書籍やWeb媒体のイラストを手がけてきたけれど、ゲームのキャラクターデザインやコンセプトアートに携わってみたいという気持ちが、日に日に強くなっている。求人情報を眺めても「ゲーム業界経験者優遇」の文字ばかりが目に入り、今の実績がまったく別のジャンルとして扱われてしまうのではないかという不安がつきまといます。積み上げてきたものを手放して、また一から始めなければならないのではないか。
この記事では、キャリアの移行を橋渡しとして捉える「キャリアシフト理論」という考え方をヒントに、その迷いを焦らずに整理していきます。
「移行」を橋渡しとして捉え直す
キャリアシフト理論という考え方は、キャリアは階段を一段ずつ上るような直線的な成長だけで成り立っているのではなく、方向を転換しながら進む移行の連続によって形づくられていくという前提に立ちます。ジャンルを移ることは、これまでの積み上げをゼロに戻すことではなく、進む方向を変える一つの移行として捉えることができます。移行には、その前後をつなぐ橋渡しの期間が必ず存在するという見方を持つと、今の迷いの位置づけが変わってきます。
移行はゼロからの出発ではない
ジャンルを移るというと、まったく新しい場所に一から飛び込むような感覚を持ちがちですが、実際にはこれまで培ってきた技術の多くがそのまま持ち運べます。人物の解剖学的な理解、色彩設計の感覚、限られた時間で仕上げる進行管理の力は、媒体が変わっても土台として機能し続けます。変わるのは、主に題材の文脈や、求められる納品形式、関係者とのやり取りの作法といった部分です。
この違いを具体的に切り分けてみると、「まったくの未経験」ではなく「特定の文脈にまだ慣れていない状態」という、より正確な自己認識に近づきます。書籍イラストで培った物語を一枚に凝縮する力は、キャラクターの背景設定を絵に落とし込む作業と地続きです。
これまで手がけてきた仕事を一つずつ棚卸ししてみると、意外なつながりが見えてくることがあります。装丁イラストで培った、限られたスペースに情報を凝縮して伝える力。連載ものの挿絵で鍛えた、同じキャラクターを異なる場面で一貫性を保って描き続ける力。これらはどちらも、ゲームのキャラクターデザインで求められる力と重なります。ジャンルの名前だけを見て「別物」と判断するのではなく、実際の作業内容まで踏み込んで比べてみることが、見落としていた共通点に気づく手がかりになります。
橋渡しの期間をどう過ごすか
方向転換には、以前の場所と新しい場所をつなぐ橋渡しの期間が必要です。この期間を、焦って一足飛びに埋めようとする必要はありません。ゲーム業界で求められる形式のポートフォリオを少しずつ作り足していく、業界特有の制作フローについて情報を集める、実際にその業界で働く人の話を聞いてみる。こうした準備を、今の仕事を続けながら並行して進めることができます。
派遣という働き方は、この橋渡しの期間と相性が良い側面も持っています。契約が区切られているからこそ、次の契約更新のタイミングに合わせて、少しずつ新しい分野の案件を試すことができます。いきなり全てをゲーム業界向けに切り替える必要はなく、今の案件を続けながら、隙間の時間で新しい文脈に触れる機会を少しずつ増やしていくという進め方も選べます。
迷いの中にある複数の声を聞く
ジャンルを移りたいという気持ちの裏側には、たいてい複数の異なる声が同居しています。新しい表現に挑戦したいという声と、これまで積み上げてきた実績を手放すことへの不安の声。未経験というレッテルへの恐れと、今のままでは物足りないという焦り。こうした声のどちらか一方を無理に黙らせようとすると、決断が余計に苦しくなります。
それぞれの声が何を大切にしようとしているのかを、順番に聞き取ってみることが助けになります。実績を手放したくないという声も、挑戦したいという声も、どちらも同じくらい真っ当な気持ちの表れです。どちらか一方を選んで他方を切り捨てるのではなく、両方の言い分を踏まえた上で、今はどんな一歩なら両方に納得してもらえるかを考えてみると、決断の質が変わってきます。
たとえば、今の仕事を完全にやめて飛び込む必要はない、という一歩であれば、実績を守りたい声も納得しやすくなります。逆に、何も準備を始めずに現状維持を続けるだけでは、挑戦したい声がくすぶり続けてしまいます。両方の声が少しずつ納得できる範囲を探ることが、極端な二択に陥らずに前へ進むための現実的な進め方です。
橋渡しの準備の一つとして、実際にゲーム業界でどんな求人があるのかを覗いてみるのも一つの方法です。今の実績がどんな形で求められているのかを知ることが、次の一歩の手がかりになります。
まとめ|移行は積み上げを失うことではなく橋渡しすること
- 求人票の「経験者優遇」という言葉に尻込みしている場合は、これまでの技術のうちどの部分がそのまま持ち運べるのかを具体的に書き出してみる
- 何から準備を始めればいいか分からない場合は、今の仕事と並行して進められる小さな準備を一つ選び、橋渡しの期間として位置づけてみる
- 実績を手放す不安で一歩を踏み出せずにいる場合は、心の中にある複数の声をそれぞれ書き出し、どちらも否定せずに眺めてみる
ジャンルを移ることは、これまでの自分を捨てることではなく、これまでの技術を新しい文脈へ翻訳し直す作業です。今の実績のうち、次の場所に持っていけるものは何か、一つずつ確かめてみるところから始めてみてください。
一人で踏ん切りがつかないときは、これまでの実績や今の迷いを客観的に整理しながら、次の一歩を考えてみませんか。



