全人類が“巣ごもり”を余儀なくされた昨今、爆発的にシェアを伸ばす動画配信サービス。

グローバルなプレイヤーとして名が挙がるのは、Netflix(ネットフリックス)とDisney+ (ディズニープラス)、75億人総サブスクを目論むAmazon Prime(アマゾンプライム)だろうか。

映画&音楽好きの筆者は、動画配信サブスクの重課金ユーザーなのだが、「グローバルな動画配信サービスに国内サービスU-NEXTが勝負を挑んでいる」という世間の見方が、あまりにも表層的な部分しか捉えていないように思えてならなかった。

よって今回は、U-NEXTと動画配信サービスの本質を探るべく、同社CTO(Chief Technology Officer)リー・ルートン氏(以下、ルートン氏)にインタビューを敢行。

このインタビューは「Netflixは映画館、U-NEXTは図書館では?」という、筆者の勝手な例え話に、ルートン氏が強烈な共感を示したところからスタートする。

あまりにも前衛的すぎるU-NEXTのR&Dの裏側を楽しんで頂きたい。

Rutong Li(リー・ルートン)


1981年生まれ。上海の同済大学在学中に起業した後、2005年にソニー株式会社に入社。

2010年にパケットビデオ・ジャパンにてデジタルコンテンツ配信に携わった後、2015年にU-NEXT入社。

2016年よりCTOとして、U-NEXT全般のエンジニアリングを統括。

Netflixは映画館だとしたら、U-NEXTは図書館?

――よくNetflixとU-NEXTを同じ動画配信サービスとして比較されますが、Netflixはオリジナルコンテンツが魅力であり、U-NEXTは圧倒的なコンテンツ数が魅力。そもそも別物といいますか、Netflixは映画館だとしたら、U-NEXTは図書館だと思うんです。

おお!まさに!まさに仰る通り!ありがとうございます!そこまで分かってくださっていて。なかなかそういう話って(インタビュアーさんからは)出てこないです。

まさに私たちが目指したのが図書館なんですね。

「今日はコレを観てください!」ではなくて、「何でもあるから観に来てください!」なサービスがU-NEXTなんです。

――図書館みたいに大量のコンテンツ(U-NEXTでは23万本の映像作品、63万冊の電子書籍がある)がアーカイブされていると、検索機能やレコメンド機能が他の動画配信サービスよりも重要になってくると思うのですが、如何でしょう?

仰る通りで、特にレコメンデーションが重要な機能になっていて、試行錯誤が頻繁に行われています。

いまこの取材中も2~3つの実験は行われているでしょう。

実験しないと絶対に分からないことがあります。多くのユーザーに使ってもらうことで、新しいアルゴリズムの良し悪しが分かっていくんです。

また、アニメ好きに適したモデルと映画好きに適したモデルは、全く違ったりするので、ユーザーをグループに分けて、それぞれで異なったアルゴリズムを試します。

最終的に一番良かったパターンを全ユーザーに反映する。そうすることで、全体のアルゴリズムが日々、成長しているような感じですね。

インタビュー趣旨を忘れ、U-NEXTの楽しい視聴方法を教えてもらう

――U-NEXTといえば、膨大な量の音楽ライブ映像ですが、特に音質へのこだわりがスゴイですね。一方、音質の良し悪しってユーザー側の視聴環境にも左右される?と思うのですが、U-NEXTのベストな視聴環境は何ですか?

音楽ライブについては一部をドルビーアトモス(Dolby Atmos)対応しています。

予算や環境が許すのであれば、良いイヤホンやAVシステム、天井にスピーカーをつけたりするのが良いです。

しかし、私たちが目指しているのはより多くの人がU-NEXTを楽しめること。

9割以上の人が持っているデバイスのポテンシャルを最大限に引き出して、一番良い視聴体験ができることを目標にしています。

――ユーザーの持っているどんなデバイスでも最高の視聴体験ができるように調整されているんですね。

画質について、地デジ以上の画質で配信しており、65インチのテレビでも満足できる画質で観られます。

音質について、デバイスの限界に近い高ビットレートの音声信号を配信しているため、CD相当以上の音を楽しめます。

それ以上の体験を望むのであれば、ちょっとだけ良いイヤホンを買うのもおすすめです。1万円や2万円のスピーカーでも如実に変わるので、その変化を楽しんで頂きたいです。

あと、さらにこだわるのであればAppleのAirPods Maxですね。空間オーディオに対応している音楽の臨場感がだいぶ変わります。

つきつめていくととてもマニアックな話になりますが、我々の画質&音質はマニアの方々も納得の品質になっている自信があります。

松田聖子 U-NEXT
『PREMIUM LIVE EXPERIENCE』で配信した松田聖子さんのライブは145インチの大画面でもキメの細かい、グラデーションが綺麗な映像が楽しめた。

あと、一度U-NEXTの画質・音質を体験してもらうことで、(ユーザーみんなに)良い画質&音質で観ることに慣れて欲しいんです。

「もう昔の画質では満足できない」みたいなシナリオを作りたいんです。

「美味しいものを一度食べたら、もう二度と忘れられない」みたいなことが、きっと起きると思います。

――確かにU-NEXTのライブ映像をPCモニターで観ていると「あれ?これもうちょっとモニター大きくてもいけそうだな」って、もう1段階大きいインチのモニターに買い替えたことありました(笑)。

