――監督・深田晃司は、これまで「自身の観たい作品」だけをつくってきた。「それを続けることが大事だと思っています。自分のつくりたいものをコツコツつくっていって、共鳴してくれる人を増やしていく。そのほうが遠回りだけど近道になるはずだと」。新たに取り組んだのは、恋をしたアイドルの罪。日本のアイドル業界に関わっている人たちに観てもらいたい、だからこそアイドル業界を綿密に取材し、徹底的にリアリティと当事者性にこだわった。ドキュメンタリー映画のようと賞される仕上がりに、あるアイドルファンは言った。「応援しているつもりだったけど、もしかしたらアイドルを搾取してしまっていたのかもしれない」。答えはそれぞれでいい。正解などないのかもしれない。大切なのはいま一度、考えることなのだ。――
はじまりは、驚きと違和感だった
2015年にネット記事で、女性アイドルが異性と交際したことで所属事務所から損害賠償を請求されたという記事を見かけて、「こんなことありなの?」って単純に驚きました。恋愛禁止について契約書に書かれ、それを破ったことで裁判になり、しかも敗訴して賠償金の支払いを命じられる……本当に不条理を感じました。もし自分が熱心なアイドルファンだったら、アイドル業界なら当然だよねって思ったかもしれません。でも僕はたまたまアイドルにはかなり疎く、だからこそ違和感を感じたのだと思います。

それで当時、映画「淵に立つ」(16)で一緒に仕事をしていたプロデューサーの戸山剛さんに、「この記事を映画にしたら面白いんじゃないでしょうか」って雑談ベースで話したら、彼は30年来のアイドル好きだったこともあり、「やろうよ!」って乗ってくれたんです。そこからアイドルの取材を始めました。基本的に僕はお客さんを想定しないというか、自分が最初の観客であるから、自分が面白いと思うものをつくれば面白がってくれる人がいるはずだ、というスタンスなんです。でも今回は明確に「届けたい人たち」がいました。それは、まさに日本のアイドル業界に関わっている人たちです。

改めて考えてみると、日本に住んでいればテレビドラマやCM、映画でも、アイドルを見ない日はありませんでした。アイドル業界に関心がなかったとはいえ、そんな自分でさえ、ずっとアイドルカルチャーと共存していたわけです。そしてそこには当然さまざまな人が関わっている。アイドル本人、事務所や運営サイドの人、そしてファン、あるいはこれからアイドルになりたいと思っている人……、そういった日本でアイドルに関わるすべての人にきちんと届く映画にしたいと考えました。

それでは、日本のアイドル業界の人たちには届かない
日本のアイドルに関わっているすべての人に観てもらいたいとなると、当然描き方も変わってきます。おそらく、同じモチーフでも視点を変えれば、出来上がる作品も変わってきて、例えば欧米で上映したときに感じたのは、欧米は日本のようなアイドル文化自体になじみがなくて、芸能という以前に遠い国での社会問題だということです。そうなってくると欧米の観客が期待するのは、遠い国の社会問題を社会悪として描いてぶった切ることで、欧米の一部の批評家からは、「深田晃司がアイドル業界を擁護している」といったようなレビューが出るくらい、賛否がわかれました。

本来、そういった層に向けて作品としてのパワー、訴求力を上げたいのであれば、手っ取り早いのはアイドル業界や事務所を社会悪として描き、主人公のアイドル・真衣をそういった暴力に押し潰されそうな可哀想な、悲劇的な存在として描くことです。そうすると、「そうそう、本当に酷い業界だよね」って溜飲(りゅういん)を下げることはできるかもしれない。でも、実際のアイドル業界はもっと複雑です。そういう粗いデフォルメを施してセンセーショナルな物語として消費してしまうと、業界でいまも生きている人たちには届かないでしょう。例えば、アイドル事務所を典型的な悪徳業者に描いたとして、もしそれを業界関係者が観ても、うちはここまでは酷くない、恋愛はダメだけどパワハラはしていないし、と他人事になり、ある意味で逃げ道をつくることにもなってしまう。

実際の元々アイドルだった方々にも取材しました。アイドルのみなさんは本当に人それぞれ、さまざまな思いを抱えてアイドルになっているし、オーディションに臨んでいる。そういった、いまアイドル業界で生きている人たちに、きちんと自分事として観てもらえるように等身大に描かなくてはならない。それこそ、「可哀想な弱者」として描くのではなく。それは、私だけではなく、脚本家、そしてプロデューサーみんなが共通で持っていた意識と方針でした。
あきらめかけたときに、齊藤京子さんがあらわれた
キャスティングについては俳優とアイドルの両面で探っていきました。演技ができることが基本ではあるのですが、アイドルのちょっとした仕草や目線、ファンに対する応答って、アイドルとファンが長い時間をかけてつくり上げた文化だと思うんです。それを俳優さんの演技で見せるのは簡単ではありません。また、アイドル業界を批評的に捉え、アイドル業界に届くことを目指したコンセプチュアル・アートのような本作にとって、アイドル業界に自分事として作品に共感し観てもらうためには、配役に限らず作品づくりの根幹に実際のアイドル当事者が参加していることは、すごく重要でした。

