ウインドウに言葉を入力すれば、瞬時に日本語のフリーフォントに変換してまとめて表示してくれる。そんなWebサービスが『ためしがき』です。簡単で便利、ありそうでなかったサービスに目をつけたのは、株式会社クリモの渡邊達明さん。お話を聞いたところ、リリース前には予想していなかった意外な人たちから反響があったといいます。

渡邊 達明(わたなべ・たつあき)
株式会社クリモ取締役副社長。
1988年宮城県生まれ。仙台高専専攻科を卒業後、富士通株式会社にてWindowsOSのカスタマイズ業務に従事する。
その後面白法人カヤックに入社し受託開発部門を経験後、ブロガーの妻と二人で株式会社クリモを設立。
WEBフロントエンド中心の受託開発や保育園問題の解決のためのメディアを運営。
「三度の飯よりものづくり」と言っていたらBMIが17になり健康診断で毎回ひっかかるのが悩み。

いちいち探すのは手間がかかる

――「あったらいいな」を実現したサービス、『ためしがき』の登場を喜んだ人は多いと思います。技術的な話は既に渡邊さんご自身がブログ(※)でお書きになっていますし、ここではクリエイティブ寄りの話をお聞かせください。まず知りたいのは発想の出発点。アイデアはどこから生まれたのでしょうか?

クライアントの依頼でWebサイトを制作したり、妻のブログを運営したりするなかで、デザイナーに依頼してがっつりロゴをつくる程でもないけれど、何となくそれっぽいものが欲しいということがありました。そういう時にIllustratorで作成するのは結構手間だし、そもそもフリーフォントをローカルに保存していなければ、見映えを比べることもできませんよね。それで、こういうサイトがあったら便利だな、と以前から思っていたのです。

フォント検索サイトには『wordmark.it』という英語のWebサービスがありますが、これは日本語のフリーフォントには対応していません。ないなら自分でつくってみようかと思い、ツイッターで『wordmark.it』のスクリーンショットと一緒に賛同してくれる人を募りました。そしたら反応が多くて「じゃあ、やってみるか」と。

(※)「フロントエンドの地獄」https://nabettu.hatenablog.com/entry/tameshigaki

――どれくらいの反響があったのでしょうか?

1000RTくらいあればやるつもりだったのですが、実際は2400RT以上ありましたね。Webサービスをつくっている人が集まっているコミュニティでも「あったら助かる」「これは欲しい!」という反応でした。ひとりでやるのは荷が重いですが、これだけ反響があれば、いざという時に助けてくれる仲間を集められます。

――実際につくりはじめてみて、大変だったことはありましたか?

フリーフォントを集めることですね。どこにフリーフォントがあるのか、最初は情報がまとまっていませんでしたから。ライセンスを確認して、ダウンロードして、サイトに乗せるために軽量化する作業と、地味で泥臭い作業もたくさんありました。

といっても、すべてを一人でやったわけでもないんです。ツイッターで「誰か協力してくれる人いませんか?」と呼びかけたら5人ほどが名乗りを上げてくれて、デバッグもネットでつながりのある人たちと協力しながら進めていきました。

こうして作業をすすめていくなかで、日本語フリーフォント投稿サイト『FONT FREE』を運営する知人に、日本語のフリーフォントを300種類くらい教えてもらえたので、それを一覧にして、その中から商用利用可能なライセンスの50種類ほどでまずリリースしました。『FONT FREE』で探せるフォントは早いうちに確認を終わらせて、順次追加して網羅していく予定です。公開後はサイトを見たフォント制作者の方から「良かったら、私のフォントも加えてください」という連絡をいただいていますので、もうフォントを探す手間はかからないと思います(笑)。

――ブログでは、サーバ代が結構かかっていて、バナー広告を入れることも考えているということを書かれていました。これで収益を上げていくイメージはあるのでしょうか?

あまり考えてないです。もともとフリーのフォントをまとめて載せているものですからね。1万円の商品を2万円、3万円で売るとか、そういうものではないですし。みんなで便利につかってもらえれば、それがベストです。ただ、アクセスが増えると、それなりにサーバ代がかかるので、その分をバナー広告で賄えて、持ち出しが0円になったら助かります。

――Webメディアで紹介されるなどして話題になりましたが、プロモーションはどう進めていったのでしょう?

こちらからのアクションはとくになくて、ツイッターのトレンドに入ったり、ハッシュタグで話題になっていたりしたのをキャッチアップしてもらえたのだと思います。

シンプルなサービスで、フォント画像をシェアできる、バイラルを意識したつくりにしていたので、ツイッターを中心に人づてに広がる予想はしていました。それでも反響は予想より少し大きかったと感じています。

――ユーザーからの反響には、どんな手ごたえを感じていますか?

