フリーランスディレクターの岡宗秀吾さんは、様々なバラエティ番組を手がけています。
現在はとんねるず石橋貴明さんの番組『石橋貴明のたいむとんねる』を演出。『全日本コール選手権』シリーズ、『とにかく金がないTVwithYOU』『BAZOOKA!!!』など、2017年に自伝エッセイ『煩悩ウォーク』を出版するなど、様々な分野で活動しています。
テレビ局にも制作会社にも所属しないフリーランスの視点から、テレビ業界で働くことについてお話しいただきました。

岡宗 秀吾(おかむね・しゅうご)
1973生まれ。兵庫県神戸市出身。
テレビディレクター
代表作『石橋貴明のたいむとんねる』演出。『全日本コール選手権』シリーズ、『とにかく金がないTVwithYOU』『BAZOOKA!!!』など、2017年に自伝エッセイ『煩悩ウォーク』を出版。

テレビ業界に飛び込み、すぐにフリーランスに

僕はADの頃からフリーランスになったのですが、本当に何も考えてなかった。フリーランスのディレクターは、たいていが制作会社でキャリアを積んで独立した人です。でも僕は深く考えず、どこにも所属しないまま先輩のディレクターにくっついて現場に行っていました。でも「ディレクターになりたい」と思った時に、育ててくれる母体がないんですよ。でも当時はタイミングが良い時代だったのか、3年目でディレクターになることができました。

岡宗秀吾フリーランスなので、働かなければ無職と同然という状況の中で、好きなことをやるというのはすごく大変。お金のために割り切ることはできないし、好きなことだけをしていてもお金にならないし……と、もがき続けた20代でした。

結局、どちらにも寄ることはなかったですね。基準をお金ではなく、自分の得手不得手に置くことにしました。不得意なことはまったくやらずに、興味があることばかりやっていたんです。興味があることは他の人よりも詳しいから、それを愛情を持って映像にした結果、これまで誰も見たことがないような番組になったようです。好きなことではなく得意なことだけやり続けるという選択は、正解だったと思います。得意なことができるチャンスはすごく少ないけど、生活とのバランスを取りながら今日まできました。

家屋調査のバイト経験が、番組づくりに活きている

17歳で神戸の高校を中退して、服飾専門学校に通いながら家屋調査のアルバイトをしていました。その時にいろんな家を見たことは今、コントの設定など番組作りに活かされています。ひとつの家族を登場させようとした時に、どんな服装で、どんな家に住んでいるんだろうと想像します。

もしお母さんがアル中だったらどんな台所だろう、息子が17歳の不良だったら部屋に貼ってあるポスターはなんだろう、超お嬢様だったらどんな化粧品を使うだろう……小道具ひとつひとつに意味があります。『ディティールに美しさが宿る』とよく言われますが、やはりよいものにはこだわりが詰まっています。しかしそのディティールは、自分が経験して知識がないと作れません。家屋調査のバイトで数えきれないほどの家を見たので、データが脳内に蓄積されていて、今、役に立っています。

また、人の家を見ると、蟻の巣の断面をのぞいてしまったような気持ちになるんですよ。そこに住む一人一人のことは知らないけれど、どんな人がいるんだろうと思いを馳せると、愛しくなる。人間愛なのかな。

いろんな人がいて、その人たちのディティールに興味があるから、僕はドキュメンタリー番組を撮ることがあるんでしょうね。きっと、ディレクターに限らずものを作る人は、何かを見ても「これがここにあるのはこんな理由があるのかもしれない」「これを持っているこの人はどういう人なんだろう」と想像することこそが実になっていると思います。

お金がなくても面白いものは作れる

95年の阪神・淡路大震災の後、タレントのYOUさんのアドバイスがきっかけでテレビ業界に入りました。とはいえテレビをあまり見ないし、テレビ業界は何をするところかもわからない。

ただ絵やデザインは好きだったので、ものを作って表現してお金と評価がもらえる世界には憧れていました。それがテレビだったのかは今もわからないままですけれど、おそらくイラストレーターの世界に行けばもっと上手い人はいるだろうけど、テレビ業界での絵コンテの上手さだったら多分ディレクターで一番になれるかもしれない。また芸人さんになるほど面白くは喋れないけれど、打ち合わせを盛り上げることは得意だ、とかね。そうやって自分のフィールドをずらすことによって自分の強みになるんだと思います。
一方で、僕は『世界の果てまでイッテQ!』さんみたいにエベレストに登ったり南極に行ったりはできないので憧れます。命がけの覚悟で取り組んでいる番組を見ると、自分なんか、と思ってしまう瞬間も多いですよ。

岡宗秀吾今のインターネット時代、僕のように後ろ盾のないテレビディレクターは、潤沢にお金があって好きなことをできるという環境はない。そう思っていたからBSジャパンで『とにかく金のないTV』の企画をいただいた時は驚きました。でも「お金ないんです」って正直に言ってしまうのは、今の時代らしいかもしない。

