「なんもしない人(ぼく)を貸し出す」則天去私のサービス「レンタルなんもしない人」。Twitterから一躍話題になり「BSいきものがかり」や「ザ・ノンフィクション」に出演。そんな彼がツイートした文章につい「いいね」を押してしまった経験はないでしょうか?

実はレンタルさんは元・コピーライター。「元カレが、サンタクロース」などSNSで話題になるコピーを生み出してきた株式会社コピーライター・長谷川哲士さんとの対談で「コピーライターのキャリア」と私たちがつい「いいね」を押してしまうツイートの関係についてお話しを伺いました。

長谷川哲士(写真・左)
大学卒業後、リクルートにてタウンワークの求人広告の制作に従事。リーマンショックで無職に。
その後、面白法人カヤックを経て、2016年1月に株式会社コピーライター設立。SMAPが解散した2016年12月24日に、株式会社噂を設立しCEOに就任。Yahoo!のクリエイティブアワードゴールド3冠のほか、文化庁メディア芸術祭、グッドデザイン賞など、広告賞受賞多数。
主な仕事に『悪魔のおにぎり、悪魔の粉(ローソン)』『元カレが、サンタクロース。(なんぼや)』『元カレも、今カレも、オカモトです。(オカモト)』『プライベートジェット買いませんか?(アースジェット)』『日本初!脇をメディアにした広告代理店ワキノ広告社(白ワキ姫)』など。


レンタルなんもしない人(写真・右)
1983年生まれ。理系大学院卒業後、数学の教材執筆や編集の仕事をしつつ、コピーライターを目指すも方向性の違いに気づき「レンタルなんもしない人」のサービスに従事。著書に『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(2019)『<レンタルなんもしない人>というサービスをはじめます。』(2019)などがある。

「独立」と「フリーランス」のちがいに立ち止まる

レンタルなんもしない人
――まず、お二人のキャリアからお伺いします。レンタルさんはどのような経緯でコピーライターとして独立されたのでしょうか?

:「独立」という言葉を使うのには抵抗があります。「独立」は「スキルのある人が意志をもって」フリーランスになるときに使う言葉だと思っているからです。長谷川さんはまさに独立していますよね。

――今のような言葉へのこだわりはコピーライターのご経験が影響しているのではないかと考えています。コピーライターのお仕事を始めるまでの流れをお伺いしてもよろしいでしょうか?

:新卒で入社した教育系の出版社で編集者として3年間勤務した後、大喜利が得意だったことからコピーライター養成講座に通ってフリーランスのコピーライターとして活動することにしました。

――「レンタルなんもしない人」の活動を始めるきっかけになったコピーライティングの仕事はありましたか?

採用ページのコピーを担当する仕事です。
最初に提案したコピー(キャッチコピー・ボディーコピーのセット)でクライアントから良い評価をいただいたのですが、後日修正と代案作成の依頼が来たので代案を納品しました。しかし、代案が中々採用していただけなかったんです。

キャッチコピー・ボディーコピーともに却下された後は創作意欲が削がれている上、代案は短期間で出す必要があったので徹夜が続きました。この仕事を通して広告業界の大変さを痛感しました。

その後、教育系の出版物を扱っている編集プロダクションに1年間勤務して「レンタルなんもしない人」を始めることにしました。

コピーライターをやって挫折した経験や広告業界との相性が合わないと感じたこともあり、編集プロダクションに就職した後はコピーライターに戻ろうとは思いませんでした。

:でも今「レンタルなんもしない人」としてコピーを提案したら採用されるかもしれないですよね…!レンタルさんにキャッチコピーの仕事を頼んだら面白そうだけどなあ。

――対して長谷川さんはどのように独立されたのですか。

:2014年に面白法人カヤックへ入社したのですが、退職する1年前には、退職することを社外に公言して、独立後の自分の仕事の営業活動をしていました。僕もレンタルさんと同じく宣伝会議のコピーライター養成講座に通っていました。独立して活躍されているクリエイターが講師なので、自分も独立を考えるようになりましたね。
アドタイさんの連載企画「長谷川、カヤックやめるってよ。」も営業活動のひとつで、糸井重里さんなど著名なクリエイターの方と対談しました。

――長谷川さんがフリーランスのコピーライターとして直面した課題はありますか?

:僕はカヤックに入る前に3年ほどフリーランスで仕事をしました。
商品広告をはじめとしたスケールの大きい仕事をもらうまでに時間がかかりました。なので、クリエイターとしての価値を上げるためにギャランティなしで広告をつくらせてもらって、広告賞に応募していましたね。

――フリーランスといえば問題となるのが「お金」。率直なところお金がなくなる恐怖はないですか?

:僕にはプライドがないので、恐怖はないです。

:僕もレンタルさんと同じくあまり恐怖はないですね。僕はリクルートを退職した後、足立区の家賃3万円の部屋に住んでハローワークに通っていました。ゴミ捨て場を漁って見つけた漫画を売ってお金にしたこともありました。そのときの「無職」の経験があるので、万が一仕事がなくなってしまっても過去の自分に戻るだけだと思っています。

レンタルなんもしない人

コピーライターになるために2人が通った「コピーライター養成講座」とは

――長谷川さんも、レンタルさんも宣伝会議の「コピーライター養成講座」に通われていたとのことですが、具体的にどのようなレクチャーを受けるのでしょうか?

