ゲームエンジン「Unity」は、様々なプラットフォームのゲームを制作できる統合型開発環境。現在、全世界に数百万人の登録者が存在し、日本国内でも多くのクリエイターがUnityを用いて高品質なゲームコンテンツを生み出しています。

こうした市場背景のなか、ゲーム企業の人材採用面ではUnityエンジニアの需要が年々高まってきています。技術を身に付けた彼らは、今後どのようにキャリアアップしていくべきなのか。また、他職種の方はUnityとどのように付き合い、そして業務をアップデートできるのでしょうか。今回は、ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社(以下、UTJ)の小林信行さんに、ゲームエンジンUnityがもたらす働き方の変化についてお伺いしました。

小林 信行(こばやし・のぶゆき)
ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に所属するコミュニティエバンジェリスト。
UnityやMayaをはじめとする各種3Dツールの研究、ゲーム制作ノウハウの普及、ユニティちゃんトゥーンシェーダー2.0の開発をしています。
Twiter:@nyaa_toraneko

Unityが目指す「ゲームユースの民主化」

――まず、小林さんのご経歴から教えてください。そもそも最初に業界に入ったのはいつ頃でしょうか。

“コンテンツ業界”という意味合いでは、今年で僕は20年目です。もともと大学院で経済学の勉強をしており、そこから不思議な縁により、ガイナックスに入社しました。

――というと、TVアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を筆頭に、様々なアニメ作品を手掛けていた時期ですね。

そうです。ただ、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、当時は「プリンセスメーカー」シリーズ(育成シミュレーションゲーム)など、バラエティに富んだゲームの開発も盛んでした。そんな時代でしたので、入社後、僕はゲーム関係のチームに配属されることになりました。

――ガイナックスの開発現場はいかがでしたか。

刺激的で面白い現場でしたね。当時のガイナックスは、必ず何かしらの開発をやらせてくれました。それに当時はプロデューサー職の方が非常に多かったので、どのように企画を立案して、スタッフは誰を集めて、予算はいくらなのか、そして締め切りはいつなのかなど、ヒト・モノ・カネの部分を徹底的に仕込まれたものです。
ガイナックスに在籍していたのは3年ほどでしたが、社内の色々なプロデューサーのもとでアシスタントを転々としていましたので、非常に勉強になりました。

――ガイナックスの名だたるプロデューサー(及びクリエイター)のもとで、アシスタントをご経験されていたとのことですが、ある意味、そこが小林さんのクリエイティビティの原点のひとつとなるのでしょうか。

そうかもしれません。倉庫で資料の山を整理しているだけでも、ありとあらゆる著名コンテンツの資料が目の前に広がっていました。ちなみに、資料の内容は現場からのフィードバック。当時、より良い作品を手掛けるために、現場から具体的な指摘が資料に綴られており、それに対して監督がきちんと応える姿があったのです。ガイナックスでは、直接教わることは少なかったですが、先輩らの姿勢や貴重な資料の数々は、今の自身のキャリアにも繋がっていると思います。

――ガイナックス退職後のキャリアも気になりますね。

美少女ゲーム会社に転職しました。そこでは、大規模なフラグ管理の作り方を学び、面白い先輩らに囲まれながら、フラグ管理に関わる様々なノウハウを習得しました。

――フラグ管理に関わるノウハウは、後に小林さんが手掛ける数々のIP系のアドベンチャーゲームの制作に活きたのではないでしょうか。

そうですね。その後は、別会社でBREWでの携帯電話向けゲームの企画と開発を担当して、有限会社ガイズウェアでキャラクターゲームのディレクターを務めることになりました。ディレクターでしたが、総予算やスタッフのアサインなどを含め、実質プロデューサー職も兼務している形でしたね。

――兼任とは骨が折れますね。

極端なことをいいますが、“プロの同人サークル”みたいなものですよ。現場はエキサイティングでしたが、非常に面白かったです。

――その後、小林さんは2013年にユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社(Unity Technologiesの日本法人)にご入社されます。そもそもUnityとの出会いはいつですか。

