ニコニコ動画、ニコニコ生放送、ニコニコ超会議など、独自のサービスを数多く展開する株式会社ドワンゴ。デザイン戦略室・クリエイティブセクションのマネージャとして活躍されている鈴木啓祐さんに、同社のものづくりの特徴とデザイナーに必要なことなどを伺いました。

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■ 絵画教室で学んだ、ミニマルデザインとつくる楽しさ

デザイン系の学校を卒業した母に勧められて、絵画教室に通っていました。幼稚園から中学校に入る直前まで習っていたのですが、先生は抽象画が専門で、その教えが現在の私につながっています。先生の描く、大きなキャンパスに線を一本引いただけのシンプルな絵は、今の自身がミニマルデザインが好きなことに影響していると思いますし、いろいろなものを「つくる楽しさ」も学びました。絵の具の使い方にこだわりのある先生だったのですが、子供にはあまり色を使わせてくれない。「自分でつくりなさい」と言われるんですね。色からつくると、そこにオリジナリティが宿って、楽しくなることを知りました。自分でしかできない色がこの世にはあって、そこから作品ができていく。試行錯誤して作ったものは、先生のものでも、見る人のものでもなく、自分のものなんですね。この「自分オリジン」のものをつくる楽しみを知ったのが、大きかったと思います。

 

■ バンド活動からデザインの道へ

高校時代からは、サブカルチャーにかぶれていました(笑)。バンドをやりながら、クラブイベントのフライヤーをつくったり、HPを制作したり、DJの真似事も行っていました。ちょうどこの頃、Tomatoという世界中で活躍しているデザイン集団の展示を目の前にして、強く共感したのを鮮明に覚えています。Tomatoは音楽も、グラフィックアートも、デザインも、プロモーションビデオも制作しているデザイングループですが、一貫したコンセプトを、様々な手法で表現するという考え方に初めて触れました。一方で、中学生や高校生にありがちな“根拠のない万能感”を僕も持っていて、「自分は何者にもなれるというような感覚」なのですが、いろいろなものを見ては、手当たり次第、アウトプットしていました。言い方を変えるなら、“黒歴史”ということになるかもしれませんが(笑)。

ひとつ大切な思い出がありまして、高校最後の文化祭の バンドステージで、当時はドラム担当だったのですが、知り合いでもない同級生に「ドラムよかったね」と言われて、すごく嬉しかったんですよね。いろいろなものをつくっていたのですが、人に受け入れられることをリアルに感じることができたからだと思います。文化祭の準備から当日まで、ずっと不安と期待が頭の中で交錯している状態でした。この大変さが “ランナーズハイ”のような感覚につながり、とても楽しかった。混沌としていたり、逆境に置かれることでモチベーションが上がり、最後はお客さんに喜んでもらえた。大きな原体験です。いまでも、見通しが立たないような状況こそワクワクしてしまうのかもしれません(笑)。

 

■ 小さい制作会社、フリーランス、そしてドワンゴへ

大学は芸術系の学部に入ったのですが、ここでもバンド活動に注力しました。そして、社会に出たのですが、一般的なサラリーマンになるイメージがなく、就職活動も真面目にはやらなかった。「副業としてバンドをやってもいい」と言ってくれた、小さな制作会社にデザイナーとして入社したのですが、ほぼ未経験でしたので、一から業務を覚えないといけない。しかし、小さな会社で、先輩にそんな余裕はない。「見て盗め。体で覚えろ。教えられないけど、できるようになれ」と(笑)。だから、必死にやりました。撮影のアシスタントをしたり、映像を撮ったり、企画書を書いたり、社内のネットワークの整備をしたり、サーバを構築したり。厳しい職場でしたが、今思えば、自分の血肉になっています。その後、フリーランスになって、大手自動車メーカーや食品メーカーの案件を受託で受けていました。優秀なエンジニアと組んでいたのですが、どうしてもやれることが限られてしまうことに疑問を持ち、もう一度、会社で働いてみようと。会社でチームを組んで、大きなサービスをつくりたいと思ったことと、ニコニコ動画(以下「ニコ動」)が好きだったので、ドワンゴを受けました。

