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数多くの話題作を送り出すオフィスクレッシェンドが主催する、映像アワードの展望とは…?!同社副社長・神康幸さんに聞く

堤幸彦監督らを擁し、ドラマ・映画「トリック」シリーズ・「SPEC」シリーズ、映画「モテキ」「バクマン。」「真田十勇士」「SCOOP!」ほか、数多くの映像制作を手掛けてきた株式会社オフィスクレッシェンド。同社が主催する「未完成映画予告編大賞MI-CAN」では、3分以内で、ある“エリア(地域)”を舞台に設定した予告編作品を募集したところ、全285もの作品が集結したそうです。グランプリを受賞した「高崎グラフィティ。」の川島直人監督は、今後オフィスクレッシェンドの全面サポートを受け、3,000万円(相当)をかけて映画制作をスタートします。さらに、第2回「未完成映画予告編大賞MI-CAN」の開催も発表されたところで、本アワードに寄せる想いや、ご自身のこと、クリエイターへのアドバイスなど、同社の副社長でもある神康幸さんに伺いました。

留学経験を武器に、音楽雑誌の編集の仕事へ

兵庫県の山間部の生まれでしたが、幼い頃から「日曜洋画劇場」や「ゴールデン洋画劇場」を全部見るほど映画が好きで、音楽も好きで…音楽や映画の仕事がしたくて東京の大学に進みました。
当時は8mmフィルムの時代で、バンドをやりながらバンドのドキュメンタリーも撮って、編集をして、上映会も開いていました。フィルム代や現像代が高いので、バイトも様々経験する中で、主婦と生活社で記者のアルバイトをするうちに、出版の仕事が面白くなってきたんです。

就職はマスコミ関係に進みたかったのですが、コネはゼロ。もっと自分に魅力がないと採ってもらえないと思って、大学4年生の6月上旬から9月の中旬までニューヨーク州立大学に単身で留学しました。1979年当時、平凡出版(現:マガジンハウス)の「POPEYE」等がアメリカの西海岸ムーブメントを日本の若者に伝えていた時代で、ニューヨークのムーブメントは伝わっていなかったので、それを現地取材したら、主婦と生活社の雑誌に載せてもらえることになりました。その体験が売りになって、主婦と生活社からも社員にならないかと誘われていたのですが、音楽や映画に関係するところが良いなぁと思って、新卒で当時のCBSソニー、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社しました。

1980年に入社してからは主に音楽雑誌「ギターブックGB」の編集や「PATi・PATi」の創刊に携わりました。「PATi・PATi」は32歳の編集長と当時26歳の僕と新入社員の3人で始めたんです。日本で一番かっこ良い、突き抜けた写真が出ている雑誌にしたいという意気込みがあり、個展を開いているようなカメラマンのところに飛びこんで「うちの雑誌で撮りませんか?」と新しい人脈も切り拓いていきました。そこで編集の仕事を通して、ミュージシャンやバンドのヴィジュアルをどう作るべきか、コンセプト、キャッチコピーはどうあるべきか、ということを学んでいきました。
担当したBOOWY、米米CLUB、レベッカ、大沢誉志幸、大江千里などが、雑誌で取り上げたことをきっかけに人気が出て、彼らと毎月、どう写真を撮るのかと試行錯誤して作っていました。会社員生活は10年です。仕事で知り合った秋元康さんが作られた「ソールドアウト」という会社に参加します。そこのクリエイティブ部隊が独立して、オフィスクレッシェンドになるんです。1993年のことですね。

堤幸彦監督もそうですが、PVをきっかけに注目されて映画やドラマに仕事が広がっていきました。僕自身も、音楽の仕事で、グラフィック、PV、コンサートの演出、単行本の出版と膨らんでいきました。僕が最初に映画プロデューサーを務めた作品は「Soundtrack」というLUNA SEAのSUGIZOさん、柴咲コウさんが主演している実験的なアートな作品です。この作品がスペインの映画祭で最優秀脚本賞を獲ったことが今の仕事に繋がるきっかけになりました。

2007年の「包帯クラブ」が転機に

オフィスクレッシェンドが奇跡的だったところは、あるプロジェクトで失敗しても、別のプロジェクトで利益が出ていて、それで助かった!ということの連続なんです。それで早24年ほどになるので、所属する各クリエイターにとって、それぞれの転機が違うように思います。

自分にとっての転機は2007年公開の映画「包帯クラブ」だと思います。それまで自分が武器としていた音楽から発想したものとは違う経緯でした。天童荒太さんの原作本を読んでどうしても映画化したいと思い、出版社に連絡をして、競合がある中、企画をお任せいただいてキャスティングして脚本を作って…最初から最後までやったので、プロデューサーとしての仕事の出発点になったと思います。同時に副社長としての役目もちゃんとやらないとな、と思い始めた時期でしたね。それまでは経営者というよりもクリエイターとしての意識が強かったですから。

今でも現場に関わっているプロジェクトは、このように企画から関わっているものがほとんどです。例えば2017年1月クールの「視覚探偵 日暮旅人」も、原作を読んだ時にこれは松坂桃李さんのイメージだと思って、マネージャーさんに提案して、興味を持ってもらえたところから動いて日本テレビでの実現が成立しました。最初は2時間ドラマを作り、脚本の打ち合わせ、キャスティングにも関わって、撮影にも立ち会いながら作っていきました。

