TVアニメ化、コミカライズなど様々なメディア展開を経てきた人気モバイル向けRPG『グランブルーファンタジー』。同作の元プロデューサー・春田康一氏は昨年に『グランブルーファンタジー』立ち上げ時のプロデューサーである木村唯人氏にプロデューサー職を交代し、後にゲームデータ分析や、ゲーム開発サポート事業を行う株式会社LogicLinksを立ち上げました。
あれから1年が経った今、春田氏は新天地で新しい働き方を模索しています。新会社LogicLinksの「完全週休2.5日制」と、春田氏の考える“働きやすさ”とは何か。その思いと今後の展望を語っていただきました。

春田 康一(はるた・こういち)
株式会社LogicLinks 代表取締役社長
オンラインゲームの運営会社に勤め、2012年にCygamesに途中入社。プロジェクトマネージャー統括に就任後、『グランブルーファンタジー』の制作に携わり、2014年7月より同タイトルのプロデューサーに就任。2016年11月に本プロデューサーを退任後、株式会社LogicLinksを立ち上げる。

Cygamesとの偶然の出会い

LogicLinks代表・元『グラブル』Pの春田康一氏私が初めてビデオゲームに触れたのは2歳の時。父がファミコンの『スーパーマリオブラザーズ』を買ってくれたのがきっかけです。それからずっと、ゲーム好きの父と共に様々なゲームを遊んで育ってきました。

ゲームを自分の仕事にしようと考え始めたのは16歳の頃ですね。『ファイナルファンタジーXI』のオープンベータテストが始まった時です。そこで初めて「ゲームで沢山の人と繋がることができる」ということに感動して、ゲーム業界で働こうと決心しました。と言っても、ゲームクリエイターになりたかったわけではなく、カスタマーサポートの仕事に興味を持つようになりました。やっぱりゲームをプレイすることが大好きだったので、一人のプレイヤーとしてゲームに関わる仕事がいいな、という単純な思いからです。

ゲーム業界でいくつかの会社を経験した後、Cygamesに入社しました。その直前では韓国で働いていたのですが、帰国して転職サイトを通して新しい仕事を探していたら、偶然にもCygamesという設立間もないゲーム会社のことを知ったんです。そこから、スマートフォン向けRPG『グランブルーファンタジー』のプロジェクトマネージャーを経て、リリース後にプロデューサーを務めることとなり、荒波のようなスマートフォン向けゲームの世界に身を投じていきました。

ゲーム業界の働き方は大きく変わった

ゲーム業界で長らく仕事をしてきましたが、ビジネスへの考え方も働き方も、あらゆる面でゲーム業界は大きく変化しました。私が駆け出しだった頃はオンラインゲームを作っている会社は大抵ベンチャー企業で、ただただ「面白いゲームを創りたい」というパッションだけで動いていたように思います。それが許された時代だったんですね。

ところが、今はそうもいかない。どんな仕事も人月で予算が組まれ、色々な指標でパフォーマンスを常に評価され続けるようになりました。より効率良く、より円滑に作業を進めるように進化を続けた結果、どんどんシステマチックな働き方になっていきました。採用にしても、まるでパズルのピースを当てはめるように「この仕事にはこういう人をアサインしよう」なんて言ったりしていますよね。大変な時代になったものです。

どんなゲーム会社も、ゲームファンが集まった緩やかな集団というのが本来の姿じゃないかと思うんです。Cygamesもそうでした。会社のトップから現場のメンバーまで、とにかく全員ゲームが大好き。だから、良いゲームを作るためなら高性能なマシンを全員に配布するし、グラフィッカーが作業しやすいように照明を暗くしたフロアを設けたり、とにかく色々やるんです。予算やスケジュールももちろん無視はできないけど、「面白いゲームを創ろう」という気持ちはちゃんと共有している。Cygamesも随分大きな会社に成長しましたが、その姿勢は今でも変わっていないと思います。

LogicLinksは毎週水曜日が“半ドン”

LogicLinks代表・元『グラブル』Pの春田康一氏私が社長を務めるLogicLinksでは、MVNO事業をメインに、スマートフォンで快適にゲームを遊ぶためのデータ通信サービスを展開しています。なぜゲームを作る仕事を続けなかったのかとよく訊かれますが、『グランブルーファンタジー』のプロデューサーとして3年半を経験して、自分の中で「やりきった」という気持ちに達したからなんですね。全てが成功したわけではないけれど、とにかく全力で打ち込むことができた。だから、ゲームの仕事は誰かに引き継いでもらって、自分はゲーム作りではないことに挑戦してみようと。それがLogicLinksでした。一見、ゲームには直接関係のない事業ですが、実は『グランブルーファンタジー』を手掛けていた頃から、通信パケット量が心配で満足にゲームを遊べないという声がユーザーから寄せられていたんですね。それがLogicLinksの事業へ繋がっています。

新会社設立の準備を進める中で、さて社員の働き方はどうあるべきだろうと考えるようになりました。折しも、長時間労働や生産性の問題が注目されるようになっていて、それについて私も経営者として世の中に何か良いメッセージを伝えられたらいいなと思ったんですね。会社の特徴にもなりますし。そこで、完全週休2.5日制を導入しました。土曜日と日曜日に加え、水曜日は業務時間が午後2時で終わるという制度です。要するに水曜日は「半ドン」というかたちにしたわけです。

毎週平日の半日が自由時間になると、それはもう、思う以上に色々なことができるようになるんですよ。映画館やレジャー施設を平日の空いている時間に利用できますし、早めに家へ帰って家族とゆっくり過ごしてもいい。通い続けるのがなかなか難しいスポーツジムにも行けるでしょう。考えてみると、土日って意外と忙しいんですよね。友人と会ったり、家族と出掛けたりしなくちゃいけないから、自分のための時間はあまり無い。でも、水曜日の半日を好きなように過ごせるとなると、生活のサイクルがガラッと変わるんですね。

