『サイコブレイク』シリーズなど、ホラーゲームに定評のあるTango Gameworksが2023年にリリースした『Hi-Fi RUSH』は、音楽のビートにのって敵を倒していくリズムアクションゲームです。これまでの作品との違いに驚かれながらも、高いクオリティとプレイの楽しさに多くのユーザーから好評を得て大きな成功を収めました。ディレクションを務めたジョン・ジョハナスさんは、2010年に制作経験ゼロでゲーム業界に飛び込んだそうです。挑戦を忘れないクリエイターとしてのこだわりや、ものづくりの哲学をお話しいただきました。

ジョン・ジョハナス John Johanas
ゼニマックス・アジア株式会社 Tango Gameworks ゲームデザイナー
1986年ニューヨーク生まれ。高校生の時に観光で訪れて以来日本が気に入り、大学3年次に京都の大学に留学。大学卒業後にJETプログラムで再来日、2010年三上真司氏が立ち上げた株式会社Tangoに入社(後にZeniMaxグループ傘下に入り、Tango Gameworks)。ウェブサイトのローカライズや企画書の翻訳などを担当するかたわら、ゲームの企画に意見をしているうちに「自分でやってみたら」といわれ、入社3か月で「サイコブレイク」のレベルデザインを任される。その後、サイコブレイクDLC第一弾「ザ・アサインメント」でディレクターデビューを果たし、DLC第二弾「ザ・コンセクエンス」のディレクションを担当した後、「サイコブレイク2」のディレクターを務める。2018年~自らのオリジナル企画作品「Hi-Fi RUSH」(2023年1月リリース)を手掛け現在に至る。

大学院に進学するはずが、「面白そうだから」ゲーム業界に。

——未経験から異国でゲーム制作の仕事を始めたということで、すごい勇気だなあと思うのですが。

「興味があったら、とりあえずやってみよう」が私のモットーですから。当初はゲームの仕事をしたいと思っていたわけではなく、大学院で文学を学ぼうと考えていました。

——ずいぶん大きな路線変更です。チャレンジ精神が旺盛なのですね。

応募当時は、JETプログラムで英語教育に携わっていて、2年間の契約が終了する頃でした。次のステップに進むため、趣味で日本の文学作品の翻訳をしてきたことを活かして、文学をもっと深く学んでみようと思ったのです。そのため、当時探していたのは仕事先ではなく進学先だったのですが、たまたま好きだったゲームクリエイターの三上真司さんが新たに立ち上げた会社で社員を募集していることを知りました。応募条件にも具体的なスキルや学習内容などはなく、「ゲームが好き」「ゲームを作りたい」など、熱意があればOKのようだったので面白そうだと思い応募しました。

経験がなくても、熱意と自分がやれることはアピールできる。

——応募の時には何か工夫しましたか。

日本では一般的ではないかもしれませんが、履歴書に書ける経験がない分、熱意を伝えるカバーレターも送りました。それでも書類選考に通過して面接に進んだことにはびっくりしました。面接には、自分で翻訳した原稿300ページを持ち込みました。三上さんは、ざっと見ただけで読んではいなかったようですが、お金のためではなくひとつのことを頑張った結果は伝わったのではないかと思います。面接後には「この仕事、やらせてください」と直接メールもしました。

——ゲーム制作の経験はなくても、熱意や今持っているスキルを示すことはできたのですね。素晴らしいアピールです。

三上さんが関わった『逆転裁判』というシリーズが好きでした。法廷で証言の矛盾をつくシーンがあったり、ギャグがあったりと、言語の要素が大きいタイトルです。日本語でプレイした後に英語版をプレイして、そのまま訳せないところを別の表現にうまく変えて、ゲームの楽しさを壊さないローカライズができていることに感心したことがあります。その頃は、日本のゲームは日本市場しか見ていないという批判もあった頃で、海外にも通じるゲームをつくる手伝いができるのではないかと、カバーレターにもそのことを書きました。

何かつくりたいなら、まずやってみて、それを完成させてみよう。

——「とりあえずやってみよう」がモットーのジョンさんは、新しい挑戦をして成功しましたが、世の中にはクリエイティブな業界に入りたくても、なかなか踏み切れない人もいます。

大学の友人がよく「5年後にどっちが面白い話になるか」と言っていました。勇気を出して新しい世界に入って、もちろんうまくいかなくて失敗に終わることもあります。でも、後になったらネタになりますし、何より自分の経験になりますよね。私自身、まったく経験がないところから始めたので、誰だってできると思いますよ。ただし、簡単ではないのも確かです。ひとつ言えることは、何かやってみたいことがあるなら、まずはやってみることです。

今は独学での自己学習の環境も整っているので、小さなゲームをつくる、シナリオを書くなど、思い立ったらやってみてください。大切なのは、つくりはじめた作品を最後までやりきることです。それがどんな分野であっても、クリエイターとして貴重な経験になります。仕事の見つけ方に明確な正しい答えがあるわけではありません。「スキルや経験がないからやめよう」と思わず、とりあえずやってみると道が拓けることもあります。

