欧米で評価の高いゲームを次々にローカライズし、コアなゲームユーザーを中心に知名度を上げているフライハイワークス。最近では『神巫女 -カミコ-』や『ゴルフストーリー』など、Nintendo Switch向けの作品を日本で配信しています。

同社の代表取締役を務めるのは、黄政凱さん。日本生まれで両親が台湾人、後に日本国籍を取得したいわゆる台湾系日本人で、学生時代には台湾での生活も経験している人物です。今回は同氏へのインタビューを行い、日本と台湾のゲーム市場、またローカライズという業態の在り方について伺いました。

黄 政凱(こう・せいがい)
フライハイワークス株式会社 代表取締役
大宮生まれの元台湾国籍。2010年に日本に帰化。幼少時にファミコンの『スーパーマリオブラザーズ』をクリアしてからゲームにハマり、1990年に家族とともに台湾に帰国。セガサターンの『NiGHTS into Dreams…』に心を打たれゲーム業界を目指し、2005年に再来日。
2011年にフライハイワークスを創設。いまは『スプラトゥーン』にドハマりしている。

日本と台湾で培ったゲームの感性

――今回は数多くの作品をローカライズしているフライハイワークスのこだわりをお伺いできればと思います。まず、日本のゲーム業界に携わろうと考えたきっかけから教えてもらえますか?
私の両親は台湾人でして、両親の仕事の都合で私も10歳のときまで日本で、その後25歳までは台湾で暮らし、それ以降また一人で日本に戻ってきました。

ゲームと本格的に出会ったのは台湾での学生時代、セガサターンの『NiGHTS into Dreams…』に触れたときのことです。当時の台湾は典型的な詰め込み型教育で、常に勉強という現実と向き合う環境でした。しかし『NiGHTS into Dreams…』が見せてくれたのは清々しいほどの夢物語で、子供ながらに涙を流す経験をしたんです。

日本には娯楽にここまで情熱をかける人達がいると知ったことがきっかけで、ゲーム業界に入りたいと思い、同時に一生ゲームを楽しみたいとも考えるようにもなりました。ゲームを楽しむためには趣味として遊ぶだけでなく、仕事として関わればお金も入ってくるし、良い循環になるのではと思ったのです。

――『NiGHTS into Dreams…』は日本でも根強い人気を持つゲームですが、黄さんとしてもかなりの影響を受けたんですね。
もちろん『NiGHTS into Dreams…』に限らず、多くのゲームから影響を受けています。最近インターネット番組で『スーパーマリオワールド』をプレイし続ける挑戦をしたところ、5時間程度でクリアしてしまって、視聴者の方に驚かれたこともありました。これはつまり、子供のころの経験が今でも体に染み付いているおかげだと思うんです。こうやってゲームの経験が役立っているのだから、決して無駄ではなかったと感じます。

――当時の台湾というと、日本と比べてゲーム産業が定着していなかったイメージがあります。黄さんはどんな印象をお持ちですか。
今でこそ台湾には翻訳された日本のゲームがたくさんありますが、昔はほとんどありませんでした。当時の台湾はまだまだコンシューマーゲームが定着しておらず、しかもインターネットも普及していないため最新のゲーム情報もありません。ゲームショップは一応あったので、そこに並んでいるものが私にとってのゲーム業界のすべてでしたね。たまたま友人の家にPCとインターネット環境があったので、ゲームの公式サイトをプリントアウトしてもらうこともありましたね。

――フライハイワークスを立ち上げ、ローカライズ中心の業態にしようと考えたのはなぜでしょう。
それもやはり、台湾の状況を見た経験が大きいです。日本のゲームを翻訳して多くの人に届けることが、私がやれることでありやるべきことだと考え、フライハイワークスを設立しました。私は最初から自分のことはクリエイティブな人間だと思っておらず、ゲーム業界で生き抜くためにはローカライズしかないと考えていました。野球で例えれば、スター選手になるのではなく、代走のスペシャリストになろうとする感覚だと思います。

