近年、女性を中心に話題となっている2.5次元舞台。演出家として活躍する中屋敷法仁さんは、『黒子のバスケ』『文豪ストレイドッグス』(演出)、『ハイキュー!!』(脚本)などで知られるクリエイターです。高校演劇全国大会で最優秀創作脚本賞を受賞した後、大学時代から劇団「柿喰う客」で人気を博してきました。

短期間に急成長したように見える2.5次元舞台ですが、漫画やアニメを原作にした舞台という定義では意外にもその歴史は古く、宝塚歌劇団史上最大のヒット作とも言われる『ベルサイユのばら』(1974年初演)をはじめ、40年以上の歴史があるジャンルとして確固たる地位を築いてきました。

今回は、2.5次元舞台をつくる側として働く魅力と、舞台演出家としてのキャリア戦略をお聞きしました。

中屋敷 法仁(なかやしき・のりひと)
青森県出身。高校在学中に発表した『贋作マクベス』にて、第49回全国高等学校演劇大会・最優秀創作脚本賞を受賞。青山学院大学在学中に「柿喰う客」を旗揚げ、06年に劇団化。旗揚げ以降、全ての作品の作・演出を手掛ける。劇団公演では本公演の他に“こどもと観る演劇プロジェクト”や女優のみによるシェイクスピアの上演企画“女体シェイクスピア”なども手掛ける一方、近年では、外部プロデュース作品も多数演出。劇団公演以外の主な作品にパルコ・プロデュース『露出狂』『サクラパパオー』、Dステ『柔道少年』、青山円劇カウンシル『赤鬼』、舞台『文豪ストレイドッグス』、舞台『黒子のバスケ』など。

2.5次元演劇作品で働きたい人へ

――ここ最近の2.5次元舞台の成長には驚かされます。この動きは以前から予想していましたか?

僕が15年前に青森から東京に出てきた時にはすでにミュージカル『テニスの王子様』が人気で、今後、もっと伸びていくだろうなと感じていました。

――原作がある作品を舞台化するにあたって心がけていることはありますか?

前提として、お客様はクリエイターよりも圧倒的に想像力が豊かだということ。僕は演劇しか知らないけど、お客様はいろんな経験をしている。さまざまな背景の人が一箇所に集合するのが劇場なので、原作の世界観を生かした上で誰もがビックリすることとは何かを妄想して演出しています。

舞台『文豪ストレイドッグス』では、あえてアニメの音楽と映像パターンからアイディアを膨らませ現代風の演出にしたり、脚本を書いた『ハイキュー!!』を筆頭に、当時の2.5次元は映像を使うことが主流だったので、次作の『黒子のバスケ』ではあえて映像なしで俳優の身体を中心とした表現にしたりといった演出がこれに当たります。

また、『黒子のバスケ』では舞台上で本物のボールを使うことで、俳優の身体のダイナミズムがお客様に伝わった実感があり、舞台ならではの表現になりました。アニメや漫画原作の舞台をやればやるほど、生身の体とはなんだろうと考えます。

――舞台を創ること、その魅力は?

味見がたくさんできるのは、創り手の特権ですね。このセリフは叫んだ方がいいのか、小さく言った方がいいのか……お客様は1パターンしか見られないけれど、僕たちは稽古場で何パターンも試せる。しかも僕にとっては好きな俳優さんが演じてくれるので、ものすごく良いけれど本番では使えないような演技に出会えると、めちゃくちゃ美味しいものを、隠れてつまみ食いしている気持ちになります(笑)。
いろんな可能性を試しながら、俳優やスタッフみんなで何を届けようかと揉んでいるのは楽しいですね。

――2.5次元舞台が好きで、この業界で働きたいと考えている人も多そうですね。

お客様は原作ファンの方が多いので、他のオリジナルの演劇作品よりも観劇前の期待値が高い。そんな世界で創る側にまわるなら、憧れを超越した愛と、自分の好みでなく何がニーズなのかを理解する力が必要です。どのキャラクターにもファンがいるし、一作品の中にもいろんな要素がある。自分の感性や好みだけで判断すると作品の幅を狭めてしまう。創る側にまわるなら「作品が好きな100万人の一人」ではなく、「100万人の思いを受け止める作品側」として、ファン以上にファンになることが求められます。

たとえば、過去に演出した『黒子のバスケ』であれば、原作を読んで「なんだこれは!面白い!」と単純に衝撃を受けました。しかし演出する時は、スポーツものが好きなファン、少年漫画が好きなファン、キャラクターの関係性が好きなファンなど、すべてに共感する必要があります。

いま稽古している『半神』も、乃木坂46の桜井玲香さんが主演しているので、移動中はずっとCDを聞いて「乃木坂46好きだなぁ」と思っていますが、稽古ではおくびにも見せません。ファンは全国ツアーの合間に見に来てくれるから、高いテンションで来てくれるはず。そんなことまで妄想しながら演出しています。

演劇でしか褒められなかった

――舞台や演劇に興味を持ったきっかけは?

