自分のアバターと並走できる陸上トラック、手を叩くと元の位置にもどるイス、今日の天気や好きなイラストを映し出す窓…どれも「何それ、見たい!」と好奇心をくすぐるものばかり。これらすべてを企画から開発まで手掛けたという、株式会社BIRDMAN。
“クレイジーなアイデアをデジタルの力で実現する”というスローガンを掲げ、話題を集める作品を生み出し続ける同社の代表であり、クリエイティブディレクターの築地ROY良さんに、BIRDMAN流のクリエイティビティについて、また社会問題となっているクリエイターの働き方まで、いろいろお話を伺いました。

株式会社BIRDMAN 代表/クリエイティブディレクター 築地ROY良
オーストラリア出身。グラフィックデザイン会社でデザイナーとして活躍。2004年にスパイス・グラフィックスを設立。2009年には社名をBIRDMANに変更して現在に至る。ソフトウェア/ハードウェアを問わずにあらゆる手段を使って人を動かす提案をする。デジタル技術を用いたインタラクティブ広告を中心に制作を手掛け、今まで誰も体験したことが無いようなモノを作ることに常にチャレンジしている。Cannes Lions、OneShow、Clioのゴールドをはじめ、国内外にて300 以上のアワードを受賞。

分業化された日本のワークスタイルに驚き

僕はオーストラリアで学生時代を過ごし、98年に来日しました。
映像の仕事がしたかったのですが、いくつか面接を受けてみると日本では業務が分業化されているとわかって。オーストラリアの企業で働いた経験があるのですが、向こうは一人で幅広く手掛けるスタイル。なので、分業制は自分には合わないと思って、グラフィックデザインの会社に入りました。

しばらく経って2002年にFlashが出始めて。Web上で動き回るのを見て、これで何でも表現できるじゃん!と思ったんですね。それで独学で覚えて作品を作ったりしました。そしたらある時、雑誌に作品が取り上げられて。それをきっかけに個人的に仕事のオファーがたくさん寄せられるようになりました。それでしばらく会社と個人の仕事を両立させたのちに独立しました。

当時はFlashが出来る人がすごく重宝された時代でした。仕事の量は増える一方で、やがて人を雇うかどうかというターニングポイントを迎えることに。
そこでいろいろと考えて、会社を作ろうと決めて、2004年に立ち上げました。そして2009年に社名を今のBIRDMANに変えて、現在に至ります。
フリー時代は孫請けのさらに孫請け、というように、末端のところでの仕事がほとんどでした。そこから抜け出して、すべての工程を手掛けたい。来日して就職をあきらめた映像会社のように分業はやりたくないと。企画も撮影もCGも作りたい…そんな思いが強かったですね。

斬新なアイデアを高い技術力でカタチにする

会社を作ったからには、社内で何でも出来る、一気通貫で案件を請け負えるようにしたいと考えていて、今は社内にソフトウェアとハードウェアの部隊を揃えて対応できる体制にしています。

2016年に手掛けたNIKEのプロモーション「NIKE UNLIMITED STADIUM」はまさにその一例で、期間限定の陸上トラックをフィリピンに作りました。

ナイキの新作シューズのソールをモチーフにLEDスクリーンを使用した無限ループ状の形状が特徴で、シューズにセンサーを取り付けて1周走るとそのラップタイムでアバターが出来上がり、2週目からはランナーと並走するという仕組み。
エージェンシーはBBH Singaporeで、うちはPARTY New Yorkと組んで企画段階から関わり 、テクニカルディレクション、演出、システム、実装、デザイン、アプリなどの制作を担当したのですが、工期がここでは言えないくらいハードなものでした。みなさんの想像の1/10位です(笑)。でもこうしたハードとソフトの技術両方が絡んだものを短期間で形にできるのはうちの強みをしっかり発揮できたからこそなんです。

うちのチーム体制は、ディレクター、デザイナー、ディベロッパー部門はフロントエンドが一番層が厚くて、バックエンド、マークアップ、CGデザイナー、撮影部隊と社内ですべて出来るようにしています。
技術はすごく重視しています。電通さんと一緒に制作した江崎グリコさんの「GLICODE®」ではお菓子をプログラミングに使うという電通さんのアイデアを実現したものですが、それが可能かどうかは技術力にかかっている。
我々は“クレイジーなアイデアをデジタルの力で実現するのが得意”とあらゆるところで言うようにしているんですが、「NIKE UNLIMITED STADIUM」も「GLICODE®」もアイデアがクレイジー。でも実現できないと意味がないんですよね。

