2015年6月に公開された、映画「台風のノルダ」(15)で初監督を務めた新井陽次郎。
目標だったスタジオジブリに二十歳で入社。多くを得、大いに悩んだ。幸運に見えたスタートはあくまでもアニメーターとしての第一歩に過ぎなかった。
「観客が何を望んでいるか、自分が何を本当につくりたいのか、どう表現したらいいのか、どんな場所、どのメディアが自分に一番合っているのか、っていうことを考えています」
新進気鋭の若手アニメーターたちが集う場で、新井は新たな挑戦に向かっている。

■ 背景志望からアニメーターへ

初監督作品の映画「台風のノルダ」(15)は、作品を完成させて無事公開することができたということではやり遂げた感はありますが、僕にとってはいろいろと課題を残した作品でした。ひとつ挙げるとしたら脚本。プロデューサーをふくめスタッフと一緒に相談しながらみんなで構築したものではあるんですが、僕自身、まだ心から納得できてはいないんです。とは言え、何が問題なのかが明確に見えましたので、だからこそやる気もわいてきましたし、いまはどんどんその課題に挑戦していきたいという気持ちです。
アニメやマンガはそれほど見てはいませんでしたが、子供の頃から絵は描いていました。両親は絵画教室で出会ったそうでふたりとも絵心がありましたし、兄も絵がすごくうまくて、僕はそんな兄にあこがれて絵を描き始めたんです。兄は井上雄彦さんのファンで、僕はその兄の影響を受けて描いていたので、風景画や人物画もリアル系の画風でした。
絵が得意というより好きでずっと描いていたんですが、中学生の頃から描いた風景画が地域のコンクールで賞をもらうようになり、その頃から将来は絵を描く仕事ができればいいなと思い始めました。それで、やるならジブリで背景を描きたいと思い、高校では美術部に入り、背景美術家を目指し風景画を描いていました。朝練があるような熱心な美術部で、スポーツも好きでしたけど、高校生になってからは絵を描くことに集中していました。
高校卒業後は美大に進もうかとも考えたんですが、当時、アニメーターの吉田健一さんの描くキャラクターが大好きで、すごく吉田さんに憧れていたんです。それまでは背景を目指し熱心にやってきたんですが、吉田さんの影響でキャラクターを描く魅力と面白さを知り、それでアニメーターになろうと思いました。その吉田さんもジブリ出身だと知り、やっぱりジブリだ、自分もジブリに行けば吉田さんみたいになれるんじゃないかと、それで卒業生がジブリに入った実績のある日本工学院八王子専門学校クリエイターズカレッジ マンガ・アニメーション科(2年制)への入学を決めました。

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■ 念願のスタジオジブリに

日本工学院八王子専門学校では制作工程などアニメーションづくりのいろはに触れました。あるとき西ジブリが設立され新人育成を行うということで募集があり、迷わず応募しました。絶対に受かってやるぞ!という強い気持ちで臨み、合格した時は本当にうれしかったです。すごい喜びでした。将来に迷って少し悩んでもいたので、そんなときに募集がかかり、しかも20人を越える採用があったという、とてもラッキーな巡り合わせだったと思います。
2009年4月から愛知県に設立された西ジブリに入り、そこでアニメーションの基礎を学びながら、三鷹の森ジブリ美術館で上映される短編作品では原画を担当していました。その後1年強で本社に戻り、映画「借りぐらしのアリエッティ」(10)で長編アニメーションに動画として参加し、「風立ちぬ」(13)の途中まで、約3年間ジブリに所属しました。
やりがいはすごくありました。先輩方はみなさんとても立派で尊敬もしていましたし、技術も作品に向かう気持ちも、多くを学びました。にもかかわらず僕はモヤモヤしながら毎日を送っていました。動画の仕事というのは、原画マンが描いた絵をクリンナップして線をきれいにつなげて動きをつくという大事な仕事です。だけど果たしてここまでクオリティにこだわる必要があるのかと、素晴らしい作品をつくり続けてきたジブリだからこその脈々と培われてきたこだわりや伝統をしがらみのように感じてしまうことがあって、ストーリーや動きが面白ければ作品としてちゃんと成立するんじゃないのか、それこそが大事なんじゃないかといった疑問を感じていました。何よりも僕は1枚の絵から入った人間なので、いちから生み出すことにやりがいを感じる。企画の立ち上げからつくるところまですべて手がけたい、関わりたいという思いが強かったんだと思います。

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■ 上手いより、知っている

2012年から、石田祐康くんが監督を務めた映画「陽なたのアオシグレ」(13)に参加するために現在所属しているコロリドで活動を始めました。石田くんとは高校卒業後pixivを始めた頃に知り合い、その石田くんが初めて劇場作品をやるということで、声をかけてくれたんです。役割としてはキャラクターデザインでしたが、石田くんと一緒に企画の立ち上げから始め、全工程に関わることができ、初めてのことばかりで大変なことはたくさんありましたけど、作品を完成させる、そしてプロジェクトをやり遂げるということを責任持ってやれたというのは、僕にとって大きな経験でした。
よく絵の雰囲気がジブリだって言われるんですが、結局自分がいいと思っているのがジブリの絵や作画だったり、宮崎さんのそれだからだと思うんです。常に好きなものは増えているし、いいと思ったものをどんどん取り入れていきたいと考えているんですが、アニメーターとしての芯の部分はジブリで学びましたので、そこはたぶん変わらないのかなって思っています。そしてそれは強みだと、僕は思っています。
僕が最近大事にしているのは、“興味を持つ”ということです。そうするとアニメーターとして描けるものが増えるし、演出、監督をする上でも非常に役に立つんです。ただ、人の絵を見て真似る、それだって興味を持っているからやるんですけど、ジブリでよく言われたのは、「他人が描いたアニメーションを真似ても新しいものは生まれない」ということでした。1回その人が自分の中に落とし込んで描いたものを真似てもあくまでも真似でしかないと。ヒントは現実に生きている世界にあって、人、もの、レイアウト、デザイン、造形……、なぜそれがそうなっているのか、すべてに意味があるはずで、それがわかれば、そこに説得力が出てくる。だから生っぽい絵、リアリティのある絵が描けるんだと思います。宮崎駿さんは戦車が好きなんですよね。興味があるからその構造、パーツまで熟知している。だから宮崎さんの絵には力がある。絵が上手いということよりも“知っている”ってことが重要で、だからいまは、“画力よりも興味を持つ”ことを大切にしています。

映画「台風のノルダ」(15)

映画「台風のノルダ」(15)

 

とある離島にある中学校は観測史上最大級の台風が接近する中、文化祭の準備に追われていた。ずっとやってきた野球を辞めるという親友の東とケンカした西条は、青い目をした少女・ノルダと出会う。ノルダを救うため必死に格闘する西条と東は本当に大切なものに気づく。

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