――「原作を読んで、人の心にある、だれもが共感してしまう悪意や負の部分、思ってはいるけれど言ってはいけないこと、あるいは平穏を保つために言わないほうがいいといった、自分の本音をものすごくえぐってくるなと感じました」。監督・永井聡を映画「爆弾」に向かわせたのは、人間の心でうごめく闇、それをあらわにすることでもたらされる〝何か〟だった。不気味な謎の男、意味深な謎解きゲーム、翻弄される爆弾捜査、爆発の恐怖、そして突きつけられる自身の心の暗部……。あまりの衝撃に呑(の)み込まれながら、とてつもない高揚感とともに、自問自答が始まる。これが監督・永井によって仕かけられた、映画の力なのだ。――

いまという時代に、人間の闇を明確に表現することに意味がある

2023年3月に、プロデューサーの岡田翔太さんから、呉勝浩先生の小説『爆弾』の映画化の相談を受け、僕には珍しく参加を即決しました。単に秀逸なサスペンスだからというわけではなく、非常に奥深いところで人間の闇を描いている。それを、いまという時代に、綺麗事ではなく明確に表現することの大切さを感じましたし、それが映画でできるなら意味があると思ったからです。キャスティングについては、当初から岡田プロデューサーは、「スズキタゴサク役は佐藤二朗さんで行きたい」と言っていて、もちろん僕も大賛成でした。ほかのキャスティングに関しては岡田プロデューサーとふたりで、役者さんのスケジュールの問題もあって、かなり時間をかけて検討しました。そんななかでも、ふたりから同時に名前が出たのが、巡査・倖田役の伊藤沙莉ちゃんでした。彼女だけは、もう1発で決まりました。

24年1月初頭に取調室のシーンから撮影を開始し、最後は5月頃まで撮っていました。よかったのは、まず1月にほぼすべての取調室の場面を撮り終えたことでした。一気に撮ったので順撮りができましたし、役者さんも入りやすかったと思います。ただ、現場の雰囲気はとんでもないことになっていて、毎日毎日、それこそ学校に行くように、狭くて暗い取調室のセットに通いつめ、役者さんもスタッフもみなさん、「またここか……」って鬱々(うつうつ)とした感じで。でも、その息苦しさが映像から伝わればいいなと思っていました。

佐藤二朗さんは、怪物級に完璧だった

お芝居に関しては、役者のみなさんと話し合いながら決めていくといった、とてもよい環境で撮影を進めることができました。僕自身は、「スズキタコサク」という男は、本当は現実には存在してないんじゃないかと、思っていました。だってあんなに用意周到に事件をつくり上げるなんてちょっと荒唐無稽な話だし、人間の心のなかでうごめく闇がつくり出した幻なのではないかという感覚をずっと持っていました。だから、ほかの役者さんにはナチュラルでかなりリアルな演技を要求したのですが、スズキ役の二朗さんには不自然さを求めました。原作でもそうですが、スズキはわざと芝居がかったことをするんですよね。ただ、お芝居のなかで芝居がかったことをするのってとても難しくて、場合によっては単に下手くそにしか見えないので、そこは二朗さんと話し合いながら、少しずつチューニングしていきました。

二朗さんって、毎回そうらしいのですが、撮影に入る前からもうセリフが全部頭に入っちゃってるんですよね。クランクイン1カ月前の12月に一度リハをやったのですが、そのときすでにセリフが入っていました、取調室のほかの人物のセリフもすべて。しかも二朗さんは、意外にもアドリブをしないんです。コメディのようなもののときはまた違うのでしょうが、本作に関しては台本通りのセリフをきっちり言う。役づくりも準備万端で、10円ハゲも小型シェイバーみたいなもので切り込んでつくった本物です。