:講師によって内容はちがうのですが「豆腐のコピーを書いてください」のようなお題が出されるので事前にコピーを提出し、講評時に各コピーのよい点や悪い点を指摘されるので、そこからコピーの書き方の基礎を学びます。

:課題が講評される回もありますが、座学でコピーライターの仕事内容やアートディレクター・クリエイティブディレクターとの関わりや広告業界全体の知識を勉強する回もありましたね。

――レンタルさんは株式会社コトバ・山本高史さんのクラスだったと仰られていましたね。印象に残った山本さんのレクチャーがあれば教えてください。

:山本さんには基礎コースを卒業した後の「専門コース」でお世話になりました。可視化されている部分だけでコピーや言葉は評価できない、ということです。
例えば『伝わる』という言葉を無名の人が書籍のタイトルに据えても見向きもされないのではないでしょうか。山本高史さんという著名なコピーライターが実経験を基に本を執筆したから注目されますよね。

――山本さんの教えが今の活動に影響したことはありますか?

:短い言葉の背後にある経験を文章でひたすら書き、その長文の中からキャッチコピーを抽出するそうです。

しかし、実経験をコピーに活かすだけでは効率が悪いので山本さんは連想することで「思考の枝」を広げて「脳内経験」することも提案しているのですが、僕はなるべく実経験を積むようにしています。

過去の僕も含めてですが、コピーライターを目指す人は短い言葉で面白く伝えられるコスパが良く「スター性のある職業」とイメージしている方が多いと思います。でも、実際は思い付きで書いた短い言葉が良いコピーになることは僕の場合あまりなかったんです。

――「なんもしない人」としてどのような実経験を積まれてきましたか?

このサービスも「なんもしない人はじめます」と言って依頼をあまり引き受けずに、その後を脳内経験で済ませて過ごすこともできたと思います。でも、実経験なしに皆が「面白い」と思う文章(ツイート)は書けないと思ったんです。「面白さ」は依頼場所に足を運ぶことで起きる自分の想定外のことにあると考えていたので。

――実際に依頼場所へ足を運び、実経験を積んだからこそ分かったことはありますか?

同じ依頼でも相手によって印象が違うんです。例えば「仕事の愚痴を聞いてほしい」という依頼。

色々な側面から話して「取り留めない話ですみません」という人もいますが、プレゼンの資料を作成して話してくださる方もいます。話し方にも色々あってポツリポツリとしか話せなくて「意外と話せないものですね」と言われる方もいます。

自分に「レンタルなんもしない人」「株式会社コピーライター」というコピーをつけた

――コピーライターの経験がレンタルなんもしない人のツイートに活きたことはありますか。

:意識はしていませんが「ツイートの内容が分かりやすい」と言われるのは、商品や企業の魅力が伝わりやすいように言葉を書くコピーライター時代の経験が活きていると思います。

:ツイート内容はもちろんですが、サービス名の「なんもしない」をあえてひらがなにするところとか、コピーっぽい要素がありますよね。糸井重里さんっぽさを感じます(笑)

▲『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(2019)『<レンタルなんもしない人>というサービスはじめます。』(2019)

――レンタルさんは日々のツイートが話題になりますが、ツイートをバズらせるために意識していることはありますか?

:コピーライティングでもツイッターでも「バズらせようとしないこと」です。「バズらせよう」としている人は、文章の裏側にある利己心が見透かされてしまいます。

なので、僕は依頼がきたらその依頼内容をありのまま、ツイートするようにしています。今ではそれを見た人が依頼をしてくれて、新しいコンテンツが生まれるようになっています。もしも僕が「バズらせよう」と意気込んでツイートをしていたら、このような循環は生まれなかったと思います。

:僕もツイートを毎日しているんですけど、ほとんど噂にならないですね。株式会社噂の社長なのに(笑)。見透かされているのかもしれません。

“ユーザーファースト”の実験「レンタルなんもしない人」で見えた景色

――お二人はこれからのビジョンをどのように考えていますか?

:ビジョンはあえて持っていません。「レンタルなんもしない人」のサービスを始める時、話題になることは予想していましたが、その後のビジョンはあえて持たないようにしたんです。もし僕が目的を持ってこのサービスをしていれば、それは依頼者(ユーザー)にも見透かされます。すると依頼者(ユーザー)はきっと「操られている」と感じてしまう。
「自由にレンタルしていいんだ」と思ってもらうためにも、自分の意志を介在させないようにしていますね。

:僕もビジョンは持っていません。コピーライターの仕事も僕に頼んでくれた人が書いたコピーを喜んでくれるので、やっています。未来のビジョンをかかげると、予想した未来にしか行けないのではないでしょうか。

インタビュー・テキスト:鈴木光平/撮影:SYN.PRODUCT/編集:大沢 愛(CREATIVE VILLAGE編集部)

レンタルさんが講座でお世話になった山本高史さんの著書

『伝わるしくみ』

伝わるしくみ

•著:山本高史
•定価:1,300円+税
•発売年月:2018年09月
•出版:マガジンハウス
https://magazineworld.jp/books/paper/2992/

山本高史『伝える本。―受け手を動かす言葉の技術。』

伝える本

•著:山本高史
•定価:本体1,500円+税
•発行年月:2010年02月
•出版:ダイヤモンド社
https://www.diamond.co.jp/book/9784478012826.html

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