とはいえ、アイドルの方はどうしても演技経験が少ない方も多いので、俳優さんも視野に入れてオーディションは進めました。そもそも脚本を見せた段階で、アイドル事務所にはオーディションへの参加でさえも断られることが圧倒的に多くて(笑)、主人公の真衣はやっぱり俳優さんにお願いするしかないかなと思っていました。そのようななかで、2024年春に齊藤京子さんが東宝芸能に所属されたと報道で知り、急いで事務所に連絡したところ、脚本を読んだ齊藤さんがオーディオションに参加したいと言ってくれたんです。

あと面白かったのは、2015年に企画をスタートさせ脚本を書いている最中に声をかけて断られていたアイドル事務所が、撮影が近づいてから改めて行った、映画に登場するアイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」のメンバーオーディションにけっこう参加してくれたことです。「あれ? 前にお声がけしたときはダメでしたよね」っていう(笑)。この10年で、業界自体の意識も変わってきているのかもしれないと、希望を感じました。

真衣と恋に落ちる、パントマイムアーティストの敬(けい)役の倉悠貴さんもオーディションです。敬のキャラクターは二面性があって、映画の前半では自由奔放に生きているのですが、後半はどんどん生活感にまみれて、常識的な人間になっていく。倉さんには、ある種のワイルドさと真面目さみたいなものが共存していると感じて、そこがすごくいいなと思いました。実は、敬のキャラクターは二転三転してなかなか定まらなかったのですが、パントマイムアーティストというアイデアを思いついたときに、やっと映画全体の構造が見えてきた気がしました。

企業にプロデュースされ高度にビジネス化されたアイドルという仕事と、すべてセルフプロデュースでお客さんの目の前で芸を披露し投げ銭をもらうという、極めてシンプルな大道芸人の在り方、その対比が非常に面白いと。真衣にとって敬はまさに自由の象徴で、ただ単に恋したというだけでなく、その存在は自身を見つめ直すきっかけにもなり、だからこそ衝動的に彼の元に走っていきたいと思える憧れられる存在である必要がありました。

大事なのは、「それは本当に主体的な、自由な選択なのか?」
ファンもそれぞれだと思いますが、アイドルを応援することが生きがいになっている人もいる。基本的に自分は、「そもそも人間なんて、生きていることに意味があるのかどうかわからない」というスタンスで、でもそこらへんと本気で向き合ってしまうと虚無感しかないから、「生きていることに意味があるに違いない」と、なんとか思い込みながら生きるしかないと思っているんです。だから、もしアイドルを応援することが生きる意味になるのなら、それはそれで否定することはできないと感じています。

ただ、他国のアイドルと比べても日本のアイドルは、疑似恋愛的な要素をかなり強調しているように思います。アイドルの存在が生きがいになっていて、人によってはそこに恋愛感情が混ざってくる。それ自体は個人の内面の自由なので構わないのですが、問題はそれを見越して、疑似恋愛を煽(あお)ることで成り立つ巨大な集金システムになってしまっていることです。日本特有だといわれる握手会やチェキ会にしても、そのためのCD等の商品購入も、それらによって一度収益性を確保してしまうと、事務所はそれをもうやめることはできないし、それにアイドルも従わざるをえない。

恋愛をするかしないかなんて本来は個人の自由だから、アイドルが「私は恋愛しない」って決めることにはなんの問題もないのですが、大事なのは、「それは本当に主体的な、自由な選択なのか?」ということです。主体性なんて曖昧なもので、完全に自由な個人な選択なんて実は存在しません。外部の環境からの影響を私たちの意思決定は常に受けています。だからこそ、他者の選択に過度に干渉し誘導してしまっていないかを、常に私たちは注意しなくてはならないわけですが、それがアイドルのように未成年や若年層であればなおさらです。事務所もファンも恋愛をしないことを強く期待しているなかでなされる、「恋愛をしない」というアイドルの選択をどこまで個人の自由な選択と言い切れるかは疑問です。

「恋愛裁判」をバンコクの映画祭で上映したときに、観客の女性の方に質問されました。「私はバンコクの地下アイドルのマネージャーをやっていました。だからすごく共感しながら観ることができました。ただ、いまのバンコクのアイドルはとてもオープンで、恋愛も隠しません。ファンはその恋愛を応援します。日本は違うのですか?」って。また、脚本執筆中に取材で行った、最近人気が上昇しているある女性アイドルグループのファンの約4割は女性でした。時代は変わってきています。本当に擬似恋愛性を煽らなければアイドルという業界は成り立たないのか、一度立ち止まって考えてみてもいいのかもしれない、と思いました。

