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映画『群青色の、とおり道』監督 佐々部 清さん

『予期せぬことが起こり、奇跡のような画が撮れる映画』

映画『陽はまた昇る』で監督デビュー後、2004年に公開された『半落ち』では日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。『ツレがうつになりまして。』『東京難民』など、映画の他にもTVドラマや舞台の演出も手掛ける佐々部清監督に、最新作となる『群青色の、とおり道』の撮影秘話から映画に対する思いなど、お話を伺いました。

 

■ 自分たちで映画を撮った方が女の子にモテる

子どもの頃から映画がとにかく好きで、「映画を一生観ながら食べていける仕事は何だろう?」と考えた末に、映画評論家になりたいと思い、中学生の頃に思い切って淀川長治さんに「弟子にしてください!」という内容の手紙を書いたら、返事が来たんですよ。
そこには、「映画をたくさん観て、いろんなことを勉強してくださいね。」と丁寧に書かれていました。

当時私が暮らしていた山口県下関市で公開される映画は、一年中すべて欠かさず観ていたので、市内にいた高校生の中では恐らく、一番映画を観ていた学生だったと思います。
地元では観ることのできない映画を観るためにも、東京の学校へ行かなくてはと思い、明治大学の文学部演劇学科へ進学しました。そこで知り合った仲間達いわく、「他人の撮った映画を四の五の言うよりも、自分たちで撮った方が女の子にもモテるだろう」と (笑)

まずは8ミリカメラを購入し、初めて映画を撮り始めたのが18歳の頃でしたが、すっかりハマってしまいまして。次第に大学へも行かなくなり、その代わりに映画を観に行くか撮るかという生活を送っていました。
その中でも、黒木和雄監督の『祭りの準備』という映画に感銘を受け、主人公と自分自身を重ねて観てしまうようなストーリーに親近感を抱いて、大学に在籍していた4年間で43回も観ましたね。

大学在学中は自主映画に参加していました。スタッフとして参加した自主映画が大ヒットしたにも関わらず、もらった成功報酬が4,000円…。「こんなことを続けていては30歳・40歳になった時、喰えない」と思い、自主映画を辞めてプロになるために今村昌平さんが開校した横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)の門を叩きました。

 

■ 人の感情は、人の芝居によって揺さぶられる

初めてカチンコを打つことができた映画『スパルタの海』が、諸事情があった結果、お蔵入りになってしまって…。制作から28年の時を経て2011年に公開されましたが、昔からの憧れであった監督である西河克己さんの助監督としてスタートをきれたことが、何よりも嬉しかったですね。また、当時は映画の仕事があまりなかったため、テレビの仕事も経験しましたが、単発で放映される2時間ドラマなど、できるだけ映画に近い仕事を選んでいました。

助監督18年目に、『陽はまた昇る』という作品の脚本を書いていたら、急きょ監督に抜擢され、まさに青天の霹靂といったデビューとなりました。また2作目は、中学生の頃に感銘を受けた『ウエスト・サイド物語』をモチーフにしたオリジナル脚本の『チルソクの夏』。生まれ故郷をロケ地として、自分の原風景を撮ることができました。

助監督時代から思い続けていることは、「人の感情は、人のリアルな芝居によって揺さぶられる」ということです。2011年に監督を務めた『ツレがうつになりまして。』では、ラスト近くで「じっと耐えた宮﨑あおいさんが号泣する」と脚本に書いてあるのですが、テストの時に旦那さん役である堺雅人さんが自然な流れで感情が高ぶって、先に泣き始めてしまったんです。それを見た宮﨑あおいさんは、逆に泣くのを必死に堪えていました。計算ではないリアルな感情によって、奇跡のような画が撮れる。それこそが映画の面白いところですね。

 

■ 映画『群青色の、とおり道』について

(C)「群青色の、とおり道」製作委員会、太田市

(C)「群青色の、とおり道」製作委員会、太田市

撮りたいと思う映画には、決まって共通点があるんです。主人公が何かしらのハンデを背負っていて、試行錯誤しながらも頑張って一歩を踏み出す。そういった作品の方が、観ているお客さんから共感してもらえると思うんですよ。
本作でも、夢を叶えるためにギターを持って故郷を出た佳幸という青年が、10年という年月で挫折して、あらためて家族と向き合う健気な姿を描いています。

主役については、まず歌が歌えてギターが弾けるということが大前提にありました。面接時に桐山漣くんの歌声を聴いて、最初の8小節くらいで「決まり!」と言いました。単に歌がうまいということよりも、伝わる歌かどうかが大切だと思ったんです。

