イラストレーターとして活動していると、以前はもっといろいろなジャンルの依頼を受けていたはずなのに、気づけば同じような案件ばかりを引き受けるようになっていた——そう感じて不安になることがあります。狭くなったのは実力が落ちたからではなく、いつの間にか自分の中で選択肢を絞り込んでいたからかもしれません。まずはその絞り込みが、いつ、どんな理由で起きたのかを、一緒に振り返ってみます。

この記事の見方

この絞り込みを整理する手がかりとして、心理学者リンダ・ゴットフレッドソンが示した考え方を紹介します。ゴットフレッドソンは、人は子どものころから今に至るまで、自分のイメージに合わない選択肢を少しずつ切り捨てながら職業観を形づくっていくと考えました。さらに実際に選ぶ段階では、報酬や案件の得やすさといった現実的な制約との折り合いをつけていきます。この過程には、自分のイメージを守るために無意識に外してきた選択肢と、現実の制約で仕方なく外した選択肢の二種類が混ざっています。両者を分けて見ていくことが、この記事の軸になります。

「自分らしくない」と感じて避けてきた依頼

イラストレーターとして活動していると、依頼の中には「自分の作風とは違う」と感じて断ってきたものがあるはずです。それ自体は悪いことではありません。自分らしさを保つための線引きは、仕事の質を支える大切な判断です。ただ、その線引きが本当に今の自分の作風に基づいたものなのか、それとも数年前に一度そう決めてから、見直さずに引き継いできた基準なのかを、区別してみる価値はあります。

たとえば、以前は可愛らしいタッチの仕事を中心に受けていたけれど、今の自分はもう少し硬派な線画にも興味が出ている。それでも「自分はこういう絵を描く人」という周囲からの見られ方に合わせて、無意識に依頼の幅を絞り続けていることがあります。自分のイメージを守るための線引きが、いつの間にか自分の可能性まで狭めてしまっていないか、一度立ち止まって確かめてみます。

この線引きは、ポートフォリオを新しくまとめるタイミングで特に強く働きます。過去にうまくいった仕事を並べようとすると、自然と得意なジャンルばかりが集まり、まだ試していないジャンルは載せる根拠がないからと外してしまいます。その結果、ポートフォリオそのものが「自分はこの範囲の仕事しかしない人」という印象を固定してしまい、次に来る依頼もその範囲に収まっていくという流れができあがります。

派遣という働き方が持ち込む、もう一つの制約

もう一つ、選択肢を狭めている要因があります。派遣という働き方では、紹介される案件そのものが、エージェントの取引先や過去の実績によってあらかじめ絞り込まれています。自分から避けたわけではないのに、結果として似たようなジャンルの案件ばかりが回ってくるという状況です。これは自分のイメージの問題ではなく、働き方の構造から来る制約です。たとえば、直近で引き受けた案件がたまたま同じ系統のタッチだった場合、担当者の中で「この人といえばこの系統」というイメージが自然とでき、次の提案もその系統に寄っていきます。

この二つを混同してしまうと、「自分には他のジャンルは向いていない」という思い込みが強まってしまいます。実際には、単に紹介の窓口が偏っていただけかもしれません。今引き受けている案件の幅が、自分で選んで絞ったものなのか、それとも紹介される機会がそもそも偏っていた結果なのか。契約更新のタイミングで、担当者に希望するジャンルを改めて伝えてみることで、この二つを切り分ける手がかりが得られます。

エージェントの担当者は、過去に受けた案件の実績を基準に次の案件を提案してきます。つまり、こちらから何も伝えなければ、これまでと同じ幅の案件が繰り返し紹介される仕組みになっています。希望するジャンルを一度伝えたからといってすぐに案件が変わるとは限りませんが、伝えていなければ選択肢が広がる機会そのものが生まれません。狭まっている原因が構造にあるなら、動くべきは自分の実力ではなく、伝え方の方だと考えることができます。

狭まった幅を、もう一度広げるかどうかを決める

選択肢が狭まっていたことに気づいたとき、すぐに幅を広げる必要はありません。今の絞り込みが、経験を重ねて磨かれた専門性の結果であるなら、それは強みとして活かす方向で考えることもできます。一方で、実力ではなく思い込みや紹介の偏りによって狭まっていたのだとしたら、試しに違うジャンルのポートフォリオを一枚作ってみるところから、幅を取り戻す一歩が始まります。

大事なのは、狭まった状態を良い悪いで判断する前に、それがどちらの理由によるものかを見極めることです。自分のイメージを守るための選択なのか、環境の制約による絞り込みなのか。この見極めができると、次にどちらの方向へ動くかを、焦らず自分の意思で決められるようになります。

広げると決めた場合も、依頼のすべてを一気に変える必要はありません。普段の案件と並行して、興味のあるジャンルの練習作品を月に一枚だけ描き足していくといった小さな積み重ねで十分です。狭まった幅は一度の判断で急に生まれたものではなく、日々の小さな選択が積み重なった結果です。広げ直すときも、同じように小さな選択を積み重ねていく方が、無理なく続けられます。

試しに、今どんなジャンルのイラストレーター求人が出ているのかを覗いてみるのも、視野を広げる小さな一歩になります。

まとめ

冒頭で触れた、選択肢を切り捨てていく過程という見方に立ち返ると、幅が狭まっていること自体は珍しい現象ではないとわかります。

  • 専門性を高めるための絞り込みであれば、今の路線を深めていくことが納得のいく選択になります。
  • 紹介の偏りによる絞り込みであれば、担当者に希望を伝え直すことで、狭まった幅を広げる余地が生まれます。
  • そのどちらとも判断がつかない場合は、しばらく今のまま続けながら、新しいジャンルの依頼が来たときに一度だけ受けてみるという試しも選択肢になります。

今引き受けている仕事のジャンルを紙に書き出し、それぞれが自分の意思で選んだものか、環境によって絞られたものかを分けてみてください。狭まった理由が見えてくると、次の一歩も見えてきます。焦って幅を広げる必要はなく、まずは理由を切り分けることから、次の契約更新までの間に始めてみてください。一人で判断がつかないときは、今の状況を客観的に整理しながら、キャリアの方向性を一緒に考えてみませんか。