Webデザインの本質は課題解決であり、その設計によってお問い合わせやリード獲得などのコンバージョンにつながるなどの機能的価値が求められます。しかし、機能的価値ばかりに気を取られて、デザインがコモディティ化する(特徴がなくなり、ほかとの違いを見出せなくなる)ことが多々あります。

だからこそWebデザインにおいても、機能的価値に加えて、情緒的価値(定量的に表現しにくい「安心感」「高揚感」など)をいかに示せるかが重要です。Webデザイナーとして順調にキャリアを積む4年位以上の方に向けて、デザインを通してユーザーがどう感じるかを意識した、心に訴える「情緒的価値」の重要性について説明します。

整理しておくべき機能的価値と情緒的価値の違い

デザインの整理
Webデザインにおける情緒的価値を説明する前に、まずは機能的価値と情緒的価値の違いについて整理しましょう。

【機能的価値】
製品やサービスの機能・性能面での価値を意味します。
たとえば、冷蔵庫の場合は「容量」「製氷できること」「ドアの開き方」などが、自動車の場合は「急加速できること」「人を乗せられること」「雨でも走れること」などが機能的価値に該当します。

【情緒的価値】
製品やサービスから受ける印象面での価値のことです。
冷蔵庫の場合は「ドアの質感」「高級感のあるカラー」などが、自動車の場合は「アクセルを踏んだ際に、意のままに加速できることで得られる高揚感」などが情緒的価値のイメージに近いでしょう。

Webデザインにおける機能的価値と情緒的価値

2つの価値の違いを踏まえたうえで、Webデザインで考えてみましょう。
Webデザインの機能的価値は「導線やレイアウトなどを含めて目的に則して設計されており、顧客の望む成果が出せること」「デザインの品質として顧客満足の水準に達していること」が挙げられます。Webデザイナーとして成果物に対して常に求められている水準だと言えます。

Webデザインにおける情緒的価値は、デザインを通して「ユーザーに体感してもらう」「印象を持ってもらう」というブランディング的な側面を兼ね備えている点が機能的価値との違いです。つまり、UIというインターフェース上の機能に留まらず、UXというユーザーの体験や感情にまで影響を与えることができるデザインと表現すると分かりやすいかもしれません。

情緒的価値が注目されている要因

機能的価値は不可欠な要素ですが、それだけでは市場で評価されにくくなっている要因として「コモディティ化」が挙げられます。

たとえば、新しい機能を有する製品・サービスを市場に投入したとしましょう。最初はその機能に惹かれて注目されますが、他社に機能面で追いつかれてしまうと差別化しにくくなります。それがつまり、コモディティ化です。近年はさまざまな類似の製品・サービスが登場していますが、機能面に大きな違いがない場合は、購買の動機として情緒的価値が重視される状況になりつつあります。

現代は「機能的価値を追求していれば、それだけで売上が向上する」という時代ではありません。情緒的価値を有さない製品・サービスの場合、顧客が「機能面で問題はなく、価格も予算の範囲内だけれども、購入意欲が湧かない」という事態に陥ることも十分にあり得ます。
コモディティ化を防ぐためには、機能的価値にプラスして、「利用した際に喜びを得られる」「入手することで誇れる」「心が落ち着く」といった情緒的な付加価値を提供することが必要です。

それはWebサイトのデザインにおいても同様です。「レイアウト」「導線」「仕様」といった機能的価値に加えて、ユーザーの感情面に影響をおよぼす情緒的価値も具備して、優れたUXを提供することが求められます。

「マーケットイン」を意識して、情緒的価値を追求しよう

情緒的価値_PCWebデザイン
Webデザインで情緒的価値を含めるためには、「自分が表現できるデザイン」「自分が見せたいデザイン」に終始してはなりません。プロダクトアウトではなく、マーケットインのスタンスで「ユーザーがどんな印象を受けるか」「どんなユーザー体験が実現されるか」を考慮することが大切です。

もちろん「導線設計を改善して購入率や資料の請求率などを向上させる」などの機能的価値の提供は大前提になります。しかし機能的価値ばかりに捉われ、これまでのやり方を漫然と続けていると、「以前に手掛けたWebサイトと似たり寄ったりになる」という事態に陥りかねません。

