メタバースと呼ばれるバーチャル空間が注目を集めています。近い将来、会議やバーチャルオフィス、イベント開催など、ビジネスや日常生活に密接に関わり、メタバース空間で活動するスキルは必須となっていくでしょう。そんな中、群馬県が運営する小中高生対象のデジタルクリエイティブ人材育成拠点「tsukurun」で、中高生が自作のアバターを制作し、実際にメタバース空間に入ってみるというイベントが開催されました。当日の様子や参加者の感想、tsukurunの日頃の活動をレポートします。

自分の好きなアバターを中高生がゼロからつくりあげる

2025年3月30日、群馬県前橋市、前橋駅前のビルにある「tsukurun」では、中高生11名が真剣な表情でパソコンに向かっていました。1か月かけてゼロから自分でつくり上げたアバターで、メタバース空間「VRChat」にデビューを飾るのです。

「VRChat」は、特別な機材なしでも楽しめるメタバース空間。自分の分身である「アバター」を通じて「ワールド」と呼ばれる空間を自由に移動し、世界中から集まった人と会話やゲームを楽しむことができます。ワールドは、現実の世界でたとえれば、公園や友人同士が趣味で集まる部屋のようなもの。VRChatには、世界中の利用者がつくった9万以上のワールドが存在しています。アバターには、最初から用意されているものもありますが、オリジナルアバターならば、顔や服装、キャラクターなど、自分を自由に表現してメタバース空間をより楽しむことができるのです。

人気VTuberと共に、VRChatのテーマパークへ

思い思いの発想のアバターで、さっそくVRChatで動き回りたいところですが、まずはVRChatにオリジナルアバターをアップロードするところから。「アップロード」というと、「ドラッグ&ドロップ」で簡単にできるようにイメージしがちですが、アバターのアップロードは、専門的なツールが必要になり決して簡単ではありません。この日は、講師のioさん、tsukurunスタッフの指導のもと「Unity」というゲーム開発で使用するツールを使いました。

皆、無事に難関をクリアして、いざメタバース体験開始です。VRChatははじめてという受講生がほとんどの中、講師のioさんに加えて、頼もしい特別ゲストも登場いただけました。Vtuberの、江戸レナさん(※1)と東雲めぐさん(※2)です。前橋のtsukurunにいる中高生たちと、それぞれの場所からアクセスするお二人は、まずtsukurunのワールドである「tsukurun meta tower」に集合。さっそく、歩いたり走ったりジャンプをしたりと、アバターを自由に動かしてみます。初めはうまく動かせない受講生も操作をしてみればすぐに慣れて、ダンスを楽しむアバターも見られます。今回訪れるワールドは、VRChatで人気のテーマパーク「ぽこピーランド」(※3)。遠足のように皆で連れ立って向かいますが、バーチャル空間での移動は一瞬です。

※1江戸レナ
歌を中心に活動するVtuber。Creative Academyで学習しアバターは自作のもの。
https://lit.link/edolena

※2東雲めぐ
2018年からVtuberとして活動。作詞作曲や絵本制作も行うマルチクリエイター。
https://www.youtube.com/megu_room

※3「ぽこピーランド」
YouTubeの『ぽんぽこちゃんねる』を中心に活動する「甲賀流忍者ぽんぽこ」と「オシャレになりたい!ピーナッツくん」の2匹組Vtuber「ぽこピー」によるテーマパークワールド。2023年3月にオープンし、幅広いユーザーに親しまれている。

