは「美」とか「創造性」に敏感だし、これらの素養を持つことが良いデザイナーになる必須条件である。しかしUXデザインはデザイナーだけで行う活動ではない.UXデザインに関わるプランナーとか、ソフトウェアエンジニアとか、マーケッターなど、デザイナー以外の全ての人々が感性を養い、「感性思考」で新たな経験価値を見出す必要があるのだ。それがこれからのUXデザインであり、そのデザインはレベル11を目指すべきなのだ。

UXデザインに関わる全てのメンバーが感性を養い、感性思考でUXデザインに取り組まなければならない。

次回以降、感性思考デザインのプロセスや必要なスキルについて、順次解説していく。ご期待のほどを。

参考情報

(※1) ScienceのS、TechnologyのT、EngineeringのE、MiasmaticのMをとって、STEM(ステム)と言われる。最近ではこれにArtを追加して、STEAM(スチーム)が大事であると言われている。(https://www.kyoto-art.ac.jp/t-blog/?p=89628
(※2) 文化的依存度の高いことを「高コンテクスト」、反対に低いことを「低コンテクスト」と言う。高コンテクストの国は、日本、中国、イタリア、およびスカンジナビア諸国(フィンランドを除く)などである。低コンテクストの国は、アメリカ、オーストラリア、フランスなどである。
(※3) 「想像を絶する「トイレ掃除」」(https://diamond.jp/articles/-/177466
(※4) 筆者が大阪で実際に遭遇した事例。
(※5) 「お客さまがとぎれない治療院”ゆらしLab”は、なぜ、靴に「毛布」をかけるのか?」(https://diamond.jp/articles/-/174258
(※6) 「まだ商品に触れてないのに、もう引き込まれた。感動したサービスの写真4点」(https://diamond.jp/articles/-/180192?utm_source=daily&utm_medium=email&utm_campaign=doleditor

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