――世界は多くの作品で満ちている。それを生み出すあまたのつくり手たち。そのなかで、独自のエネルギーを放つ人たちがいる。なぜつくることをあきらめなかったのか、現場に立ち続けるには何か必要なのか、どうすれば一歩でも次のステージに進むことができるのか。CREATIVE VILLAGEでは、最前線を走るトップクリエイターたちに、作品、つくり手としての原点、そしてこれからを問う。――

映画、CM、ドラマ、MVなど多方面で活躍する映像監督・松本壮史。初のWOWOWドラマでは全10話すべてを手がけた。「改めて、スタッフや俳優のみなさんとしっかり話して一緒に積み重ねていく大事さを感じました」。26歳であこがれの映像業界になんとか忍び込む。そしてつかんだ、物語を紡ぎ映像にするこの上ない楽しさと喜び。かけがえのないスタッフと自身のために「好き」が宿った健全な現場づくりを思う。

松本壮史(まつもと・そうし)
1988年埼玉県生まれ。多摩美術大学卒業。2015年からTHE DIRECTORS GUILDに所属。18年にMV「江本祐介/ライトブルー」が第21回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出される。21年に映画「サマーフィルムにのって」で長編監督デビュー、第31回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞、第13回TAMA映画賞最優秀新進監督賞ほか受賞、国内外で注目を集める。主な作品に、映画「青葉家のテーブル」(21)、藤子・F・不二雄SF短編ドラマ「親子とりかえばや」(23)、ドラマ「お耳に合いましたら。」(20)、CMにドコモ、楽天、明治など、MV「サニーデイ・サービス/卒業」(18)、「日向坂46/飛行機雲ができる理由」(22)、「くるり/loveless」(22)、ショートフィルムに乃木坂46桜井玲香個人PV「アイラブユー」(16)、マカロニえんぴつ10周年記念ムービー「あこがれ」(22)ほか。

作間くんの成長を見るのがとても楽しかった

ドラマ「ながたんと青と -いちかの料理帖-」は、2021年の夏頃、同年に公開された映画「サマーフィルムにのって」と「青葉家のテーブル」を観ていただいたプロデューサーからお声がけいただいたのが始まりです。戦後間もない1951年の設定で、政略結婚とか料亭の厨房に女性は入ってはいけないといった理不尽な価値観がたくさん出てきます。でもその古い価値観の中には今に通じるものもあり、それを時代劇だからこそよりエンタメとして今に刺さるように描ける、面白い舞台装置だなというところにまず興味を持ちました。東映京都撮影所での撮影は初めてでした。歴史ある撮影所なので、よそ者の自分にはやりにくい環境では?と不安でした。それで同じくWOWOWのドラマ「いりびと-異邦人-」(21)を、まさに東映京都で撮っていた僕の先輩の萩原健太郎監督にいろいろ聞いたところ、「(撮影所のスタッフは)みなさんとても優秀で柔軟だよ」と。それで安心して現場に入ったのですが、実際スタッフの方は若くて新しい感性の人もいれば、ベテランだけどこちらの話もしっかり聞いて一緒に考えてくれるような方ばかりで、それぞれが経験とセンスを併せ持っていてとても理想的な現場でした。

料理や食べることが大事な要素のドラマです。料理が美味しそうに見えるのはもちろんですが、料理は生活の一部だと思っているので、なぜこの料理をつくるのか、つくる料理にはその人が積み上げてきた人生が反映されているはずだと、ずっとそんなことを考えながらの撮影でした。料理を通してその人物のキャラクターや生活が立ち上がってくるようなものになっていればいいなと思っています。

昨年の6月初めから7月にかけて約2カ月間京都に滞在しての撮影でした。撮影所にはいつも嵐電で通っていたのですが、宿泊していたビジネスホテルが周(あまね)役の作間龍斗くんと同じで、帰りに嵐電で一緒になったときはふたりでコンビニに寄ってアイス買ってちょっと話して帰ったり。作間くんは、「演技経験がそんなにないのでちょっと不安です」と最初言っていて、初日始まってすぐは僕も心配になるくらい硬かったのですが、夜にはすっかり周になっていました。本当に勘がよくて、作間くんが毎日成長していくのを感じられて、その様子を見ているのがとても楽しかったです。作間くん自身が機材が好きなので、技術スタッフの方にマニアックな質問したりして、現場のみんなにも可愛がられていました。

泣かないと決めていたのに、門脇さんが泣いてしまった

いち日(か)役の門脇麦さんも素晴らしい人で、お芝居に対する姿勢もですが、率先してご本人がいい雰囲気をつくってくださりました。スタッフや俳優、あらゆる人に話しかけて、明るく、常に真ん中で笑っていました。尊敬しかないです。撮影セットの中に監督モニタールームというのがあって、門脇さんが最初のほうから自分の控室にあまり戻らず、セッティングのあいだとかそのモニタールームに来るんです。僕もけっこう緊張していたのですが気さくに話しかけてくれて、途中から作間くんも来るようになって。まだコロナ禍で昼食なども常に黙食でなかなかコミュニケーションが取れないときに、そういう距離の詰め方をしてくれたおかげで、作間くんを含めてお互いのことを知ることができてとてもありがたかったです。