長丁場のゲーム制作では、ゴールイメージを明確にする。

——ものづくりをやりきることは経験にもなりますし、ジョンさんの翻訳のように熱意を形として示すこともできますね。未経験からのゲーム制作は大変でしたか。

はい。大変なことばかりでした。試行錯誤して何度もやり直して、ゲーム制作はその繰り返しですが、私の場合、試行錯誤するのにも、参考にできる過去の経験がありませんでした。チームの皆に教えてもらったり、メンバーのやり方を見て学んだりして慣れていきました。ゲーム制作が大変なことは、経験を積んだ今でも変わりありません。やり直しは頻繁に発生しますし、制作期間も長く、『サイコブレイク2』は3年、『Hi-Fi RUSH』は5年かかりました。キャラの完成や場面ごとの完成など、もちろんその都度楽しさはありますが、一通りゲームが完成するまではなかなかその面白さも見えてきません。後で面白さがわかると強く信じて進んでいく必要があります。ひとつのタイトルをつくった達成感が訪れるのは最後の2〜3ヶ月でしょうか。ゴールが見えてきて、制作したゲームをプレイしてみて「面白い」と実感した時は、心の底から楽しいと思えます。

——長い制作期間を乗り切るコツはありますか。

ゴールイメージをはっきりさせることは心がけています。こうすればよいゲームをつくれるという公式はなく、ゴールへのルートはいつも見えないもの。でもどこに向かうのか、最終的にどんなゲームをつくるのか、ゴールのイメージはつねに見えるようにしておきます。さらに、ゲームはひとりではつくれませんから、チームメンバーが皆、その完成イメージを共有する必要があります。

『Hi-Fi RUSH』制作の前には、メンバーとジグソーパズルをやって、ゲーム制作のイメージを高めていきました。ジグソーパズルは完成形の絵はわかっています。でもそこに至るルートはいろいろです。ゲーム制作に似ていると考えています。迷いが出てブレてしまうことは、ものづくりにとって大きなデメリットです。最終的なビジョンを明確に持つことは、どんな分野であってもクリエイターとして大切なことです。

困ったら「なんとかなる」と、打開策を探る。

——ものづくりを続ける上で、支えとしている言葉や考え方はあるのですか。

「なんとかなる」の精神を大切にしています。ともすると無責任に聞こえるかもしれませんが、それは「なんとかなる」のをただ待つということではありません。失敗して困ったら、一生懸命考える。うまくいかなければ別のルートを探してみる。簡単に諦めない。方法は絶対に見つかる、見つける、という意味の「なんとかなる」です。

——諦めずにいろいろな選択肢を見つけるために役立つものも教えてください。

いろいろな作品を分析するのはおすすめです。ヒットの理由や、ストーリーの構造を分解して考えるなど。たとえば、映画のDVDにはディレクターズコメントが入っていて、このシーンをどうやってつくったか、解説されることがありますよね。最初のアイディアが頓挫して別の方法を考えなくてはならなかったことなど、裏話もあって参考になります。翻訳やローカライズでは、文章をそのまま訳すことより、どうしたら言語を変えても同じことを伝えられるのか、が大切になります。その経験を通して柔軟な思考ができるようにもなったと感じています。

同じことばかりしていたら成長しない。チャレンジを。

——2023年にリリースした『Hi-Fi RUSH』はこれまでとはまったく違うジャンルのゲーム。これも挑戦でしたね。

『Hi-Fi RUSH』は私のアイディアから始まったプロジェクトです。全てのアクションが音楽にシンクロし、ユーザーは音楽に合わせて戦うことで、まるで自分が音楽を演奏しているかのような昂揚を味わえるゲームです。私は音楽が好きで、学生の頃には演奏もしていました。「音ゲー」もたくさんプレイしましたが、音楽と一体になれるようなゲームには一度も会ったことがなく「じゃあ自分でつくろう」と思ったわけです。


© 2023 Bethesda Softworks LLC, a ZeniMax Media company. Developed in association with Tango Gameworks. Hi-Fi RUSH, Tango, Tango Gameworks, Bethesda, Bethesda Softworks, ZeniMax and related logos are registered trademarks or trademarks of ZeniMax Media Inc. in the U.S. and/or other countries. All Rights Reserved.

Tango Gameworksは、ホラーゲームに強みをもってきたスタジオです。強みがあることは素晴らしいことですが、同じことばかり続けていたら、次第に中身は薄くなり、チャレンジを忘れれば成長がありません。ホラーしかつくれないスタジオにはしたくないと、コンフォートゾーンから抜け出して次のステップに進む必要性も感じていました。

——難しい挑戦でしたか?

ほとんどゼロからのスタートでしたよ。「拍って何? 四分音符って?」というところからですから。難しかったですね。プロトタイプをつくるだけで1年、そこからさらに4年かかり、大変なことは言い尽くせないほどありましたが、完成したものをプレイしたら本当に楽しくて。ユーザーにも高い評価を受けて、やってよかったと思っています。そして、アイディアがボツになってもへこまずにやれるような、楽しい雰囲気のチームをつくることもひとつの目標としていました。先がまったく見えないときも、つねに最終ビジョンを示してブレないことを心がけ、よいチーム、現場をつくることができたと感じています。

——新しいチャレンジが成功して、今後の目標は?

『Hi-Fi RUSH』のリリース後、チームの皆に「まったく経験のなかったリズムアクションゲームをつくれたのだから、これから何でもできるんじゃない?」と話しました。Tango Gameworksは、クリエイターの自由度が高く、面白ければやってみようという環境が整っています。面白そうだと思ったら「とりあえずやってみる」を大切に、挑戦するものづくりを続けていきたいと思います。

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インタビュー・テキスト:あんどう ちよ/撮影・SYN.PRODUCT