――よくぞ映画と出会ってくれた、そう思わずにはいられない、とてつもない力を持った人、監督・中川駿。映画と無縁の世界で生きてきた中川が、偶然その面白さに触れたのは社会人になってからだった。そして味わった映画への敗北。その経験が才能を大きく開花させた。ヤングケアラー問題と自身の経験が重なりうまれた、みずから脚本も担当した完全オリジナル最新作「90メートル」は、大切な人への想いであふれている。人が人を想いやる気持ちに満ちている。失うのではなく、いろいろなものを取り戻す、深い愛情に護られた、ひとりの青年の成長物語だ。――

本作の親子のモデルは僕と僕の母親です

劇場初長編監督作品「少女は卒業しない」(23)の撮影が終わった2022年4月に、ご一緒していたプロデューサーの宇田川寧(やすし)さんから、「今度はオリジナル作品を撮りましょう」と言っていただきました。「少女は卒業しない」は朝井リョウさんの連作短編小説が原作でしたので、原作の楽しさも存分に味わいつつも、一方でオリジナルにも挑戦したいという思いはずっとありました。それで、宇田川さんからいくつかご提案いただいたテーマのひとつが「終末期医療」でした。僕は作品をつくるにあたって徹底的にリサーチをしますし、リアルな描写を大事にしています。そうした題材に丁寧に向き合う姿勢を評価してくださって、「この監督であれば、ナイーブな社会問題が撮れるんじゃないか」と考えていただいたのだと思います。それが、本作「90メートル」の始まりでした。

そこから終末期医療に限らず福祉全般にアンテナを張って模索していくなかで出会ったのが、ヤングケアラーの問題でした。僕は数年前に母を看取りまして、僕自身も母の介護をした経験があったのですが、最後まで母に感謝の気持ちを伝えられなくて、その後悔がずっと僕にはあったんです。だから、「母と息子の話を描きたい」という気持ちが心のどこかにありました。そのようななかでリサーチを進めていたときに、あるドキュメンタリー番組に出会いました。それが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の母親と高校生の息子の話でした。そのふたりの関係性が、僕と僕の母親の関係性そのまんまでした。根底の部分で愛情はあるのですが、気持ちのすれ違いや、どうしても親子だから気恥ずかしさもあってなかなか素直に向き合えない。不器用な親子の有り様がまったく同じで、自分を重ねて観ずにはいられませんでした。本当に運命的な出会いを感じました。

一方で、そのドキュメンタリー番組に出てきたケアマネジャーさんが息子さんに、「“僕が家にいなきゃいけない”って思わなくてもいいような環境をつくるのが私たちの仕事です」と言われていて、それを聞いたとき、自分だったらどうかなって思ったんです。「もうお母さんの面倒はヘルパーさんみんなが看るから、気にせず自分の人生を歩んでいいよ」と言われたとて、絶対に気持ちよく出てはいけない。その自分を引き止めるものはなんなのか、どういう感情なのかと考えを巡らせ、それこそが、このヤングケアラー問題の核心なんじゃないかと気づかされました。ドキュメンタリーで出会った親子に、僕と母親を投影していったら、どんどんストーリーが生まれてきて、そこから書き上げたのが「90メートル」です。だからまさに、本作の親子のモデルは僕と僕の母親です。

菅野美穂さんには運命的なものを感じた

キャスティングに関しては、母親・美咲役の菅野美穂さんは、こちらからオファーさせていただきました。プロデューサー陣と美咲のキャラクター像や、あと僕としては、。現実と地続きのような世界観でやりたいと思っていて、そういった自然体のお芝居はすぐれた方にお願いしたいと考えていたときに、お名前があがったのが菅野さんでした。実は、僕は思春期に母とかなりバチバチやっていて、家で一緒にドラマを観ることなんてほとんどなかったのですが、唯一、母と観ていた記憶があるのが、菅野さん主演の「イグアナの娘」(96)で、母もテレビとかで菅野さんを見るたびに、「イグアナの娘だ」って言っていたんですよね。そんな菅野さんが、僕の母をモデルにした役をやってくださるかもしれないとなったときに、僕としてはまたものすごく運命的なものを感じて、ぜひお願いしたいと思いました。