それは嬉しいですね。U-NEXTの画質の良さって観て頂いた方にしか分からないことなので、大変ありがたいですね。

――いろんなデバイスで楽しめるとなると、ライブ映像や映画を大きいモニターで視聴しながら、手元のスマホで雑誌を読むみたいな楽しみ方もU-NEXTだと有効ですね。

できますね。映像作品とコミックの関連付けは出来ているので、『鬼滅の刃』のアニメを観ながら、『鬼滅の刃』のコミックやファンブックに辿り着くことができます。

将来的には、映画を観ながらその映画のパンフレットとかも見れるようになるかもしれません。

――おお!パンフレットが映画に紐づいて表示されるということも設計可能ですもんね。

そうですね。近い将来にはサブスク型のミュージックサービスもスタートする予定なので、好きな音楽を聴きながら雑誌を読むこともできるでしょう。

“楽しさ”だけで仕事はできないのでは?とツッコんでみる

――脱線し過ぎましたのでお仕事の話に戻します。どうしてU-NEXTはこんなワクワクするサービスを作り上げられるのですか?働き方や組織体制が気になります。

私たちはエンターテイメントを提供している会社であり、エンターテイメント自体が楽しいことなので、「開発者が楽しくないと、楽しいものを作れない」という考え方を持っています。

リー・ルートン

開発陣として重要視しているのはJoy Driven Development(ジョイ ドリブン ディベロップメント)という、楽しさを目的とした開発方針です。

エンターテイメントのためのサービスを作るうえで、その過程を楽しめないと良いモノは作れないという考え方です。

――楽しく仕事ができるのは理想ですが、楽しさだけでは仕事はできないのでは?

もちろんサービス作りの過程では、いろんな合理性を考えなければなりません。

コストやスケジュールやサスティナビリティ、属人性を無くす等。でもそれ以上に楽しくやることが重要なんです。

楽しくやれなくなった時点でそれらの合理性を突き詰めたとしても、無意味。

例えば「開発のコスパが良い」けど「作っていてツライ、楽しくない」だと、「それじゃ意味ないじゃん」という考え方です。

たまたま私たちが低コストで作ることに楽しみを感じる集団だったら、「それでいいじゃん」となるけど「そんなケチなの嫌だ、楽しくない」と感じる集団であれば、「しっかりとコストをかけて作りましょう」という話になります。

複数の選択肢がある中で、 “自分たちが一番楽しい”と思える解決法を探すようにしていますね。

――めっちゃ楽しそうですね。私も昔ITエンジニアだったのですが、比較的、エンジニアって開発中は自己犠牲の精神が強いといいますか、サービスを作っている過程は我慢して作って、最終的に完成したサービスをユーザーが楽しんでくれればその苦労が報われる。でもU-NEXTではサービス稼働後の達成感と、制作過程の楽しさを両立させているんですね。

はい。作ってて、楽しかった料理の時の方が最終的には質が高い。

僕たちは楽しい気持ちをデリバリーするサービスなので、僕たちが苦しんで作るわけにはいかないんです。

あと別の面から見ると、一般的な開発ではサービスの仕様が固まった状態で開発が始まって、エンジニアはその仕様に逆らうことはできない。多くの場合はそうなるのですが、我々は違います。

プロダクトオーナーが「こういう体験を届けたい!」という要望を伝えたら、そこからデザイナーと開発陣みんなで形にしていくんです。

仕様を固める工程にもエンジニア、デザイナー、プロダクトオーナーが一緒に関わっていく。

だからメンバー全員がUXやデザインを試行錯誤する過程も楽しめる。誰かが苦痛を感じた瞬間、最高のものができなくなってしまう。

これは料理と一緒、材料を切るときからお皿に盛るまでの全過程が楽しくないと最高の料理はできないのと一緒です。

どっちのUIが勝つか負けるか?

――開発部みんなで楽しみながら作った機能で、具体的にその楽しさが活かされた代表例はなんでしょうか?

ジャンルメニューですね。U-NEXTが扱っているコンテンツにはいろんなジャンルがあって、映像作品だとドラマや邦画、書籍だと漫画やラノベなど。

「ユーザーがどう検索すれば良いか?」「どう並べればユーザーが見やすいか?」などを試行錯誤することは開発者としての楽しみです。

以前、今までやったことのない、ユーザーが頻繁に使うジャンルのみ強調するジャンル選択の機能を作りました。

その機能を世の中に出すと一定の評価があって、ユーザーも自分の見たいコンテンツがすぐ手元にあるように感じられたという結果が得られたんです。

でもフィードバックのループを繰り返すうちに、一部のユーザーはこの機能に苦しんでいることやコンテンツのディスカバリーに影響していることが分かってきました。すぐに改善を始めて、もっと見やすいUIに変更しようとしました。

