――その美しさ、静けさ、哀しさ、そして温もりと救い……監督・源孝志の描く世界は深い。脚本家、演出家、映画監督として多忙極めるなかで遭った3.11東日本大震災。その痛みを抱き癒すように、源は作品をつくり続ける。脚本・演出を手がけたドラマ「TRUE COLORS」の原作小説『わたしだけのアイリス』で源が記した言葉、「めいめい凌(しの)ぎ」———人はそれぞれが自分の人生に責任をもって、自分自身で乗り越えていくしかないのだと。最新作・映画「木挽町のあだ討ち」は、観終わったあとこの上ない清々しさに包まれる。心を震わすのは、思い通りに生きることができなかった江戸の時代を、「これが私の生きる道」と、傍若無人にケチらせ超えていった、「めいめい凌ぎ」を貫くやさしきならず者たちの矜持なのかもしれない。――

武士の美徳ではなく、それに抗う人間たちの物語

永井紗耶子さんの書かれた時代小説『木挽町のあだ討ち』(2023年1月刊行)が出版されて間もない頃に、本作の企画プロデューサーである須藤泰司さんから、映画化のお話をいただきました。永井さんの原作は、江戸・木挽町の芝居小屋「森田座」のすぐそばで果たされた仇(あだ)討ちの目撃者である登場人物それぞれのパーソナルな歴史を深堀りしていきつつ、物語が進んでいきます。そこが原作の秀逸さのひとつでもあるのですが、それを映画でやろうとすると3時間越えになってしまう。途中からは、どうすれば映画として面白いものにできるかなと考えながら原作を読んでいました。

あるとき家で、何気なくテレビで「刑事コロンボ」のドラマを観ていて、父の仇を討った菊之助の縁者と称し、江戸で仇討ちについて聞き回っている浪人・総一郎を主役にしたらどうだろうとひらめいたんです。原作では総一郎の素性は詳しく書かれていないし、彼自身の生の声で発せられた言葉って一言もないのですが、そんな総一郎を刑事ならぬ探偵に見立てて仇討ちの真相を探らせるという手法を思いつきました。

映画のプロットを書き上げた頃、僕が脚本を手がけた舞台「中村仲蔵 ~歌舞伎王国 下剋上異聞~」の東京公演(2024年2月6日から2月25日)に、永井さんが来てくださったんです。その日は僕も劇場にいて、永井さんに、「コロンボ、どうですかね?」って聞いたら、「アイデアとしてはまったく問題ありません」と言っていただいた。続けて、「それとあとひとつ。武士の美徳を描く話ではなくて、それに抗う人間たちのお話にしていただければ」というようなことをおっしゃった。僕が原作を読んで大きく心動かされたのは、江戸時代、武士にとって最高の美徳とされていた「仇討ち」にNOを突きつけたのが、芝居小屋・森田座の自由人たちだったという、まさにその反骨精神でした。だから、そこは絶対に大切にしようと思いました。

柄本佑くんと渡辺謙さんはあて書きです

総一郎を刑事コロンボのようなキャラクターに仕立てて主人公にするとして、大事なのはそれをだれにお願いするかでした。それで、柄本佑くんに相談したら、すぐに「やります」と言ってくれた。僕が頭のなかで考えているようなニュアンスの芝居ができるかできないかっていうのは、演じる役者さんがだれかということに非常に影響されますので、そこからは、佑くんにこういうセリフを言わせたら面白いだろうなとか考えながら、どんどん脚本が進んでいきました。立作者で森田座を束ねる金治役の渡辺謙さんもそうでした。佑くんと謙さんのふたりは完全にあて書きです。

佑くんと初めて仕事をしたのは彼が19歳の頃だと思います。それ以前から佑くんの存在は意識していて、14歳のときに映画「美しい夏キリシマ」(03)で主演デビューして、柄本明さんの息子さんだってことももちろん知っていたのですが、初めてご一緒したとき、年齢からは想像もできないほど器用でなんでもできて、びっくりしました。だから、次はちょっと違う役を、次はもっとこんな役もやらせてみたいなってことが、佑くんにはできるんです。改めて佑くんの多面性に驚かされたのは、ドラマ「令和元年版 怪談牡丹燈籠 Beauty&Fear」(NHK/19)のときでした。尾野真千子さん演じる奥女中・お国とお家乗っ取りを企む旗本の放蕩(ほうとう)息子という、どうしようもない男なんだけど剣の腕だけは立つという極悪人を演じてもらったのですが、すごくよかったんですよ。今回は主役なので、普段はぬるっとか、ふにゃふにゃってしていても、ある局面ではビシッと座りが利くという強烈な吸引力で、見事に硬軟織り交ぜて堂々と総一郎を演じてくれました。

