※本記事は、10月17日〜24日まで虎ノ門ヒルズで開催された「虎ノ門広告祭」のセッションから得られた、トップクリエイターたちの知見を再構成したものである。
ただのイベントで終わらせない「体験型コミュニケーション」の時代
無数の情報が溢れ、生活者のアテンション(注意)が稀少な資源となった現代。企業やブランドが生活者と深く繋がる手法として「体験型コミュニケーション」の重要性が高まっている。もはや、ただのイベントを開催するだけでは意味がない。体験は、参加者の心を動かし、記憶に深く定着し、さらには自発的に他者へと共有される「設計図」が必要とされている。このでは、体験設計の構造を3つの階層—表層の「拡散性(Virality)」、深層の「記憶定着(Memorability)」、そして核心にある「共同体形成(Community Building)」—に分けて分析する。クリエイターを志す皆さんにとって、実践的な思考のフレームワークを得るための貴重な情報源となってほしい。
拡散の設計図 — 参加者を「主役」に変える明円卓氏の視点

「『体験クリエイティブ』と『拡げ方』の技術」では、「友達がやってるカフェ」や「いい人すぎるよ展」など、ユニークな企画で社会現象を巻き起こす明円卓氏が登壇。コ体験がいかにしてSNS上で自然と拡がる「コンテンツ」となるのか、その「拡散性」の設計が語られた。
1.1. 体験を「撮影されるステージ」として設計する
明円氏の「CM発想で店を設計する」という考え方の核心は、参加者(お客さん)が自ら発信したくなるような魅力的な「ステージ」を創出することだ。第三者であるお客さんの発信は、企業発信よりも信頼性が高いという現代の潮流を的確に捉えた戦略である。「友達がやってるカフェ」では、カウンターを意図的に高く設計することで、接客風景が写真や動画に収めやすくなっている。これにより、店員(役者)とお客さんのやり取りそのものが、まるで映画のワンシーンのような「撮影されるべきステージ」として機能し、自然な形でのSNS投稿を促した。「いい人すぎるよ展」の展示コピーは、SNSのタイムラインで写真一枚を見ただけで、その状況と感情が瞬時に伝わるように設計されており、拡散のハードルを極限まで下げているのが特徴だ。
1.2. 「顔出しNG」の心理に応える、新しい参加の形
多くのフォトスポットが期待通りに機能しない根本的な原因について、明円氏は「顔出しに抵抗がある人が意外と多い」と分析する。この心理的ハードルを乗り越えるための解決策が、体験の拡散量を劇的に増加させた。「そういうことじゃないんだよ展」では、あえて顔を隠したり、後ろ向きや首から下だけを撮ることを前提としたスポットを設け、顔出しに抵抗があった層も気軽に参加できるようにした。また、展示コピーと自分のネイルを組み合わせて撮影する投稿が多く見られたことは、参加者が「顔以外で自分を表現したい」という欲求を満たす新しい投稿の形を生み出した好例だ。体験設計側が、参加者の創造性を引き出す「余地」を用意したことが鍵である。
1.3. 「バズ」を「社会現象」へ昇華させる時間軸のコントロール術
明円氏は、「友達がやってるカフェ」が一過性の話題で終わった反省から、体験を単なる「バズ」で終わらせず、社会現象へと昇華させるための時間軸のコントロールが重要だと語っている。従来の「巡回展」方式ではなく、複数箇所での同時開催(全国一斉開催)は、地域を超えたSNS上の相乗効果を生み、話題の総量を爆発させた。さらに、K-POPアイドルが準備期間を経てカムバックするように、意図的に情報を発信しない期間を設けるK-POPのカムバ方式を採用。これにより、コンテンツが短期間で消費されるのを防ぎ、人々の「飽き」を防ぎながら次回の登場時のインパクトを最大化させている。明円氏の戦略は、参加者が体験をどのように切り取り、SNSという「外側」の世界へ拡げていくかを緻密に設計するアプローチである。
記憶の設計図 — 心に刻まれる「物語」を紡ぐクリエイターたちの視点