息子の佑(たすく)役の山時(さんとき)聡真くんはオーディションで選ばせていただきました。ちょっと変わったオーディションで、お芝居を見るといったものではなくて、その場で実のお母さんに電話をしてもらったんです。佑の役をお願いするにあたって一番必要だったのは、「母親に対するリスペクトの気持ち」でした。山時くんは恥ずかしがることもなく、「お母さんにはかなわない」「本当にすごいお母さんなんです」といった話を、お母さんが聞いているところでもちゃんと言える子でした。先ほども言いましたが、僕はそういう思いを母親に対して最後まで言えませんでした。その後悔を、「90メートル」という作品で昇華したいという思いのもとに映画づくりをはじめましたので、本当にお母さんのことが大好きで、尊敬もしていて、それをお母さんにちゃんと伝えている、山時くんはそういったところが素晴らしかったし、まさに僕が求めていた人でした。

みんなで意見を出し合い、ひとりではたどり着けない世界まで行きたい

撮影は2025年1月半ばから千葉県を中心に約1か月間、母親の美咲の病状も変化していきますし、そういうところも含め丁寧に描きたかったので、基本的に順撮りで進めていきました。美咲と佑の親子が暮らす家は、スタジオではなく、スタッフの親戚のお宅を借りて撮影しました。もうだれも住んでいないので自由に使っていいと言っていただいて、間取り的にも、周辺の環境もイメージにピッタリで、本当に恵まれていました。映像的には、普段よく目にしているデジタルのツルッとしたものではなく、やはり僕としては、映画という、ある種の特別なものを観ていると実感できるような画質を追求していて、本当はものすごくきれいな解像度の高い画(え)が撮れるカメラなのに、あえて編集でノイズをたしていたり、暗いところを無理に持ち上げずそのままで生っぽくしたりして、フィルムっぽい質感を出しています。

僕は現場においては、みんなの意見を集め相談しながら進めていきたいというスタンスです。だから、意見が出やすい環境づくりを心がけています。常に僕が一番正しいとは思っていませんし、僕がつくりたいものをそのまま形にするだけであれば、映画でやる必要はないと考えています。映画という団体競技である以上、みんなの意見を取り入れて、自分ひとりではたどり着けなかった世界まで行きたいと思っています。そういったことでいうと今回象徴的だったのは、南琴奈さんが演じた佑の同級生の杏花は、キャラクター設定から変わりました。

脚本を書いたときに思い描いていた杏花は、ニコニコ明るくみんなの人気者で、主人公に献身的に向き合う昔ながらのヒロイン像でした。本作では大前提として、高校生のリアルさを出したいとは思ってはいたのですが、僕の想像で描いてしまうと、僕のリアルって20年前のリアルなので、おそらくいまの高校生の実態とは乖離(かいり)してしまっているのではないかと、そこはちょっと危ないなと思いながらオーディションに臨みました。そこで南さんに出会って、「杏花というキャラクターと、自分の似ているところはありますか?」って聞いたら「ない!」って、若干食い気味で言われたぐらいで(笑)、そこが頼もしいなと思いました。彼女なりの杏花を見つけてくれそうな気がして、南さんと一緒につくっていけば、いまの女子高生のリアルが描けるはずだと。南さんに似合うようなさばさばしたセリフをたしたり、佑をいじるシーンを入れたり、意志のはっきりした勝気なところがある杏花像は、南さんがつくり上げてくれたものです。

失うのでなく、取り戻す物語です

社会問題を取り扱った作品、本作ではヤングケアラー問題ですが、「難しそう」「見るのがしんどそう」と敬遠されることもあると思います。でも本当に知ってほしい現実や大切なメッセージがこもった作品なので、とにかく大勢の方に観ていただきたい。そのために僕が大事にしたのは、重苦しさや深刻さといった印象を感じさせないようにしたことで、そこは本当に注意しました。大きなところではまずストーリーです。ヤングケアラーのお話だと、家族の介護や世話に追われ、あれもこれもできなくなっていく、つまり失っていく過程を描きがちなのですが、本作は、介護の責務から解き放たれた息子の佑が、それをきっかけにいろんなものを取り戻していくという話です。その過程を描くことで、逆説的にヤングケアラーの現実をしっかり伝えるという工夫をしています。それは同時に、美咲が母親としての尊厳を取り戻す話でもあります。そうすることで、作品が前向きなトーンになって、広くたくさんの方に観ていただけるはずですし、ぜひその観点で映画に触れていただけると、より味わい深く感じていただけると思います。

