インダストリアルデザイナー、グラフィックデザイナーなどを経て、コンセプトアーティストとして独立、2011年に日本初のコンセプトアーティストのスペシャリスト集団である株式会社INEIを設立した富安健一郞氏。コンセプトアーティストとして、多くの映画やゲーム、CMなどの世界を構築する役割を担っています。現在も多くのコンセプトアートを制作し続ける富安氏に話を伺いました。

 

■ それまでの人生で一番楽しかったのが「絵を描くこと」だった

絵を描くことは、小さい頃から好きでした。小さい頃って、誰しも絵を描くじゃないですか。今思いかえすと、幼稚園の先生に絵を褒められたことがものすごく嬉しかった。その先生が大好きだったこともあったんでしょうね。小学校に入ってからも絵ばかり描いていました。当時小田急線沿線に住んでいたこともあって、小田急の列車を描くことが多かったです。クリーム色とブルーのツートンで、光が当たるところはツルッとしていて、影になる部分にはごちゃっとした機械なんかがあって、そのコントラストがカッコいいと思っていました。いや、いまでも一番番カッコいいメカを挙げろと聞かれたら、小田急の電車と答えるかもしれません。

ただ、中学校に入って、そんなに描いていた絵を封印してしまったんです。せいぜい、教科書の表紙を消して、全く違う絵を描いて遊んでいたくらいです。当時の教科書って、表紙を消しゴムでゴシゴシやると消えたんですよ、知らないですよね。高校に入るとそれもしなくなって、ラグビー部に入りました。本当に普通の高校生をやっていたんです。ところが学年が進むと、否応なしに“進路”を考えないといけない。そこで頭に浮かんだ職業が3つありました。「シェフ」「絵描き」「プロレスラー」です。どれも好きなことばかりでした。ただ、プロレスラーは死んでしまうかもしれないということで、シェフか絵描きの二択になった。そこで改めて、それまでの人生で一番楽しかった時間はなんだ、自分が無になれたことはなんだと考えると、“絵”だったんです。それで絵描きの道を進むことに決めました。自分が一番番楽しいと思えることを仕事にしたかった。でも、実はシェフになるという夢もまだ捨ててはいないんですよ。

 

■ どうしてもコンセプトアーティストになりたい。だから全てを忘れて1年間修行した

そこからは美術予備校に行って、武蔵野美術大学に入学して、卒業という流れです。美大で改めて感じたのは、シンプルに“絵を描く”ということだけみれば、凄くレベルの高い人が沢山いるということ。これは勝てないという気持ちもあって、ゲーム会社に入社しデザインの仕事に就きました。いわゆるインダストリアルデザイナーです。でも何か違うなっていう気持ちがあり、会社を辞めてフリーのデザイナーになりました。でもそれは消えなかった。そこで「本当にこれが自分のやりたかったことか?」と考えたら、「自分はコンセプトアーティストになりたかったんじゃないのか?」と気が付いたんです。そこで妻に頭を下げた。「1年間、修行をさせてくれ」と。修行ですからもちろん収入はなくなるわけで、頭を下げるしかない。それでもやりたかった。幸い妻自身が働いていたこともあり、意外なほどあっさり承諾してくれました。

コンセプトアーティストは「世界を描きだす」仕事です。例えば、映画でもゲームでも、最初は「こんな感じ」というあやふやな言葉しかない。それを絵で表現することは、まさに世界を作ることなんです。当時、日本には素晴らしいイラストレーターやデザイナーはいましたが、コンセプトアートを専門に描いている方は、僕の知る限りではいなかった。コンセプトアートをやりたい。美術予備校に行っていた頃に見たシド・ミードの絵、スターウォーズの画集、そんなものがずっと頭の中にあったんです。

 

■ とにかく描いた。そして世界のトップアーティストに意見を求めた

修行の1年間は本当に絵しか描きませんでした。極端な話、1日23時間、絵を描く。寝ている時間が無いじゃないかとなりますが、寝ていても夢の中、頭の中で描くんです。とにかく絵以外のことはすべて排除しました。そうしながら「どうやったら世界一になれるか」を考え続けていました。そして、絵を描いては世界中の絵の交流サイトに絵を提出して添削してもらい、修正してはまた提出するということもやりつづけました。そこでは世界のトップレベルの人に添削してもらえるのですから、考えてみればお得な訓練でしたね。その頃に僕の絵に意見をくれた人たちは、いまでは有名なアーティストになっています。そういった人たちに直接絵を評価してもらえる機会があるということは、本当に有意義でした。

1年経ってポートフォリオが完成したのですが、それだけでコンセプトアーティストになれるわけではありません。次はセルフプロデュースです。ポートフォリオを持って行く先をどこにするか、二つに厳選しました。ひとつは『SFマガジン』であこがれのあった早川書房さん、もうひとつはフリーデザイナーの頃からから付き合いがあったディレクターさんです。結果、『SFマガジン』にオリジナルのコンセプトアートの掲載が決まり、ディレクターさんからの紹介で『ドラゴンクエスト』をはじめとする大きなプロジェクトに声をかけていただけました。それらが他のゲームや映画の仕事へとつながり、ようやく念願のコンセプトアーティストになれたんです。