これらの作品は、カンヌライオンズをはじめ数々の国内外の広告アワードで受賞しました。狙っていたわけではありませんでしたが、どれも一般の反響が大きくて、広告としての効果をきちんと出せた。
そしてアワードでも受賞という、対外的な評価もきちんとついてきたという、一番良いパターンでしたね。

枠に捉われないモノづくりで追求するのは“感動体験”

SNSの浸透によって、ある意味“人”がメディアとなった今、感動できるストーリーや体験でないと、もはやシェアしてくれません。そのうえで商品を好きになってもらうという流れにシフトしていて、我々もプロダクト自体の制作に携わったものもいくつかあります。

例えば、TBWA\HAKUHODOさんと一緒に制作した「NISSAN INTELLIGENT PARKING CHAIR」。
車を駐車する際に自動でハンドルを操作してドライバーをサポートする日産の技術に着想を得たもので、手を叩くだけで散らかった椅子が自ら元の位置に自動で戻る=駐車するという仕組みです。

いかに一般の人に日産の技術への認知を広めていくかというお題のもと、企画から関わってアウトプットに1年半かけたものです。フェイスブックでは「これは何?」と多くの人たちに驚きと感動を与え、シェアしてもらいました。

同様の施策でPARTYと一緒に制作した「YKK AP 未来窓プロジェクト」では「近未来の窓をつくる」というコンセプトのもと、サッシ自体に“機能”を埋め込むことで、お客様が将来、さまざまな機能のサッシを組み合わせて買えるという未来を創造しました。

例えば、天気とか花粉量といった天気や環境情報から、テレビ番組、音楽、写真などさまざまな情報を選んで映し出したり、サッシ自体が光をコントロール出来る機能や、空気清浄機がついていたりなど。
このプロジェクト自体がクライアント社内で評判になり、活性化に一役買ったそうなんです。

広告が見られなくなってきている中で、こうしたアイデアが好意をもって受け止められてSNSでシェアされていくという流れをつくっていけたらベストだと思っていて。そこはクライアントも理解を示してくれるようになってきていますね。

PRのファクトやロジックを企画に“実装する”重要性

アイデアを企画に落とし込むところでいうと、パブリックリレーションは非常に重要だと考えています。
今年、デジタルメディアに特化したPR会社のアウルさんと事業提携をしたんですが、デジタルの中心がSNSになってきている今、PRからのファクトや数字を取り入れた施策の実施は重要度を増していきますし、またクライアントもそうした動きについて理解を示してきています。
Webだと、どのくらい拡散されているのかとか数字が丸わかり。だからこそ、それを踏まえた訴求力のある企画提案ができると考えています。当たり前の事ですが。

また、SNSを展開する際に、いかに炎上させないかというリスク回避の対策も取ることが出来るというメリットもあります。これまでにいろんな炎上事件がありましたが、パターンとして多いのは、あるメディアの発言内容に対する少数の過剰反応に敏感になってしまい、取り下げたところさらに炎上してしまったというケース。

実は“いい”と思った人が多数いるのに、たった少数のネガティブ反応で炎上させてしまったら、ポジティブな意見がかき消されてしまう。
こういうリスクをきちんとコントロールすることって、これからはすごく大事だと思っていて、それを今後はPRを活用してきちんと対策していこうとしています。

オカモトさんの「LOVERS研究所」というプロジェクトでは、PRの重要性を大いに感じました。
コンドーム専用音声認識ウェアラブル・デバイス「ゼロワンベルト」を開発したりとさまざまな施策を展開したのですが、性に関する製品の広告は雑誌などには規制がかかってしまって掲載できないなどのハンデを、PRによって克服し、商品を効果的に訴求することができました。さまざまなWeb媒体露出で、のべ4000万PVを達成し、SNSでは、この商品のターゲット世代の男女間で議論となったり、商品への偏見を減らすこともできたのは、大きな成果でした。

技術ありきだけではなく、訴求したいことを実現できる手法を考える

このプロジェクトではVRのコンテンツも作ったんです。「男女の本音VR」というムービーで、「Gender Switching System」と呼んでいるのですが、“男性視点”と“女性視点”を切り替えることができ、それぞれの心の声(本音)が音声で聞こえてくるという仕組み。男女間の性に対する考え方の違いをリアルな男女の心の声で体験するために、没入感が得られるVR技術に着目し、商品の利用に対するハードルを下げるというのがこの企画の狙いでした。