10月19日のセッション「本当は教えたくない体験の作り方」では、PRプランナーの辰野アンナ氏と体験作家の小板橋瑛斗氏のアプローチから、人の感情を揺さぶり、深く記憶に残る体験をいかにして創り出すかが語られた
2.1. PRの視点:「言葉」と「瞬間」で話題の火種をつくる (辰野アンナ氏)
PRの本質を「世の中との”仲間づくり”」と捉える辰野氏にとって、イベントは社会を巻き込む話題の「火種」だ。彼女は、体験そのものの魅力だけでなく、それがどう語られ、どう伝播していくかを設計の起点に置いている。来場者がInstagramのストーリーなどで気軽にシェアする状況を想定し、理屈抜きで「何これ、面白い!」と思える象徴的な「瞬間」を意図的に作り込む。わずか数秒で楽しさが伝わる状況は、拡散の連鎖を生む第一歩である。また、「普段は絶対にできない」という非日常的な体験は、人の密かな願望を叶える「背徳感」を伴い、強力な魅力と参加動機を生む。『ジュエリービュッフェ』は、厳重なショーケースからジュエリーをお皿に盛って遊ぶという、この「体験の非日常性」を巧みに応用した事例だ。さらに、体験に『AIゴッホ』のようなキャッチーな「見出しになる言葉」をつけることで、SNSでもメディアでも誰もが簡単に語れるようになり、その魅力は人の記憶に定着し、世の中へと伝播していくのである。
2.2. 体験作家の視点:「感情の入口」から「理解の出口」へ (小板橋瑛斗氏)
体験作家の小板橋氏は、人の「良い記憶」を作ることを哲学としている。その核となるのが「右脳入口、左脳出口」という、参加者の感情と理解を巧みに繋ぐ設計思想だ。アース製薬の「世界一!?不快なイルミネーション」はこの概念を体現している。来場者はまず、不可解ながらも美しい光の空間(右脳入口=感情のフック)に心を奪われる。そして、その光の正体が家に潜むダニの数だと明かされることで、ダニ対策の重要性というメッセージ(左脳出口=論理的な着地)が驚きと共に強烈に心に刻まれるのである。さらに小板橋氏は、「能動体験の連鎖を設計する」ことの重要性も説く。サントリーの『BARグラスとコトバ』では、参加者がまず自分に合う「言葉」を選ぶという能動的な行為から体験が始まる。この「自分で選んだ」という事実が、その後のカクテル体験を「自分ごと」化させ、参加者を傍観者から物語の主人公へと変えていくのだ。この哲学に基づき、小板橋氏は記憶に残りやすい「最初」の驚きと「最後」に持ち帰る感動や知識の演出を特に重視している。辰野氏と小板橋氏のアプローチは、人の感情や記憶といった普遍的な「心理メカニズム」を設計する方法論であった。感情のフックを作り、論理的なメッセージに着地させることで、個人の心に深く刻まれる体験を創り出す。次の章では、より特定のコミュニティや熱狂的な「ファン」の心理に深く寄り添い、その熱量を高めるアプローチを探求する。
[【詳細記事】辰野アンナ氏が語る「PR視点でのコンテンツ設計」]
[【詳細記事】小板橋瑛斗氏が語る「体験作家視点でのコンテンツ設計」]
共感の設計図 — 「ファン心理」を読み解き、コミュニティを育む視点

同セッションでは、熱心なファンが集まるイベントを得意とする杉山芽衣氏と、参加者目線での発信を行うSNSクリエイターのひや氏の視点から、特定のコミュニティの熱量を高め、さらに外部へと誘う技術が語られた。
3.1. ファンの「愛」に応え、超える体験づくり (杉山芽衣氏)
杉山氏のアプローチの根幹には、ファンの深い知識や愛情を裏切らない、徹底したリサーチに基づく「界隈理解」がある。JO1のイベントで、メンバー本人に会場の様々な場所にこっそりサインを書いてもらう仕掛けは、最も熱心なファンだけが気づき、報われる「宝探し」の体験だ。これは、ファンの情熱を肯定し、運営への信頼感を醸成する、愛のあるこだわりである。サンリオのイベントでは、キャラクターごとのファン層のインサイトが体験設計に活かされた。シナモロールの「頑張っている彼を応援したい」という母性的な愛情を持つファン層に対し、彼がコンプレックスに感じている「字」で書かれたドリンクを提供することで、ファンとの間に深い共感と強い絆を築いたのだ。また、ピノのイベントでは、トレンドに合わせて「写真映え」から「動画映え」するチョコレートファウンテンへと体験を柔軟に進化させたように、トレンドを敏感に察知し、体験を最適化し続けることが、常に新鮮な驚きを提供し続ける鍵となる。現代の「推し活」文化において、パーツを選んで世界に一つだけのものを作るカスタマイズ性は、単なる自己表現ではなく「推しへの愛」の表現活動であり、強力な参加動機となるのである。
3.2. 「友達」として来場を促す「余白」の作り方 (ひや氏)
SNSクリエイターのひや氏は、イベントの作り手側が見落としがちな「実際に来た人がどう感じ、どうシェアしたくなるか」という視点を持つ専門家である。彼の最大のこだわりは、来場を促すための「余白」を作る技術にある。
「世界一!?不快なイルミネーション」を紹介する動画で、ひや氏はあえてそれが「不快」である理由(ダニの存在)に一切触れず、「真相は、ぜひ現地で確かめてみて」と締めくくった。この意図的に作られた「謎」や「余白」が、視聴者の好奇心を最大限に刺激し、「自分の目で確かめたい」という最も強力な来場動機となる。また、クイズを出したり、展示にツッコミを入れたりといった「参加型」の演出は、視聴者がまるで友達と一緒にイベントを楽しんでいるかのような感覚を抱き、エンゲージメントが自然に引き出されるのである。
[【詳細記事】杉山芽衣氏氏が語る「ファンの愛に応えて超えるでのコンテンツ設計」]
[【詳細記事】ひや氏が語る「SNSクリエイター視点でのコンテンツ設計」]
最高の体験は、多様な視点の組み合わせから生まれる
セッション内で語られた事例から、5名のトップランナーたちが持つ、それぞれに異なる体験設計の視点を分析した。最高の体験アーキテクチャは、多様な視点の協奏によって生まれるものだ。それは、明円氏が描く体験が「外側へと旅をするための設計図」、小板板橋氏が紡ぐ参加者の「内なる感情の旅の脚本」、杉山氏が読み解く「コミュニティの心の機微」、そして辰野氏が仕掛ける「社会的な物語」のすべてが組み合わさったものである。ひや氏の役割は、その設計された体験と、まだ外にいる人々を繋ぐ、最後の重要な架け橋であると言える。イベント成功の鍵は、これらの多様な視点を、「誰に、どんな気持ちになってほしくて、最終的にどんな記憶を持ち帰ってほしいか?」という目的に応じて、柔軟に組み合わせることにあるのだ。



