今後のIT活用は業務の円滑化などの”課題解決型”からビジネスを創出する”価値創造型”へ変化すると言われています。※参照:『IT人材白書2018』

この時流から、IT企業のエンジニアとして培った「アップデート主義」を武器に編集長としてコルクBooksで活躍している新進気鋭の漫画家の作品を掲載した雑誌『マンガQ』を2019年2月に創刊するなど、マンガの価値創造を続けているコルクBooks代表取締役社長・萬田大作さんにクリエイティブ業界の魅力と業界で求められるエンジニア像についてお話しを伺いました。

萬田大作(まんだ・だいさく)
コルクBooks代表。無類の本好き。好きな本は火の鳥/まんが道/アルキメデスの大戦/ヒストリエ/忘却バッテリー/戦うプログラマー/ローマ人の物語など。
ナビタイムで経路エンジン開発→フューチャーでITコンサルタント→リクルートで新規事業→コルクCTO→現在。INTJ型

マーケティングしながらコードも書く

―コルクに入る前のキャリアについて教えてください。

まず、20年くらい前にNAVITIMEで経路検索エンジンの立ち上げに携わりました。基礎となる経路検索と地図描画のエンジンをすべて作ったんですよ。

その後、フューチャーシステムコンサルティングでITコンサルに携わり、基幹系のシステムを作っていました。例えば、日本ハムファイターズがサイバーメトリクスを導入したベースボールオペレーティングシステムですね。そのあとは、リクルートで事業開発をしていました。

―「エンジニア」といっても、コーディングだけではなく、マーケティングまで。
そうですね。リクルートではずっと新規事業マネージャーをやっていました。
5人くらいのチームなので、マネージャーとしてチームや事業のマネジメントをしながら、コードも自分で書くんですよ。プロトタイプ作って、マーケティングして、プロダクトフィットしていく、その繰り返しですね。

――エンジニアとしての出発点は。

高校時代、G・パスカル・ザカリーの『闘うプログラマー』(09)と出会ったことですね。
この本はマイクロソフトでWindows NTを開発した「伝説のプログラマー」デヴィッド・カトラーの伝記です。亡くなるまで現役だった上、いいものを作り続けていた彼に大きな影響を受けました。

この本との出会いで「プログラマーとして事業を立ち上げてみたい」というキャリア観が僕に根付くことになります。だからエンジニアという仕事を選ぶのは必然でした。

――コードを書けるのはご自身の強みだと思いますか

コードが書けてマーケティングもできる人はまだ日本には少ない気がしています。

――確かに、アメリカのITベンチャーの創業者は自分でコードを書ける人が多いですが、日本には少ないですね

だからシリコンバレーは成功する確率が高いんだと思います。「魂は細部に宿る」と言いますけど、思想がプロダクトのUI、UXにもろに出るんですよ。

なので、プロダクトが完璧に決まるまでは創業者がコードを書くのが効率的だと思います。メルカリ創業者の山田進太郎さんは、最初の約1年間、自分でコードを書いていたそうなので、僕は2、3年書くことになりそうです笑。

クリエイティブ業界にITのカルチャーをインストールする

――その後、佐渡島庸平さん(コルク代表)との出会いによってコルクへ。

「ITでクリエイティブをアップデートしよう」と佐渡島に言われて、それに共感したんです。
当時はサラリーマンを辞めてエンジニアとして独立しようと思っていたので、クリエイティブ業界に来ることはまったく考えたことがなかったんです。

でも、よく考えてみれば元々本が好きな僕が自分のキャリアを最大限に活かせることに気が付いて。これは一生の仕事になる、やってみよう、と。

――コルクに入ってからどんな仕事を?

