サラリーマンはじめ働くオトナの昼食(サラメシ)に焦点をあて、多彩な職業の人々の様々なランチを通して、仕事へのこだわりや秘められたエピソードなど、働く人の今を楽しく鋭く見つめる『サラメシ』(毎週月曜夜10 時55分~)。番組がレギュラー化した段階から同番組でプロデューサーとして活躍する松葉 直彦さんにお話を伺いました。

 

■ “多くの人間が一つの目的に向かう美しさ”に痺れる

テレビ番組を作りたいと思ったきっかけは、小学生の時に見た『アメリカ横断ウルトラクイズ』です。大人数で海外のロケをしている番組なので、スタッフがカメラに写り込んでいることが度々あって。100人くらいのすごいプロフェッショナルな大人たちが、たった2人をニューヨークに連れていくために、何の打ち合わせもしない1ヶ月を過ごしているように見えました。多くの人間が一つの目的に向かう美しさに痺れて、それがテレビを志した初期体験ですね。

その『アメリカ横断ウルトラクイズ』の制作を手掛けていたテレビマンユニオンに参加してからは、ディレクターとして『NONFIX(CX)』や『情熱大陸(MBS)』だったり、情報バラエティの企画を書いては通し、特番を作る…みたいな暮らしをしていました。

番組制作会社としては、経営基盤となるレギュラー番組を運営していく農耕民族型タイプと、新しい企画を立ち上げていく狩猟型タイプの両輪で進めていかなくてはいけないのですが、僕は20代~30代の頃はほぼ狩猟型で、かなり好き勝手にいろんな番組を作っていましたね。

 

■ まずはテーマ、コンセプトから…「ランチを覗けば人生が見えてくる」

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番組作りは、どんな番組でも、まずは「テーマ、コンセプト」からですね僕は。番組がスタートするまでの準備期間のうちに、具体的な取材内容の精査やラインナップ作りと並行して、コンセプトを作ります。

現在、プロデューサーとして関わっている『サラメシ』で言えば、「ランチを覗けば人生が見えてくる」というキャッチコピー。まずは自分たちが迷わないための自己洗脳のような感じですね(笑)

もちろんスタートする前なので、そのようなものが描けるのか、視聴者が求めているのか、不安はあります。というか始まる前なんて不安しかありません。ただ、スタッフそれぞれが思い描いている番組のイメージや世界観みたいなモヤモヤっとしたものを、具体的なコトバにする作業です。人格もキャリアもバラバラのディレクターたちが、ロケ現場や編集中ふと迷った時に指針にできるものとして。「間違ってはいないはず…」と信じつつも、『サラメシ』が始まってからずっと、このキャッチコピーに苦しめられている側面もありますね。

と言うのは、『サラメシ』は2011年の4月から放送予定だったものが、震災の影響で5月からになりまして…。

結果1ヶ月遅れのスタートとなったことで、僕自身にもスタッフにも多少時間的な余裕ができました。メディアで復興という言葉が出る前のその1ヶ月で、「人の昼ごはんを撮る」とか「人の暮らしを撮る」ということがどういうことか、この状況でテレビは何をするべきなのか、とか“テレビ番組を作ること”“食べること”について、改めて考えることができました。あの時ディレクター陣とそのようなことを話す中で、『サラメシ』が大事にすべき“番組の哲学”が固まっていったように思います。

 

■ 視聴者をどう裏切っていくか

『サラメシ』が回を重ねることで、変化したことと言えば、街頭インタビューがやりやすくなってきたことです。

取材の申込み時も、最初の頃は職場見学のような取材だと思われて、そこで「お昼ごはんを見せて欲しい」とお願いすると、そのハードルの高いこと、高いこと(笑)それが年々続けていくうちに受け入れてもらえるようになってきて、認知度が上がってきたことを実感しています。

そのような状況になってくると、取材相手の方も「こういうものを求めているだろう」と予測しますし、視聴者の方も『サラメシ』に対して「こういう番組」とイメージを持つようになりますよね。

