クリエイティブ業界の注目情報や求人情報などを発信する、クリエイターのための総合情報サイトです。
IMG_7408

ファイナルファンタジーなど、数々のヒット作を生んだゲーム制作哲学とは!? ミストウォーカーコーポレーション 坂口 博信さん

大人気ゲームシリーズ『ファイナルファンタジー』を作り上げたプロデューサー、坂口博信さん。現在はミストウォーカーを立ち上げ、新しいゲームを生みだし続けています。RPGゲームのヒットメーカーに、ゲーム制作について、またクリエイターについて、お話を伺いました。

 

■ ミュージシャンになりたかった

大学生くらいまでは、ずっとミュージシャンを目指していました。母親が音楽好きで、4歳くらいからピアノを習っていたんです。中学でエレクトーンも始めて熱中しました。エレクトーンの曲ってコード進行なんですよ。Dmの次はFがきてG7で繋げてCに戻って……といったふうに音の繋がりで曲調が決まってくるのが面白くなっちゃって、作曲をするようになりました。高校生の頃は、バンド活動だと言って自作の歌を歌っていましたね。父は製造業のメーカーで設計士をしていた真面目な人で、家の中は堅い雰囲気だったんです。だから音楽みたいな柔らかい事に興味があったのかもしれない。当然、父からはミュージシャンの夢は大反対されていました。

当時はすでに、後に制作する『ファイナルファンタジー(以下FF)』などに繋がるような世界観が好きでしたね。高校生の時は、毎日映画を3本ほど観ていました。『スターウォーズ』で体が固まるほどの衝撃を受けて、『風の谷のナウシカ』で「なにこれ!?信じられない!」と泣きました。SF小説も好きで、たくさん読みましたよ。光瀬龍さんの『百億の昼と千億の夜』のような哲学的な世界観にハマりました。ちょうど栗本薫さんの『グイン・サーガ』シリーズが始まった時で、読み漁っていましたね。やっぱりSFの世界観が好きだったんでしょうね。『エイリアン』とか『ターミネーター』とか、次々と新しい発想がでてきて衝撃的でした。ちょうど高校から大学にかけての多感な時期だったので、その時のインプットはたぶん今も頭の中にこびりついていますね。テレビではなく、映画館の大スクリーンで大音響で観た衝撃が大きかったです。

 

■ 音楽とゲームは似ている

その後、音楽からゲームにハマったんです。音楽のコード進行とゲームのプログラミングが似ていると感じたんですよ。実はどちらも、論理的な計算の上になりたっている。僕は完全に理系なんですよね。物理が大好きで、大学も一浪して工学部に入りました。

ゲームセンターに通い詰めて、インベーダーやギャラクシアンやブロック崩しをやる日々でしたが、そのうち自分でもゲームを作りたいと思うようになりました。当時、アップル社の最初のコンピュータであるAppleⅡがでて、アメリカ人のプログラマー達がこぞって面白いプログラムを作っていました。世界初のパソコン向け表計算ソフトVisiCalc(ビジカルク)とかを見て、「コンピュータでこんな事がやれるんだ!」とカルチャーショックを受けましたね。大学3年になる頃には、自分でもいくつかの簡単なゲームを作っていました。
けれども、スクウェア(現・株式会社スクウェア・エニックス)の社員になることに決まった時は、親に反対されました。当時は正社員でゲームを作る人はほとんどいなくて、学生が空いた時間でやるものだった。けれど、楽しい事をやった方がいいなと思った。それに、今後はコンピュータがブームになるという予感があったんですよ。アメリカのAppleに続き、NECが初心者用のパソコンを出しはじめていて、たぶん日本でも世の中を席巻するだろうな、と。そういう場にいれば何かしら道が開けるかもしれないという自分の直感を信じて、入社しました。

 

■ チームづくりで大事なこと

ゲーム制作のチームを作る時にまず大事にしているのは、絵とキャラクターです。僕は自分で描けないので、まず軸になる絵描きさんを決めてから、その人の絵に合う背景が描ける人……などと周辺を固めていくとチームの大半は決まってきます。なによりも技術が高いことが重要で、コミュニケーション能力は関係ありません。だから自然とこだわりが強い人ばかりになりますね。当然、現場ではよくぶつかります。
『クロノ・トリガー』制作の時が一番大変だったかな。憧れの鳥山明さんをなんとか口説き落として一緒に仕事ができることになったのですが、ちょうど『FFⅥ』の制作で忙しかったので『クロノ・トリガー』の制作はチームメンバーに任せていたんです。その後『FFⅥ』を作り終わってから両チームを合体したのが、良くなかった。最初からいたメンバーと後から入ったメンバーに溝ができてしまい、全員が精神的に疲弊していきました。
でもチーム内の雰囲気が良くないのと、ゲームに出ちゃう。だから良い関係を作るために、毎日お昼は良いお弁当をとってみんなで食べていました。合宿みたいなもので、仕事以外の時間に1時間でいいから一緒にいることは大切なんです。最初の『FF』を作った時もプログラマーのナーシャ・ジベリは日本語が話せなかったのですが、毎日一緒にステーキを食べていたなあ。そうやってコミュニケーションをとりつつ、メンバーの個性を理解することが大事。20~30人のチーム規模までは全員の性格や好みを把握していましたね。さすがに100人をこえる大きなチームだとわからなくなりますけど。