この作品はVR Creative Awardで受賞したのですが、その他の作品はほとんどが3Dゲーム。この作品のようなテーマで、しかも実写で作ったのは我々だけでした。
たいがいはVRコンテンツを作ることを目的としますが、我々は表現したいものをどんな技術で実現するか、という観点から制作に入る。この企画であればVRのコンテンツとして制作するのが最適だということで取り組んだわけです。つまりどういうVRのコンテンツを作るかではなく、VRをどう使うかという観点から考えています。

全日空の「IS JAPAN COOL?DOU」という日本文化を海外に発信するプロジェクトで、日本の伝統芸能や武道を紹介するコンテンツを作りました。独特の所作や技を精緻に捉えるために、リアルタイムに3DでキャプチャしてCG化し、作品にしたもので、我々がWebやオープニング映像のトータルディレクション、デザイン、実装、システム、撮影からCG、編集まで担当しました。

こういうモノづくりって、各分野のクリエイターが一つ屋根の下に集まっているからこそ、スムーズに効率よく実現できると思っています。互いに意思疎通を図りながら一体感持って携わることが出来た。これが外部に発注すると、まず実現できるかどうかを検証するところから始まって、見積もり立てて交渉して…と前段階として契約事が発生する。
でもうちは社内ですべて出来る体制を持っているから、チームワークで出来るんですよね。そこが最大の強みなんです。

案件をもらうとまずメンバー全員に告知して、興味ある人を集めてブレストするところから始まります。その場でプログラマーの技術の視点とか、デザイナーのアイデアとかがいろいろと上がります。そして採用されたメンバーがその案件を担当するという。
そうすると、任された人はモチベーションをしっかり持って制作にあたれる。こうしたワークスタイルで、メンバーが職種の枠を超えてフラットにコミュニケーションを図りながら感性を高めあっていくという環境がバードマンの持ち味です。

クリエイターだからこそ“ワークライフバランス”を意識して働いてほしい

最近、働き方改革と盛んに叫ばれていますが、僕もこの問題は非常に高い関心を抱いています。僕は「I.C.E(Interactive Communication Experts)」というデジタル広告を制作する企業が集まり設立した一般社団法人で理事を務めているのですが、この団体を通じて、業界の働き方について改善のための取り組みをやっていきたいと考えているところです。

企業が個々で改善に取り組むのではなくて、クライアントも巻き込んで、業界全体でやっていかないとダメだと思うんです。そして、雇う側と働く側、双方の“意識改革”が大事なんじゃないかと。
僕はオーストラリアで企業に勤めた経験もありますが、向こうはみんな定時で帰ります。
まず仕事の受発注のシステムが全く違っていて、(一概には言えませんが)日本はグロスで案件を請け負うスタイルですが、海外では時間でチャージします。一方、日本は成果物に対してお金を払うだけだから、週末に頼もうが真夜中に頼もうが支払額は変わらない。
こうした構造は日本特殊ですよね。

また、個人の意識も変わらないといけない。日本人のライフスタイルは仕事中心というパターンがほとんど。でも海外では仕事とプライベートをきちんと分けてワークライフバランスを保とうとする。この違いは、「何のために働くのか」という考え方にあると思います。

海外では「人生を豊かにするため」という考えが根付いているので、働いた後はきちんとプライベートも重視する。しかし日本の、特にクリエイティブ職の人達はプライベートな時間も含めて時間がある限り制作しようとする。ぱっと見は素晴らしいことに見えますが、でもそれは「仕事」という範囲を超えている。僕は日本人のそうした考え方に違和感を感じます。

僕は限られた時間の中でいかに良い物を作れるのか、というのが仕事として本当に価値があるものだと思っています。海外では定時に上がっているのに素晴らしいクリエイティブがどんどん出てきます。なぜ日本ではそれが出来ないのでしょうか?
社会問題となっている今こそ、たった一度の人生の中で自分は一体何のために働いているのか、一人ひとりが真剣に考えられる良い機会ではないでしょうか?

撮影:TAESOO KANG 取材・編集:岩淵留美子(CREATIVE VILLAGE編集部)