そうすると、僕らがその予想の先を行ったり、裏切ったりしないといけない。テレビは予想どおりのことしかやっていないとアッという間に飽きられてしまうので…。特に僕らの場合は「来週に続く」というような期待感はなく、ショートエッセイのような割り切ったスタイルなので、「変わったものが出ているね」とか「これが『サラメシ』?」というネガティブな意見も含めて裏切ったり、なるべくちょっと先を行くようには心がけています。やはり、続けていけば続けていくだけ変わらないといけなくて。この前これで視聴率が取れたから…、誰かに面白いって言われたから…、と自己模倣をしてしまえば、確かに失敗は少なくなります。失敗はしないけれど、新しいものは絶対生まれないし、実は良いことは何もないので。その「どう視聴者を裏切っていくか」は『サラメシ』に限らず、テレビのレギュラーをやっているスタッフは皆、気にしていることだと思います。

 

■ “表現すること”の権利と義務

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『サラメシ』は毎回毎回の1本を、複数の、しかもいろいろな世代のディレクターが関わって作っています。年齢もキャリアも関係なく意見を言い合いながら作っています。視聴者を選ばないテレビは、見てくれる人の価値観は千差万別です。だからこそ少しでも“マス”に近づくために、“スタッフ同士が主観をぶつけ合う”という作業は、必要不可欠だと思います。
そもそもディレクターって、その番組や担当するコーナーを、どのカットから始めるか、どういう描き方にするか、自由に選べる権利があります。ただ、それと同時に、きちんと自分が現場で感じた納得感や面白さなどの“実感”を、可能な限り再構築して、視聴者に伝えなくてはいけないという、いわば“表現の義務”みたいなモノも背負う仕事だと思うんですね。

それは、いろいろな現場を安全運行していくADの感覚とは全く違うので、優秀に現場を回していたADの人ほど、ディレクターに挑戦した時に無力感に苛まれる傾向がありますね。「ディレクターをやってみれば?」と言われたら喜ぶけれど、書いても書いてもOKと言われる構成台本に辿りつかない。先輩の真似をしても、カタチだけ真似したことはすぐに分かってしまう。そうすると「本当はこれで何をやりたいの?」と言われた時にディレクター本人が「えっと…」となってしまいます。

そういう地獄を早めに見せないと(笑)僕ら含め先輩たちも、そういうところからしか上がってきていないので。編集の段階で「形にはなっているしストーリーも破綻してないから、これでもいいか…」という場面は多々あります。でも、そこからもう一考。より多くの人に伝わる可能性があるはずだからみんなで考える。そういうプロセスの中で、僕を含めスタッフ一人ひとりが自分の価値観を広げていくことこそが、集団でもの作りをする意味…面白さじゃないかと思います。やっぱり「作る仕事」じゃなくて「伝える仕事」ですからね。

そのようにして作っている『サラメシ』は、荒削りな部分もありますし、いろいろなパートがあって、中身がデコボコしています。でも、それこそが番組のみどころで、ざらついた感じが、いまの『サラメシ』の個性と言えるのかもしれませんね。

 

■ 大事なのは、他者への想像力

番組を作る上で、常に心に留めていることは、「関わる人が不幸になってはいけない」ということです。

テレビは決して1人では作れません。出演者、取材を受けてくれる皆さん、もっと身近に周りのスタッフや技術陣も。

その関わる人たち全てに対して、察するとか感じるとか受け止めるとか、そのように1人1人とキチンと向かい合う作業そのものが“取材する”ということだと思います。

誰かの気持ちや想いを想像出来ない人間に、テレビ番組が作れるワケがない…逆にそれさえあれば、技術やスキルと言われるテクニカルな部分は、続けてさえいれば、後から自然と身につきます。

ただ、目の前の相手への想像力は、他人が教えられるモノではないから、本人が意識して身につけるしかない…。テレビ番組を作るって、ある種とてもエゴイスティックな仕事だと思うので、だからこそ余計に“愛”が必要だと、個人的には思います。

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■番組情報

『サラメシ』

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NHK総合テレビ 毎週月曜夜10時55分放送
ナレーション:中井貴一

■オフィシャルサイト

(2015年4月27日更新)