莫大な広告費の代わりにSNSを活用したプロモーションで、ブランドの認知度向上に成功するケースが見られるようになってきました。マス広告が主流だった時代に比べ、広告業界に大きなゲームチェンジが起きていると言えるでしょう。

そんな中で、SNSを活用して企業のブランド価値向上に貢献しているクリエイティブカンパニーがあります。牧野圭太さんが代表を勤める「株式会社カラス」です。Oisixと『クレヨンしんちゃん』をコラボさせた交通広告はSNS上で大きな話題を呼びました。

今回は「広告の価値が問われている」と語る牧野氏に、広告業界で起きている大きな変化と、これからのクリエイターに求められる素質について伺いました。

牧野圭太(まきの・けいた)

博報堂09年入社(15年退職) 。カラス代表/エードット取締役副社長。
ブランドジャーナリズム という「ブランドと社会を結びつける」クリエイティブ・コミュニケーションを標榜し、啓蒙している。「広告がなくなる日」を執筆中。

ときたま文鳥文庫の店長。クリエイティブスクール #NOVUS 学長

広告に莫大な予算をかける時代は終わった。

牧野圭太
――まずは広告業界で起きている変化について教えてください。

広告の価値自体が大きく変わりつつあるのだと思います。SNSでプロモーションが成功し、これまでのようにマス広告に莫大な予算をかけなくても効果的な広告やブランディングが可能になってきました。

――SNSが広告業界を大きく変えたと。

SNSというインフラが整ったことは大きな変化です。「ユーザーがメディアになる」ということがこの数年で実現されてきたように思います。また、SNSの変化だけでなくメディア側も変化しました。NetflixやYouTube・Spotifyをはじめとして、メディア側も「広告費」に依存するのではなく、ユーザーから直接課金を増やしており、広告の必要性が下がってきていると言えます。

――広告の価値が変わるのであれば、広告クリエイターも意識の変革が求められますね。

そうですね、「広告をテレビや雑誌・Webなどのメディアに流す」という従来の方法から脱却する必要があることは間違いありません。マス基点から、SNS基点へと頭を変化させる必要があります。

SNS、さらには社会に何を投げかけたらムーブメントが起きるのか、企画の一歩目から考えなければいけません。

このように社会文脈に沿った広告をつくることで、SNSで拡散されてそれがさらなる広告になり、商品やサービスのブランド訴求に繋がります。

――3回にわたる、Oisixとクレヨンしんちゃんのコラボ広告が成功事例に挙げられると思います。SNSでの拡散を予想して広告のプランニングを行ったのでしょうか。

もちろんです。SNSでどうしたら話題にしてもらえるかを前提に企画しています。『クレヨンしんちゃん』の舞台である春日部の駅に限定して交通広告を出したのも、その仕掛けの一つです。

「一箇所しかない」という「希少性」はSNS上で拡散されやすい要素です。なぜなら「ここにしかないから、みんなに伝えてあげよう」というシェアの後押しをする効果があるからです。

――SNSの特性を活かしたクリエイティブは炎上するリスクも孕んでいます。炎上を防ぐために大切なことも教えて下さい。

社会に与えるインパクトをあらゆる方向から想像してみることしかないのかなと思います。Oisixさんとクレヨンしんちゃんのコラボ広告でも反対意見もいろいろ想像してつくっています。

「どうしてお父さんは入っていないんだ」「しんちゃんはこんなこと言わないだろう」などですね。

そういった意見をすべて防ぐのは不可能ですが、できる限り配慮して書くことと、最後は「意見が来ても、僕たちの意見をつらぬく」という「覚悟」が大事だと思います。

中途半端な広告が炎上するのであって、強い「意思」と「覚悟」がある広告は、それほど炎上することはないと考えています。

閉鎖的な広告業界を変えたい。生活者によって広がるクリエイティブをつくるために起業

牧野圭太
――Twitterをはじめとした、SNSの価値に注目するようになった経緯を教えてください。

正直、「時代」が大きいと思います。僕が広告業界に入ったのは09年なので、SNSが広がってきたタイミングでした。マス広告は上の世代がたくさんつくっているので、つまりはレッドオーシャンです。

