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林智也

TBS系『教えてもらう前と後』チーフプロデューサー 林智也さんインタビュー 本気で準備して「見えない」を仕掛ける

人気教養バラエティ『教えてもらう前と後』。その名の通り、1枚の写真も、その道の専門家に教えてもらう“前と後”では、見え方が全く変わる!...という知のビフォーアフター番組です。レギュラー陣をはじめ、大物ゲストと100人を超えるスタッフを統率する総合プロデューサーが林智也さん。制作一筋に歩んだ新人時代からの足跡を辿ると、番組づくりの面白さが見えてきます。

林 智也(はやし・ともや)
1979年 兵庫県芦屋市生まれ。関西学院大学法学部卒業 学生時代はアメフト部に所属。
2002年 毎日放送入社 以来、テレビ制作一筋。
ディレクター・チーフディレクターとして『ちちんぷいぷい』『知っとこ!』『ジャイケルマクソン』『明石家電視台』『魔法のレストラン』などの関西ローカル人気番組を担当。
その後「世界バリバリバリュー』『チェックtheNO.1』『となりのマエストロ』『サタデープラス』など数多くの全国ネット番組の演出を手がける。
『林先生の驚く初耳学』にてチーフプロデューサーを経験。
現在は2017年10月にスタートした滝川クリステル・華丸大吉の新番組『教えてもらう前と後』のチーフプロデューサーを担う。

自分の仕事に責任を負うという環境にゾクゾク

学生時代は関西学院大学で、アメフト漬けの毎日でした。とにかくアメフトで日本一になることしか考えていなかったので、就活の時期になって慌てて自分のやりたいことを探し始めた感じです。

毎日放送を選んだ理由?今だから正直に言うと“テレビ業界は楽しそうだな、モテそうだな”くらいの軽い気持ち(笑)。だから入社後も自分では、「まずは謙虚に言われた場所で咲こう」くらいの見立てだったんです。ところが研修期間『ちちんぷいぷい』という関西ローカルの情報番組にADとして仮配属されたんですね。そこで初めて現場を体感したらこれがもう、ビビビーっとハートに雷が落ちた!むちゃくちゃおもしろくて! 一瞬にして現場の虜です。

ADの仕事ですから、もちろん大変なんだけれど、ADが楽しいというより、“自分の仕事に責任を負う“という環境が性に合ってました。番組作りはチームワーク、分業です。ADだろうがディレクターだろうが関係なく、これは僕の責任です、と背負った範囲に応じてそれなりの楽しさと苦しさがつきまとう。これは1年目からリングに上がれるな、と。責任を重圧だと感じずに、むしろもっと負荷が欲しいと思えるくらいゾクゾクできる毎日でした。

そこからは上司や人事の人に「とにかく制作をやらせてください!」と、頭を下げまくり(笑)、いくつかの番組を掛け持ちしながらディレクターになっていきました。

作家さんからの一言をキッカケに思い上がっていた自分を恥じる

その後は『知っとこ!』という全国ネットの情報番組を1年半ほど担当。初めての海外ロケを経験したり、第一線で活躍するオセロさんや、くりぃむしちゅーさんたちと一緒にお仕事したりと何もかもが初めての経験でした。

しかし次の番組に移る頃には僕もすっかり現場に慣れ、気づかないうちに思い上がっていたのかもしれません。それはローカルの深夜バラエティを担当していた時のこと。レギュラー出演者は明石家さんまさんや、中川家さん、フットボールアワーさん、陣内智則さんなど、お笑いの一流どころです。毎日、芸人さんと会って、がむしゃらに仕事をしているうち、“大体こういうことをやればおもしろくなって、この人をキャスティングすればこういうふうにオチがつくな”、と、パターンがわかった気になっていた(何もわかってないのに)。番組の流れが最初から最後まで予想できることを業界用語で「見えた」って言うんですね。当時、僕はいくつかのパターンを習得して、何でも作れるような気になって得意げに「見えた」「見えた」と連発していたんです。

そのとき一緒に仕事をしていた構成作家さんにガツンと雷を落とされた!
「林、見えたとは言うな。それはキミがこれまで見たことがあるものを、なぞってるだけだ。テレビを作るってことは、まだ誰も見たことのない面白さを探すことなんだよ」