社内で激しい議論が起き、オーソドックスなやり方に戻すべきか、もっと冒険すべきか、「誰の意見が正しいか?」みたいな勝負のようなことが始まって(笑)、プランAとプランBのどっちが正しいか?みたいな対立軸で、ゲームになっていました(笑)。

ユーザーのフィードバックで勝負の結果がわかりますので、今はその結果を楽しみにしています。

――すごくポジティブな競争原理が働いている環境だと思います。お話を伺っているとU-NEXTは、他サービスとどう差別化していくか?という議論ではなく、自分達の主観で「何がユーザーにとって本当に良いサービスなのか」を考えて作ってらっしゃるんですね。

差別化のための差別化ではなくて、Amazon(Prime Video)もNetflixも全世界的に出しているサービスなので、(デザインやUXにおいて)文化的に(最大公約数を)とらないといけない。だから西洋系の考え方が強く反映されています。

例えば、英語ベースのユーザーは一度に多くの文字を処理したがらない傾向にあるので、Netflixなどの海外のサービスは文字数が少なくて、1つ1つの文字が大きい。

一方、我々はドメスティック。漢字圏のユーザーは一度に視認できる情報量が多いので、ある程度文字量が多いことがユーザーにとっても良い。利用する人の特性を理解して進めることが大切です。

――高品質な画質と音質を追い求めるのもU-NEXTの特徴ですが、これも開発陣から湧き出た欲望なのですか?

はい。これは「開発側が楽しいことが重要」という話に戻るのですが、うちのエンジニアは音声や映像のマニアで、自分が家でU-NEXTを観る時に画質や音質が悪かったら嫌だって思う人たちが多い。

アニメ好きの人が画質悪かったら嫌だから画質良くしたいと言い、音楽好きの人が音質悪かったら嫌だから音質良くしたいと言う、ライブ映像だったら、ライブ会場に近い音質・臨場感を実現したいという人がいる。

私としても、チーム全体の開発のモチベーションに繋がるので、メンバーからのマニアックな意見は求めていますね。

ヒトがヒトを管理しない職場、“AKB48”な評価制度

――最後にJoy Driven(ジョイ ドリブン)の話が気になります。今すぐに他の企業もこの考え方を取り入れた方が良いと思うのですが、この開発方針が実現できる条件って何でしょうか?

2つのファクターがあって、1つは失敗が許されるということ。

何か失敗があったときに、失敗をイレギュラーなこととして扱うのではなく、失敗は開発プロセスの中の1つの通過点でしかないと捉えることです。

その考えが根底にあるから、開発メンバーは(リスクや失敗を恐れずに)走れる。

もう1つは、組織が完全にフラットということ。R&D本部では人間を管理する人間がいない。さらには評価システムもフラットにしています。

フラットな評価を実現するために、上下関係を持ち込まないようにしている。

――上司部下の関係や、管理職というポジションを意図的に作らないようにしているんですね。

はい。人が人を管理する必要のない開発体制を作っています。エンジニアやクリエイターには、人を管理したいと思わない人が多いので、そこはWin-Winな感じ。

だから各々が自己管理で仕事をしていくことになるのですが、ここで重要なのが、仕事自体をマネジメントするという考え方です。

みんなそれぞれ、自分の仕事をマネジメントしている。

例えば、私がオーナーシップを取っている仕事は私が管理して、他のメンバーが私の仕事を手伝う。一方、他のメンバーが管理している仕事を私が手伝うこともあります。

さらにここで重要なのが評価システムです。フラットな組織においては、(一般的によくある)上司からの評価が不可能になる。

だからAKB総選挙みたいな、投票による評価システムをとっています。

「開発の中のメンバーで誰がセンターになるのか?」みたいに、一人ひとりのメンバーがお互いを評価しています。これが楽しくやる条件の背景にあるものですね。

――なるほど、一緒に仕事していて楽しいかどうかも定性評価の部分に入ってくるだろうから、自ずと楽しく仕事することにインセンティブが発生する設計になっているんですね。これは巧妙だ(笑)

もうひとつ、Joy Drivenが成立するのには、U-NEXTのビジネスサイドが同じ価値観を持っていることも重要です。

一般的に、開発の上流側になりがちなビジネスサイドにとっても失敗には痛みが伴うので、お互いに失敗を避けるような準備をして、原因追及も過剰になりがちです。

でもU-NEXTでは、システムの障害が起こっても、影響範囲の特定と改善策の提示など、事実/事象としての処理は行うけれど、人の評価には直結しません。

エンジニアを取り巻く環境をU-NEXT全体が理解しているため、R&Dの自由度の高い開発風土と評価制度が成り立っています。

失敗したことは責められませんが、むしろ現状維持でそこから進まない人はプレッシャーがかけられると思います(笑)。

――本日はありがとうございました。日系企業でありながら、U-NEXTの外資っぽい働き方に驚きました。U-NEXTの立ち上げ時から統括している(現・代表取締役社長)堤さん、そしてルートンさんの非常に合理的でユニークな思想が、そのままサービスにもカルチャーにも反映されていると感じました。

取材・ライティング:小川 翔太/撮影:SYN.PRODUCT/編集:田中 祥子(CREATIVE VILLAGE編集部)