僕は母親を亡くしてから数年経ちますが、どうしても喪失感を消すことができません。ずっとこの喪失感を抱えながら生きていくしかないのだと思っています。ただ、僕にはもうすぐ3歳になる子供がいるのですが、人の親になって改めて強く思い知ったのは、「僕は確実にこの子より先に死ぬんだな」ということです。それはもうわかりきったことで、親が亡くなるのはとても悲しいことですが、当たり前のことでもあるわけだから、そこに軸足を置いて悲しいストーリーを描くことにはしたくありませんでした。親を亡くすのはだれもがいずれ通る通過儀礼のようなものだから、それを背負って生きていくのは、ある意味前向きなことなんだといった感覚です。どうしても親を亡くした喪失感がぬぐえないというのは、それだけ愛情を注いでくれた人が自分には確かにいたんだというこの上ない喜び、幸福だったことの証なのではないかと感じています。

社会人経験があったのはデカかった

映画監督を志していたわけではまったくありませんでした。大学卒業後にイベント制作会社に就職し、ひょんなきっかけで退職する社員に向けた送別のムービーをつくることになり、独学で映像制作をはじめ興味を持ちました。それで面白がって映画学校のニューシネマワークショップに入ったんですけど、周りはシネフィルだらけで、僕は全然映画を観てこなかったので、まったく太刀打ちできなくて。ただ、口がうまいのでプレゼンで勝ち取って、僕が脚本・監督を手がけた作品を、映画学校が主催する映画祭「MOVIES-HIGH(ムビハイ)」で一般のお客さんに披露したんですけど、それが、いまだからこそ言えるのですが、正直メチャクチャつまらない作品だったんです。

自分でも面白いと思っていない作品をお客さんに観せることの悔しさ、不甲斐なさを猛烈に感じて、そこから1年間で500本ぐらい映画を観まくりました。映画制作において、絶対的にこれがいい、正解ってものは存在しないと思うのですが、だからこそ、自分なりに指針となるものを見つけたかった。それで僕が心を動かされた作品をエクセルで整理して、自分の思う、「これが映画の面白さだ」って共通項みたいなものを発見したんです。それを自分の指針として、そのルールに習って作品をつくるようになってから、いろいろなところで評価されるようになりました。もちろん、そのルールは内緒です、教えません(笑)。

脚本についても、映画学校に入って初めてきちんと勉強して書き始めたのですが、ただ学生時代から小論文の成績は抜群によかったんです。学内で唯一、小論文でA判定をとったのが僕だけだったみたいな話を、高校時代に聞いたことがあって。「彼は間違っている。なぜなら〜」って書き出しの小論文でA判定に輝いたっていう、筆者の意見を否定するのが得意みたいで(笑)。文才があるというより、理論立てて追い込んで話をまとめていくということに関しては、もしかしたら長けていたのかもしれません。

あと、監督をするにあたって、社会人経験があったのはデカかったと思います。あまりエゴイスティックにならず、ちゃんと他人の話も聞いて、落としどころ見つけるみたいなことは、社会人時代にかなり培った力です。その落としどころの見つけ方も、「まあまあ、じゃあ言うこと聞いとくか」なんていうのではなく、「これだったら自分でも納得できる」というところをきちんと見つけて、その利点や魅力もしっかり相手に伝えて、みんなも合意のもとで作品を進めていく。そういった作品づくりは、社会人経験があったからこそできることだと感じています。