撮影中はずっと不安でした

取調室のシーンでずっと意識していたのは、カメラワークとライティングでいかに変化をつけるかということでした。というのも、これだけの大作で、半分が取調室ってけっこうチャレンジングで、観客に飽きられてしまうかもしれないという恐さがありました。だから、しっかり計算してやらなきゃダメだと、かなりカットも割っていますし、シーンを撮り終えるたびにプリントアウトして全部壁にはっていって、「昨日はこういう画(え)を撮ったから、今日はこういう画を撮ろう」といった感じで、同じような画がないかを確認しながら進めていきました。ライティングに関して特にこだわったのは、ラストで、スズキを前に山田裕貴くん演じる刑事で交渉役の類家(るいけ)が事件のあらましを解いていくシーンです。最終的には、取調室にいる清宮(渡部篤郎)や伊勢(寛一郎)の姿が見えなくなるまでライトを落としました。山田くんと二朗さんが芝居を闘わせている最中に、ライトマンたちがだんだんだんだん照明を落としていって、最後は真っ暗に。暗闇のなかで対峙する、類家とスズキふたりだけの世界を見せることで、スズキを追い詰めていく類家がまさにゾーンに入っているところを表現したいと思いました。

実は1カ月間、取調室の場面を撮りながら、あれだけ考え抜き周到に進めたにも関わらず、手応えがまったくなかったんです。ずっと、「大丈夫か、これ?」みたいな話を助監督としていて、「監督、それ一生言ってると思いますよ」ってちょっとあきれられるほど、本当に不安でした。でもとにかく1カット、1カット進めていくしかなくて、後戻りもできないし、正直ものすごく恐かったです。ですがつないでみたら、ラストの暗闇のシーンも大成功でしたし、とにかく二朗さんのスズキと山田くんの類家の芝居が素晴らしくて、ふたりのやり取りをずっと見ちゃうっていうか、聞いちゃうんですよ。現場ではずっと不安でしたが、編集して初めて、「これはいける!」と、やっと手応えを得ました。

最初から本当に爆発させるつもりでした

取調室はとにかく息の詰まる撮影だったので、そのぶん、取調室以外の外のシーンは開放的に撮ろうと決めていました。スズキの取り調べと爆弾捜査がリアルタイムで進行するのですが、取調室を撮り終えてから外のロケ撮影に入れたことで、いま取調室ではこんなとんでもないことが起きているんだというのを、役者さんもスタッフもきちんと把握していたので、みんな状況の整理ができていたし、だったら外はこんな感じでいこうかと、より取調室と外のシーンの連動性を図った撮影ができました。

ロケで大変だったのは、やはり爆発シーンでしょうか。もちろんCGやVFXで手を加えてはいますが、最初から本物の爆発を撮るつもりでした。爆発で周囲にどのような影響が出るのか、事前に検証を重ね、絵コンテも全部自分で描いて、細かく打ち合わせをして臨みました。さすがに秋葉原で爆発させることはできないので、千葉のオープンセットにエキストラさんを入れて、本当に爆発させています。エキストラのみなさんには、1発爆発するごとに灰がかかったみたいになっちゃうので、それでも大丈夫な人だけ参加してくださいと事前に了解を得てやりました。いまのところまだクレームは来ていません(笑)。ただ、1回やるごとに掃除しないとダメだし、エキストラのみなさんも着替えないといけなくて、2発目に行くまでにとんでもない時間と労力がかかってしまいました。できる限り本物の臨場感や緊張感にこだわり、生々しい爆破シーンを狙ってのことでしたが、さすがにちょっと気が遠くなりました。とにかく本作では下手な嘘やごまかしは一切排除し、リアリティを追求しています。それが、これほどの、ある意味問題作を手がける監督としての責任だと思っていました。

映画監督になろうなんてまったく思っていませんでした

子供の頃から絵を描くのが得意で、デザイナーを目指し武蔵野美術大学を受験したのですが、受かったのは映像学科だけでした。在学中に自主映画を1本だけ撮ったのですが、それがびっくりするぐらいつまんない出来で(笑)、当時は映画監督になろうなんて大層なことはまったく思っていませんでした。卒業後は、CMを中心に映像制作を手がける、葵プロモーション(現AOI Pro.)に就職しました。でも特にCM業界を目指していたわけでもなく、ちょうどバブルが弾けた時期で、普通に就職できれば御の字みたいな感じで、友達に連れられてよくわからないまま受験したら、僕だけが受かっちゃったという。CMディレクターとしてやっていけそうだと思えるようになったのは、Fanta「そうだったらいいのにな」シリーズ(日本コカ・コーラ/05)といったヒット作を出せるようになってからです。ヒットが出ると一気に流れが変わって、いままで来なかったようないい仕事が来るようになり、それをひとつひとつクリアしていくといった感じでした。

