気づけば何年もこの仕事を続けているのに、なぜ自分がこの道を選んだのか、うまく説明できないことがあります。派遣という立場で契約を重ねるうちに、選んだというより流れ着いたように感じてしまう。その感覚を、意志が弱いからだと片付けてしまう必要はありません。理由がはっきりしないまま働き続けている自分を、まずはそのまま受け止めてみることから始めます。
この記事の見方
この違和感を整理する手がかりとして、心理学者アン・ローが示した考え方を借りてみます。ローは、人が育つ過程で家族との間に築いてきた関わり方の土台が、大人になってからの職業の選び方に影響していると考えました。人と深く関わる仕事に惹かれるか、ものごとや情報と向き合う仕事に安心するか。その傾向は、意識して選んだというより、もっと早い時期から自分の中に形づくられてきたものです。編集という仕事は、人と向き合う場面と、原稿という対象に向き合う場面の両方を含んでいるからこそ、自分がどちらに軸足を置いているのかが見えにくくなります。ここでは、その土台に目を向けながら、今の仕事とのつながりを見直していきます。
なぜこの仕事に惹かれたのか、振り返ってみる
編集という仕事を選んだ理由を聞かれると、多くの人は「なんとなく」「気づいたらここにいた」としか答えられません。ですが振り返ってみると、そこには一貫した傾向が隠れていることがあります。ある人は、幼いころから家族の間で聞き役や調整役を担うことが多く、誰かの言葉を整理して形にする作業に自然と安心感を覚えます。原稿を書いた本人の意図をくみ取り、読者に伝わる形に整えていく編集の仕事は、その延長線上にあると言えます。
一方で、人と向き合うことよりも、文章や資料といった対象そのものと静かに向き合う時間に落ち着きを感じる人もいます。取材で人と話すことより、集まった原稿を推敲し、構成を組み立てる工程に没頭できるとき、自分らしさを感じるという声もよく聞かれます。どちらが正しいということではありません。自分がどちらの側にいるとき呼吸がしやすいかを、これまでの仕事の場面から思い出してみることが、選んだ理由を言葉にする第一歩になります。
学生時代のアルバイトや、社会人になって最初に配属された部署での経験を思い出してみるのも手がかりになります。人からものを頼まれて動くことに充実感を覚えていたか、それとも一人で任された作業を仕上げることに満足感を覚えていたか。編集という仕事に出会う前の小さな場面にこそ、自分の土台がどちらに寄っているかのヒントが残っていることがあります。
派遣という働き方の中で、その土台が揺らぐとき
派遣で編集の仕事をしていると、契約先ごとに求められる役割が変わります。ある現場では著者やクライアントと密にやり取りする調整役を任され、別の現場では黙々と原稿整理だけを担当することもあります。この振れ幅が大きいほど、自分が本来どちらに安心感を持つタイプなのかが見えにくくなります。人と関わる役割で疲れてしまう自分に対して「向いていないのでは」と感じたり、逆に黙々とした作業ばかりが続くと「本当はもっと人と関わりたかったのでは」と迷いが生じたりします。
契約が変わるたびに求められる立ち位置が変わることは、派遣という働き方につきものです。ですがその都度、自分の土台まで揺らがせる必要はありません。役割が変わっても変わらない部分、たとえば言葉を扱うことそのものへの向き合い方や、原稿と読者の間に立つときの姿勢には、共通して感じてきた手応えがあるはずです。契約ごとの役割の違いと、自分の中で変わらない部分を、いったん切り分けて考えてみます。
現場が変わるたびに一から自分の適性を疑い直していると、契約更新のたびに消耗してしまいます。むしろ、これまで経験してきた複数の現場を横に並べて、どの役割のときに一番自然体でいられたかを比べてみる方が手がかりになります。人と関わる比重が大きい現場で息切れした経験があるなら、次の契約では制作寄りの比重が大きい案件を選ぶという判断もできますし、その逆も同じです。
次の契約先を選ぶときは、こうした自分の傾向を踏まえて、求人の業務内容を確認してみるのも一つの方法です。
選んだ理由がわからなくても、続けてきた理由はある
なぜこの仕事を選んだのかを言葉にできなくても、続けてきた理由は日々の小さな選択の中に表れています。締め切り前の忙しさより、著者とのやり取りが噛み合わなかった日の方が疲れを感じる人もいれば、逆に人とのやり取りより単純作業の停滞の方がつらいと感じる人もいます。どちらのしんどさが自分にとって重いかを見比べると、自分が何に安心を感じ、何を負担に感じるタイプなのかが浮かび上がってきます。
選んだ理由を後付けで説明できなくても構いません。大切なのは、これまで続けてきた中で自分がどんな場面に手応えを感じてきたかを、具体的な出来事として拾い集めることです。企画会議で誰かの考えを整理できたときの安心感、あるいは一人で原稿と向き合い納得のいく仕上がりにできたときの充実感。そうした場面の積み重ねが、選んだ理由に代わる、自分なりの答えになっていきます。
まとめ
冒頭で触れた、育つ過程で築かれてきた関わり方の土台という見方に立ち返ると、選んだ理由がわからないという悩み自体の見え方が変わってきます。
- 人と関わる役割を任されたときに手応えを感じる場合は、その方向に寄せた契約先を意識的に選んでいくことが、納得感につながります。
- 逆に原稿や資料と向き合う時間に安心を覚える場合は、調整役より制作寄りの役割を担える現場を探す視点が役立ちます。
- どちらとも言い切れず両方に手応えがある場合は、無理に一つに絞らず、契約ごとに役割の比重を確認しながら選んでいく方法もあります。
なぜ選んだかではなく、どんな場面で自分が落ち着いていられたかを、次の契約更新の前に一度書き出してみてください。そこに、これまで見えていなかった自分の土台が映し出されているはずです。書き出した内容は、次の契約先を選ぶときの相談材料としても、自分自身の理解を深める記録としても役立ちます。
自分の土台をどう次のキャリアに活かせるか一人で判断に迷うときは、専門家に相談しながら整理していく方法もあります。