――とはいえ、新しい会社を立ち上げる際には苦労もあったのではないでしょうか。
会社を立ち上げた2011年のときは小規模なデベロッパー、いわゆる“インディー”の動きは少なく、現在のように海外の作品を日本で配信する事業をメインにすることは難しかったです。実績作りの意味も込めて、日本産ゲームの中国語ローカライズなどをしていましたね。実績作りと言ってもそれは大変なもので、どうやったら取引をする会社さんやユーザーさんからの信頼を勝ち取れるのか、たくさんのことを考える毎日でした。

ローカライズの基本は「0人目のユーザー」であること

――海外のゲームを発掘する際にこだわっているポイントはありますか?
翻訳作業だけでなく良いゲームを発掘することも重要な業務ですが、ここに明確な基準はありません。YouTubeで動画を見たり、海外のニュースサイトをチェックしたり、デベロッパーの方々からROMをいただいて触れてみたり、とにかくさまざまな方法でゲームを見聞きして、直感で面白そうだと思った作品にアプローチをかけるやり方です。

そんな中で唯一こだわっているのは、遊んでみたときの最初の手触りです。最初の10分程度でゲームの肝となる部分が分かるゲームは興味を持ちますし、逆にロード時間が長かったり、問題を抱えていたら敬遠しがちです。このあたりの感覚は一般のユーザーさんと同じ気持ちで、自分が面白いと思えなかったら、配信を手掛けようとは考えません。

――直近の作品で黄さんが「これはいける」と感じた作品はありましたか?
3月にNintendo Switchで配信した『ゴルフストーリー』は触る前、映像を見たときから「絶対ローカライズしたい」と決めていました。

早く動いたこともあって無事日本配信できる形になったのですが、苦労も多かったですね。デベロッパーさんも少人数のスタジオで、日本語化する前提の作りになっていなかったのです。ファイルは整っておらず、セリフも男性なのか、女性なのか、一切の情報がなかったくらいです。だから実際に英語版をプレイして、セリフに合ったファイルを検索するという地道な作業の繰り返しでした。

――発掘の方法も気になるところです。普段どんなところをチェックしているのでしょう。
YouTubeで動画を見たり、欧米のゲームメディアを細かくチェックしたり、あとはTwitterなどで「これ面白そう」と何気なく話しているのも気にしています。しかし個人的には大げさなことはやっていない感覚です。ゲームファンなら誰もが取る行動を繰り返しているだけだと思います。私は自分のことをクリエイターだとは思っておらず、日本展開をサポートする「0人目のユーザー」であると考えています。だからデベロッパーの方々に、ユーザーとして意見を伝えるケースも多いです。

カルチャライズは意識しない

――『ゴルフストーリー』について、もう少し詳しく聞かせてください。実際にプレイするとちょっとしたギャグだったり、皮肉だったりが多く登場しますが、日本語化で苦労することはありませんでしたか?

©Sidebar Games

個人的には普通の翻訳をしているだけなんです。例えば外国人にインタビューするTV番組で日本語訳のナレーションが入りますよね。でもあの翻訳は直訳ではなく、自然な形で意訳をしているんです。ゲームもそれと同じで、日本人が一般的に使う言葉をそのまま並べる、自然な意訳へたどり着くんです。これは私だけでなく、翻訳作業を行うすべての人が抱いている感覚だと思います。

同じく日本の文化に合わせるカルチャライズというのも、私としては自然に出来上がるものだと考えています。カルチャライズをしないゲームなんて存在しないですし、することが当たり前なので、逆に意識しないくらいです。

――黄さんは日本とアジア、双方のゲームマーケットに詳しいと思いますが、それぞれの違いを感じることはありますか?
最近になってようやくPS4やSwitchなどで中文化されたゲームを遊べるようになりました。しかし、台湾を始めとしたアジアはPCオンラインゲームや、スマートフォンアプリが中心なのも事実です。コンシューマーはまだまだ文化として根付いていない、というのが率直な印象です。