5日間連続でPCの前に座り続けるなんて、やっぱり疲れますよ。月曜日から金曜日まで集中力をずっと維持できるわけがないんです。その点、完全週休2.5日制なら、水曜日は半日だけ頑張ればいい。そう思えば、月曜日や火曜日はすごく気が楽になりませんか。

金曜日を休みにしても、あまり効果がないと考えていました。土日と同じように扱われてしまうから。「2日間頑張ったら、ちょっと休める」というサイクルが大事なんです。

生産性とは「時間を意識する」こと

自由時間が増えれば、その分だけ業務時間は短くなります。一方で、仕事の量はそう減らないので、やはり生産性の向上が重要です。というと、生産性って何なんだという議論になるわけですが、私の思う生産性とは「時間を意識する」ことなんです。

私が言うとすごくシビアに聞こえるかもしれませんけど、“納期厳守!”みたいな話ではなくて、自分たちでスケジュールを立ててやっていこう、というやり方ですね。自分たちで決めたスケジュールだから、自分たちでその締切を守れるように頑張ろうと。大事なのは、水曜日の業務時間が半分しかなくても十分に実現可能な計画を立てられるかどうかです。なので、私から締切を一方的に指示することはないし、スケジュールが厳しくなってきたら、私がプロジェクトに入って手伝うこともあります。

時間を意識する上でもうひとつ大事なのは、やはり残業時間です。業務では突発的に残業をせざるを得ない状況もあるのでなかなかゼロにできていませんが、社員の残業時間はいつも気にしていて、時々ですが自分のTwitterアカウントで前月の総残業時間を公開するようにしています。残業時間が長かったら、「水曜半ドン」の意味が無くなってしまいますからね。3日連続で同じ人が残業していたら、ちょっと心配になります。何のタスクを抱えているんだろう、何か手伝えることはあるのかなって。

ゲーム業界の社会的地位向上とクリエイティビティの枯渇

LogicLinks代表・元『グラブル』Pの春田康一氏ゲーム業界の働き方を巡っては、主に2つの大きな問題があると考えています。ひとつはゲーム業界全体に対するイメージの低さですね。不真面目そうな人が多そうとか、毎日泊まり込みで狭苦しいオフィスに缶詰めにされるとか、そういうイメージを未だに払拭できていない部分があります。実際にゲーム会社で働いた経験のある人ならよくご存じだと思いますが、どこのゲーム会社もオフィスはきれいだし、開発手法も他の業界より進んでいたりして、意外に働きやすい環境なんです。この事実をもっと多くの人にアピールしていくべきだと思います。特に、若手クリエイターやそれを目指す学生の親御さん世代に知ってもらいたいですね。ゲーム業界の社会的地位を向上できれば、もっと仕事への満足度も上がるのではないでしょうか。

もうひとつの問題はアイディアの枯渇です。スマートフォン向けゲームに限らず、最近はただ既存タイトルのリバイバルをするものが多くなっている状況かと思います。セオリー通りの定番ゲームは確かに面白いのですが、このまま新しい遊び方が見つからなければ、将来的に市場全体が先細りしてしまいます。どんな名作ゲームもいつかは飽きられてしまう。にも関わらず、新しい切り口のゲームがなかなか生まれてこない。ゲーム業界全体のクリエイティビティが枯渇してきているんですよ。こちらの方が致命的な問題かもしれません。

私が完全週休2.5日制に込めた一番の願いは、ゲームではない分野から知識やインスピレーションを得られるようなきっかけを作ってほしい、ということです。たとえば、家族で遊園地を訪れたとしたら、アトラクションを楽しみつつも、やっぱりエンターテインメントに対する創意工夫を見つけようとする姿勢が必要だと思います。最近はどの遊園地も趣向を凝らしていますし、接客も丁寧でリピーターへのケアも手厚いじゃないですか。自然に「また遊びに来よう」という気持ちになりますよね。そういう努力が、今のゲーム業界には必要なのかなと。過去の名作に縛られていると言ってもいいかもしれません。色々な業界と良い関係を結びながら新機軸のコンテンツを提供していくという意識がもっと生まれてくるといいと思っています。

LogicLinksは2期目に突入しました。まだまだ会社の土台を固めるべき段階ではありますが、私の中では徐々に将来の展望が見えてきています。今後はデータ通信サービスを軸としつつも、良質なゲームとの出会いを生み出せるようなサービスを展開できたらいいなと思っています。ゲームを愛するユーザーと、本気でゲームを作っている人たちをリンクさせていくことが、今の私の夢ですね。

インタビュー・テキスト:原 孝則(Pick UPs!)/撮影:SYN.product TAKANORI HAYASHI/編集:CREATIVE VILLAGE編集部

企業プロフィール

LogicLinks
2016年11月25日に設立にされたCygamesのグループ会社LogicLinks。ゲームプレイヤーがより快適にゲームを楽しめるサービス「LinksMate」を立ち上げ、同業界では珍しいMVNO事業(Mobile Virtual Network Operator – 仮想移動体通信事業者)にも参入しています。

社名:株式会社LogicLinks
所在地:東京都渋谷区南平台町16番17号 住友不動産渋谷ガーデンタワー
設立年月日:2016年11月25日
代表者:春田康一
事業内容:ゲームデータ分析・ゲーム開発サポート事業
資本金:5000万円(資本準備金含む)
URL:https://www.logiclinks.co.jp/