テレビCMやデジタル広告が溢れ、消費者の心が飽和状態にある現代。企業やブランドが生活者と深く繋がり、熱狂的なファンを生み出すためには、「体験型コミュニケーション」の重要性が増している。単なる情報伝達ではなく、参加者が自ら熱狂し、進んで拡散したくなるような「体験」を通じて、特別な関係を築くことが求められている。

本記事は、10月24日(金)に虎ノ門広告祭で開催されたセッション「『体験クリエイティブ』と『拡げ方』の技術」の内容をレポート。登壇したのは、「いい人すぎるよ展」「友達がやってるカフェ」など、累計80万人以上を動員したユニークな企画を手掛ける明円卓氏(ENTAKU produce代表)。明円氏は、「体験施策は今後ますます重要になるにもかかわらず、CMやコピーのように体系的に教わる場所がなかった」という課題意識から、自身の膨大な成功と失敗の経験に基づいた「体験クリエイティブ」と「拡散」に関する8つの原則を、初学者にも分かりやすく解説してくれた。

登壇者:明円卓
2014年より電通でCMプランナー/コピーライターとして活動。2020年に電通を退職後、 kakeru(現:ENTAKU produce)を創業。チョコレイトにも所属。『JANAI COFFEE』『JANAI GAMES』『JANAI HOTEL』『友達がやってるカフェ』などの飲食店のプロデュースや、『いい人すぎるよ展』『そういうことじゃないんだよ展』『やだなー展』などの企画展を主宰。

体験を「発信されるコンテンツ」として設計する

体験クリエイティブの第一歩は、参加者を「主役」と捉え、彼らが発信する「素材」として空間を設計することだと語る明円氏。

1. CM発想で店を設計する

まずは、企業の発信よりも、第三者であるお客さんの発信の方が信頼性が高い現代において、お客さんの発信を促す「ステージ」作りが重要だと語り、店舗設計の上で欠かせない3つのポイントを紹介した。

ステージとしての空間設計: 「友達がやってるカフェ」では、接客風景が撮影しやすいよう、カウンターを意図的に高く設計し、写真・動画映えする「ステージ」を創出。
カメラマークの書き込み: 平面図にCMの絵コンテのようにカメラマークを書き込み、「この角度からどう撮られるか」を徹底的にシミュレーションし、どこを切り取っても魅力的な空間を設計。
一枚で完結する情報設計: 「いい人すぎるよ展」のコピー展示は、SNSのタイムラインで写真一枚見ただけで状況と感情が伝わるよう、メッセージ性を極限まで高めて設計。

2. 「顔は映りたくない、でも投稿には写りたい」という心理に応える

多くのフォトスポットが期待通りに利用されない原因は、「顔出しに抵抗がある人が意外と多い」という点にあると明円氏は分析。「この繊細なニーズに応えることが拡散のハードルを下げる鍵となっている」と説明し、2つのポイントを紹介した。

顔を隠せるフォトスポット: あえて顔を隠したり、後ろ向きや首から下だけを撮ることを前提としたスポットを設けることで、撮影・投稿の総量を劇的に増加させる。
顔以外の自己表現: 「そういうことじゃないんだよ展」では、展示と自分のネイルを組み合わせた写真が多く投稿されるなど、顔以外で自分を表現したいという欲求を満たす新しい投稿の形が生まれる。

一過性の話題で終わらせず、「現象」を創り出す

過去、「友達がやってるカフェ」が一過性の話題で終わったことを反省点として振り返る明円氏。苦い経験を経て得た、体験を単なる「バズ」で終わらせず、社会現象へと昇華させるには、露出を意図的にコントロールする「同時性」と「カムバ方式」が重要だと語った。

3. いつの時代もムーブメントを作るのは「同時性」

話題を全国的な「現象」に昇華させるには、従来の「巡回展方式」ではなく、複数の場所で「同時に」開催することが不可欠。全国7箇所などで一斉開催することで、地域を超えたSNS上の相乗効果が生まれ、話題の総量が爆発的に増加。熱量が途切れることなく、社会全体を巻き込む大きな「現象」となることを説明した。

4. 一瞬で消費されないために「K-POPのカムバ方式」を取り入れる

「話題になった瞬間に終わりが見えてしまう」というSNS時代の残酷な現実に対し、コンテンツの寿命を延ばす戦略として、K-POPアイドルの「カムバ(カムバック)方式」を取り入れていることも明かした。常に情報を発信し続けるのではなく、準備に専念する「オフシーズン」を意図的に設けることで、人々の「飽き」を防ぎ、次に登場したときのインパクトと話題性を最大化されるという。

一瞬で心を掴むSNS動画の技術


セッション後半では、拡散において不可欠なSNS動画について、タイムラインで視聴者の足を止めるための実践的なテクニックも紹介された。

5. SNS動画は「起承転結」の「承」から始める

視聴者が動画を「途中から」見る現代の行動様式を踏まえ、動画は丁寧な導入である「起」からではなく、いきなり本題や会話の途中(承)から始めることが大事だと語る明円氏。挨拶ではなく、いきなり会話の核心部分から始めることで、「何が起きているんだろう?」と瞬時に興味を惹かせ、スキップを防いでいることを明かした。

6. 体験動画はいつだって「一人」で視聴される

人は一人で動画を見ていても、無意識に他者の反応を気にするという心理に基づき、コンテンツ内に「こう反応していいんだよ」というガイドを入れることが重要ということも語られる。テレビ番組の「笑い声のSE(効果音)」のように、映像に笑い声や驚きの声を意図的に加えることで、視聴者は自分の感情に自信を持ち、コンテンツへの没入感が深まるという。

すべての土台となる超大前提

セッション終盤では、これまでのテクニックを機能させるための、最も基本的かつ重要な土台となる考え方が示された。

7. 「わかる」という超大前提を忘れてはいけない

SNSで情報が広がるための絶対条件は、1秒以内に「何についての投稿か」が直感的に理解できる「わかりやすさ」。投稿が拡散しない原因の8割は、「少し考えないと理解できない」ことにあると明円氏は断言。最初の数秒で「わかる」を重ねて興味を惹きつけ、最後に少しだけ「考えさせる要素」を入れることで視聴者の滞在時間を延ばし、アルゴリズムによるさらなる拡散を促すことが工夫だという。

8. 体験作りに求められるのは「プロデュース力」

これまでの7つの原則を統合し、最高の体験を創り上げる「プロデュース力」の重要性にも触れている。一人で全ての専門スキルを身につけるのは不可能であり、プロデューサーこそが、ステージ設計から投稿心理、現象作り、コンテンツ伝達術に至るまで、すべての原則を統合し、各分野のプロの力を結集させる「指揮者」であるとした。

明円氏は、会社名を「ENTAKU produce」に変更したことにも触れ、「プロデューサーがスターになる時代が来る」と確信を述べ、個別のアイデアマンではなく、プロジェクト全体を成功に導く「プロデューサー」としての視座を持つよう聴衆に呼びかけた。明円氏がセッション内で解説した8つの原則は、単なるテクニックではなく、「人の心をどう動かし、どうすればそれが自然と拡がっていくか」という一貫した哲学に基づいている。セッションの結びとして、「プロデューサーがスポットライトを浴びる時代が来てほしい」という熱いメッセージも送られた。

取材・テキスト:向井美帆

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