『flOw』や『Flowery』といった作品がNY近代美術館やスミソニアン博物館で展示されるなど、ゲームとしてだけでなくアートとしても高い評価を受ける作品を多く生み出しているアメリカのゲーム会社・thatgamecompany(以下TGC)。TGCが2019年にリリースしたソーシャルアドベンチャーゲーム『Sky 星を紡ぐ子どもたち』は、テキストの代わりにアート表現を使った巧みなストーリーテリングや美麗な世界観、そしてゲーム内を訪れる様々なプレイヤーたちとの交流によって、不思議な余韻を持ったゲーム体験を与えてくれます。

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そんな『Sky』のサウンドデザイナーとして活躍しているのが、日本の大手ゲーム会社でサウンドデザイナーとして活躍後、単身アメリカに渡り、TGCの社員として働く水谷立さんです。水谷さんがアメリカに渡った経緯や、TGCのゲームづくりへのこだわり、そしてサウンドチームが『Sky』に込めた工夫についてお話を聞きました。

――水谷さんがTGCに入社したのは、2009年のゲーム作品『Flowery』をプレイして衝撃を受けたことがきっかけだったそうですね。当時のことを思い出してもらえますか?

『Flowery』は後にも先にもないくらいの衝撃を受けたゲームでした。このゲームはテキストを用いない体験の中ですごく心に残るストーリーテリングが行なわれていて、自分の感覚と直結するような操作性も印象的でした。また、高いレベルでプレイと同期する音の表現にも魅了されて、すっかり惚れ込んでしまったんです。そして、ゲームをクリアしてスタッフロールを見ていたときに、「ここに自分も入りたい!」と思いました。「自分が受けたこの衝撃を、誰かに体験してもらえるような仕事を自分もしたい」「クレジットで名前が流れるこの人たちと、一緒にものづくりをしてみたい」と思ったんです。そして気付いたらTGCに履歴書を送っていて、(TGCのオフィスがある)ロサンゼルスにいた、という感覚です。

――それだけ強く惹かれたのですね。とはいえ、水谷さんはもともと『ファイナルファンタジーXI』や『ドラゴンクエストX』といった人気作品にサウンドデザイナーとしてかかわられていました。新たな一歩を踏み出すのは、勇気のいることだったのではないでしょうか?

『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』は、自分自身小さな頃に夢中になって遊んだ作品ですし、ビデオゲームの歴史の中でも大きな意味を持つ作品だと思うので、スタッフとして携われたことは、今でも非常に誇りに思える、夢が現実になるような体験でした。一方で、当時は世界的にインディーゲームの潮流が生まれていた頃で、それまであまり挑戦する人がいなかった様々な表現方法が試みられて、ゲームデザインの可能性が、大きく広がった時期でもありました。そこで僕も、「まだ誰も見たことがないものを届ける」という難しい挑戦に、チャレンジしてみたいと思ったんです。そういった思いが一番大きかったと思います。

「音もゲームの感情表現を担う要素」という考えを持つTGCに惹かれて

――TGCの様々な作品と同様に、『Flowery』は効果音などもゲームの重要な部分として組み込まれている、サウンド面でも非常に刺激的な作品だったように感じます。
TGCの作品は単に「世界観に合った音楽がプレイ中に鳴っている」ということではなく、「音楽も効果音も、ゲーム体験も、UIのようなものも含めてすべてが感情体験である」「TGCの伝えたいメッセージを表現する要素である」ということを目指してつくられています。そういったことが、今言っていただいた印象に繋がるのかもしれません。『Flowery』の次作に当たる『風ノ旅ビト』では、ゲーム音楽のサウンドトラックとして初めてグラミー賞にノミネートされ、ゲーム音の枠組みを越えて多くの人に認知されました。また、『Flowery』のエンドロールがゲーム体験と地続きになっていて、ただ見るのではなく、自分で操作ができるものになっていたのも印象的でした。その中で作品に携わった人の名前が表示される様子が、純粋に「かっこいい」と思ったのは大きかったです。

――それで渡米されて、TGCで働きはじめたのですね。日本とアメリカでは文化なども大きく異なると思いますが、渡米以降、その辺りの違いを感じることはありましたか?

そもそも私は日本生まれ日本育ちで、渡米する前は日本で30年以上過ごしていましたし、英語も受験勉強をして以降ほとんど使ったことがないような人間でした。

――英語が得意なわけではなかったんですね。

そうなんです。そこで、アメリカに来てから業務の合間に英語を勉強しました。他にも、日米の違いというより会社ごとの違いだと思いますが、TGCはWindowsではなくMacで制作していましたし、入社当初は小さな会社で、全員がプログラミングの作業も兼ねていました。専任のプログラマーやエンジニアもいましたが、素材をゲーム内に実装する比較的単純な作業は、デザイナーやアーティストがゲームコードに直接アクセスして行なっていたんです。渡米直後は、普段の仕事に加えて、リアル言語の勉強とコンピューター言語の勉強、そしてMacの勉強……と、やらなければいけないことが一気に増えました。