撮影で印象深かったのは、第5話の門脇さんと中村蒼さんとのシーンです。門脇さんから、「このシーンは泣かないほうがいいんじゃないですかね」と言われ、ト書きには泣くとあったのですが、門脇さんの考えをじっくり聞いて納得し、「確かに泣かなくてもいいですね」「じゃあ、私、泣きませんね」と話し合ってから撮影に入りました。だけど中村さんのお芝居が本当に素晴らしくて、お互いの気持ちが積み重なって、門脇さんが泣いてしまった。泣かないと決めていたのに気持ちが入って泣いてしまう、泣こうと決めてやるお芝居とは違うその門脇さんの表情がとてもよくて、結果的にすごくよいものが撮れたと感動しました。

どう考えても恋愛に発展しないだろうというところから始まったいち日と周が、信頼関係を築きながらジワジワと距離を縮めていく様をいかに説得力を持って映像で見せるかということに、俳優とスタッフみんなで取り組んだ作品です。これは原作の持つ魅力のひとつなのですが、素直じゃないふたりが互いを理解し近づいていくこのもどかしさに人間の機微が出ていると思います。「ながたんと青と -いちかの料理帖-」は、社会進出が今よりはるかに難しい時代に生きた女性たちの物語です。僕は作品の一番のテーマはそこだと感じています。いち日をはじめ女性たちが悩みながらも前に進もうとする姿にも注目していただきたいと思っています。

最後に、この作品では、東映京都をはじめとする優秀なスタッフ陣の丁寧な仕事にも注目してほしいです。美術やセット、料理、衣裳ひとつひとつまでとても美しく、それでいてしっかりと当時の生活感があります。原作者の磯谷友紀先生が撮影見学に来られたときにセットをとても気に入ってくださり「資料にしたいです」と写真をたくさん撮ってくれていたことがとてもうれしかったです。今回京都のスタッフのみなさんには、とてつもなく助けられましたし、一緒に仕事ができたことは一生の財産です。

映像ディレクターになれないかと毎日転職サイトを見ていました

高校生の頃から映画をよく観るようになりました。友達と一緒に図書館やレンタルビデオ店にある映画を「ア行」から全部、観ていったり。「ウォーターボーイズ」(01)、「GO」(01)、「ピンポン」(02)、「ジョゼと虎と魚たち」(03)といったエネルギッシュな作品を浴びまくり、日本映画ってめちゃくちゃ面白いなと思いました。「ウォーターボーイズ」のモデルが近所の男子高校で、映画という存在を身近に感じたりもしていました。高校卒業後は美大に進みました。文化祭で友達5、6人と影絵劇をやって、初めて起承転結からなる物語をつくったのですが、これ一番楽しい!と思ったことを覚えています。映画は大好きでしたけど、映画監督なんてどうやってなるのか見当もつきませんでしたし、映画を仕事にするなんて考えもありませんでした。CMやミュージックビデオも好きでしたので、なんとか映像の仕事に就きたいとCMプロダクションを志望していたのですが、当時は本当に狭き門で、僕が卒業した2011年は監督の部門の募集自体があまりありませんでした。結局就活も上手くいかず地元に戻り、大学の先生の紹介で企業VPなどを専門とした映像制作会社に就職しました。

自分があこがれていた映像の世界とは断絶されたところに居るような気がして、なんとか映像ディレクターになれないかと毎日転職サイトを見ていました。26歳のときに、いま所属しているTHE DIRECTORS GUILDが、給料は出ないけれど先輩ディレクターについてプロの現場を知れるというファーム(THE DIRECTORS FARM)という師弟制度を設けていて、「本気でCMディレクターを目指したい人募集」という言葉に惹かれ応募しました。それが大きな転機になりました。それから約3年間、弟子として先輩の現場についていって見て学ばせてもらったのですが、基本的に給料は出ないんです。その頃友達とラップユニットをやっていて、Tシャツをたくさんつくって売ったりして生活費を工面していました。当時は夏になるとTシャツを5000枚くらい売っていたのでTシャツづくりには詳しいです。

乃木坂46は日本の映像業界において偉大です

弟子として僕がついていた先輩のひとりが最初にもお話しした萩原健太郎監督です。萩原監督の劇場作品1作目の「東京喰種 トーキョーグール」(17)のときに、僕はアシスタントとして資料づくりとか準備を一緒にやっていました。萩原監督が撮影監督のホイテ・ヴァン・ホイテマが撮る画をリファレンスのひとつにしたいということで、萩原監督に命じられ、「ぼくのエリ 200歳の少女」(10)、「ザ・ファイター」(11)、「裏切りのサーカス」(12)の3作の全カットのキャプチャーを取りました。面倒くさい、最悪だと思いながらダラダラ家でやっていたのですが、途中で「めちゃくちゃすごいなこれ」と思いはじめました。映画ってこういうカットの蓄積でできるんだと初めてわかったし、このアングルのあとにこのカット割りなんだとか、1枚1枚キャプチャーしているとさすがに頭に染み込んでくるんです。今だにそのときのスクショを見返すこともありますし、あの経験は僕にとって大きな財産になりました。本当に萩原監督には感謝しています。