アイテム追加でおしゃれをして、アトラクションも楽しむ

ぽこピーランドは、現実のテーマパークのように、帽子やカチューシャ、スカーフなどのアイテムでアバターにおしゃれをすることができます。帽子をかぶったり、アイテムをつけたり、という操作は、大きさや場所の調整も難しく、おかしな向きになってしまうこともありますが、それもご愛嬌。皆でわいわいと変身ぶりを見て楽しみます。記念のプリクラを撮ったり、ジェットコースターに乗ったりと、没入感のあるメタバース空間は、パソコンの前に座っていながら現実のテーマパークに飛び込んだかのようです。パーク内にはなんと「サウナ」も。最後に「ととのえて」、遠足は終了。tsukurun meta tower に戻り、全員で記念撮影をして解散となりました。このVRChatでの様子は、東雲めぐさんのYoutubeチャンネル「Meguroom」で生中継され、視聴者からは、「自分でオリジナルのアバターをつくったなんてすごい」「6回の講座でつくれるとは!」「将来有望だ」といったコメントが寄せられました。受講生は「自分の頭でイメージしてつくったものが実際に動いたのを見て感動した」「VRChatが話題になって興味を持っていたので楽しかった」と、目を輝かせながら話してくれました。

tsukurunとC&R社のコラボで実現した、初心者でも挑戦できる専門的な講座

このイベントが行われた講座は「自分だけのオリジナル3Dアバターを制作しよう!!」。外部講師として、クリーク・アンド・リバー社(C&R社)が参画した特別講座です。全6回の内容は以下の通りです。

第1回 プロが教える2Dコンセプトデザイン 
第2回 blenderで実践!基本操作とモデリング
第3回 Day-1 でデザインしたアバターをモデリング!①
第4回 Day-1 でデザインしたアバターをモデリング!②
第5回 アバターのブラッシュアップ!
第6回 VRChatイベント! 制作したアバターをVRChatで動かそう!

第1回で、自分のイメージを2Dのイラストで描き、第2回から5回にかけて、立体にして動きをつける方法を学んでいきました。C&R社は、クリエイティブ人材のエージェンシー事業や、映像・ゲーム業界でのプロデュース事業を展開する他、ゲーム・CG業界のプロを育成するオンラインスクール「C&R Creative Academy」も運営しており、クリエイティブ業界で活躍する方々が、講師として後進育成にも尽力されています。

一人一人のやりたいことを叶える指導。パソコンに不慣れでも安心して学べる

第2回以降を担当した3Dクリエイターの松浦稔さんは、「生徒さんたちが自分でデザインした通りのものをつくれることを大切にしました。全員デザインが違うので、引っかかる場所も違います。一律に同じことを教えるのではなく、一人一人のやりたいこと、わからないことに合わせて進めていきました」と説明します。中学生・高校生が対象ということで、パソコン操作に慣れていない人への教え方にも苦心したそうです。一人一人の操作状況を確認しつつ、合間合間にキーボードの絵を見せて「エスケープキーはここですよ」などと示すことで、途中で迷子になる人が出るのを防ぎました。パソコン初心者でも、オリジナルアバターをつくってVRChatで動かすところまでできるのですから、その指導成果には驚かされます。受講生からも「それぞれのペースに合わせてくれて、わからないことはちゃんと聞けてやりやすかった」という声が聞こえました。

完全無料で、ゲームやアニメを“つくる側”になれる場所

tsukurunは、群馬県が運営する、小中高生を対象とした最先端のデジタル機材やソフトウェアで創作活動ができる施設です。前橋駅前のビル内に設置され、桐生市と県内3つの高校にサテライトもあります。マネージャーを務める滝澤尚貴さんは、tsukurunを「普段、皆が遊んでいるゲームや見ているアニメを、今度はつくる側になれる施設」と子どもたちに説明していると言います。

スキルを持ったスタッフから丁寧に指導を受けられるので、とりあえずさわってみるところから始めて技術を覚えていくことができます。自由に好きなものに取り組める場所ですが、それだけでは目標が見つからないという子どもも多くいたため、「デジタルイラスト」「3DCG」「ゲームプログラミング」の3コースに分けて体系立てたカリキュラムも用意しています。このtsukurunクリエイティブクエストは、参加者募集を開始するとあっという間に席が埋まってしまうという人気ぶり。そして素晴らしいのは、利用も講座も完全無料という点です。「今までお金を取ったことは一度もないですよ」と滝澤さん。初期には学校に配布したチラシで知って利用する人が多かったところ、最近は口コミで評判が広がっています。