――それは大変そうですね……。当時の水谷さんは、そういったことも苦にならないくらいTGCでのお仕事に夢中になっていたんですね。

いえ、正直に言うとすごく苦にしていましたし、最初の半年間は「とんでもないところに来てしまったかもしれない」と思っていました(笑)。業務上学習することがたくさんある中で、普段の生活もたくさん失敗しながら慣れていく日々だったので。でも、自分はTGCの作品のファンで、チームのファンでもありましたから、「最低でも1作品、自分が携わったものがみなさんに届くところを見届けたい」と思っていました。それに、日本を出る際に前職の仲間や友人など、色んな方に温かいメッセージをいただいたので、「英語が難しくてやっぱり帰って来ました」とは流石に言えないな、とも思っていました。辛いときは日本のアニメを見たり、日本食レストランにラーメンを食べに行ったりと、アメリカでも触れられる日本的なものからエネルギーをもらって頑張っていたのを覚えています。

サウンドは「プレイヤーの感情起伏」から考える

――では、水谷さんがかかわられている『Sky』のサウンドデザインについて詳しく教えてください。開発時、サウンドの方向性についてはどんなふうに考えていったのでしょう?

効果音ひとつひとつに、細かいオーダーがあったわけではありませんでした。これはすごくTGCらしい制作の進め方なんですが、入社して最初に説明を受けたのは、「ゲーム全体を通じて、どういった流れでプレイヤーの感情を動かしたいか」ということでした。まずはゲームをはじめた瞬間から、物語の一旦の締めくくりとなるエンディングまでの感情の起伏を考えることから作業がはじまりました。ステージごとに「ここはプレイヤーに勇敢さや力強さを感じてほしい」「ここは心細さや大きな世界と対峙したときの自分の小ささ、他のプレイヤーと繋がる大切さを感じてほしい」と考えながら音の世界観を設計していきました。

――TGCのゲーム作品に感じる独特の魅力はそんなふうに出来上がっているのですね。

ただ、一方で『Sky』はソーシャルゲームなので、プレイヤーのみなさんが集うことで、自分たちが想像していなかった遊び方を見つけてくれることもあります。そういった場合も、みなさんの意見を柔軟に取り入れていくという姿勢はTGCの特徴ですので、様々なご意見をいただきながら改善していけるのは、ライブサービスのゲームならではの魅力だと思います。

――水谷さんの中で印象的だった「想定外の使われ方」といいますと?

『Sky』ではプレイヤーが好きな楽器を選んで他のプレイヤーと演奏できますが、楽器機能を初めて導入するために自分でテストしていたときは、ゆっくりとした旋律を奏でながら、背景に流れている音楽やその空間での響き方をチェックしていました。ですが、実際に実装してみると、当初は想像していなかったレベルで、それぞれの楽器を本物のように演奏してくださる方がたくさんいたんです。小さな画面の中に表示されるUIではありますが、両手を使ってフルに鍵盤楽器を演奏するよりもたくさんの和音を重ねた演奏をしてくださって、「同時に鳴らせる音が少ない」という声を聞いて初めて、「こんな使い方をしてくれるんだ」と驚きました。

――他にも、水谷さんがサウンドデザインの面でこだわった部分を教えてください。

TGCが大切にしているのは「ゲームを通じて感情を伝える」ことなので、効果音でもそれをベースにデザインするのは大切な要素でした。また、『Sky』は世界中のたくさんの人々が行き交う、人生の大切な時間をともに過ごすための場所でもあります。ゲームでありながら色々な出会いがあって、人々と繋がることができる。だからこそ、「サウンドデザインが心地よい他者との繋がりを阻害する要因になってはいけない」ということは意識しました。

――具体的には、どんな工夫がされているのでしょう?

ひとつ例を挙げると、『Sky』には言葉が通じない国や地域の人同士であっても交流できるように、様々な「感情表現」と呼ばれるエモート機能が存在しています。すごく細かな仕様ですけれども、実はこのエモートは、短い間隔で連打すると音が小さくなるように設計されているんです。『Sky』の世界は現実世界ではないため、中には本来現実ではやらないような行動をする方がいらっしゃいます。もちろん、ユニークな感情表現ができるのはソーシャルゲームならではの面白い要素ですが、知らない人から近距離で何度も怒るエモートや悲しむエモートを連打されると、ゲームに対して「恐い」という気持ちを抱く方も出てくるでしょう。そこで、ゲーム内でのハラスメント行為が起きにくくなるような仕様を、自然な形で取り入れました。

――なるほど。『Sky』が理想とするコミュニケーションの形が、サウンドデザインの面でも表現されているのですね。

「できる限り、『Sky』の世界でのコミュニケーションに参加される方にとって心地よい空間にしていきたい」ということは、日頃から強く思っていることです。

世界中を旅する気分になれる「バーチャルコンサート」への挑戦

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――12月9日からは大型イベント「AURORAの季節」の一環で、「Sky」×「AURORA」バーチャルコンサートも開催されています。この企画が実現した経緯について教えてください。

