綾野剛主演『日本で一番悪い奴ら』を撮った白石和彌監督は、自身のメジャーデビュー作で、山田孝之主演の映画『凶悪』(13)が国内の各映画賞を総ナメにして以来、さまざまな映画企画が持ち込まれている、いまもっとも旬な監督。

北海道出身の白石監督は2002年に北海道で実際に起こった“日本警察史上、最大の不祥事”と言われる「稲葉事件」をモチーフにした映画化の構想をあたため、映画『凶悪』のプロデューサーチームと再びタッグを組み、映画『凶悪』とはまた異なる味わいのスキャンダラスな作品を放ちます。

白石監督は高校卒業後に札幌の専門学校を経ての1995年、中村幻児監督主催の映像塾に参加。以後、若松孝二監督に師事して、助監督として行定勲監督、犬童一心監督など、さまざまな名匠たちの作品に参加した後の2009年、『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で、長編映画の監督デビューを果たします。

もともと長編映画の監督になる野心はなかったそうですが、何がきっかけで日本映画界にセンセーショナルを巻き起こした映画『凶悪』を撮るまでに至ったか? そして未来の映像クリエイターを目指す若者たちへの強烈なアドバイスとは…!?

白石和彌(しらいし・かずや)

1974年北海道生まれ。1995年、中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督を師事し、フリーの演出部として活動。若松孝二監督『明日なき街角』(1997)、『完全なる飼育 赤い殺意』(2004)、『17歳の風景 少年は何を見たのか』(2005)等の作品へ助監督として参加する一方、行定勲、犬童一心監督などの作品に参加。初の長編映画監督作品『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(2010)をへて、2013年、ノンフィクションベストセラーを原作にした『凶悪』は同年の各映画賞を総嘗めする。映画界が最も次作を期待する映画監督。

僕にとっての社会が映画界 だからそこで映画を作ることが何よりも正義だった

IMG_6904僕は長いこと助監督として現場に出ていて、寝ないで仕事して先輩に怒られながらの日々でしたが、楽しかったんですよね。そういう生活が学生時代に始まって、僕にとっての最初の社会が映画界でしたから映画界ですべてを学び、映画を作ることが何よりも正義だったんです。おそらく本来であればやっちゃいけないこととか、やりながら撮っていたこともあったと思います。いまの時代は完全にアウトですが、それが正義だったし、そういう映画を観て僕たちの世代は育っていたので、毎日充実はしていました。

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高校生の時に大島渚監督の映画で『日本の夜と霧』(60)を観て、一秒も理解できなかったんです。話している言葉の意味が、まずわからない。それで監督というよりはスタッフになろうと思い、いろいろな経緯を経て若松プロに入って、助監督をやっていました。実は20代の頃は監督になれるとも思っていなくて、積極的になってやろうみたいな野心もなかったんです。完全に映画の現場にどっぷりと浸って、フィールドワークとして映画の世界で、そういうことをやっていること自体が楽しかった。ほぼVシネマの現場でしたが、映画を作っているという行為自体がシンプルに楽しかったですね。

監督は大きくなる時に運も必要 最初、辞めようと思っていました

IMG_6883映画監督になろうとは思っていなかったんですけど、20代の終わりくらいにいつまでも遊んでいられないと思い始めるようになって。映画の現場って学祭みたいなところがあって、皆でわーと盛り上がって女の子のスタッフと仲良くなって終了、みたいな。楽しければいい、みたいな感じだったんです。ただ、若松さんは特殊でしたが、だんだん助監督としていろいろな現場を経験していくと、たまに「この人大丈夫?」って人が監督をやっていることもあって。この人で監督が務まるなら、間違いなく自分のほうが面白いモノが撮れると思い始めた。この世界での仕事が続かなくて転職するにしても、自分で1回くらい監督として撮ってみようと思い始めて、それで監督になる準備を始めたんです。

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いろいろと準備を進めた理由は、まあ尻に火が着いたってことですね。現場をやっていると「短編をやらないか?」みたいな小さなチャンスはめぐってくる。スピンオフとかね。それと助監督をしていると、スタッフィングやキャスティングには強くなります。それまでに助監督として仕事していた繋がりで、じゃあ監督は白石で行こうという企画の話も頂き進めました。ただ、そう上手くはいかなくて、最初の企画は流れてしまった。監督として大きくなるには時に運も必要で、その時に子どもも生まれる時期だったので、これは潮時だなと。辞めようと思いました。その後、ご縁で小さな映画を作ることになりましたが、後はその映画を観てくれた方々が自分を推してくれて、今日に至っています。だから最初は、1本撮って、好きなことをして、辞めようと思っていました。全然生活できなかったので、『凶悪』を撮っている時もそう思っていました。実は『凶悪』の評判もどこか他人事で、受賞して賞金が出た時、すぐ家に入れました。