 

■ 前例がないものをつくる喜びがここにはある

入社後は、ニコ動をメインに担当していました。ユーザーとしてニコ動を最初に見たときは、その意味が分からなかった。「動画の上に文字が載ってる!」と、衝撃を受けました。見たことがないものが現れた!という感覚です。入社後に気づいたことなのですが、ニコ動はプラットフォームの概念の最前を進んでいるサービスだと思います。そして他にはない「ニコ動だから使ってくれている」という人が非常に多いのではと感じます。サービスを愛してくれているユーザーに向けて、よりよいものを提供することを考えられるのは、すごく幸せだと思っています。

これまでに印象に残った仕事のひとつが、入社直後にUI・デザインを手がけた『ニコニコボランティア』です。私は、2011年1月にドワンゴに入社したのですが、その直後に震災が起こりました。「何かできることはないか」という動きが社内ですぐに生まれて、そのスピードがすごかった。やると決めたら、すぐにチームが組まれて、そこに入社したての自分がアサインされて、どんどんモノがつくられていく。結果、ボランティアの情報をまとめた『ニコニコボランティア』(現在はクローズ)が1週間足らずでリリースされたのです。あれは、衝撃でした。

 

■ デザインを下請け作業にしない

現在は、デザイン戦略室のマネージャを務めています。様々な部署に在籍していたデザイナーを束ねるために、2015年の2月に生まれた組織です。デザイナーチームとしての成長を目指すため、デザイナー同士の横の連携強化や、高めるべきスキルや能力の方向性を示していくことが、私の役割です。中でも注力しているのが、「サービスデザインの浸透」です。デザイナーに期待されている領域が、社会的に広がっているのが背景にあります。見た目のグラフィックだけではなく、そのUXやストーリーを考え、リリース後の改善も含めて、どうユーザーに価値を継続的に提供していくのか。席に座って、PhotoshopやSketchを立ち上げて作業するのも大切ですが、もっと多くのことができるデザイナーを増やしていきたいですし、チームとして社内外に良い影響を与えていきたいと思っています。

「見た目のデザイン(=意匠)」だけを担当していると、どうしても下請けの印象を持たれる場合があります。
デザイナーがいろいろなことを考えてものをつくっているのに、プロダクトオーナーや他のプロジェクトメンバーに、その意図を伝えきれない状況は、非常にもったいないと思います。フリーランス時代でも、要件をポンと投げられて、その前後関係もよく分からないままつくっていたことも多く、もどかしく感じていました。
現在弊社のプロジェクトでは、デザイナーがプロダクトオーナーやマネージャを含めたチーム全体での議論に参加する機会が急速に増えてきていて、とてもいい傾向にあると思っています。

デザイナーの仕事を下請け作業にしないためには、コミュニケーションが最重要です。面と向かって話さないと分からない空気感は必ずあります。僕がライブ好きということもあるかもしれませんが、目の前で顔を突き合わせて、初めて伝わる価値があると思うのです。テキストで済むコミュニケーションもありますが、それを超えたやりとりからしか、生まれないものもあると信じています。

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■ デザイナーに必要なのは「野生」

自分自身を、「野生のデザイナー」だと認識しています。例えば美大を出て、基礎を勉強して、大手のデザイン事務所に入るキャリアとは、違う世界でやってきました。ほぼ全てを実地で覚えて、自己流のノウハウを確立しながら、ここまでやってきました。どちらのキャリアがいいのか、という話ではなく、自分の目で見て、触って、感じて、考えて、つくって、喜んで、反省して、ということが、いずれにしても、大切だと思っています。これからも自らの感性を全開にして、「自分オリジン」のものづくりを大事にしていきたいですね。


株式会社ドワンゴ

会員数5320万人を抱える日本最大級の動画サービス『niconico』をはじめ、ニコニコ超会議や闘会議などのイベント、モバイル向け音楽配信サービス、ゲームソフトおよびオンラインゲームの企画開発などを手がけ、多彩なエンターテインメントコンテンツを提供しています。
http://dwango.co.jp/