出会いは、謙さんからいただいた手紙でした

渡辺謙さんとご一緒したのは、作品が世の中に出る順番としては、「TRUE COLORS」(NHK/25)、「京都人の密かな愉しみ Rouge 継承」(NHK/26)のドラマ2本に続いて3作目で、本作が映画としては初めての作品になります。最初に謙さんにお会いしたのが2年ほど前だから、わりと密にやらせていただいています。出会いのきっかけは、謙さんからいただいた手紙でした。「一緒に仕事をしたいので、飯でも食いませんか」って、それは会いに行きますよね(笑)。で、名刺代わりになんでも言ってくださいと謙さんに言われて。とはいえ、そんな簡単にはご相談できないので、ものすごく考えて、この役なら合うかなと相談したのが、僕が書いた小説『わたしだけのアイリス』が原作のドラマ「TRUE COLORS」でした。

お願いしたのは、倉科カナさん演じる主人公の写真家・海咲(みさき)の義父・辻村多一郎役だったのですが、「やります」と謙さんは即答してくれた。だから、撮影の順番としては、「TRUE COLORS」、映画「木挽町のあだ討ち」、そして、「京都人の密かな愉しみ Rouge 継承」ですね。「京都人の密かな愉しみ」は、もともと最初に会ったときに、謙さんが僕の手がけたなかで好きだと言ってくれた作品。続編を撮影することをお伝えしたら、「またあれやるんですか! だったら出ます」みたいな感じで急きょ出演が決まり、去年の暮れまでかかって撮って、年明けに放送されました。謙さんはいろんな仕事を、それこそハリウッドをはじめ海外でもされてきて、これからは本当に自分がやりたいと思える作品をやっていきたいんだとおっしゃっていたけれど、僕との作品はわりとそんな気軽な感じで決まっていきました。

僕にとっては演出をしないのが、いい役者なのかもしれません

撮影現場でも謙さんとは、本当に言葉を尽くさなくても通じ合える。謙さんは立ち位置がプロデューサーや監督的だから、僕とそんなに目線が違わないんです。だから、こういうふうにやっていただきたいとか、謙さんに対してはあまり言ったことがない気がします。僕にとっては演出をしない役者ほど、いい役者なのかもしれません。もちろんディスカッションはします。謙さんは十分に準備し考え抜いて撮影に臨まれるので、「監督と自分のイメージが違うな」と感じたときは、必ず事前に相談してきます。「監督、これどう思っています?」って聞かれて答えたら、「ああ、言ってよかった。ちょっと違ってた。じゃあ、どうしましょう? 監督のほうに寄せますか?」「謙さん的にはどんな感じなんですか?」「こうこう、こんな感じです」「あ、そっちのほうが面白いですね。でもそれやると、どっかで修正しないとね」「そうですね」とかって、本当に大人の会話ですよ。

本作でも、映画の前半で自分がどのように演じたら物語の謎が深まるかとか、謙さんは自分の役だけを魅力的に見せるというのではなくて、物語全体を俯瞰(ふかん)して自分のポジションが見えてらっしゃる。本当に助かります。森田座の立師・与三郎役の滝藤賢一くんも同じで、やっぱりちゃんと考えて現場に臨む役者ですし、本作はみなさんそうでした。衣裳方(いしょうかた)・ほたる役の高橋和也くんにしても、演じるにあたり彼なりのコンセプトがあるんですよ。あとで聞いて、「え、そんなつもりでやってたの?」ってちょっと驚いたのですが、「僕のなかではデヴィッド・ボウイなんですよね」って和也くんは言っていて、単にゲイっぽいとかっていうのではなくて、いかに美的センスに優れたキワモノ感を出すかとかを考えた末に、和製デヴィッド・ボウイ的なものをイメージしたんだと思います。そのわりにはデヴィッド・ボウイ感ゼロだったよねって笑ったりしたんだけど、本当に役者のみなさんはそれぞれ一生懸命に考えてやっているんだなと、改めて感心させられました。

