テレビCMからSNS広告まで、私たちの周囲には無数の情報が溢れている。このような時代だからこそ、企業やブランドが生活者と深く繋がるための手法として「体験型コミュニケーション」、すなわちイベントの重要性が増している。ただ商品を知ってもらうだけでなく、心に残る「体験」を通じて、特別な関係を築くことが求められているのだ。

本記事は、10月19日(日)に「虎ノ門広告祭」で開催されたセッション「本当は教えたくない体験設計」の内容をレポートする。業界の第一線で活躍するクリエイターたちが語る「体験づくりのこだわり」を、それぞれの異なる視点から分かりやすく解き明かしていく。

登壇者
辰野 アンナ 氏: PRプランナー(株式会社電通)
杉山 芽衣 氏: アクティベーションディレクター(博報堂 クリエイティブ局)
小板橋 瑛斗 氏: 体験作家 / プランナー(CHOCOLATE Inc.)
ひや 氏: SNSクリエイター

PRプランナーの視点「拡散される『言葉』と『瞬間』を作る」


PRを「世の中との”仲間づくり”」と捉えることを得意とする辰野アンナ氏。彼女のアプローチの核心は、イベントという「体験」をきっかけに、メディアやSNSで話題の火種を作り、ブランドの”仲間”を増やしていくことにあるという。そのための緻密な戦略を3つのポイントから紹介してくれた。

5秒の動画で伝わる体験づくり

辰野氏が強調するのは、来場者がInstagramのストーリーなどで気軽にシェアする状況を想定した体験設計である。イベントに参加した人が、その面白さを瞬時に切り取って共有できるかどうかが重要となる。そのためには、理屈抜きで「何これ、面白い!」と思える、象徴的な「瞬間」を意図的に作り込む必要がある。例えば、360°絵画に没入できる『イマーシブミュージアム』や、英語で注文すると海外限定のハイチュウがもらえるイベントなどがこれにあたる。わずか数秒でその楽しさが伝わることが、拡散の連鎖を生む第一歩となる。

「背徳感」のある体験へのこだわり

「背徳感」は、辰野氏が体験を設計する上で大切にしているキーワードだという。例えば、ショーケースに入っているのが当たり前のジュエリーを、まるでビュッフェのようにお皿に盛って遊べる『ジュエリービュッフェ』。これは「普段は絶対にできない」からこそ、強い魅力と参加動機を生み出す。企業が少し大胆になって、生活者の密かな願望を叶えることで、イベントは忘れられない特別な出来事へと昇華されるのだ。

SNSやメディアの見出しになる言葉づくり

体験の魅力を凝縮した「言葉」を発明することも、PRプランナーの重要な役割である。ゴッホのタッチで似顔絵を描いてくれるAIを、単に説明するのではなく『AIゴッホ』と名付ける。この一言があるだけで、SNSでは「#AIゴッホ やってきた!」と誰もが簡単に投稿でき、メディアも「話題のAIゴッホとは?」と見出しをつけやすくなる。体験に名前をつけることで、その魅力は人の記憶に残り、世の中へと伝播していく。辰野氏のPR視点は、イベントを「その場限り」の点で終わらせず、社会全体を巻き込む「面」へと広げるための強力な武器となっている。

ファン心理の視点「熱狂的な『愛』に応え、超える」


アイドルやキャラクターなど、熱心なファンが集まるイベント作りを得意とする杉山芽衣氏。ファンの深い知識や愛情を裏切らない、徹底した「界隈理解」に基づいたイベントづくりを意識している杉山氏だが、ファンの心を鷲掴みにする秘訣とは何だろうか。

界隈理解と愛のあるこだわり

杉山氏のアプローチの根幹は、ファンだけが気づくような細部へのこだわりにある。例えば、JO1のイベントでは、単なる物販スペースをファンにとっての「宝探し」の場へと変えるため、メンバー本人に会場の様々な場所にこっそりサインを書いてもらったという。最も熱心で観察眼の鋭いファンが報われるこの仕掛けは、彼らの情熱を肯定し、運営への信頼感を醸成する。

この「界隈理解」は、サンリオのイベントでさらに深く追求された。シナモロールとポムポムプリンではファン層が全く違うことを分析し、それぞれに最適化された体験を設計したのである。

シナモロールのファン:「頑張っている」シナモンを応援したいという母性的な愛情を持つ人が多い。そこで、シナモンがコンプレックスに感じている「字」で書かれたドリンクを提供し、ファンとの共感と強い絆を築いた。

ポムポムプリンのファン: マイペースなプリンに「癒し」を求める、仕事で疲れ果てた大人世代が多い。彼女たちには、プリンの隣で「添い寝」できるという、直接的な癒し体験を提供した。

わざわざ足を運びたくなる”ここでしか”の体験

来場者に「わざわざ来た甲斐があった」と感じてもらうため、杉山氏は「カスタマイズ性」や「限定感」を重視することに重きを置いているという。特に現代の「推し活」文化では、自分の「推し」のカラーや概念に合わせてパーツを選び、世界に一つだけのタンブラーを作るような体験が強力な動機づけになる。これは自己表現のためではなく「推しへの愛」を表現するための創造活動であり、完成品はイベント後も長く愛される宝物となり、体験の価値を永続させる。

日々移り変わるトレンドに合わせた体験設計

かつては静的な「写真映え」が重要であったが、今は動きのある「動画映え」が求められている。ピノのイベントでは、かつて人気だった自分でデコレーションする体験から、動画が主流になるとチョコレートが流れ落ちる「噴水」のような、動きがあって撮りたくなる仕掛けへと進化させた。このように、SNSのトレンドを敏感に察知し、体験の作り方を柔軟に変えていくことが、常に新鮮な驚きを提供し続ける鍵となる。ファンの心に深く寄り添う杉山氏のアプローチは、熱狂的なコミュニティを育む上で不可欠である。

【後編へ続く】
【後編】では、小板橋瑛斗氏と、ひや氏の視点を紹介する。感情を設計する「右脳入口、左脳出口」の概念、そして参加者を現地に誘う「余白」の作り方など、さらに踏み込んだ体験設計の極意に迫る。

取材・テキスト:向井美帆

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