僕が担当するのはゼロからの企画が多く、難易度が高いんです。堤幸彦監督との仕事も「B」担当です。「A」は大ヒット確実なので僕の出番はありません(笑)。少ない予算、人数での海外ロケも経験して、その時はプロデューサー兼、スチールマン兼、ライター兼、ツアーコンダクター兼、現地ドライバーみたいな感じで、普通なら40~50人で行くところを、5~6人で乗り越えたこともありましたね。
会社を設立して24年。振り返って、つくづく思うのは、これほどまで多くの作品を作り続けることができたのは様々な“出会い”のおかげだったと思うんです。だとすれば、今度は自分たちが、未来のエンターテインメント界の創造者たちにスタートの場を設けるべきだ…と発想したのが「未完成映画予告編大賞MI-CAN」でした。新しい出会いの場を作ってみようと決意したのです。

全285作品、難航を極めた審査の末に選出されたグランプリは…

「未完成映画予告編大賞MI-CAN」では、ある“エリア”(地域)を舞台に設定した、完成していない映画の「3分以内」の予告編を募集しました。
「3分以内」とした理由は、既に20~30分の完成された作品を、プロの方が審査して、新しいクリエイターを発掘するコンテストが日本各地で開催されていたからです。そこで、僕たちも短編映画のアワードを始めたら、邪魔することになると思ったんです。また、今はスマホで動画を見る時代なので、長編を目指しつつ、短い尺で見せる能力がクリエイターに求められる時代が来るのではないかと思ったこともあります。
最初は1分と思ったのですが、YouTubeとの親和性なども考えて3分にしました。

それと、「“エリア”(地域)」に関しては、僕自身、映画やドラマの企画を考える時に、何でもOKと言われると逆に作り辛いんです。例えば「今、サスペンス系を求めているんです」って言われた方が作りやすいので。
吉永小百合さん主演の「まぼろしの邪馬台国」の撮影が終わって東京に戻った時に、静岡の島田から市役所の方がいらっしゃって「島田を舞台に作ってもらえませんか?」と打診されたこともありました。そんな思い出もヒントになっています。

堤幸彦監督が「池袋ウエストゲートパーク」とかを作っていたこともあるのですが、地域名を入れるとより作り手の個性もキャラクターも出やすいかなぁと。あとは、地域のいろいろな映像を体験できることにもなるので、見ている側としても面白いかなと思って企画しました。

そして集まった全285作品の審査は、地獄の苦しみでした。それぞれの作品が驚くほどレベルが高いことに感激して、その中からセレクトするということが本当に難しかったです。

グランプリの「高崎グラフィティ。」についても選考は難航して、かなり悩みましたね。審査員それぞれの得点もバラバラで意見も割れていました。最終的な決め手としては「“エリア”(地域)」というお題に対して直球勝負で返していただいたという点。
あと、企画書やシナリオで描かれている物語全体を把握した上で、「ここがピックアップされて表現されたんだ」というその予告編が素晴らしく、全体として、ショットの切り取り方が詩的で作家性が強いんです。
そして、高崎という限定された舞台ではあるけれど、高校3年生の最後の一週間…それまでは一緒の教室にいたけれど、バラバラになっていく瞬間という、誰もが経験している時期を描いているので、完成させた時により多くの方に、川島直人監督の魂が伝わるのではないかという想いがあり、選びました。

川島監督はまだ26歳なんです。日本大学芸術学部映画学科を卒業された方で、脚本家も女優もカメラマンも、皆、同級生やOB、OG。もともと「このメンバーで何か作ろう」と盛り上がっていたところに「未完成映画予告編大賞MI-CAN」のポスターをご覧になって撮影されたそうです。

作り続けることが未来に繋がる

初めての「未完成映画予告編大賞MI-CAN」の審査を終え、2回目の開催も決めた今、改めて思うこととしては、たった3分の映像でも、予告編として作るのはすごくエネルギーがいるということです。お金もかかるし、設計図としての脚本なりプロットも必要です。
一人ではできないことですし、ここに至るまでには想像以上のご苦労があったことと思います。第1回の各賞発表で、各監督や著名人の方のコメントも掲載しましたので、こういう方たちに見てもらえる、というリアリティが出たのではないでしょうか。今度こそやってみようという方も増えて欲しいなと思います。増えたからには僕たちもグランプリ1作品の映画化だけでなくて他のことも考えて、より広がりを持たせていきたいですね。

思い付きで始めたことではありますが、継続していくと予想外のインパクトが出るアワードになるのではないかと思っています。

これから映像制作に携わりたいという方に対しては、やはり映像制作は一人ではできないので、チームワークの大切さを伝えたいですね。そこで巡り会っている方たちは何らかの導きがあって集まっているのだろうから、そのメンバーで作り続けることが未来に繋がると思います。結果、映像業界に就職しなかったとしても、チームで映像を撮っていたことが、他の会社にとって、その人の魅力になることもあると思います。
なので、すぐに結果を求めず作り続けること。それが未来を切り開くということはお伝えしたいですね。

プロジェクト情報

「未完成映画予告編大賞MI-CAN」

公式サイト:
http://mi-can.com/

神 康幸(じん・やすゆき)

未完成映画予告編大賞(MI-CAN)事務局リーダー。映画・テレビドラマ・CM・舞台・MVなど全方位の制作を行う(株)オフィスクレッシェンド取締役副社長COO。兵庫県生まれ。1980年、慶應義塾大学卒業後、CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社。主に音楽雑誌編集者として歩み、退社後の1993年、同社設立と同時に映像の世界へ。プロデューサーとしての主な映画に「包帯クラブ」(07)「まぼろしの邪馬台国」(08)「ツナグ」(12)「くちづけ」(13)「悼む人」(15)、テレビドラマに『あぼやん』(13)『スターマン』(13)『視覚探偵 日暮旅人』(15、17)などがある。

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