今から8年前ですね。実は、2010年にUnity Technologiesのファウンダーであるデイビッド・ヘルガソンが、CEDEC(国内最大のゲーム開発者向け技術交流会)に来ていたんですよ。そして、その夜急遽、銀座のApple Storeで彼の講演が決まりました。当時、Unityというゲームエンジンの存在を噂だけは聞いていたので、とりあえず行ってみるか、という感じで訪れたのが最初です。思い返せば、会場にはユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社の“今のコアメンバー”がかなりいましたね。

余談ですが、デイビットは事前に通訳を用意していたのですが、専門的な話になるため、通訳の方が上手く訳すことができませんでした。そこで、すでにデイビットと面識のある大前さん(後にユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社の日本担当ディレクターとなる大前広樹氏)が、通訳を買って出ることになったんです。当日は、皆が協力し合いながら講演を作り上げ、デイビットの話に耳を傾けていました。

――何の因果か、すでに日本法人のコアメンバーがその場にいらっしゃったのですね。実際に、デイビットさんは何を語ったのでしょうか。

それが面白いんですよ。本来ならUnityの売り込みをするべきじゃないですか。でも、彼はそれをしなかったんです。

――では、なんと。

「僕がやりたいのは、ゲーム開発の民主化です」……と語ったのです。これだけ聞いてもわからないと思いますが、話を進めていくと、これまでのゲーム開発は秘密保持契約(NDA)の都合上、その作り方は隠されるべきで、開発過程を自由に話すことなんてもっての外だったじゃないですか。そうした状況下でUnityという最先端のゲームエンジンを無償で提供し、共通プラットフォームにすることで、様々なしがらみに囚われず、自由に技術の話をできるコミュニティを作る。「それが自分たちの目標だ」と言ったのです。

――技術者たちの理想郷をプレゼンされたのですね。

ゲーム開発はNDAの塊じゃないですか。当然ですよね。ただ、仮に前任者が辞めたときに、引き継ぎの際に情報や技術を共有する瞬間もあるのです。デイビットが語るように、開発までの過程を自由に発信・共有できるようにすることは、本当に素晴らしいことですが、同時にとても難しいことでもありました。その後、デイビットの意向を受けて、大前さんと数名で日本法人が設立されたのは2011年9月のことです。

――では、小林さんが日本法人にご入社されたきっかけは。

日本法人の立ち上げた当初は、大前さんが大小問わず様々なゲーム会社に赴いてはUnityのデモンストレーションを行っていました。当時僕はディレクターだったので、現場のプログラマーを集めて説明を聞いたのですが、彼らは新しいツールを使うことに不安があったみたいで。僕もそれから暫くは時間がなくてUnityを触れなかったのですが、いざ始めてみたら、すっかりファンになってしまったんです。ちょうど当時Unityでは、ハワイをテーマにしたゲーム開発のコンペがあり、そこに応募したら採用されました。

――ディレクターである小林さんご自身がUnityを用いてゲームを開発されたと。決め手はUnityというツールそのものの魅力もありますが、そのほか理由はあったのでしょうか。

ええ。先ほど話したように、僕はもともと経済学を勉強していたのですが、経済の根本的な目的は“貧困をなくす”ことなんですよ。つまり、“利益だけではなくて、公共のためになることを行う“ということ。これまで働いてきたなかで、どうしてもその思想が頭から離れなかったのですが、「この会社ならそれを実現できるかもしれない」と感じて、妻に僕の思いを打ち明けました。彼女が「あなたの好きなことをやりなさい」と言ってくれたから、僕は正式に入社することを決めたんです。

企画の原点に立ち返る、可視化の重要性

――UTJ入社後は、コミュニティエバンジェリストとして活躍されていますが、改めて小林さんが思うUnityというゲームエンジンの強みはどういうところだと考えていますか。