大切なのは常に世の中や市場に目を向け、「カッコイイ」「エモい」などと感じられる体験を新たに生み出すこと。ユーザーの心を揺り動かしたり、感覚を刺激したりする姿勢を貫くことです。

Webサイトで情緒的価値を含めるための施策とは

ではWebサイトにおいて情緒的価値を含めるためには、どんなアイデアがあるでしょうか。

  • 感情面に訴えかけるキャッチコピーをトップページや商品紹介ページの目立つ位置に掲載する
  • 顧客が重視している企業カラーを活かし、オリジナル性の高いデザインにする

まずはこれらの施策を試してみることをおすすめします。

情緒的価値が機能的価値を凌駕した典型例としてはiPhoneが挙げられるでしょう。
iPhoneが登場した時点では、フューチャーフォンの方が多彩な機能(ワンセグなど)を提供していました。しかしiPhoneが成功を収めたのは、ユーザー目線での直感的な操作を可能にし、デザイン性に優れたスマートフォンという情緒的価値を提供したからです。

Webサイトを制作の際は、多くの企業が機能的価値にばかりフォーカスしがちですが、競合他社との差別化を図るために情緒的価値をより意識しましょう。

周囲の意見を聞くことが、ユーザー視点を実現する近道

情緒的価値_周囲の意見を聞く
どれだけ優れたWebデザイナーであっても、これまで経験したやり方を漫然と踏襲することがしばしば起こります。大切なのはプロジェクトメンバーなど周囲の客観的な意見を収集し、「利用者側の視点」を取り入れるユーザーファーストの姿勢ではないでしょうか。

Webサイトを制作する側が「数多くの機能を盛り込みたい」「画面をたくさん作りたい」と思っていても、ユーザーは「不要」と感じる場合があります。デザイナーが「これが良いだろう」と一方的に押し付けても、ユーザーは心を動かされません。

さまざまな意見を踏まえたうえでステークホルダー間の共通認識を

普段定量データやロジックが重視される企業で議論する場合、「情緒的価値」について議論しても、なかなかクリエイティブな思考に切り替わらないケースがあります。「いつもと違う場所に移動して雰囲気を変え、アイデアを出し合う」「社外の人にも加わってもらう」といった工夫をすることも検討しましょう。

また、Webデザイナーであれば、自身の「師匠」と呼べる存在や、信頼の置けるアートディレクターがいる場合は、批評してもらうことも選択肢の1つです。「以前の作品と似ている」「いつもの悪い癖が出ている」といった厳しい指摘を受けることがあるかもしれませんが、素直に耳を傾けましょう。

一方「ユーザー目線では、こうするのがベスト」という情緒的価値の視点で主張しても、クライアントが納得しないケースがあるかもしれません。その場合は補足説明やプレゼンテーションを丁寧に行って、「このデザインなら、ユーザーに好まれる」という真意について誠意を込めて伝えましょう。Webデザイナーの意見が絶対的に正しいとは限らないので、ディスカッションを通して、共通認識を持てるよう努力すべきです。

情緒的価値の創出には、ユーザー側の視点が必須

情緒的価値_ユーザー体験
【情緒的価値についてのまとめ】

  • Webデザインを通したユーザー体験こそが情緒的価値
  • マーケットインの考え方でユーザー体験を常にイメージすべき
  • ユーザー視点を知る近道は周囲やステークホルダーへのヒアリング

近年さまざまな製品・サービスがコモディティ化し、消費者が違いを見出すことが困難になってきました。このような環境においては、情緒的価値にフォーカスした施策を講じる必要があるでしょう。

Webサイト閲覧者の心を突き動かし、「購入」「資料請求」といった行動を呼び起こすためには、機能的価値だけではなく、情緒的価値も有するWebデザインが必須です。そのためには、制作側が良いと考えるものを追求する「プロダクトアウト」ではなく、真にユーザーが求めているものが何なのかを考える「マーケットイン」のスタンスが求められます。

どんなに優れたWebデザイナーであっても、自分の表現の枠組みに捉われていると、「いつもと同じデザイン」「どこかで見たことがあるデザイン」になってしまう危険性があります。ユーザー側の視点を正確に把握し、コモディティ化を防ぐために、プロジェクトメンバー、信頼できる先輩など、周囲の人へのヒアリングや意見交換を積極的に行っていくのがよいでしょう。