個性はないし、スポーツや勉強で注目を浴びることもない。そんな僕が、幼稚園のお遊戯会で『ピーターパン』のフック船長を演じて、ものすごく褒められたんです。その後の人生でも、学芸会や文化祭になるとすごく褒められて。毎日が学芸会ならいいのに、と思っていました(笑)。

――演劇のどんなところが魅力だったのですか?

ふだんの僕は、意見をスルーされることが多くて、会話も下手で、「空気が読めてない」とよく怒られる。でも学芸会や文化祭の僕は、台詞を一日で覚えてくるし、友達には泣きながら怒るし、ビックリするぐらいモチベーションが高いんです。それなのに、みんなが僕の言葉に耳を傾けてくれる。修学旅行で「あっち回ろう」と言っても聞いてもらえないし、家族で食事に行く時も意見が通らないのに、演劇だけは特別だと感じていました。

――ですが、大学は最初から演劇学科に行かず、歴史学科に進学したんですよね。

世界史が好きだったんです。普通に人生を楽しんでみようと思って、青山学院大学のテニスサークルに入りました。でもやっぱり日常生活が下手くそで、うまく喋れない。

そんな時、住んでいた男子寮の新入生歓迎会で一発芸をすることになったんです。周りが体をはってワサビ一気飲みや、素っ裸を披露しているなか、僕はショートコントをしました。それが大爆笑をとり、先輩にめちゃくちゃ褒められて、「ああ、決定的だなぁ」と。テニスサークルだと喋れないのに、コントなら喋れる。飲み会や合コンでビビる僕は、このまま心を病んでしまうかもしれない。でも演劇なら先輩にも物怖じしないし、堂々と思った事を伝えられるし、楽でいられる。「もう演劇でなんとか生きていくしかないな」と意固地になって、桜美林大学の演劇学科に編入を決めました。

「いい作品を創ること」と「キャリアデザイン」は別作業

――大学で演劇の勉強をしながら、自身の劇団「柿喰う客」で公演を打っていきます。そもそも、なぜ劇団をつくろうと思ったのでしょうか?

最初、僕は「プロの演出家になるから劇団はいらない」と考えていました。でも恩師である平田オリザ先生に、創り手になるなら作品ごとに成長し続けなくてはいけない。そのためには一緒に育っていくチーム(劇団)が必要という主旨のアドバイスをいただきまして。だから僕にとって劇団メンバーは、僕自身が成長できているか、ブレていないかを教えてくれて、かつ、僕の演出を最高のパフォーマンスで体現してくれる存在なんです。

――劇団だと収入にならないのでは…? どうやってお金を得ていたのでしょうか?

大学生の時から、学習院女子大学の演劇部で教えたり、吉本興業のお笑い芸人に演出したりしていました。名刺を配り、メールを送り、オーディションを受け……と、地道に自分を売り込んだのです。

ふつう、多くの演出家は劇団が成長して確固たる地位を築いてから、外部の演出もするようになります。でも僕はこれ以外生きる道がないから早く成長しなきゃいけないし、早くお金が欲しかった。当時は、演出家を目指している同年代はほとんどいなかったので、「スタートダッシュで勝たないと」という思いで営業していました。

あと、友人たちに僕のことを“天才”と呼ばせていたことも評価につながったように感じます。

――天才!? それはなぜですか?

「中屋敷って天才らしい」と噂が流れて、周囲から本当にそう評価されやすくなるから。といっても、学生時代の話ですけどね。たとえ僕の芝居がつまらなくても、「自分の感覚がズレてるのかな」と思わせられるかな、と。

――ある意味、自分を取り巻く環境も演出しようとしていたのですね。

アーティストやクリエイターのキャリアデザインは、うまくいくかは別にして、意識的にしていかなきゃいけないと思うんです。僕は学生時代に卑猥でグロテスクな芝居をつくっていたけれど、それは若い時にしか許されない表現だし、周囲とは違うものを作って注目を集めなければいけないと考えていたから。「いい作品を創っていればいつか誰かに評価される」と言う人もいますが、いい作品を創ることとキャリアデザインはまったく別作業ですよね。僕は残念ながら、演出以外では食べていけそうになかったから、そうやって常に戦略を練っていました。

――2011年には事務所に所属しますよね。そこにはどのような意図があったのですか?

所属のきっかけは、今の事務所に劇団☆新感線の脚本家・中島かずきさんの『戯伝写楽-その男、十郎兵衛-』の演出依頼をいただいたこと。自分では恐れ多くて考えもしなかった作品ができるし、知らないお客様にも会えるのだと気付きました。いま稽古している『半神』も、ネルケプランニングさんが提案してくださって。きっと自分ひとりではビビって手が出なかった企画です。
事務所に所属することで作品の可能性が広がる。良き相談相手であり、時には「今回の作品は良くない」と批判をしてくれる存在でもあります。

決まめられた中でいかに豊かなものを創るか

――アーティストやクリエイターに必要なことはなんだと思いますか?

