編集だけでなく、簡単な撮影も、モーショングラフィックスも、配信の設定も、頼まれれば一通りこなしてしまう。周りを見渡すと、モーショングラフィックス一本で評価されている人や、撮影専門で名前が知られている人がいて、自分にはそうした「これ」と言える専門がないことに気づく。何でもできることが強みだと言われても、心のどこかで「専門性がない中途半端な人材なのではないか」という不安が消えないことはありませんか。ただ、その不安は能力不足の証拠とは限りません。複数のスキルを掛け合わせていること自体が、一つの専門性になり得るという見方もあるからです。
この記事では、スキルの掛け算というキャリアの考え方をヒントに、何でも屋という働き方を整理してみます。

「何でも屋」を、スキルの掛け算として見てみる

この不安を整理する手がかりとして、教育改革実践家の藤原和博が提唱した「キャリアの大三角形」という考え方があります。一つの分野を極めてトップ1%の希少性を目指すのではなく、複数の分野でそれぞれ100人に1人程度の経験を積み、それらを掛け合わせることで、100万人に1人級の希少な人材になれるという考え方です。一つの専門を深く掘り下げることだけが、価値の作り方ではありません。

編集、撮影、モーショングラフィックス、配信という複数の技術を横断してきた経験は、それぞれを別々に持つ人には作れない組み合わせを生み出す土台になります。この記事では、専門の「深さ」だけでなく、領域を掛け合わせる「組み合わせ」の側からキャリアを見ていきます。

「何でも屋」という言葉の中身を分けてみる

「何でも屋」という言葉は、便利に使われる分だけ軽く扱われがちです。しかし実際に一通りの工程をこなせるようになるまでには、それぞれの技術を独立して身につける時間がかかっています。編集のリズム感を掴むまでの試行錯誤、モーショングラフィックスの動きを滑らかに見せるための調整、配信のトラブルに対応するための機材知識は、どれも一つひとつが専門と呼んで差し支えない蓄積です。

それらを一人で担えるようになったのは、怠けて手を広げた結果ではなく、必要に迫られるたびに一つずつ習得してきた結果です。派遣先で「これもできますか」と聞かれるたびに断らずに引き受けてきた積み重ねが、今の幅の正体だとも言えます。「専門性がない」という自己評価は、深さを一点だけで測る物差しを使ったときにだけ出てくる結論です。SNSで一つの技術に特化した人の投稿ばかりが目立つのも、比較の物差しを偏らせる一因になっています。

組み合わせの中にしかない仕事を探す

一つの技術だけを極めた人には難しく、複数の技術を横断してきた人だからこそ担える仕事があります。たとえば、次のような場面です。

  • 配信の現場でトラブルが起きたとき、その場で編集の知識を使って対応を判断できる
  • モーショングラフィックスと実写を組み合わせた演出を、一人で完結させられる
  • 複数の工程を横断できるため、それぞれの専門家を個別に集めるよりも早く、意図のずれなく仕上げられる

派遣先の案件でも、複数の工程を横断できる人材は重宝される場面が少なくなく、単価の面でも複数の役割をこなせることが評価につながることがあります。自分の強みを語るときも、「編集ができます」「モーショングラフィックスもできます」と並列に並べるのではなく、「編集と配信を横断して現場の判断ができます」というように、組み合わせそのものを一つの強みとして言葉にしてみると、伝わり方が変わってきます。

面談で経歴を説明するときは、担当した業務を時系列で並べるだけでなく、複数の工程を一人で橋渡しした場面を具体的なエピソードとして添えてみてください。単価交渉の場面でも、一つの技術の対価としてではなく、複数の役割を担うことで発注側の調整コストが減っている事実を根拠にできます。

ほかの現場では複数のスキルの組み合わせがどう評価されているのかを知っておくと、自分の強みの伝え方を見直す材料になります。すぐに動くつもりがなくても、映像編集関連の求人を眺めて、求められている組み合わせの傾向を見比べてみるのは一つの方法です。

深さを諦めたわけではないと捉え直す

幅を持つことは、深さを永遠に手放すことではありません。複数の領域を行き来しながら経験を積んでいく中で、ある時期に一つの領域への関心が強まれば、そこから深掘りを始めることもできます。逆に、深さを追い求めていた人が途中で幅を広げたくなることもあり、どちらの順番を辿るかは人によって異なります。

今の自分が幅を担っている段階だとしても、それは専門を持てなかった結果ではなく、複数の専門を掛け合わせる道を選んでいる途中の状態だと捉え直すことができます。実際、幅広く工程を経験してきたからこそ、どの工程が自分にとって特に手応えがあるのかを比べる材料を持っているとも言えます。専門を先に決めてから経験を積む人もいれば、経験を積みながら専門を見つけていく人もいて、後者の道筋を歩んでいるだけだと考えれば、遠回りをしているという焦りも和らぎます。案件によっては、複数の技術を組み合わせて一人で小さな制作を完結させることもでき、そうした働き方の広がりは、独立や個人での受注を考える際の土台にもなっていきます。

まとめ|掛け算の中にしかない専門性もある

一つの専門を深く掘り下げることだけが、価値の作り方ではありません。複数の領域を掛け合わせ、その組み合わせの中にしかない仕事を担えることもまた、一つの専門性です。

  • 今の幅広さを維持したまま案件の幅を広げたいなら、組み合わせを言葉にして自分の強みとして提示してみる
  • どこかの領域を一度深掘りしてみたいなら、幅を保ったまま関心のある領域に時間を多めに割り振ってみる
  • 専門性の有無で迷いを抱えているなら、深さと幅のどちらが正解かを急いで決めなくても構わない

深さを持つ人と幅を持つ人は、優劣ではなく違う道を歩いているだけだと捉えておくと、比較そのものから距離を置けます。複数の技術を組み合わせて一人で完結させられる働き方は、将来的に案件を自分の裁量で組み立てていく土台にもなり得ます。深さを持つ人を羨む気持ちが完全になくなるわけではありませんが、その気持ちと、自分が積み上げてきた幅を否定することは分けて考えられます。

まずは、今自分が持っている複数の技術の組み合わせを、一度言葉にして並べてみてください。そのうえで、「この組み合わせを今の環境でどう生かせるか、それとも生かせる場を変えたほうがいいのか」を自分だけで判断しづらい場合は、一人で答えを出す必要はありません。これまでの経験を整理しながら、自分に合うキャリアの選択肢を一緒に考えてみませんか。