いちばん最初にやったのは入退室管理システムの「Akerun」を導入することでした。あとは情報共有ツールの「Confluence」を導入したり…まったくCTOっぽくない! (笑)

でも、かつてのコルクにはITの基盤がまったく無かったので、業務環境からコツコツやっていました。加えて、佐渡島と相談しながら1on1ミーティング等、評価制度を導入することで業務の効率化を進めました。
今まで他業界でキャリアを積んできたから提案できたことだと思います。

――システムだけでなく、クリエイティブ業界のカルチャーも変えて行こうと。

僕は「アップデート(ラリー)主義」なんです。
「アップデート」をマンガ制作で例えると、「描き直し」だと思っています。

そして、描き直しを重ねることで、作者の強みが変化し、上達していく。プログラマーも量をこなすことで速くコードを書けるようになるし、いいアルゴリズムを作れるようになる。このようなクリエイティブ業界にも通じる、エンジニアの文化を持ち込みたいと思ってやっていましたね。

コルクBooksのモデルはソフトウェアの設計図共有サイト『GitHub』

――漫画家コミュニティ「コルクBooks」を立ち上げた理由を教えてください。

構想はコルクに入社したときからありました。「どうすれば未来の小山宙哉や三田紀房を生み出せるか」という、佐渡島と僕の共通テーマから派生したのがコルクBooksです。

――コミュニティ内で活動されている漫画家さんはどのくらいいらっしゃるのですか。

310人くらいですかね。まだプロじゃない人がほとんどですね。
現在、業界内ではマンガ家のアシスタントが約6万人、1回でも雑誌連載したことがある人が約1万人。一方、プロのマンガ家として生活ができているのは100人と言われてるんです。僕らは、漫画家コミュニティ「コルクBooks」をプロになる前の約7万人のクリエイターが、より速くプロになるためのプロダクトにしていきたいと思ってるんです。

――「コルクBooks」でのマンガ制作の特長は?

GitHubにソースコードを非公開にできる機能、プライベートリポジトリというものがあります。これに似た機能がコルクBooksにあって、編集者と漫画家だけが閲覧できるオンライン機能内でマンガを育てていくところですね。

プライベートお題に対してマンガ家がマンガを描く。編集者がフィードバックする。それに応えて描き直す。それを1~2か月くらい続けてマンガを作っていく。2019 年2月に発売した『マンガQ』の掲載作品はすべてこのフローで漫画家と二人三脚で作品を作りました。

――これはコルクをはじめとしたクリエイティブ業界にあったマンガ編集の考え方なのでしょうか。

いえ、この編集方法は完全にITカルチャーから取り入れました。僕はコルクBooksで、マンガ版のGitHubを作りたいと思っているんですよ。

――投稿されたマンガの続きを投稿したり、アドバイスからクオリティアップさせられる「ラリー機能」もそうですか。

これはコミュニティ開発の思想から着想を得ています。コアになるマンガ家が数人いて、ネームやストーリーを描く。彼らが中心になって教えていくことでよりよいマンガ家が生まれていく、と思ってるんですね。

スピード! アップデート! コミュニケーション!

――コルクBooksのメンバーで構成について教えてください。

僕を含めて、社員は3人です。ひとりは僕がリクルート時代から一緒にやっていたエンジニア。もうひとりは超優秀なマーケッターです。全員30歳オーバーで各職種のプロフェッショナルですね。その他約7名はインターンや業務委託など、色々な人の力を借りています。

――コルクBooksの開発に特徴はありますか

作品であるマンガだけではなく、僕ら開発者も「アップデート主義」「ラリー主義」を大切にしています。だから週に2、3回はプロダクトのリリースをしていますね。
去年の3月にプロダクトをファーストローンチしましたが、今はトップページを含め多くの箇所が変わっています。大量にプロダクトリリースをして、ユーザーの反応を見て、ダメなものを捨てていくわけです。アジャイル開発でも普通2週間に1回くらいだから、けっこうな頻度ですよね。

――いちばん大事なのはスピード。そしてアップデートを続けるということですね。

あとはコミュニケーションですかね。ぼくらはコミュニティ「トキワ荘2.0」をつくりたいんです。「未来の小山宙哉や三田紀房を生み出す」という僕と佐渡島の共通テーマのカギは、コミュニティ✕テクノロジーだと考えていて。つまり、理想とするコミュニティに対してどのようにテクノロジーを適用していくか。それを実現するためにはコミュニケーションも重要なんです。

