本記事は、10月19日(日)に「虎ノ門広告祭」で開催されたセッション「本当は教えたくない体験設計」のレポート。【前編】では、辰野アンナ氏(PRプランナー)が語る「拡散される言葉と瞬間」の作り方、そして杉山芽衣氏(アクティベーションディレクター)が語る「界隈理解」に基づいた熱狂的なファン体験の設計について紹介した。【後編】では、残る2名のクリエイター、小板橋瑛斗氏とひや氏の視点を通して、体験を「記憶」として定着させ、外の世界へ「誘引」するための秘訣を解き明かす。

登壇者
辰野 アンナ 氏: PRプランナー(株式会社電通)
杉山 芽衣 氏: アクティベーションディレクター(博報堂 クリエイティブ局)
小板橋 瑛斗 氏: 体験作家 / プランナー(CHOCOLATE Inc.)
ひや 氏: SNSクリエイター

体験作家の視点「感情から理解へ導く『記憶』の設計」


小板橋瑛斗氏は、イベントの企画を通じて、人の「良い記憶」を作りたいと語る。参加者をただ楽しませるだけでなく、感情の動きを巧みに設計し、最終的にブランドへの深い理解と記憶へと繋げる小板橋氏の手法を紐解いていく。

「右脳入口、左脳出口」で作る

小板橋氏はこの「右脳入口、左脳出口」という独自の概念に基づき、体験を設計しているという。まず、理屈抜きで心を掴む「右脳的」な体験で参加者の興味を最大化し、その上で伝えたいメッセージや情報を「左脳的」に届けるのだ。

右脳入口 (感情のフック):美しい景色、五感に訴える体験、驚きなど、理屈抜きで「すごい」「楽しい」と感じる要素
左脳出口 (論理的な着地):商品情報、ブランドの物語、社会的なメッセージなど、理解や知識に繋がる要素である。

例えば、アース製薬のイベントでは、まず「世界一!?不快なイルミネーション」という不可解で美しい光の空間(右脳入口)で来場者を惹きつける。そして、その光の正体が実は家に潜むダニの数だと明かすことで、ダニ対策の重要性というメッセージ(左脳出口)を強烈に印象付けた。

能動体験の連鎖を設計する

優れた体験は、参加者を傍観者にさせない。サントリーの『BARグラスとコトバ』では、美しいグラスが並ぶ空間で、まず自分に合う「言葉」を選ぶという能動的な行為から体験が始まる。この「自分で選んだ」という事実が、その後に提供されるカクテルを「自分ごと」として捉えさせ、バー文化への興味を自然に引き出すのだ。小さな能動体験を連鎖させることで、参加者を物語の主人公に変えていく。

体験づくりは「良い記憶」づくり

この哲学に基づき、小板橋氏は記憶に残りやすい「最初」と「最後」の演出を特に重視している。会場に入った瞬間の「わっ!」という驚き。そして、帰る時に持ち帰れる知識や感動、あるいは物理的なお土産。これら一つひとつが「良い記憶」を構成するパーツとなる。スタッフの振る舞い一つでさえ、記憶の質を左右する重要な要素だと考えている。

体験を内部から緻密に設計する小板橋氏の視点は、参加者の心に深く刻まれる物語を生み出している。

SNSクリエイターの視点「『友達』として魅力を伝え、現地へ誘う」


ひや氏は、数々のイベントを訪れ、その魅力を参加者目線で動画にして発信する人気SNSクリエイター。イベントの作り手側が見落としがちな「実際に来た人がどう感じ、どうシェアしたくなるか」という視点でコンテンツを作るひや氏のこだわりとは何だろうか。

動画冒頭の言葉でフックを作る

多くの人が動画を高速でスワイプしていく中で、足を止めてもらうには強烈な「フック」が必要だとひや氏は語る。イベントの最も驚きのある部分や、最も魅力的な体験シーンを動画の冒頭に配置する。まず感情を揺さぶり、視聴者の「知りたい」という欲求を掻き立ててから、詳細な情報を伝えるという構成を徹底している。

動画自体も「参加型」に

ひや氏の動画は一方的な紹介に留まらない。例えば、展示作品のタイトルを隠して「これ、なんだと思う?」とクイズを出したり、面白い展示に「誇張しすぎじゃない?(笑)」とツッコミを入れたりする。このような演出は、視聴者にまるで友達と一緒にイベントを楽しんでいるかのような感覚を与え、「私もそう思う!」といったコメント(エンゲージメント)を自然に引き出すのである。

あえて「体験の続き」を隠す

ひや氏の最大のこだわりは、来場を促すための「余白」を作ることにある。例えば「世界一!?不快なイルミネーション」の動画では、それが「不快」である理由、つまりダニの存在には一切触れなかった。そして「真相は、ぜひ現地で確かめてみて」と締めくくる。この「謎」が、視聴者の好奇心を刺激し、実際に足を運んでもらうための最も強力な動機となるのだ。

最高の体験は、多様な視点から生まれる

前編・後編を通じて紹介してきた4人のクリエイターたちのアプローチは、それぞれ異なる目的と手法を持っているが、イベントの成功には、「誰に、どんな気持ちになってほしくて、最終的にどんな記憶を持ち帰ってほしいだろうか?」という目的に応じて、これらの視点を柔軟に組み合わせることが重要であり、成功への鍵となりそうだ。

取材・テキスト:向井美帆

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