もともと『Sky』とオーロラさんには深い関係性がありました。『Sky』はテキストで説明する場面が少ないゲームなので、声を使った歌詞が存在する音楽の数も限られていて、最初に訪れる「孤島」エリアで流れるものと、エンディングからスタッフロールに移るまでの間の2箇所だけ、声が入った音楽が用意されています。そして、その2つを担当してくれたのが、ノルウェーのシンガーソングライター・オーロラさんでした。つまり、オーロラさんはゲームのはじまりと、一旦のストーリーの締めくくりとの両方にかかわってくれています。そして今回、大型イベント「季節」のひとつとして「AURORAの季節」を行なうことになり、『Sky』が目指す「言葉や国や地域を越えて人々が繋がって、感情を共有する」というテーマに共感いただいて、ゲームづくりの段階から一緒に取り組んでいただきました。

――その中で、コンサートを開催するというアイディアが出てきたんですか?

そうなんです。オーロラさんは素晴らしいシンガーソングライターですし、私たちとしても「コラボレーションするならぜひ歌が聴きたい」と思っていました。そこで、季節イベントのクライマックスとしてオーロラさんの楽曲を体験する場面をゲーム内につくろう、というアイディアが生まれました。これは企画の初期段階からゴール地点として用意されていたことでした。オーロラさん自身も季節のストーリーや、先ほどにも出てきた「感情表現」の新しいエモートなど色々なアイディアを出して熱量高く取り組んでくださって、TGCのものづくりと、オーロラさんのクリエイティビティやパーソナリティが、とても高いレベルで結実したと思っています。本当に楽しく作業が進みましたし、開発チームのアイディアをさらに広げてくれるような、とても素敵なコラボレーションでした。

――近年、ゲーム内で行なわれるコンサートは様々なものが増えていますが、今回のようにゲーム内の物語と深く結びつく形で開催されるケースは、なかなかないものですね。

ゲームは「インタラクティブな体験のメディア」です。そこで、ゲームならではの双方向的な魅力を、コンサートを通してどんなふうに体験してもらうかを考えました。その結果生まれたのが、ゲーム内の会場でただコンサートを見るのではなく、プレイヤーが物語を主体的に体験する中で、楽曲が物語を持って登場するような今回のコンサートの形でした。また、4000人以上の世界中のプレイヤーが同じひとつの画面上で繋がれることも大きなポイントです。ひとりひとりが物語に登場するキャラクターであると同時に、数千人のプレイヤーと同じ物語を体験しながら、それぞれに繋がったり交流したりできる。そういう意味で、「まだ誰も体験したことのないコンサートをつくろう」という壮大な目標を掲げてプロジェクトを進めました。コンサートはメイン会場である峡谷エリアの円形劇場にとどまらず、『Sky』の世界をオーロラさんと巡る音楽の旅のような体験となります。ひとつのコンサートを通じて、世界中を旅するような雰囲気を味わっていただけると思います。

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――現実のコンサートにはその形ならではの魅力があるのと同じように、バーチャルコンサートにはバーチャルでしか体験できない魅力がありますね。

もちろん、バーチャルコンサートでは観客のみなさんが例えば声援を送るなど物理的に参加することは現実的ではありません。ですがそれ以上に、自分自身が音楽や作品の一部として存在するという体験が可能です。最初は不安もありながら開発を進めていましたが、βテストの際、クライマックスで流れる楽曲を数千人のテスターの方々と体験したときに初めて、「バーチャルなコンサートが、現実の会場でアーティストを目の前にして行なわれるコンサートを超える体験になりうる」という実感を持つことが出来ました。この記事が出ている頃には様々な方が体験してくださっていると思うので、どういった感想をいただけるのか楽しみにしています。

プレイヤーの想像を広げられるように音で創意工夫を

――ご自身はクリエイターとして今後どんなふうに活動していきたいと思っていますか?

サウンドデザイナーとしても、TGCのチームとしてもそうですが、『Sky』というタイトルにおいても、まだまだ実現したいことがたくさんあります。たとえば「AURORAの季節」では、新アイテムとしてオーロラさんの声でプレイヤーが歌を歌える楽器を実装しました。これは楽器のためにオーロさんの声のレコーディングをさせていただいて、オーロラさんと一緒につくったアイテムです。プレイヤーがそれぞれに好きな形で、自分自身を表現するために「声」の素材を使えるのは、『Sky』の中では新しい挑戦になりました。

『Sky』は多くの人々が繋がって、交流して、絆を深めていくゲームです。ですから「こんなにすごいものができました。ぜひ楽しんでください!」ということだけではなく、プレイヤーのみなさんの想像力を広げられるような、様々な創意工夫を持って自己表現してもらえるような仕組みを、音の面から取り込んでいきたいと思っています。音を通じてひとりひとりが自分らしい表現を実現できて、それを様々な人々とシェアすることで輪が広がっていくようなムーブメントを、『Sky』の中でつくっていけたら嬉しいです。

インタビュー・テキスト:杉山 仁/撮影:SYN.PRODUCT(Kan)/企画・編集:向井 美帆(CREATIVE VILLAGE編集部)