かたやSNSに関しては上の世代より、僕らのほうがネイティブなのでその可能性もよくわかります。だから、生存戦略の一つして「SNSを軸においたクリエイティブ」に興味を持ったのだと思います。

同時に、僕自身は「営業志望」で博報堂に入社し、「広告クリエイティブ」にそれほど興味がありませんでした。偶然、コピーライターに配属される、とうい珍しい経験をしています。

既存の広告クリエイティブが大好きで入社していたら、そこに中々疑問を持つことは難しいかもしれません。しかし、僕はフラットな状態でそこに所属したので、いろいろなことが疑問にうつりました。

長時間の会議、莫大なコストをかけても商品やサービスが記憶に残らないCMや交通広告など、従来の広告業界に違和感を持っていたのです。この「違和感」が新しい広告のあり方に気付かせてくれたと考えています。

「広告」がなくなる日。
「広告というのは、基本的に<コスト>です。プロダクトやサービスを生みだす本業の「生産」とは違います。とても残念なことに、社会のよりよい成長に広告が貢献することは、とても稀です。」

――クリエイティブに興味がないのにも関わらず、博報堂にコピーライターとして入社を?

大学時代は、夢も希望も働くモチベーションもない学生でした。しかし、就活相談に乗ってくれた、博報堂の元取締役との出会いから入社を決意しました。

営業としてキャリアを積んだその方に憧れ、営業志望で博報堂の採用試験を受けました。

――しかし、入社して配属されたのはプランニング局のコピーライター

はい。今振り返ればありがたいことに営業志望だった僕を、5%の人間しか配属されないコピーライターとして選んでもらえたのは幸運だったと思います。

――志望とは異なる職種で入社し、納得して働けたのでしょうか。

納得できましたし、充実していました。配属への納得以前に「早く先輩方に追いついて、役に立ちたい」と必死な日々だったと思います。特に入社して3年間は、先輩より先に帰らず、先輩の横で仕事ぶりを学びながら働いていましたね。

――大手広告代理店のコピーライターとして必死に働く中、2012年にFacebookページ「コピーライターの目のつけどころ」を始めた理由を教えて下さい。

コピーライターの目のつけどころ
▲Facebookページ「コピーライターの目のつけどころ

入社して3年が経ち、一人前に仕事ができるようになったころのことでした。世間の人たちが感心のない広告を、業界の中だけで評価し合うような、広告業界の閉鎖的な風潮に違和感を持ったことがきっかけでした。

この違和感から「世間の人たちが関心のもつ場所で広告について発信したい」と思い、Facebookページ「コピーライターの目のつけどころ」を始めました。

――Facebookのユーザー数は2015年がピークとも言われているので、いちはやく流行を察知して成功したということですね。当時の仕事に何か影響はありましたか?

当時の仕事に影響はありませんでしたが、多くの方に注目されたことで自信になりました。

――その自信が起業に繋がったのでしょうか。

いえ、起業したのは入社して6年目のことで、その前の年までは起業は考えていませんでした。ただし、5年目にはクリエイターとしての自我がうまれて、やりたいことが明確になってきました。その一つが八百屋「旬八」の立ち上げです。

旬八キッチン&テーブル 新虎通りCORE店
▲当社1階にある、旬八キッチン&テーブル 新虎通りCORE店

――八百屋の立ち上げ!?

はい、知り合いの社長が八百屋を立ち上げるというので、ブランドデザインから現場のスタッフまで手伝っていました。

実際にお店に来て下さった方とコミュニケーションを取りながら、野菜を売るのは本当に楽しかったです。その経験を通して、初めてクリエイターとして仕事をしたと思えて。

――前職では仕事の実感が湧かなかったのですか?