映画をつくることでなんとか生きている
映画をつくっていると挫折だらけで、本当に毎回、自分の才能のなさに挫折しながらつくっています。メンタル弱弱(よわよわ)なので(笑)。あえてポジティブなことを言うとしたら、映画をつくることでなんとかだましだまし生きられているといった感じです。いい映画をつくれば劣等感を払拭できるのではないかと思ったのですが、払拭できないんですよね。カンヌ国際映画祭で賞をとったところでダメでした。たぶん何をやっても無理なんだと思います。

挫折の連続ではありますが、映画をつくっているときは楽しい瞬間もあります。集団創作だから、こんな自分でもプロデューサーをはじめとして一緒に映画をつくりたいと思ってくれて、背中を押してくれる人がいるのは大きいです。集団創作のよさは、自分がくじけそうになっても、周りにたくさん人がいるからくじけてられないっていう。そのぶんプレッシャーも強くなりますが、自分が動かなければ周りに迷惑がかかるから頑張ろうと思うし、ありがたいことにみなさんに支えられています。高校や大学時代は本当に人付き合いが苦手で、そんな自分でも、なんとか映画をつくれている。だれしも苦手意識ってあると思いますが、否が応でも向き合わざるをえない環境に身を置いていたら意外と慣れますよってことは、よく若い人に実体験として話しています。

ですが、撮影現場にスタッフで入ったときはものすごく辛かったです。19歳で映画美学校に入学し、とにかく映画の現場を経験しておきたくて、照明部や美術部のスタッフとして参加したのですが、現場が過酷すぎて本当に大変でした。だからそこから逃げるように早々に自主映画をつくり始めたんです。自分がもしスタッフ志望だったら途中で映画に関わるのを辞めていたかもしれない。たまたま監督志望だったから自主映画という逃げ道があった。そこは大きかったです。

映画監督を志望しているなら、あまり年齢のことは気にしなくていいと思います。新人監督には特に海外であれば助成金の門戸が開かれていますし、新人の基準は年齢ではなく長編映画の本数で、長編2、3本目までは新人とみなされることが多い。だから、まずは頑張って自身の名刺になるような短編映画をつくって、字幕をつけて海外の映画祭に出す。短編でも海外ではちゃんと作家として扱ってもらえますから、そこにつくりたい映画の企画書を持参しプロデューサーと知り合うんです。

無名なのに興味を持ってくれるのか?と思うかもしれませんが、無名だからこそチャンスがある。なぜなら、海外のプロデューサーは、基本的には大手会社の社員というわけではない、独立されている方が多いから、助成金が通ったら、その手数料がプロデューサーの収入になる。新人は助成金をとれる確率が高いから、彼らにとっては新人監督であることそれ自体がリスクであると同時にメリットでもあるんです。だから新人時代というのは実はとても大事なんです。

映画の現場は確実に変わってきています
「恋愛裁判」は、僕としては初めての東宝さんの製作・配給作品です。そこに大きな意図があったわけではなく、完全に巡り合わせです。ただ東宝さんとしては、比較的規模の小さな作家性の強い作品に関心が高まっていたというのはあると思います。実は「LOVE LIFE」(22)を観てくれた、東宝のプロデューサーの市川南さんからは以前に一度お声がけをいただいていて。そのときに、「機会があったら一緒にやりたいですね」ってお話をされてたのですが、当時は「恋愛裁判」は別の会社と組むことが決まっていたので、ご縁がなかったと思っていました。それが、いろいろあってその会社ではうまく企画が進まなくて、資金集めが振り出しに戻ってパートナーを改めて探すなかで、東宝さんとご一緒することになって、だから成り行きっていうか(笑)。

ただ、プロデューサーから東宝さんの参加の決定を伝えられたときには、本作にとって届けたい層に届けるためにも「当事者性」が大切で、そのために実際のアイドルの方が出演をしたり、アイドルと仕事をしている方にスタッフとして参加してもらうことは重要だったわけですが、ある意味、芸能業界のど真ん中にいる東宝さんが本作を手がけるということもけっこう大事な気もしていて、意外といい流れかもしれないなとは感じました。

映画の現場は確実に変わってきています。本作も、日本映画制作適正化機構(映画制作に関わるすべての人が安心して働ける環境を目指し、映画界が自主的に設立した第三者機関)のガイドラインにそって撮影しています。例えば、1日の作業・撮影は11時間以内というルールができて、それでも欧米に比べると長ですが、それまで無法地帯だったことを考えると、改善に向けての意識は高まってきていると思います。これまで、映画で食べていくのは難しいから、ひとまず一般企業に就職して生活を安定させてから、土日とかに脚本書いていずれ映画の世界に戻ろうと言っていた知り合いの方は何人かいましたが、実際に戻ってこられる人は少なかったです。