フロントエンドエンジニアの私としては予想外なのですが、Webデザイナーの人などはもともとフォントなどに詳しく、『ためしがき』のニーズはそれほどないかなと思っていたんです。しかし、実際にデザイナーの友人に聞いてみると、やはりライセンスフリーのフォントをいちいち探すのは手間がかかるし面倒だったみたいで。

デザイナーの人たちには、検索結果が一覧で出ることがすごく便利に感じてもらえたようで、意外とつかってくれています。あとWeb系のクリエイターだけでなく、同人誌などでマンガを描いている人たちも。デザイナーではないものの、デザイン的な業務が発生するような、私たちみたいな人向けにつくったつもりでしたが、考えていた以上に広い範囲でつかってもらえていると感じています。

――これからは、どんな機能を充実させていくつもりでしょう?

当面は細かい機能をちょこちょこと加えていくつもりです。検索がもっと楽になるとか、フォントをフィルタリングできるタグをつけるとか。あと、それとは別に新しくやりたいのが、写真などの背景に文字をのせられるような機能ですね。ブログのアイキャッチ画像をすぐにつくれたり、マンガの吹き出しに文字を入れた時のイメージを確かめられたり、そういったことを考えています。

基本的には『ためしがき』というWebサービスのなかで、フリーフォントを検索して横展開できる仕組みを考えていくつもりです。

会社員だった時期があるおかげです

――クリモは奥様と2人で設立された会社ですが、日常の業務はどういった感じになっているのでしょうか。

妻がメディアを作って運営し、私が技術部分を担当しています。あと受託開発やWebサイト制作の仕事を受けたり、家事・育児をやったり。『ためしがき』に関わるのは、基本的に空いている時間になりますね。

働くのは平日の8時間くらい。家事・育児が15%くらいで、妻のブログの運営を手伝うのが30~40%、受託の仕事は短期でがっつり入ることもあれば、長期でじっくり携わることもありますが、ならして30%くらいでしょうか。残りを自分のWebサービスをつくる時間にあてていますが、これは趣味と仕事を兼ねたようなものです。

奥様が運営しているメディアの一つ、「ほいくびより」https://hoiku-navi.net/

――フロントエンド開発を手がけるようになったのは、前職のカヤック在籍時からでしたよね。

そうですね。カヤックの前職では、パソコンの開発、WindowsOSのカスタマイズ業務を担当していました。その頃から自分でWebサービスをつくりたいとは思っていて、独学で勉強をしていました。カヤックに入社した時点では、いわゆるWeb系の実務に携わったことはなく、未経験転職でしたね。

私は、ものづくりに携わりたくてメーカーに入り、Webサービスに関する最先端のスキルを身につけたくてカヤックに転職しました。やりたいことに仕事として携われ、体系的に学べる環境があったことは、すごくありがたかったと思います。

継続は力なりじゃないですけど、スキルを向上させるうえでは、場所を選びつつ、つくり続けていくことが、やはり近道です。会社員の時期があったおかげで、私は自分がつくりたいものをつくれる足場を整えることができたと思っています。

――『Vue.jsとFirebaseで作るミニWebサービス』という書籍も出版されました。

『Vue.jsとFirebaseで作るミニWebサービス』(著:渡邊 達明、発行:インプレスR&D)

もともとは技術同人誌で、技術書イベントの「技術書典」で売っていたのを、アマゾンなどでも購入していただけるようにしました。Webサービスをつくってみたいけれど、いろいろ難しそうと感じている人でも、読んでもらえれば簡単にWebサービスがつくれるという本です。楽をできるノウハウがあれば、アイデアに集中できる時間も増えて、もっと面白いものがつくれます。それを他の人もつかえるようにすれば、もっといろんな人が楽できますよね。

Perlの開発者であるラリー・ウォールによると、「プログラマーの三大美徳」とは、怠慢(Laziness)、短気(Impatience)、傲慢(Hubris)なのだそうです。エンジニアとしての技術習得を目的とするなら、そこに集中して力を注ぐことはひとつの手ですが、自分のアイデアを世に出したいという思いの優先度が高い人なら、できる部分はとことん効率化しても良いのではないでしょうか。

ものづくりは楽しいです。楽しいことをしようと思う人が増えれば、面白いものが世の中に増えて、世の中はどんどん面白くなっていきます。だから当事者意識とマインドがあれば、そこにはエンジニアとか、クリエイターとか、線引きは必要ないと思います。

――みんながアイデアを実現しやすくなったら、世の中もっと便利で面白くなりそうですね。楽しみです。

インタビュー・テキスト:吉牟田 祐司(文章舎)/撮影・編集:CREATIVE VILLAGE編集部

サービス・会社紹介

ためしがき

https://tameshigaki.jp/

商用利用可能な日本語のフリーフォントをお好きな言葉・文章で試すことができるWebサイトです。
言葉・文章を入力すると、様々なフリーフォントで表示した結果を一度に閲覧することが出来ます。
各フォントの配布元にすぐ遷移可能で、フォントのプレビューをそのままTwitterなどのSNSでシェアすることも出来ます。

株式会社クリモ

CREATE + REMOTE + EMOTION = CREMO
「働く場所にとらわれず、人の心を動かすモノづくりを」そんな思いを社名に込めました。
https://cremo.tokyo/

代表取締役社長渡邊麻奈美取締役副社長渡邊達明事業内容ウェブサイト、各種システム、アプリケーションソフトウェア、各種コンテンツの企画、開発、運営、販売及びそれらの受託及び助言業など