必死に働いていましたが、自分の手で成し遂げたと思えるような経験はありませんでした。どこかで『自分じゃなくてもできる仕事』という思いがあったのかもしれません。

八百屋での体験で初めて、自分がいなかったら存在しないものを作れた実感がありました。それこそクリエイターが存在する意味であり、働く意義だと思っています。

――牧野さんの仕事の価値を決定づける体験だったのですね。

その体験を通して、マス広告ではない仕事をしたいという思いが芽生え、起業のきっかけになったのです。業界の課題を解決すると同時に、今の時代にあったクリエイティブチームを作りたくて、起業当初からSNSの活用を念頭において活動していました。

――起業してからは、どんな仕事をしていたのですか。

名作文学を約10ページにまとめたコンパクトな本『文鳥文庫』の出版などをしていました。一見、出版はSNSのバズと関係ないように思えますが、良いものを作っていればSNSで拡散されます。何より『文鳥文庫』は「文化する社会」づくりに貢献できると思って始めたのです。

文鳥文庫
文鳥文庫HP

――「文化する社会」とは何でしょうか?

僕の造語ですが、物事が発展することを「進化する」といいますよね。これに倣って文学やアートが「人をより人らしくする」という意味で「文化する」という言葉があってもいいかと思ったのです。

ちなみに「文化」は僕が代表を務める株式会社カラスの理念でもあります。

――「人をより人らしくする社会」…この理念を考えるきっかけについて教えてください

村上春樹がエルサレム賞の授賞式で行ったスピーチ「卵と壁」です。彼は「壁にぶつかって割れてしまう卵があるときは、私はつねに卵の側に立つ」と言いました。

これは「システム」という壁に殺される「個人」を卵に比喩したものです。

“Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.”Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will decide. If there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?

 

僕たちは生活を豊かにするためシステムを作ってきましたが、いつの間にかシステムに使われ始め、尊厳さえ奪われている。

「文化する」とはシステマチックな社会と真逆の方向に変化させることです。僕たちは社会を文化させることで、個人の尊厳や人の気持ちを大切にしていく世界観を作っていきたいと思っています。

『広告がなくなる日』は近い

牧野圭太
――広告の意味が大きく変わるこれからの時代で、クリエイターがするべきことを教えて下さい。

SNSに大きな可能性があるので、ぜひ活用してほしいと思いますね。僕より上の世代というのは、SNSもなくて自分をアピールする手段が限られていました。今ならSNSが活躍する近道にもなりますし、個人の知名度を簡単に上げられるようになっています。

昔は10年上の先輩に太刀打ちするなんて、ほとんど不可能でした。しかし今なら、SNSを使って先輩とは違う戦い方ができます。

――SNS時代の企画力を磨くために、若手クリエイターに必要なことは何でしょうか?

仕事の中で徹底的に考える力を養うことです。僕は普段から、息を吸って吐くようにアイディアや企画について考えていますし、誰かに話しています。これから広告の価値も変わっていくと思うので、ぜひ広告の未来についても考えて、行動してほしいですね。

――最後に『広告がなくなる日』の内容について教えて下さい。

これからは広告がなくてもユーザーと直接つながることでプロモーションができる。この潮流によって重要性を増す「ブランドジャーナリズム」ついて著書で訴えたいと考えています。広告業界の未来に興味がある若手クリエイターが手にとってくれたら嬉しいですね。

牧野圭太

取材・ライティング:鈴木光平/撮影:SYN.PRODUCT/編集:大沢 愛

企業情報

デザインを武器に、ブランドを開発/成長させることに特化したBRAND STUDIO。主な仕事に、「Oisix x クレヨンしんちゃん」「旬八青果店」「文鳥文庫」など。

■ 社名  :株式会社カラス(株式会社エードット100%子会社)
■所在地  :東京都渋谷区松濤1-5-3-6F
■設立   :2016年
■代表者  :牧野圭太
■公式HP  :https://a-dot.co.jp/
■エードットジャーナル :https://m.a-dot.co.jp/