例えるなら、マイケル・ジャクソンやマドンナのような大きな会場で輝くスタジアムアーティストが流行った後、ニルヴァーナなどのロックバンドが普段着のようなTシャツとジーパンで歌うことがかっこ良く見られたりしたみたいに、世間の評価は変わっていきます。番組として「今のリアルはここだよ」という捉え方ができたかなと思います。大切なのはお金だけじゃなくて、カメラと脳みそがあれば面白いものが作れるということが言いたかった。

今も過去の作品を何回も何回も見て、「このシーンは最高だよな」「このスーパーは秀逸だな」と自画自賛したりします。けれど何度も繰り返し見ているうちに「ここはこうしておけば良かったな」と気づくこともあります。そうすると、次は頑張ろう、と思える。ゴールがない仕事ですね。

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3回無一文になったけれど、人生は楽しい

番組づくりの中で悔しい思いもたくさんして、有名なディレクターになってやろうとか、もっと面白いVTRを撮ってやろうという反骨精神もありました。ディレクターの先輩たちがすごくかっこ良く見えたし、面白いVTRを作って笑い合う様子にも憧れました。それに、僕はずっとフリーランスで他の業界も知らないし、継ぐ家業もないし、「ここで頑張るしかない」という思いもありました。

とはいえもともとワーカホリックな性格ではないですし、サボりたい気持ちもたくさん持っています。他人を蹴落としてでも這い上がりたいという思いはなくて、余裕を持って自分の好きな仕事をしたい。仕事以外の時間を作って、映画をみたり、本を読んだり、美味しいものを食べたり、友達と会ったりと、インプットをしています。

もちろんダラダラすることも大事。ふと車で鎌倉に出かけて、浜辺で寝転がってぼーっとしたり、海鮮丼を食べたりする時間が豊かだなあと思います。それはフリーランスというお金の保証がない立場だからできることですね。ナンバーワンのディレクターになるより、味のある生活をしながら魅力的な方々と仕事ができる暮らしが理想。そんな人生ですから、無一文になったことは3回ほどあります。結婚もして子どももいたけれど、気にしても仕方ないです。

ただし、好きなことをやれるかどうかは実力次第。会社に所属して権限を持って大きな仕事をやるか、フリーランスで安定はないけど好きなように働くか……選択肢はいくつもありますが、それぞれが自分に合った道を探すしかないですね。

僕は深く考えないままフリーランスになってしまいましたが、結果的に自分に合っていたと思います。基本的に根が明るいのでどこでも楽しくやれますし、できあがったチームに入っても疎外感を感じることがないんです。きっと、すごく人に恵まれたんでしょうね。先輩や仲間のことが好きで憧れて影響を受けて、一緒にやらせてもらうことが嬉しくて、ここまできました。出会いに恵まれたことは一番の財産かもしれないです。

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ダメな人にも「それでいいんだよ」と言いたい

岡宗秀吾僕の番組制作テーマは、人間賛歌です。ダメだと言われる人も「それでいい、そこがいい」という思いでやっています。失敗してしまったり、鼻つまみ者だったり、不良だと思われたり、人とは違うマイノリティ扱いをされがちな方々の良い一面が見える番組を作りたいんですよ。きっと、僕自身がそういう人間なんです。高校中退して、テレビ業界に飛び込んでフリーランスでやってきた、「俺みたいなやつでも許してよ」と言いたい深層心理なのかな。

過去には目立ちたくて過激な番組を作っていたこともあるけれど、今後は家族や恋愛を取り上げた番組も作ってみたいですね。メディアにもこだわりません。地上波でもDVDでもBSでも雑誌でも舞台でも、媒体に制限がないのがフリーランスの良いところ。最近も本を出版しましたし、何をやってもいいし、働かなくてもいい。

自由のある環境だから、こだわらずになんでもやっていきたいですね。ただ、お金の見極めは大切です。予算が少なくても面白いことはできるけれど、やれる範囲が限られてくるという大前提があります。自分の興味があることや得意なことが、お金が必要な企画なのかどうかも大きな判断基準になりますね。

もしこれからテレビ業界に入りたいという方は、どんな生活を送りたいか、を一度考えてみるといいかもしれません。昔はテレビ業界は、売れっ子ディレクターがスターになっていた時代もありましたが、今はゲームやYouTubeなどの方が一発逆転で儲かるチャンスはたくさんあります。それでもテレビ業界でやっていくなら、テレビ番組制作が好きだという気持ちが大事。その上で、自分の好きなこと、自分が正しいと思うことを選び続けることが、幸福な人生なのかなと思っています。僕は今の人生がすごく楽しいですから。

インタビュー:大沢 愛/テキスト:河野 桃子/撮影:TAKASHI KISHINAMI/撮影協力:キミドリ/編集:CREATIVE VILLAGE編集部