「コルクBooks」を利用しているマンガ家が使いづらい、と感じた箇所をすぐにアップデートするためには、その意見をキャッチアップする、つまりコミュニケーションを取る必要がありますから。

――エンジニアによっては本当にコードを書くだけの人もいますけど、コルクBooksはユーザーのリアクションが直接入ってくる環境なんですね。

僕がクリエイティブ業界でよくないと思うのは、エンジニアを企業内部に置かないことですね。魂をプロダクトの細部に宿らせるためには、クライアントの声を聞いた人がプロダクトに反映させること、つまり企業内部にエンジニアがいることが大事だと思うんです。

クリエイティブ業界はエンジニアを熱望している

――エンジニアにとってのコミュニケーション能力についてどのようにお考えですか。

本質はプロダクトを自分ごととして捉えること。その先にあるのが、ユーザーの不安、不満、不便を取り除くための質問力だと思います。僕は編集者に求められる能力を質問力だと感じるのですが、それはエンジニアも同じだと思うんです。

――これからのクリエイティブ業界に求められるエンジニア像についてどのようにお考えですか。

エンタメの業界はエンジニアを熱望しているはずなので、どんどん飛び込んで欲しいですね。
エンジニアは物事を論理的に考え、課題を可視化させることが得意。クリエイターは作品で人の感情を揺さぶることが得意…両者は補完関係にあると思うんです。

だからその理性と感情の両方を考え、最適化できる人が必要になると思います。

それから、自分が感情を揺さぶられた作品に関係する業界に足を踏み入れることで自分の人生が豊かになる。だから、マンガでも映画でもアニメでも何でも、クリエイティブを愛している人に来てもらいと思いますね。

たとえば僕を例にすると、「コルクBooks」の開発以外にも『マンガQ』のインタビュー記事の編集をしています。編集時は句読点ごとに文章の感情曲線を出して、その文章自体の感情が強いかを分析して、文章を足して、という編集方法をしています。感情の数値化ですね。

――世の中には仕事と好きなものを分けてしまう人が多いと思いますが。

僕がいちばん好きな言葉は、2005年にスティーブ・ジョブスがスタンフォード大学で行ったスピーチの一節です。

Do what you love, Love what you do
(好きなことをやりなさい、やりたいことを好きになりなさい)

やっぱり自分が死ぬ直前に、「僕は好きなことをやり切って死ぬんだ」って言いたいじゃないですか。

――クリエイティブ業界で働きたいエンジニアへメッセージをお願いします。

Netflixが映画の見方を変えた。Spotifyが音楽の聴き方をを変えた。同じように、コルクBooksが本の読み方を変えたい。クリエイティブ業界にはエンジニアの文化が全然入っていないので、チャンスが多いと思いますし、それがやりがいになると思います。

――自分が道を切り開く人になる、という

…なりたいです!。それに、クリエイティブ業界にエンジニアがいっぱい入ることで必ず業界やその先の作品はおもしろくなりますよ。

それは、会社や業界に限られたことだけではなく、マンガや映画やアニメなど、クリエイティブを愛する人にとって素晴らしいことだと思っています。

企業プロフィール

株式会社コルクBooks
これからの漫画家の為のマンガ投稿コミュニティー「コルクBooks」を運営。同テーマに複数人が投稿をしたり、別の漫画家が続きの投稿やラリー(リメイク)をし、フィードバックを貰いながらファンと一緒に作品を作る漫画家の為のコミュニティーづくりを行っている。

『マンガQ』について

2月17日(日)に創刊号が発売された、SNS世代の欲求を満たす”共感系”漫画雑誌。
創刊号には『はなうた~ナースの現場から~』のこしのりょうさん、『どうぶつ翻訳』のやじまけんじさんが参加。さらにシャープさん、たらればさんの総評付き!

取材・ライティング:山根大地/撮影:TAKASHI KISHINAMI/企画・編集:大沢愛(CREATIVE VILLAGE編集部)