さすが東映京都撮影所です

撮影期間は2025年5月から約2か月、基本的に順撮りです。ただ、冒頭の仇討ちのシーンだけは、ギミックも大変でしたし、長尾謙杜くん(菊之助)と北村一輝さん(作兵衛)の激しい立ち回りの稽古もしっかりでき、すべての準備が整ってから、撮影の中盤頃にじっくり3日間かけて撮りました。ロケはほとんどなく、8、9割方、東映京都撮影所のセットでの撮影です。仇討ちのシーンは東映京都撮影所の一番広いセットに雪を降らせて撮りましたし、江戸の城下町も、300人が入る森田座も、すべてスタジオ内に詳細に再現しました。森田座での江戸歌舞伎の様子は、浮世絵でしか知ることはできないのですが、当時は浮世絵の主な題材が歌舞伎だったこともあってちゃんと残されているんですね。それが、上演する森田座ごと見事によみがえっています。さすが東映京都撮影所だと感じました。

順調に進んだ撮影でしたが。最終日は大変でした。ラストシーンを撮っているときにゲリラ豪雨に襲われたんです。僕はどちらかというと天気にはついている人間で、本作でもそうだったのですが、1時間ぐらいでやむかと思ったら2時間以上降り続いて。その日に東京に帰らないといけない役者たちもけっこういましたし、エキストラさんも何百人もいて、全員扮装(ふんそう)してるわけですから、改めて別日に撮影をやり直すなんて大変なんですよ。ただあまりの豪雨に、役者たちもあきらめかけ、スタッフはスケジュール調整に走り回るという大混乱に陥り、でも撮りましたよ。幸い7月上旬の日もわりと長い時期で、とはいえ照明部からは、「もうあと30分で撮れなくなります」と迫られながら、ギリギリでやり切りました。やはり、さすがの東映京都撮影所です。

最後は自分の力でなんとかするしかない

これまでで一番大きな挫折は、3.11東日本大震災のときでした。当時僕は、映画、ドラマ、ドキュメンタリーとかなりの本数を手がけていました。二ューヨークでの長期撮影を終え帰国したのが、ちょうど3月11日。15時に成田空港到着予定でしたが、地震が起きたのが14時46分で、そのときは理由は告げられなかったのですが、とにかく着陸できないということでずっと上空を旋回していて。1時間ぐらい回ったところで、「燃料がなくなるので別の空港で給油します」となり、名古屋のセントレアに降りたんです。給油で滑走路に待機しているあいだも地震のことは何も知らされませんでした。パニックを避けるためだったのだと思います。でもさすがに日も暮れてきて、「今日は名古屋に泊まってください」と言われて飛行機から降ろされ、ロビーで津波の映像を見て、大ショックを受けました。

それに加えて、向こう1年分ぐらいの仕事が全部キャンセルされたんです。「俺、これからどうするんだろう」って、いい大人になってから初めて考えました。コロナ禍でも仕事がどんどん中止になり、舞台もなくなったりして大変でしたけど、僕にとっては、あらゆる意味で衝撃的だったのが、3.11でした。3.11を経験してから、人に対する目線も少し変わった気がします。他者の眼差しの冷たさを知り、人物を描くディテールがより細かく、陰影が深くなりました。あの経験したことのない危機感のなかで、「自分は何をすべきなのか?」と考えましたし、最後は自分の力でなんとかしていくしかないんだと、覚悟が決まりました。

実は、映画「木挽町のあだ討ち」を撮り終えて、京都に対する印象が変わりました。京都には仕事で頻繁に訪れていますし、京都を舞台にした作品や、それこそ「京都人の密かな愉しみ」なんてシリーズもつくっていますが、本当はそこまで京都が好きじゃなかったんです。だからそれまでは、どれだけ長い滞在であってもずっとホテル暮らしだったのですが、去年も今年も京都での撮影が続いて、「もういいや」って、思い切って鴨川の近くに2年契約でマンションを借りました。毎朝、犬の散歩で鴨川の岸辺をぶらぶらしながらしみじみ思っちゃったんです、「いいな、京都って」と。でも、みんな憧れて京都に移住したりするじゃないですか。やっぱりあの人もって思われるのはちょっとしゃくなんですよね(笑)。