自分の才能を自覚することでしょうか。“演出家の才能”の場合、見る才能、聞く才能、感じる才能などいろいろとありますが、僕はたぶん、見る才能がある演出家だと思います。

思えば、幼稚園の頃にすべり台を滑っていた記憶がないんですよ。あるのは、みんながすべり台を滑る姿を横で見ていた記憶だけ。お遊戯会の『ピーターパン』でも、フック船長を演じた記憶はなくて、「もっとこうした方がいいのに」「このダンスシーン意味があるのかな」「ピーターパンはどっちから出てくるのかな」「お母さんはどこから見てくれるかな」といった、自分以外のことへの印象しか覚えていません。それが今、空間全体を見て、どんなお客様にどんな作品を提供したら良いのかを考えるベースになっている気がします。

演劇は、稽古時間や人材や予算規模が決まっているので、お客様がどういう気持ちで劇場に来るのかを妄想して、そのなかで最大限のものを作らなければいけません。だから、ちょっと自信がないくらいの方がいいのかも。その方が臆病になりながら丁寧に創ろうとしますから。

――決められた中で最大限のものを。これは演出家以外にも言えますね。

役者なんてまさにそうだと思います。決められた時間の中で役が作れなければプロではない。警官の役を与えられて、何年もかけて本物の警官になる人はいません。一瞬でそこに警官がいると思わせる演技ができる人がプロの役者なんです。だから、「時間をください」と言われても、僕は「あげられないです」と返しちゃう。制約があるのは貧しいことじゃなく、その状況でいかに豊かなパフォーマンスを生み出せるかが僕たちの仕事だと思うから。

スタッフも、その役割のプロです。照明や音響や美術、みんなの意見に興味を持って、いまの僕にできる最高傑作をつくっています。

――お客さんのことを考えて作品を創るなか、個人的なこだわりはありますか?

絶対に苦しまないということ。命かけてボロボロで創るのもすごいけど、それは天職じゃないから転職した方がいいかも(笑)。僕は舞台を創ることが、一番自分が楽でいられて、評価もいただけるから、天職なんだと思う。精神的にも安定して活動に没頭できます。

――将来やってみたいことはありますか?

昔の僕のように、幼稚園ですべり台を滑らずに見ている子や、お遊戯会が終わったことに愕然としている子がいると思うんです。そんな子たちに、「演出家ができるぜ」と伝えたい。もし僕に地位と権力があれば、お遊戯会しかやらない幼稚園がつくりたいですね。夢ですけれど。

この考えは演劇界のためというより、人がもっと豊かに生きられるように演劇文化には何ができるのか、ということにつながっています。たとえば、みんなが演劇をやるようになったら? きっと世界の見方が変わります。嫌いな人にも必ず役割があるんだって気付いて、争いのない世界になるかもしれません。僕はそんな、世界を侵食していく演劇がやりたいんです。

日本の演劇はこの10年ほどで様変わりしました。ですから、やがて2.5次元を超える新たな表現が出てくるかもしれません。そんな変化についていくためにも、知らないことがあるのは恥だと思って積極的に知っていかなきゃ。世界を更新させるために、勉強し続けていきたいなと思っています。

――中屋敷さんの舞台に触れて、多くの方が豊かな気持ちになってくれるといいですね。中屋敷さん、ありがとうございました!

インタビュー・テキスト:河野 桃子/撮影:古林 洋平/編集:CREATIVE VILLAGE編集部

中屋敷法仁さんの直近の演出作品(2018年7月現在)

半神


痩せこけて醜い容姿ながら高い知能を持つ姉のシュラ(桜井玲香)と、誰からも愛される美しい容姿だが知能が低く話すこともできない妹のマリア(藤間爽子)。だが、2人の身体はつながっている結合双生児の姉妹だった。姉のシュラは、いつまでも愛らしく無邪気で周りの人々の寵愛を一身に集める妹のことを疎ましく思いながらも、マリアを支えつつ2人で生きていた。
しかし、10歳を目前にして2人の身体はその負担に耐え切れず衰弱してしまう。救う方法はただ一つ、2人を切り離すこと。果たして、2人のゆく先は……?

原作・脚本:萩尾望都
脚本:野田秀樹
演出:中屋敷法仁

出演:桜井玲香 藤間爽子
太田基裕
七味まゆ味 永島敬三 牧田哲也 加藤ひろたか 田中穂先 淺場万矢 とよだ恭兵 村松洸希 齋藤明里 エリザベス・マリー
福田転球 松村武

▼舞台「半神」公式
https://www.hanshin-stage.jp/

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https://twitter.com/hanshin_stage

関連リンク

▼中屋敷法仁 (@nkyshk) | Twitter
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▼柿喰う客
http://kaki-kuu-kyaku.com/