■ コンセプトアーティストの仕事は絵を描くことだけではない。世界を作ることだ

コンセプトアーティストは、まだ誰の頭の中にもないものを描くのが仕事です。ゲームや映画だと企画の段階では「こんな感じ」という粗っぽい言葉しかない。プロジェクトを立ち上げたメンバー誰の頭の中にもあやふやなものしかないという場合もあるし、それさえ無い場合もあります。その状態からコンサルティングをしながらイメージを作り上げていき、「絵」として描きだしていく。「絵」にするまで、そこにいる誰もが見たことのない世界を、です。

絵で表現しにくいものどうすればうまく伝えられるかをいつも考えています。例えば、「この絵の中ではどういう音が聞こえているだろう?」「どんな匂いがするだろう?」「この場所の温度は何度だろう?」「乾燥しているのかジメジメしているのか?」とか空気感もヒアリングして絵にしていきます。

たくさんの作品をみて、自分のなかに引出を多く持っておくのも重要な事なのかもしれません。表現の幅も広がりますし、頭の中で他の作品との比較をしながら製作したり、人に説明できたりします。
コンセプトアーティストの仕事は絵を描くことではあるんですが、それはアウトプットのひとつに過ぎない。世界を作ることがコンセプトアーティストの仕事なんです。また、コンセプトアートというものはあくまでもプロジェクトがあってはじめて機能するので、1人きりで成り立つものではない。だから「1人で絵を描きつづけたい」という人には向かない職業かもしれません。自分で言うのは何ですが、絵を完成させるためには驚くほどコミュニケーションが必要ですから。

■ 絵の上達に近道はない。1mmずつでも成長していくしかない

コンセプトアーティストになりたい、絵描きになりたいというなら、とにかく、全力で絵を描きつづけることです。それも1枚1枚、目的を持って描く。絵の上達に近道はありません。都合が良いワープなんてない、1mmずつ、地道に成長するしかないんです。もうひとつ、「絵のことだけ考えろ」ということです。僕も修行の時には、絵のこと以外はシャットアウトしていました。ゲーム会社でインダストリアルデザイナーをしていた頃、ある上司に、「お前は仕事が終わったら、もうデザインのことは考えてない。だから俺に勝てないんだ」と言われたことがあります。当時はよく理解できませんでしたが、この言葉は正しいと今ではわかります。本当に生活の全てを絵に献げる。それが辛いというなら、あきらめた方がいい。やっている人はそれくらいやっていますから。

最後に言うなら、前に言ったこととは逆説的に聞こえますが“絵が上手いかどうかは、あまり問題じゃない”ということです。全力で描け、1mmずつでも成長しろ、と言いましたが、絵の技術だけではダメなんです。上手い人なら本当に沢山いる。僕なんて下手な方だと思います。でも、僕がプロとしてやっていけているのは、“世界を作る”ことに全力を投じているからだと思います。1枚のイラストを描くのと、コンセプトアートでは目的が違うんです。イラストはその1枚でひとつの作品ですが、コンセプトアートは作品を構成するプロダクトのひとつ。だから、例え技術が劣っていても、「そこで描きだされた世界観」が認められればいいんです。

僕自身、コンセプトアーティストとしては、まだまだ後進を育てるような年でもありませんし、すごい人でもない。でも、これから日本でコンセプトアーティストがもっと増えて、効率よくプロジェクトに貢献できるようになっていくために、情報発信はしていきたいと思っています。何よりもコンセプトアーティストとしての仕事そのもので、情報発信をしていくことが大事だと思っています。


■株式会社INEI(陰翳・インエイ)
インエイはコンセプトアートのスペシャリストです。映画、ゲーム、CMなどのエンターテイメントコンテンツ、都市計画、大型施設のなどのコンセプトアートを提供しています。コンセプトアートとは、作品のビジュアル面でのコンセプトをアート(絵)として表現したものです。
世界中のビジュアルコンテンツに対して最高水準の作品を提供していきたいと思っています。また、世界中の優秀なアーティストと組んで、よりレベルの高いアートを提供していきます。コミュニケーションと圧倒的なビジュアルを武器にしていきます。
社名に選んだINEI(陰翳・インエイ)は微妙で繊細な色、濃淡の変化を意味する言葉です。日本独自の陰翳という概念には言葉では言い表せない価値観、表現をも含んでいます。我々が表現する対象に選んだものに対して、唯一無二の最高のコンセプトを表現することに絶対に一切の妥協はありません。そこにはDNAに刻まれた陰翳という概念がきっと核にあるからだと思います。

株式会社INEI
http://ineistudio.com