大きな問題点として存在するのが物価です。日本で5,000円のゲームソフトだと、台湾だと1,600元程度。レート換算するとあくまで5,000円程度ですが、物価感覚で換算すると日本人が16,000円の物を買ったのと同じ感覚になります。正直自分の子供や甥っ子姪っ子にプレゼントとして買えるような金額ではないですよね。さらにハードウェアともなると新卒社員がもらう給料の半分ほどの価格になってしまいます。これを考えると、コンシューマーゲームがハードコアな趣味から抜け出すにはまだまだ時間がかかると思います。

――そうなると、フライハイワークスが配信する安価なダウンロードタイトルは手にとってもらう可能性が高くなりそうですね。
その可能性は常に意識していて、日本語化に加えて中文化できるタイトルはすべて対応できるように努めています。

――一方、日本のマーケットに対して課題を感じることはありますか?
スマートフォンアプリの隆盛によってゲームの可能性が広がり、それ自体は良いことだったのですが、一方でガチャや広告表示に依存したビジネスモデルが出来上がったのは決して良いとは思っていません。ですが最近はユーザーさんがコンシューマーのような、一般的なゲームを求め始めている手応えもあります。

本当に大切なのは英語力より日本語力

――黄さんとしては、日本のマーケットでインディーズのゲームはどのように成長していくと予想していますか?
まず大前提として、私は「インディーズ」という言葉を、他人からそのようにジャンル分けしていただくのは構わないのですが、自らは使わないようにしています。皆さんが聞いたことあるようなメジャーなゲーム会社さんと対比する言葉としては、あくまで「小規模なゲーム会社」と表現するようにしています。この言葉を使うと、なにか「少人数の開発だからクオリティが低くても仕方がない」みたいな、逃げ道になっている気がするからです。またインディーかどうかのジャンル分けは本来ユーザーさんがするもので、メーカー側が自分から言い出すのも違うと思います。

この考えが浸透するかは分かりませんが、いずれインディーズと大作の垣根はなくなってくると思います。私たちが配信するゲームだけを見ても、ジャンル、ボリュームともにさまざまで、それをひとつのジャンルとして語るのはとても難しいからです。ジャンル分けできないのであれば、大手のメーカーさんが発売するゲームと区別する必要もないのでは、という考えです。

――今後ゲームのローカライズ、翻訳に携わりたいと考えている人に向けて、アドバイス等があれば教えてください
英語力より日本語力が大事だと個人的には考えています。限りある文字数で伝えるべきことを伝えるためには、英語の読み聞きより、日本語での表現力のほうが遙かに大切です。例えば「できません」という否定的なメッセージを伝えるだけでも、日本語では「できない」「できかねます」「できん」とバリエーションがありますよね。それに日本語はとても便利で、文字だけで老若男女がある程度ニュアンスを理解できるんです。幅広い日本語のパターンを持っている方が絶対に活躍できます。

――最後に、フライハイワークスとしての目標、今後の展望などを一言いただけますか。
ユーザーさんからお金をいただいている以上、できる限り裏切ることなく良質なゲームを提供していきたいです。幸い地道に活動を続けてきたおかげで、「フライハイワークスのゲームなら大丈夫だろう」と言ってくれるユーザーさんも増えました。そういった声を大切にしていきたいですね。

インタビュー・テキスト:岸 由真/撮影:TAKASHI KISHINAMI/編集:CREATIVE VILLAGE編集

企業プロフィール

「Flyhigh」=高く飛ぶ、飛翔という「夢」を象徴する造語に、「Works」=仕事する、働くという意味の文字を組み合わせました。
夢をかなえるために私たちは仕事をし、いい仕事をするために夢を見る。そんな理想を、「飛翔」と「仕事」を持ち合わせる「羽ペン」に込めてロゴにしました。
「Let’s Works, Let’s Fly, Let’s High!」を合言葉にし、常に楽しくハイテンションに、いい仕事をしていく会社を目指します。

社名:フライハイワークス株式会社
所在地:東京都台東区駒形2-6-7-901
設立年月日:2011年4月12日
代表者:代表取締役 黄 政凱
事業内容:コンシューマーソフトのプロデュース、パブリッシング。日中英文のローカライズ
URL:http://flyhighworks.jp/