仕事にも恵まれ楽しくやっていましたし、ずっとこのままCMディレクターとしてやっていくんだろうなと思っていた時期もありました。ですが、中島哲也さんをはじめ、CM出身で映画監督として活躍している人が周りに出てきて、その影響で自分も映画を撮りたいと思うようになりました。そんなときに、オムニバス映画「いぬのえいが」(05)に参加する機会を得ました。プロデューサーの一瀬隆重さんのアイデアで、オムニバスだから映画監督だけで固めてしまっては面白くない、CMの監督なら短い尺のものは得意だろうからということになったそうで、制作会社のプロデューサー経由で話をいただきました。それで撮ったのが、「犬語」という一編です。ただ3分程度の短編でしたので、いつも撮っているCMとほとんど変わらない感覚でした。長編初監督作品は、2014年に公開された映画「ジャッジ!」です。国際広告祭の審査会の舞台裏を描いた楽しいコメディー作品ですが、実は現場はめまぐるしくて全然楽しくなかったんです(笑)。

必ず自分の経験を超える、自分の力以上のことに挑戦する

映画「ジャッジ!」のなかでは、くせ者だらけの登場人物の、ちょっとおバカで笑える物語が繰り広げられるのですが、撮っているカメラのこちら側は、もうピリピリして、スタッフの仲も悪かったし、ヒドイことになっていました。僕の力不足、監督として引っ張っていく力がなかったのだと思います。CMディレクターとして業界ではわりと有名になっていて、ちやほやされすぎていたんでしょうね。映画の現場ではただの新人なのに偉そうにしちゃって、スタッフから総スカンを食らってしまった。自分でもできるもんだと思っていたので、映画の撮り方を何も知らないでCMのように撮ってしまって、役者さんにも迷惑をかけてしまいました。

当時はプライドもズタズタになりましたし、映画はもう辞めたいと思っていました。ですが、原作者の川村元気さんから直接オファーいただき、原作も好きだったこともあり、もう一度挑戦してみようと撮ったのが、監督2作目となる「世界から猫が消えたなら」(16)でした。でも、興行的には満足いくような結果が残せなくて、「もう最後。これで終わりにするか」と、自分の好きなものだけを詰め込んで、本当にやりたい放題やったのが「帝一の國」(17)でした。それが、いろいろな人に「面白い!」と言っていただいて、そこから映画監督としての道が開けたような気がします。やはり、制作者としてキャリアアップを目指すなら、常に自分の経験値でできるようなことはやってはいけない、必ず自分の経験を超える、自分の力以上のことに挑戦する、それしかないと思います。それで失敗するかもしれませんが、絶対にそこには学びがあります。たとえ僕の初監督作品のようなことになろうとも、そこから本当に多くを学びましたから。

ぬるく描いたのでは、真意が伝わらない

最新作「爆弾」は、すごくいいものができたなという自負があります。原作者の呉勝浩先生からも、「チープな場面がひとつもなかった」と言っていただき、とても自信になりました。それに、山田くん、二朗さんはじめ出演者のみなさんが、「本当に面白い作品ができた」と喜んでくれていて、そういった意味ではとても幸せな映画だなと思っています。とはいえ、過激な問題作です。人の心に潜む闇を赤裸々に描くこと——先日、呉先生と対談したときに、呉先生もそのことをとても気にされていて、「表現者としてそういうものを生み出すことに対してどう考えているのか」という話になりました。僕としては、だからこそ容赦なくやる。それが、つくると決めた人間の責任ではないかと思っています。例えば、韓国映画って暴力の描写がかなりきついのですが、だからこそ、本当に恐さを感じるし、本気で暴力はいけないんだという意識になる。臆したり、下手な配慮でぬるく描いたのでは、僕の真意は伝わらないと思いました。だから、相当の覚悟で本作に挑んだつもりです。