源孝志(みなもと・たかし):1961年生まれ。立命館大学卒業後、ホリプロをへて2003年に独立、株式会社オッティモを設立。05年、脚本も手がけた映画「東京タワー」で劇場監督デビューを果たす。以降、脚本家、演出家として、映画、ドラマ、ドキュメンタリー、舞台、また小説家としても活躍。主な作品に、映画「大停電の夜に」(監督・脚本/05)、ドキュメンタリー「世紀を刻んだ歌 ヘイ・ジュード 革命のシンボルになった名曲」(NHK/00)、「ヴィニュロンの妻 日本人マダムと名門ドメーヌ 再起の闘い」(NHK/15)、ドラマ「遺恨あり明治十三年 最期の仇討」(演出・脚本/テレビ朝日/11)、「賢者の愛」(演出/WOWOW/16)、「平成細雪」(演出/NHK/18)、「TRUE COLORS」(原作・脚本・監督/NHK/25)ほか、著書に『大停電の夜に』(講談社/05)、『わたしだけのアイリス』『グレースの履歴』(河出書房新社/18)等。ドラマ「京都人の密かな愉しみ」(演出・脚本/NHK/15)でATP賞グランプリ、「スローな武士にしてくれ」(演出・脚本/NHK/19)でギャラクシー賞ほか、「令和元年版 怪談 牡丹燈籠 Beauty&Fear」(脚本・演出/NHK/19)等で芸術選奨文部科学大臣賞、「忠臣蔵狂詩曲№5 中村仲蔵出世階段」(脚本・演出/NHK/21)で芸術祭大賞ほか、「グレースの履歴」(脚本・演出/NHK/23)で向田邦子賞など受賞歴多数。
映画「木挽町のあだ討ち」
江戸・木挽町にある歌舞伎の芝居小屋「森田座」に加瀬総一郎(柄本佑)と名乗る田舎侍が訪れる。1年半前に起きた、いまや江戸の語りぐさとなった仇討ちの顛末が知りたいというのだ。この仇討ち、総一郎には腑に落ちない点が幾つかあった。立作者の篠田金治(渡辺謙)をはじめ、森田座の個性的な面々と触れあいながら、総一郎は仇討ちの全貌を探り当ててゆく。そこにはだれも知ることのなかった、もうひとつの物語が隠されていた。

出演:柄本佑/長尾謙杜 瀬戸康史 滝藤賢一/山口馬木也 愛希れいか イモトアヤコ 冨家ノリマサ 野村周平 高橋和也 正名僕蔵 本田博太郎 石橋蓮司/沢口靖子 北村一輝/渡辺謙
原作:永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮文庫刊)
監督・脚本:源孝志 音楽:阿部海太郎
主題歌:「人生は夢だらけ」椎名林檎(EMI Records/UNIVERSAL MUSIC)
企画プロデュース:須藤泰司 渡辺ミキ プロデューサー:中澤元 堀口純平 キャスティングプロデューサー:福岡康裕 音楽プロデューサー:津島玄一 ラインプロデューサー:中森幸介 撮影:朝倉義人 照明:池本雄司 美術:吉田孝 録音:西村憲昭 装飾:三木雅彦 編集:小泉圭司 監督補:西山太郎 衣裳:大塚満 メイク・床山:山下みどり 結髪:松浦真理 殺陣:清家一斗 スケジューラー:宮村敏正 助監督:西片友樹 VFX:田中貴志 スーパーヴァイジングサウンドエディター:勝俣まさとし DIT:近藤将司 記録:山下佳菜 製作担当:中山泰彰 宣伝プロデューサー:田口和也 プロダクションマネージャー:森洋亮 製作管理:福島一貴 プロダクション統括:小嶋雄嗣
製作幹事:東映 アミューズクリエイティブスタジオ 製作プロダクション:東映京都撮影所 企画協力:新潮社 配給:東映
Ⓒ2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会 Ⓒ2023 永井紗耶子/新潮社
2月27日(金)より全国公開

インタビュー・テキスト:永瀬由佳