ひとつは開発スピードの向上に貢献したことです。実際の本作業の過程はもちろんですが、アイデアのアウトプットにもUnityは重宝されています。

――たとえば、企画書の草案から、だいたいの完成予想図や動きをUnityで作ってしまうという形でしょうか。

そうです。開発規模によって異なりますが、だいたい1ヵ月もあれば、それなりに動いているものを出すことができます。通常、1ヵ月で何らかの可視化した成果を出すことは難しいものです。しかし、実際に動いているものがあれば、紙に書かれている企画書以上に、圧倒的にわかりやすく、チームへの情報共有も齟齬なく伝達できます。

――当時、一部のSAP(ソーシャルアプリプロバイダー)がUnityを導入して、スタッフの勉強も兼ねながら数多くのカジュアルゲームをリリースされていました。そのアウトプットの早さは、迅速なコンテンツの供給はもとより、企画力を含む社内のノウハウ向上にも繋がったのではないでしょうか。

はい。カジュアルゲームならば、2週間あれば形になるものができあがります。もう2週間あればさらに磨き込みができますね。そういう意味では、約1ヵ月で1本のタイトルをリリースすることを考えると、おのずとノウハウも身に付いていくものです。もちろん、「何が作りたいのか」というコンセプトを明確にわかっていることが大事ですが。

――これからUnityに触れる方は、まず何をしたらいいのでしょうか。

いきなり大きなことを考えるより、まずはいじってみることをお勧めしています。

たとえば、数年前にVR開発の相談が増えたときに、「自分はプロデューサー。エンジニアを紹介してほしい」「下請けの会社を紹介してほしい」という内容をよく耳にしました。それに対して僕は、「それはつまらないから、まずは自分で触ってみてほしい。自分のところで技術を蓄積したほうがいい」という話をするのです。実際にその言葉を受けて、Unityを触り始めた会社が成功を収めるケースを何度も目にしてきました。話を聞いて実際にやる人は非常に少ないですが、やり切る人は皆さん成功していますよ。

――そういう意味では、Unityの登場とそれ以前では、ゲーム業界の働き方は大きく変化したものだと思います。それこそUnityエンジニアという職種が生まれるほどです。

ゲーム業界の現場は、長期の企画になればなるほど、不安になることがあります。つまり、最終的に「何を作るのかわからなくなる」ということに陥るのです。そういうときこそ、Unityを触ることで企画の原点を思い出します。「あぁ、自分が作りたかったのはこれだ。作れるじゃないか」と。だからクリエイターがリハビリするためにもUnityは適したツールと言えますね。

――Unityを扱うのはエンジニアのイメージですが、それこそプロデューサーやディレクター、プランナーなど、企画者にとっても新しいアイデアを生み出したり、実現したいことをチーム内で可視化したり、プロジェクトを精査したりなど、きっかけ作りにも寄与していると。

はい。とにかく不安が解消されるのが大きいです。技術や技能は、目に見えません。見えないからこそ、それをすり合わせるために、打ち合わせの時間ばかりが増える。であれば、Unityで簡単なものでもいいから、一度作ってしまったほうが、今後のプロジェクトの作業時間なども含めて正確になります。おのずと企画にも自信が持てるようになりますし、プロジェクトも安定していくものです。

企画書の回覧だけでは、チーム内全員がきちんとコンセプトを理解しているかといえば怪しいものです。ですが、Unityを使うことで“どこが面白いのか”を確かめられる。その時点でつまらなければ、やらないほうがいい。面白ければこだわり続けて完成させるのです。

――なるほど。

Unityはゲームエンジン以上に、色々なクリエイションに挑戦したい人たちが集まる環境があります。“疎結合”ともいわれ、ガッチリと組まれているわけではなく、緩やかに結びついた状態で物を生み出すことができます。つまり、自分が“実現したいことを最低限の手順でコード化すればいい”という思考のもと臨めるので、すごく作りやすいのです。

たとえば、ご飯食べているときやお風呂に入っているときなど、アイデアは突然閃いたりするものじゃないですか。まだ具体的なものは決まっていないけど、思い付いたアイデアをすぐに実装して、可視化できる柔軟性がUnityの特徴でもあります。