2016年に乃木坂46の桜井玲香さんの個人PV「アイラブユー」を撮らせていただいたのですが、それも萩原監督からチャンスをいただいて、「ぜひやらせてください!」と。監督初作品でしたが、すごく手応えがありました。自分で書いた脚本を俳優が演じるとこうなるのかとか、音楽が加わるとこんな感じになるんだって感動の連続で、これを一生の仕事にしたいと強く思いました。乃木坂46って日本の映像業界においてすごく偉大なんです。当時、シングルを発売するごとにメンバー一人ひとりを主役にした「個人PV」というショートフィルムをずっと撮っていて、若手監督の登竜門的な存在だったと思います。そこからいま活躍している監督たちがけっこう輩出されている。低予算ですが自由にやらせてもらえるし、DVDになって、ちゃんと仕事として成立させてくれて、しかも日本のトップアイドルのショートフィルムだから大勢の人が観てくれる。乃木坂46がいなかったらいまの自分はないのではと思うぐらい大きな存在だと思います。

ショートフィルム「アイラブユー」を観てくれた劇団ロロを主宰している三浦直之さんと、ショートフィルムの挿入歌だった江本祐介さんの「ライトブルー」のミュージックビデオを一緒につくることになりました。三浦さんがワークショップをやっていた福島県立いわき総合高等学校の演劇を学んでいる高校生に出演してもらい、僕も高校に何度も行ってみなさんと親交を深め、時間をかけて撮った作品です。出来上がった作品はメディア芸術祭で賞をもらったり、高校生の美術教科書(光村図書)に掲載されたりもして、その頃から少しずつ仕事の依頼をいただくようになりました。

MV「江本祐介/ライトブルー」

映画「サマーフィルムにのって」がいろんな道を開いてくれた

その後も三浦さんと深夜ドラマなどいろいろやっていたのですが、そろそろ映画を撮りたいと、2018年にオリジナル脚本の企画を考えて、ふたりでソニー・ミュージックエンタテインメントさんに持っていきました。それで実現したのが、僕の長編初監督作品「サマーフィルムにのって」です。「サマーフィルムにのって」はいろんな道を開いてくれました。僕にとって本当に大きな名刺ができました。2018年4月配信されたWebドラマ「青葉家のテーブル」は、クラシコムという企業がつくったオリジナルドラマなのですが、クライアントの方々と対話を重ねて、世界観や価値観を共有しながら一緒につくらせていただいたとても幸福な現場でした。

映像の業界はまだいろんな問題があって、お金があまりもらえなかったり、ハードな現場だったり、パワハラのようなものも依然としてありますし、若い人に「ぜひ来てください」と簡単に言えるところではないと感じています。だからこそ、心身共に健康に働ける、いい現場、いい環境をつくることが大事で、それは自分たちの代がやるべきことだと思っています。ドラマ「ながたんと青と -いちかの料理帖-」では、スタッフはなるべく男女比を半々にしてほしい、ハラスメントに対して意識がきちんとある方で、できるだけ若い人をメインでお願いしますとリクエストしました。結果的にとても風通しがよく、すごく平和な現場となりました。ハラスメントの問題は複雑でグレーな部分も多くあって、自分も間違ってしまうこともあるので、常に勉強し考えながら現場をつくっていきたいです。ありがたいことに「サマーフィルムにのって」でいくつか映画賞をいただいたりしたので、僕がやれることは、そういうことからだと思っています。

連続ドラマW-30「ながたんと青と -いちかの料理帖-」
昭和25年の京都。老舗料亭「桑乃木」の長女・いち日(門脇麦)は“ながたん(包丁)”を残し戦死した料理人の夫を思いながら、ホテルの西洋料理人として自立し生きていくと決めていた。だが実家の経営危機を救うため、つんと辛い“青と(青とうがらし)”のような歯に衣着せぬ発言をする15歳も年下の周(作間龍斗)と政略結婚することに。34歳のいち日と19歳の周。反発しあっていたふたりだったが、やがて共に料亭の再建を目指すようになる。原作:磯谷友紀『ながたんと青と―いちかの料理帖―』(講談社「Kiss」連載)
監督:松本壮史
脚本:川﨑いづみ 弓削勇
撮影:渡邊雅紀、照明:池本雄司、美術:塩田佳代・稲垣美穂、料理監修:大原千鶴、音楽プロデューサー:剣持学人、音楽:田辺玄 Rachel Abstract、ポスタースチール:後藤武浩、ポスタービジュアル:田部井美奈、現場スチール:髙木美佑、主題歌:「白鯨」/Summer Eye 、プロデューサー:小髙史織(WOWOW)、森田大児・髙木敬太(東映)、製作:WOWOW 東映
WOWOWにて毎週金曜日午後11時より放送・配信(全10回)

インタビュー・テキスト:永瀬由佳