『日悪』は、警察の皮をかぶったギャング映画、青春映画にしました

(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

今回『日本で一番悪い奴ら』を撮っている時も、実は気持ち的には変わらなかったです。いまも自分に才能があるとは思っていないので、毎回ダメだったら辞めようと思っているし、このメンツでダメな映画作ったら監督終了だと思っている。韓国映画とか相変わらずすごいので、うらやましく思います。めちゃくちゃブチ切れた内容で、『インサイダーズ/内部者たち』(16)など900万人が入ったっていう。おかしな国だなと思いつつ、うらやましくも思う。こっちではマンガ原作ばかり映画化して、それに対してどうのこうのはないですが、それに満足しない映画ファンもいる。誰もやらないなら、スキマ産業で『日悪』みたいな映画撮る奴がいたっていいですよね。これが主流になったら違うことを探すかもしれないですが。

(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

今回の作品は警察や裏社会の映画ですが、その実は青春映画なんです。日本ではギャング映画というジャンルが成り立たないですが、これは警察の皮をかぶったギャング映画、青春映画にしました。チーム感、皆で悪だくみしながら、ヤクザ映画と根本的に違う点は楽しそうにしているところですね。悪いことをしていながらも、純粋に楽しんでいる姿を撮りたかった。その感じをキープしながらなんとか作れないか、いろいろ模索はしました。その結果、ギャング映画、青春映画になったという。

結果的に皆が悪いことをしてしまうので悲劇が待っていたりもするんですが、じゃあずっと悪いかっていうとそうではなくて、楽しいこともあるのが人生なんです。仲間がそろえばカニとか美味いものを食べて、酒を飲んで、いい女と遊びたいと皆思っている。それが描ければ、人生が描けるじゃないですか。その羅列で青春映画になるはずだと。それと主人公の諸星がひとりひとりの登場人物と出会って別れていく。それって、人生そのもの。縮図なんです。だから映画を観ていただくと、その輪にちょっと入ってみたいな、一緒に酒飲んでみたいなって、思ってくれると思うんですよ。

映画を撮るなら思いっきり撮る ぬるいところにいても、とんがった映画にはならない

IMG_6851僕は職人になりたいですね。自在な騎手。自分の色に染めつつ、頼まれたことをまっとうしたい。観客をドキドキさせたい。わくわくする映画って、少ないような気がしています。テレビでは最近、コンプライアンスとよく言いますが、インモラルが一番ですよね。やっちゃいけないことのほうが絶対に面白い。世の中がそうなっていくのであれば、こういう映画にこそ新たな希望があると思います。『日悪』を観ると、それこそ本当に覚せい剤をやっちゃいけないと思うはずで、何が悪いかを示さないとダメだと思うんですよ。いまは見せる前に隠す時代だから、見せないといけない。本当の道徳観念は生まれないと思うんです。だからR15指定ですが、中学生くらいに観てほしいんです。昔は観れたんですが。

映画が上手くなるには、観るか作るしかないんですよね。で、いまは観ていない人が多いので、映画を観倒すしかない。それが第一。それに耐えられない人は作れないと思います。あと僕はつねに不退転の覚悟で、おまじないのように自分を追い込みますが、「まだこれ失敗してもいいかな?」みたいなゆるい気持ちで接すると、インモラルにもならない気がしています。“あがり”を冷静に観て、「国松長官に足向けて寝られないよね」みたいなシーンを観ると、改めてヒヤヒヤするんですよ(笑)。だから、撮るなら思いっきり撮るってことですかね。ぬるいところにいても、とんがった映画にはならないと思います。ぬるいところにいたければ、そういう映画しか作れなくなると思うので、それがアドバイスです。


■作品情報

『日本で一番悪い奴ら』

(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会
(C)2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

出演:
綾野剛 中村獅童 YOUNG DAIS 植野行雄(デニス) ピエール瀧

監督:白石和彌
脚本:池上純哉
音楽:安川午朗
原作:稲葉圭昭「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」(講談社文庫)

配給:東映・日活

■オフィシャルサイト

http://www.nichiwaru.com/