実際にゲームを作るにあたっては、スタッフそれぞれのアイデアを大事にするようにしています。企画のスタート時には僕が書いたシナリオを全員に渡して世界観を共有するんですが、今組んでいるイラストレーターの藤坂公彦は、僕が作った設定をよく壊してくる。男3人組の剣士だったのが「こんなふうになっちゃいました」と女になっていたりする(笑)でもそれは、僕とは別の観点から女性キャラの方が良いと判断したということなんですね。だから最初の設定は崩して、一旦その案を引き受けます。そうやって自分の意見が通ると、本人もやる気が出ます。ゲームは一人じゃ作れませんから、やっぱりモチベーションは大事ですよ。みんながやる気になった時に出来上がってくるものは一味違いますね。だから僕としても、こちらが予想もしないアイデアをどんどん盛ってくれる人と一緒に働きたいですね。

 

■ アイデアが生まれるために

僕がゲームのアイデアを考えるのは、ぼーっとしている時ですね。サーフィン中に「波来ねぇなぁ」と待っている時とか、シャワーを浴びている時とかに、ぼんやり考えています。すると急に「あ~きた!きた!」とイメージが膨らんでいくんですよ。シャワー中に思いつくと、30分くらい滝行のようにしていますね。サーフィンとかシャワーとか、“水”がいいのかもしれないなあ。小学校の頃のあだ名は『カッパ』だったし。髪型がカッパみたいだったというだけなんですけど(笑)

発想力を養うには、ファッションの流行を意識するのは大事だと思います。とくにキャラクターを描く人は、流行りの着物の柄なんて参考になるんじゃないかな。あとは、多くの刺激を受けることですね。僕はつねに日本とロスとハワイを移動しているので、新鮮なことだらけですよ。一ヶ月ぶりにロスの街に行くと「こんな店できてる!」とか「アメリカのティーンにはこんなものが流行っているんだ」とわかる。国を移動すると社会構造の違いを感じられるのもいいですね。シナリオの中で対立する国を描く時に、実際の経済の違いを参考にしたりします。空想でRPGの世界を細部まで描くのは無理なので、自分が体験していると説得力がありますね。体感することで、ゲームの世界観に厚みが増します。

 

■ クリエイターとして成功する道

『FFシリーズ』から始まり、ずっとコンシューマーゲームを作ってきました。その後、オンラインゲームや携帯ゲームが出てきた時はちょっと戸惑いましたよ。それは昔、「アーケードゲームの方が素晴らしいものでコンシューマーゲームは二軍だよな」と言われていたのに近い感覚だと思います。でも今では逆転しちゃった。変化は起きていくものなんでしょう。
だから、クリエイターになりたい人は、これから流行りそうなものを目指した方がいいですよ。「あのチームに入れたらカッコイイよな」と思うところにはすでにたくさんの人がいるので、新しいものの方が道を拓きやすい。僕自身、ゲームという当時では新しい領域に進んだことで、競争相手も少なかったからはやくトップになれた。上の立場になるほど自分の色が出しやすいので、やりたい事をやれる可能性が広がっていくのは楽しいです。また、自分に合っているということも大事ですね。僕は『FF』を作る前はレーシングゲームを作っていましたが、面白くなかった。自分が好きなことをやろうと思って作ったRPGがヒットしたんです。
これから先はきっと、スマホゲームも変化して、次がくる。VR(バーチャルリアリティー)かもしれないし、まったく別のものかもしれない。それをうまく察知できれば面白いでしょうね。

 

■ ゲーム制作にもっとも大事なもの

スクウェアを離れてからミストウォーカーでゲームを作り始めるまで、3年ほどお休みしていました。その期間は、小説や映画などゲーム以外のことをやるのもいいなあと思っていたんですよ。そんなふうに何も決まっていなかったので、会社名はミストウォーカー=霧を歩く……つまり“五里霧中”なんです。もう、手探りでいこう、と。
独立当初は、僕と経理スタッフの2人しかいませんでした。ある日、仲の良い広告代理店の友人と3~4人でご飯を食べている時に、僕が「鳥山明さんとゲーム作ろうかな」と言ったら、みんなに「バカじゃないの!?」「クリエイターは自分1人しかいないじゃん!」と言われたのに腹が立って「あ~やってやろう」と作ったのが、『ブルードラゴン』。すぐに鳥山明さんにも参加してもらえることが決まったんですが、途中で鳥山さんに「坂口くん、これ面白くない」とボツをくらいました……。「ひぇえーー」と思って、まるで違う話に作りなおしました。鳥山さんがそう言ってくれるのは、ちゃんと向かってきてくれている証拠なのでありがたいです。結局ちゃんと完成したので、最初は1人でも、動けばなんとかなるものですね(笑)