自分の引き出しだけで勝負しようとしていたことに気付いて猛省しました。

自分のVTRが番組タイトルにまで採用されて自信に

そうして入社から5年ほど経った時、全国で勝負して勝ちたい!という想いが募り、希望して東京支社に異動しました。東京で初めて担当したのは島田紳助さん全盛期の『世界バリバリ★バリュー』というクイズ番組。世界の大富豪を取材してクイズ形式で紹介する番組だったので取材の多くが海外。
この時期は、自分がロケしたVTRを他のディレクターのVTRより、1分1秒でも長く放送して欲しい、何としても全国レベルで認められたい、という意欲に満ち溢れてました。でも何かひとつ抜けない...そんな中、印象に残っているのはなんてことない失敗ロケ?でした。ロンドンで行われた映画のプレミア試写会で、ニコール・キッドマンを取材したこと。取材規制も厳重で、声をかけていいのはレッドカーペットを歩く間だけ。インタビュー役として一撃必殺になるような質問を練りに練りました。そして本番。バリバリバリューはお金持ちの家に行くのがお決まりだったので、歩いてくるニコール・キッドマンに大声で叫びました。「家に行っていいですかーーー?」。そうしたら通訳も通さずに「NO!」って! すごく嫌そうに!通訳の戸田奈津子の冷たい視線も合わせて今も鮮明に覚えています。

正直、海外まで行って取材断られただけなんです。ちっともうまく行っていない。でもこの「NO!」という2文字の結末がちょっとでも痛快に見えるようにひたすら編集した結果“少しいつもと違う感覚“が残りました。とはいえ失敗ロケ、ドキドキしながら帰国してプロデューサーや総合演出に見せたら・・・なぜか大ウケで。その回の番組タイトルが『世界バリバリ★バリュー ニコール・キッドマンの家行っていいですかスペシャル』に決まった時、ビビビーっとまた心に雷が走りました。
パターンに則った「見えてる」台本より、準備を重ねに重ねた上で「見えてない」宝物を狙いに行く方が作り手も見てくれる人もワクワクする!
改めてこの仕事を面白いと思った瞬間です。

脱パンケーキの番組作り

その後、20代後半に総合演出として志村けんさんと『となりのマエストロ』という番組を立ち上げます。志村さんには本当に厳しくテレビ作りを教えていただきました。まさに自分にとってかけがえなのない出逢い。

この頃作っている番組を思い出すと『今すぐ覗きたい24の財布』『命を救う値段ドクターハウマッチ』『京都B級グルメ覇王決定戦』『なぜ今パリのうどん屋に行列ができるのか』『リズムネタ日本一決定戦“歌ネタ王“』な少しずつ作るものに臭みと狙いが出てきた気がします。

同じ頃、関ジャニの丸山隆平さんや小堺一機さん、小島瑠璃子さんと『サタデープラス』という番組を、それぞれイチから立ち上げる経験に恵まれました。そうして、また東京で勝負を始めることになったきっかけは、『林先生が驚く初耳学』のプロデューサーを任されたタイミング。

現在は『教えてもらう前と後』という番組の総合プロデューサーを担当。番組は2017年の10月に始まったばかりですが、内容は池上彰さんが「富士山の上空は米軍の空域である」とアメリカの見えざる支配を教えてくれたかと思えば、ベストセラー本『君たちはどう生きるか』のドラマ化。かと思えば浮世絵の専門家が「歌川広重作・東海道五十三次の“日本橋”にはもっと盛られたバージョンがある」と教えてくれたり、元農水大臣秘書官が「お米が高くて食べられなくなる未来」をシミュレーションしてくれたりと話題が多岐に渡り、ちょっと個性的です。

ちょっと話はそれますが僕は周囲のスタッフによく「脱パンケーキ」を宣言してるんです。「人気のパンケーキ店を紹介しておけば視聴者は飛びつくでしょう」という媚びが透けて見える番組、僕あれが苦手で。もちろんパンケーキは例えで何も悪くないのですが信頼する演出家や作家さんとともに視聴者のニーズをなめずに本気で調べること、あともうひとつ大事なのは「やはり作る側の自分たちが興奮してないと伝わらない」こと。僕が番組を作るときのイメージは「視聴者が求めている情報を徹底的に調べた円」と「自分たちの作りたいもの、という円」を掛け合わせて、ベン図の交わった公約数の部分をキッチリ狙うこと。どちらかだけではダメ。重なるまで見てくれる視聴者を調べて、一方で自分たちもやってて楽しいか向き合って作りたいなと。これはとっても難しいですが実はテレビだけでなく、全ての仕事・学校生活、恋愛、結婚生活なども一緒なんじゃないか、と思っています。

制作ひとすじ16年になりますが、魅力的な仕事をさせてもらえる環境に感謝しています。学生時代、これといった映像の勉強も研究もしなかった自分も楽しくやっています。是非みなさんとご一緒できればと思っています。

インタビュー・テキスト:上野 真由香/撮影:TAKASHI KISHINAMI/編集:CREATIVE VILLAGE編集部

番組情報

『教えてもらう前と後』
(毎週火曜日 夜8時~放送)
公式サイト:https://www.mbs.jp/maetoato/