なぜかというと一般企業に勤めると、そこで得られる収入や社会保障を前提に居住環境も決めるし、結婚や出産をするタイミングも決まってくる。つまり人生設計がなされるわけですが、映画業界に来ると確実に収入は落ちるし、生活は不安定なるから、人生のサイクルを支える生活水準を落とすわけにはいかないなかで、映画の世界には戻ることを断念せざるをえなくなるんですよね。収入面や社会保障の面で、もう少し参加しやすくなるよう映画業界も変わっていかないといけないと思います。映画のスタッフや俳優はほとんどの人がフリーランスとして活動していますが、最近は特別加入労災制度もありますし、個人事業主としていかに自分の身を守りながらキャリアを築いていくのかということも意識してほしいなと思っています。

映画が少しでも考えるきっかけになれば、それで十分です
いまSNSの治安はどんどん悪くなってますよね。悪評だろうがなんだろうが、とにかくバズって再生回数が増えれば収益化できるシステムで、その際限のなさというか、終わりがない感じは、正直しんどいですね。かつても2ちゃんねる的な文化はありましたが、モラルハザードが一気に進んでいった感じで。そういった悪意の表出の矢面に立っていた存在のひとつが、いまも昔もアイドルではないかと思います。

本作を観たことで、アイドルとの関わり方に思いを巡らせてもらえれば、この映画をつくった意義も少しはあると考えています。ただ、「映画に込めたメッセージは?」と聞かれたら、「伝えたいことは別にないです」と答えるしかなくて。アイドル業界はこうあるべきではないかとか、もちろん自分なりの考えはあります。ただ、映画は特に訴求力や没入感の高さといったことから、散々プロパガンダに利用されてききた歴史があります。いま映画づくりに向き合うつくり手はそういったプロパガンダ性みたいなものに向き合わないといけないし、私はできるだけ距離を置きたいと思っています。社会批評性の高い本作のような映画であればなおさらです。「恋愛裁判」を観たお客さんそれぞれが、自身の恋愛観やアイドル感を再確認したり、少しでも考える時間を持ってもらえれば、映画としては十分だと思っています。

脚本を書き始めた当初から、真衣と敬の恋、そして裁判の行末については決めていました。映画には現実をありのままに描くことと、映画にしかできない理想を描くことといった、ふたつの道が常に開かれていて、1本の映画のなかでもその両者のあいだで揺れ動きながら物語は進んでいくわけですが、本作の裁判に対する真衣の選択に関しては、ある種の理想が描かれていると思っています。だから僕としては、「ほめて! ほめて!」という台詞があると思っていて。「よく頑張ったね」と、せめて真衣をほめてあげてくださいって、そんな思いでいます。


人気急上昇中のアイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」でセンターを務める山岡真衣(齊藤京子)は、中学時代の同級生・間山敬(倉悠貴)と偶然再会し恋に落ちる。アイドルとして背負う「恋愛禁止ルール」と、抑えきれない自身の感情とのあいだで葛藤する真衣。だがある事件をきっかけに、真衣は衝動的に敬のもとへ走る。その8か月後、所属事務所から「恋愛禁止条項違反」で訴えられた真衣は、事務所社長の吉田(津田健次郎)、チーフマネージャーの矢吹(唐田えりか)らによって、法廷で厳しく追及されることとなる。
出演:齊藤京子 倉悠貴/仲村悠菜 小川未祐 今村美月 桜ひなの/唐田えりか 津田健次郎
企画・脚本・監督:深田晃司
共同脚本:三谷伸太朗
音楽:agehasprings
主題歌:「Dawn」yama (Sony Music Labels Inc.)
製作:市川南 上田太地 共同製作:山口晋 玉井健二 渡辺章仁 エグゼクティブ・プロデューサー:山口晋臼井央 プロデューサー:阿部瑶子 山野晃 共同プロデューサー:大野敦子(Survivance) 撮影:四宮秀俊 照明:後閑健太 美術:松崎宙人 長谷川功 録音:山本タカアキ ヘアメイク:稲月聖菜 スタイリスト:キクチハナカ 助監督:二宮崇 制作担当:最上勝司 ラインプロデューサー:戸山剛 キャスティングディレクター:杉山麻衣 編集:シルヴィー・ラジェ VFX:近藤勇一 音響効果:佐々井宏太 音楽プロデューサー: 玉井健二 ミュージックスーパーバイザー:松宮聖也
製作:東宝 共同製作:ノックオンウッド agehasprings ローソン
制作プロダクション:ノックオンウッド TOHO スタジオ
配給:東宝
ⓒ2025「恋愛裁判」製作委員会
1月23日(金)より全国東宝系にて公開
インタビュー・テキスト:永瀬由佳