たぶん僕、ハードル大好き人間なんですよ。『ブルードラゴン』もそうだし、2014年に出した『テラバトル』もかなり高いハードルを立てて取り組みました。他人に「それは無理じゃない?」と言われるような目標を立てて、覆したいんですよ。目標のひとつにしているのが、海外の人にもっと手に取ってほしいということ。日本と欧米は文化が違うから、もしかしたら僕の作ったゲームの魅力を分かってもらえないかもしれない。でも同じ人間なので楽しめるはずだから、ハードルは高いけど、目指したくなるんです。

クリアしたい目標も大事ですが、ゲーム作りで最も大切なことは、ユーザーさんに喜んでもらうことです。「僕はこうしたいんだ」と自分を発信することは楽しいですが、ユーザー不在になってはいけません。『テラバトル』でもまずは気軽に楽しんでもらえるようにと、無課金でラストまで進められるようにしました。お金は最後にお布施感覚で払ってもらうぐらいでいいんじゃないかなと。実際にそうしてくださる方は多いですし、その方が僕もありがたい。プレイする人が楽しいことが一番良いですよ。

ただ、そのユーザーさんの声はあまり聞こえてこないんです。頑張って拾うしかない。先日も、ずっとゲーム音楽を作ってくださっている植松伸夫さんのコンサートに行って、近くの席の人に「植松さん好き?」と声をかけました。そのうち「あのゲームのあそこイマイチだったでしょ?」と話題を振ると「あれは無いですね~」なんて返ってきたり(笑)普段もTwitterでこちらから話しかけたり、ユーザーさんから感想のメッセージをもらいます。最近では『ニコ生』で配信をしている時に意見をいただいたりもしています。

 

■ 今、そして未来

今は少人数でゲームを作っているので、昔に似ていますね。『FF』の第一作目も最初は4人でしたから。少人数のチームだと、自分のした仕事が作品にどう反映されるのかを常に全員で共有できるところが良いです。10人くらいがちょうどいいかな。人数が少ないぶん一人が担う仕事も多くなりますが、自分の手を動かせる方が好きです。今、すごく楽しいですね。

今後はVRもやってみたいな。VRならではのアイデアがある専用ソフトとか、面白いものができるでしょうね。もし「VRってこんな使い方できるんだ!」と思えるようなアイデアが浮かんだら、突然プロジェクトスタートするかもしれません。それを流行らせて、みんながVRのゴーグルを付けるようになったら不気味な光景かもしれないね。「最近みんな現実世界を見なくなったよね」なんて言いながらも、みんな楽しんでる。それでいいんじゃないかな。楽しいって、良いことですよ。


 

■ミストウォーカーコーポレーション
[About]
ミストウォーカーは、ゲームデザインを主体としたスタジオ。よりクオリティの高い作品を生み出すことをコンセプトに、プロデュースや、シナリオ・システムデザイン・コンセプトアート・3DCGなどの制作をやっています。ゲームプレイを通して、その人の心に暖かいものが残るのが願いです。

[Concept]
『霧の中を進む』
ものをつくる、組織をつくる、開拓精神で新しいことに果敢に挑む。
それは霧の中を手探りで進むようなもの。
五里霧中・・・そんな歩みの中で、われわれは時折あえて立ち止まり、霧の上に出て星空を見上げます。
星・・・それは悠久の時の流れの中にある真実。
決して手に掴むことのできない存在。
その光を心に刻み、あえてまた霧の中に戻り、歩み続けていきます。

http://www.mistwalkercorp.com

IMG_7569

坂口 博信(サカグチ・ヒロノブ)

全世界で1億本以上を売り上げ、今もなお絶大な人気を誇るRPGの金字塔「ファイナルファンタジー」シリーズの生みの親。
2004年にゲームデザインスタジオ「ミストウォーカー」を立ち上げ、「ブルードラゴン」「ロストオデッセイ」「ラストストーリー」「テラバトル」など話題のゲームをリリース。


「ヒゲ」の愛称でゲームファンから人気を博し、常に新作を渇望される存在である。


日本国外での評価も高く、2000年にこれまでの功績が認められ、The Academy of Interactive Arts and Sciencesより「Hall of Fame Award」(殿堂入り)を受賞、2015年にGDCにて生涯功労賞を受賞。

こちらもオススメ

関連記事