カットをかけたあとひとりで隠れて泣きました

本作「90メートル」は、現実に起きている問題を映画でしっかりと届けるという責務があると考えていましたので、現実離れした描写であってはいけないと、ALS協会の方、ケアマネジャーやヘルパーの方、そして実際にヤングケアラーとしてご家族の面倒を看られていた方など、各分野から広くお話を聞いて研究と試行錯誤を重ね、懸命に問題に向き合って、俳優、スタッフみんなでつくりあげた作品です。美咲の呼吸器についての決断であったり、佑であれば高校卒業後の進路であったり、映画のなかで、佑も美咲もそれぞれ大きな決断をします。それぞれ人生において大切な選択なのですが、でもそれは選択肢のひとつであって、ふたりが選んだ道が必ずしも正解だというわけではないと思います。ただ、唯一この作品で僕が自信をもって描いた正解は、「大切な人に、ちゃんと言えるうちに、感謝や尊敬の気持ちをしっかりと伝えなければいけないよ」ってことです。人にはいずれ必ず別れが訪れます。だからこそ伝えられるうちにきちんと伝えておく。それはもう間違いなく正しいことだと思っていますし、それができなかった僕だからこそ、その想いだけは一生懸命作品に込めたつもりです。

撮影を通して一番心に残っているのは、菅野さんのお芝居です。僕、過去に一度もなかったのですが、自分の作品の撮影中にモニターを見て泣いてしまったんです。終盤のシーンで、ベッドに横たわった菅野さんが、人工呼吸器装着への感情を吐露されるシーンで、最後に家で看取ったときの母親の姿と本当にリンクしちゃって、もう耐えきれなくなって、カットをかけたあとひとりで隠れて泣きました。菅野さんのお芝居はすごかった。本当に素晴らしかったですし、一流の俳優とはかくあるべしみたいな姿を見せつけられた気がしました。僕の母が本作を観たらですか? 「まぁ〜、こんなに素敵できれいな女優さんに私の役を演じてもらって、ありがとう」って言うかもしれないですね(笑)。

中川駿(なかがわ・しゅん):1987年石川県出身、東京で育つ。大学卒業後、イベント制作会社をへて2012年に独立。イべントディレクターとして活動しながら、13年ニューシネマワークショップ(NCW)に入学し映画制作を学ぶ。NCW修了後、脚本・編集・監督を手がけた短編『カランコエの花』(16)で注目を集める。直木賞作家・朝井リョウ原作の商業長編監督デビュー作『少女は卒業しない』(23)、続く、住野よる原作の『か「」く「」し「」ご「」と「』(25)で高い評価を得る。長編3作目であり、自身初の渾身のオリジナル作品となる最新作『90メートル』には早くも多くの絶賛の声が寄せられている。主な監督作品:『time』(14)、『尊く厳かな死』(15)、『UNIFORM』(18)ほか。
映画「90メートル」
母子家庭で育った佑(山時聡真)は小学生の頃からバスケットボール一筋だったが、母・美咲(菅野美穂)が難病を患ったことで、高校2年でバスケを辞め、美咲の世話を優先せざるをえなくなる。そして高校3年生になり、日に日に身体の自由を失っていく美咲の姿を前に、卒業後の進路も夢もすべてあきらめかけていた。そんなある日、介護施設のケアマネジャー・下村(西野七瀬)から24時間ケアの体制が整ったと告げられる。我が子の明るい未来を願う美咲から、「お母さん、大丈夫だから。好きなようにしていいからね」と言われるが──。出演:山時聡真、菅野美穂、西野七瀬、南琴奈、田中偉登
監督・脚本:中川駿
主題歌:大森元貴「0.2mm」(ユニバーサル ミュージック / EMI Records)
プロデューサー:辻本珠子 藤本款 宇田川寧 田口雄介 共同プロデューサー:岡ひとみ アソシエイトプロデューサー:越當陽子 ラインプロデューサー:三橋祐也 音楽プロデューサー:杉田寿宏 音楽:Moshimoss 撮影監督:趙聖來 照明:藤井聡史 美術:松本良二 装飾:八木圭 録音:鈴木健太郎 編集:相良直一郎 音響効果:浦川みさき 衣裳:阿部公美 ヘアメイク:藤原玲子 キャスティング:東平七奈 助監督:安達耕平 制作担当:矢口篤史
製作:映画「90メートル」製作委員会 製作プロダクション:ダブ 配給:クロックワークス
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
Ⓒ2026映画『90メートル』製作委員会製作委員会
3月27日(金)全国公開

インタビュー・テキスト:永瀬由佳