――エンジニアに限らず、これからUnityを導入する他職種の方々は、まずは触ってみることから始めるということですね。

そうです。お勧めしているのは、1ヵ月の期間を設けて、最初の2週間でひとつのフォームを作成してみる。残りの2週間でテーマを決めてプロトタイプを作ってみる。その後は習得したことを整理して、さらにやりたいことを実現するために、アセットストア(※1)を見回して逐次判断しながら制作を進めていくことです。

こうして手掛けたものから、ほかにどんな形があるのかを探ってみてください。海外に目を向けてみるのもいいと思います。自由なのだから、違う形は当然あるものです。こうして新しい作り方を覚えていくことで、スキルは段階的に上がっていきますね。

(※1)アセットストア:Unityで使用できる素材や画像、プラグインなどを購入できるショップ。有料で販売されていますが、無料のコンテンツも存在

ライフスタイルに組み込まれるゲームエンジンへ

――今後Unityを活用したキャリアアップを考えていくにあたり、どのようなことが求められていくでしょうか。技術はもとより、思想など、小林さんが考える要素について教えてください。

エンジニアに関しては得意分野を作ることです。たとえば、音関係の演出が得意、映像が得意、色々あると思いますが、その得意分野から物事を広げていくことが力になります。

また、アセットストアを活用することも重要です。単純に実装するのではなく、対象ツールがどんな作り方をしているのか、中身を見ること。そこから組み合わせを試行錯誤しながら、部分的にカスタマイズして実装していきます。このように視点を変えることで、いくらでも色々なものを作ることができますよ。

――アイデアの実現は無限に拡がりますね。

本当にそうです。優秀なUnityエンジニアの方は、Twitterをはじめ界隈で活躍が注目されているじゃないですか。彼らが支持されている理由は、「こんなことをやってみた」「次はこうしてみよう」と常に技術のアップデートを繰り返し、ノウハウを積み上げているところにあります。ことキャリアアップに関しては、やりたい仕事があれば環境を変えてまでも挑戦して、一方でマネージャー職を目指すのであれば、徹底的に一流を目指してほしいとも思います。

――今後の展望について教えてください。

直近、「Unity 2018.2」を新たにリリースしました。他方、約2年間の長期サポートが付いている安定版「Unity 2017(.4 LTS版)」も存在しています。2018は新機能がふんだんに実装したバージョンですが、2017はいわば旧来までのUnity総決算のような位置づけです。

どちらも、より痒いところに手が届く利便性を兼ねているほか、先ほどから話している“自由な型”というUnityならではのメリットも継承し続けています。難しい課題を簡単に解決することが我々の至上命題です。それは今後も突き詰めていきます。

僕の理想の形は、朝起きたときに、Webを閲覧するのと同じような感覚で、Unityが立ち上げられることです。僕自身、実際に毎日のように朝起きたらUnityを立ち上げて触っています(笑)。常に触り続ける人が最先端ですし、そういうライフスタイルに組み込んでいる、当たり前のツールに成長してほしいと思っています。それが、デイビットが最も望んでいることなのかもしれません。

――日常に溶け込むような。

はい。手に職を持っている人たちが増えることにより、皆さんひとりひとりが自信を持って生きていける。そんな世界を作りたいです。

――男女問わず、Unityを活用して活躍の場が広がると。

特にアメリカでは、STEAM教育(※2)を受けているかどうかで、女性の生涯年収が3倍にもなるといわれています。STEAMのメリットは、きちんと勉強さえしていれば、子供を育て上げた後に、復帰できる可能性が非常に高いことです。このように海外では女性が働く社会が築き上げられており、実際に海外のUnityのイベントでは女性の登壇者が多いのです。

現場では、女性の感覚でしか知り得ない情報が溢れています。新しいデバイスには、常に多角的な視点が求められるものです。そういう意味でも、ことUnityエンジニアに関して、男女問わず人材の幅が拡がっていけば嬉しいですね。

(※2)STEAM教育:Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)を総合的に学習する教育手法

――小林さん、ありがとうございました!

インタビュー・テキスト:原 孝則(Pick UPs!)/撮影:TAKASHI KISHINAMI/編集:CREATIVE VILLAGE編集部

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