こんな悪意を持っている人間が世の中にはたくさんいる。でも、そうじゃない人だって絶対にいる。だから、何か起こったときに、自分事じゃないからどうでもいいやってことではないんだよと、ちゃんと伝えたいんです。映画を観てどう感じるかは、最終的には観客のみなさんの自由なのですが、僕としては、この世界に希望を持ってほしい。世界にはわりあい悪意があふれていて、しかもそれを隠してしまうような世界で、でもそれだけではない。きっとその先があるはずで、そういう理性的にバランスの取れた社会が絶対に実現できるはずだと思っています。最後、山田くん演じる類家がスズキに言い放つ、「俺は逃げないよ。残酷からも、綺麗事からも」という言葉が、まさに僕の想いすべてを言い表してくれているんです。

永井聡 (ながい・あきら):1970年東京都生まれ。武蔵野美術大学卒業後、1994年に葵プロモーション(現AOI Pro.)に入社。全日本空輸、ユニクロ、三井住友カード、サントリー、FUJIFILM、日本コカ・コーラ、ソフトバンクなど、ディレクターとして数々のヒットCMを手がける。ニューヨークフェスティバル、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル、広告電通賞、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS、ギャラクシー賞CM部門等、国内外で受賞歴多数。2005年にオムニバス映画「いぬのえいが〜犬語篇」で短編監督デビュー、14年には映画「ジャッジ!」で長編監督デビューを果たす。ほか監督作品に、映画「世界から猫が消えたなら」(16)、「帝一の國」(17)、「恋は雨上がりのように」(18)、「キャラクター」(21)。監督デビュー作「ジャッジ!」、そして「帝一の國」をともに手がけた岡田翔太プロデューサーとの3作目となる最新作「爆弾」は、ミステリー大賞2冠に輝く、呉勝浩のベストセラー小説を原作とする、令和最大の衝撃作として高い注目を集めている。
映画「爆弾」
酔って逮捕された謎の中年男・スズキタゴサク(佐藤二朗)は、聴取する野方署の刑事・等々力(染谷将太)と見張り役の巡査長・伊勢(寛一郎)に、霊感があると称し、秋葉原での爆破を皮切りに、これから3回、次は1時間後に爆発すると予言する。さらにスズキは、取り調べに乗り出してきた、警視庁の刑事・清宮(渡部)と類家(山田裕貴)相手に、爆弾に関する謎めいた“クイズ”を出し始める。取調室で心理&頭脳戦が続くなか、交番勤務の倖田(伊藤沙莉)と矢吹(坂東龍汰)は、爆弾を探して東京中を駆けずり回っていた。

出演:山田裕貴 伊藤沙莉 染谷将太 坂東龍汰 寛一郎 片岡千之助 中田青渚 加藤雅也 正名僕蔵 夏川結衣 渡部篤郎 佐藤二朗
原作:呉勝浩『爆弾』(講談社文庫)
監督:永井聡 脚本:八津弘幸 山浦雅大
音楽:Yaffle 主題歌:宮本浩次「I AM HERO」(UNIVERSAL SIGMA)
製作:臼井裕詞 高島祐一郎 山田邦雄 プロデューサー:岡田翔太 唯野友歩 ラインプロデューサー:加藤賢治 撮影:近藤哲也 照明:溝口知 美術:杉本亮 岡田拓也 録音:石貝洋 編集:二宮卓 装飾:茂木豊 VFXスーパーバイザー:須藤公平 VFXプロデューサー:林達郎 カラリスト:石山将弘 音響効果:北田雅也 スタイリスト:申谷弘美 衣装:片岡久美子 小堀あさみ ヘアメイク:荒木美穂 神谷菜摘(渡部篤郎) スクリプター:山縣有希子 スタントコーディネーター:吉田浩之 キャスティングディレクター:川口真五 助監督:松下洋平 制作担当:三浦吉弘
製作:映画「爆弾」製作委員会 制作プロダクション:AOI Pro. 配給:ワーナー・ブラザース映画
Ⓒ呉勝浩/講談社 Ⓒ2025映画『爆弾』製作委員会
10月31日(金)全国ロードショー!
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インタビュー・テキスト:永瀬由佳