9日間という限られた撮影日程の中で一番こだわったシーンは、クライマックスでもあるねぷた祭りのカットです。実際に行われているお祭りの最中に演じてもらったため、演技も撮影もすべてが一発勝負なんですよ。臨場感というのは確実に画に反映されますから、わずか15分という時間の中で最小限のスタッフが入って、無事に撮ることができました。

映画を撮るにあたって重要になってくることは、事前にどれだけの準備ができているか。その準備がチームワークへと繋がります。スタッフの技術的な準備だけでなく、俳優さんと監督である私との意思疎通を徹底した上で、カメラをまわします。

俳優さんには台詞を頭に入れてもらうことは当然で、ト書きの余白(行間)の部分まで読み込んで演じてもらえるか。そしてスタッフも、私が撮りたい意図を把握して動いてくれるか。そういった準備がしっかり整っていれば、たとえ短い撮影期間でも、それほど大きなトラブルにも見舞われず徹夜をすることもなく、結果いい作品を撮ることができます。

あと、私はモニターを観ることはほとんどなく、常にカメラの横でスタッフと俳優さんを見渡しています。モニターに頼ると、モニターの外の素材を見逃すからです。また、全体を通して見ていれば、俳優は元よりスタッフの息遣いまでもを把握できますから。

 

■ たくさんの映画や人に触れてほしい

映画の学校で講師として登壇する機会が時折あるのですが、生徒に話を聞くと、驚くことに今の若い方は映画をほとんど観ていないんですよね。月に4〜5本どころか、1本観ていればいい方で、それもレンタルして観るという学生が多いようです。

家でゆっくり観ることができるDVDやBlu-rayだと、集中して観ることは難しいと思うんですよ。一方、映画館は、お金と時間を投じてわざわざ観に行くわけですから、感じ方が違うんです。私が過ごした時代はビデオすらまだ無い頃でしたから、大学4年間でおそらく1000本近くは劇場で映画を観ていたと思います。
これまで撮ってきた作品は、その頃観た映画の技法やシチュエーションがすべてと言っても過言ではありません。映画監督を目指すからには、とにかくたくさんの映画に触れてほしいですね。

あとは本や新聞も読んで、自国のことをしっかり知っておく必要があります。そしていろんな人と知り合って、人をいっぱい好きになること。今は電車に乗車していても、すぐにスマートフォンをいじりだす方をよく目にしますが、周りに乗り合わせた人をまず観察してみてください。人を見る力は、何の仕事をするにおいても必要になってきます。


■作品情報

青年がとおり過ぎる群青の季節。
そこには変わらぬ故郷の姿があった。

ミュージシャンを目指し上京した、佳幸(桐山漣)。勘当同然であった父親からある知らせを受けた佳幸は、ギターと共に複雑な想いを抱え、10年ぶりに帰郷する。
故郷へ帰ると、そこには相変わらず陽気で元気な母・明子(宮崎美子)、高校生になった妹・幸恵(安田聖愛)、工場を営み厳格さの影を潜めた父・年男(升 毅)、小学校の教師となった同級生・唯香(杉野希妃)たちの姿があった。
そして10年間未完成だった佳幸の曲は、故郷の人々によって育まれ…。

生まれ育った街の景色を背景に、自分を支えてくれていた人々と、そして自分自身と、10年の時を経て向き合う。


『群青色の、とおり道』

(C)「群青色の、とおり道」製作委員会、太田市

(C)「群青色の、とおり道」製作委員会、太田市

7月11日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー
出演:桐山 漣、升 毅、杉野希妃、安田聖愛、伊嵜充則、井上順、宮崎美子
監督:佐々部 清
脚本:橋本 剛実、佐々部 清
劇中歌:「電車の窓から」back number(UNIVERSAL SIGMA)
制作・配給:クリーク・アンド・リバー社
宣伝・配給協力:マジックアワー

■オフィシャルサイト

http://www.gunjyoiro.jp

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佐々部 清(ささべ・きよし)

 1958年山口県下関市出身。明治大学文学部演劇科、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を卒業後、フリーの助監督を経て、2002年『陽はまた昇る』で監督デビュー。映画『チルソクの夏』(03)、『半落ち』(04)では日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞、 『四日間の奇蹟』(05)、『カーテンコール』(05)、『出口のない海』(06)、『夕凪の街 桜の国』(07)、 『結婚しようよ』(08)、『三本木農業高校、馬術部』(08)、『日輪の遺産』(11)、『ツレがうつになりまして。』(11)、『東京難民』(14)、『六月燈の三姉妹』(14)など。その他、TVドラマや舞台の演出も手掛ける。

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