いつか修了生がプロとして活躍し、外部講師となって帰ってきてくれる


こうした日頃の活動のほか、今回のアバター制作講座のような外部講師を招いたセミナーや、クリエイティブ業界で活躍する人を招いての講演、作品コンテストなども開かれています。現在は短期間でできるテーマでのイベントや講座が大半ですが、長期に取り組むプログラムも開発したいと滝澤さんは考えています。「年間を通した講座や、2〜3年かけてVRChatのワールドをつくる、皆でゲームを開発しリリースする、なども目指したいですね」と夢は広がります。さらに「5年後、10年後には、tsukurunに通ったメンバーが、ゲームや動画などの業界に入って、外部講師として帰ってきてくれたら」とも話します。これだけの充実した環境があるのですから、きっと将来、多くの先輩たちが業界で活躍し、戻ってきてくれるでしょう。

参加者インタビュー・講師

松浦 稔さん

3DCGクリエイター 第2回〜第6回講師
パソコンをさわることが初めてという人もいましたが、頭で考えたものを、絵にして、立体にして、動かすところまで到達できました。皆、能力が高いと思います。今回の講座で経験したことは、手順に従って組み立てていくような型にはまった活動ではなく、自分の頭の中にあるイメージやコンセプトを形にしていくクリエイティブな活動です。何かをつくる過程で一生懸命考えることは、他のことにも役立ちますし、人間として成長する土台にもなるものです。このアバター制作をきっかけに、こうした「つくる」ということに、より興味を持ってくれたら嬉しく思います。3DCGの分野に限らず、さまざまな分野で何かしら「つくる」ことをぜひ続けていってください。

ioさん @Iryu_Ozora(https://x.com/Iryu_Ozora

3DCGクリエイター 第6回講師
私自身、クリエイターであり日頃からバーチャル空間を楽しんでいる身として、生徒さんが初めてつくったアバターで自由に動き回り楽しんでいるところを見られて、とても嬉しくなりました。創作やバーチャルの活動を楽しんで継続していってほしいと思います。今回つくったものをさらにブラッシュアップするのでもよいですし、別の新しい創作活動に挑戦してみるのもよいでしょう。私が何かを表現することを本格的に始めたのは、専門学校に入ってからでした。もっと早くにその手段を教えてくれるtsukurunのような環境に巡り会えていたら、どんなによかったかと思います。この経験と環境を活かして、新しい挑戦をしてくれれば嬉しいです。

参加者インタビュー・受講生


(左:S・Iさん 右:K・Yさん)

S・I さん 
中学3年生(2025年度から高校1年生)
VRChatに興味があり、学校で講座案内を見て「ちょうどいい、やってみたい!」と思って参加しました。tsukurunの存在は知っていましたが利用するのは初めてです。やりたいと思ったときにその熱量のまま挑戦できる環境があるのはすごくいいなと思います。アバターは和服とメイド服を組み合わせた和洋折衷をコンセプトにデザインしました。粘土のように立体をつくる感覚がとても楽しかったです。僕は2回、欠席をしてしまったのですが、松浦先生に昨日の夜遅くまで手伝っていただいて完成させました。先生には感謝しかありません。以前からの作曲活動をしていますが、CG制作の技術も高めて、映像と音楽を組み合わせた総合的なクリエイティブにも挑戦したいと思います。

K・Yさん 
中学2年生(2025年度から中学3年生)
普段からよく3DCGを使った動画をよく見ているので、親がこの講座を知ってすすめてくれました。私のアバターは、自分の好きなものをたくさん詰め込んだデザインです。お花、三つ編み、そしてかわいさをプラスするためにツノもつけました。オリジナルデザインを考えるのがとても楽しかったのですが、空間を認識するのは難しいと思いました。2Dの画面上で3Dのものをつくるという感覚がなかなかつかめなかったですね。思い通りにならないところもあるけれど、自分でつくったものを動かせた達成感はいっぱいです。よい経験になりました。3Dだけでなく2Dのイラストにも興味があります。クリエイティブな活動をずっと続けられる趣味にしたいので、今後も上達していきたいと思います。