富山県立富山商業高等学校(以下、富商)が取り組むデザイン思考を軸とした教育改革が、大きな成果を挙げている。2024年度には県内で志願倍率1位、2025年度も2位と、2年連続で定員を上回る結果となった。背景には、デザインファームであるhyphenate株式会社(本社:東京都千代田区)とともに進める教育プログラムの革新がある。
この取り組みは、2021年に始まった。従来の「正解を教わる」学びから脱し、生徒が自ら問いを立て、考え、行動する「自分ごと化された学び」へと転換するものだ。テーマに選ばれたのは、誰にとっても身近な「制服」。生徒たちは、自分が本当に着たい制服とは何かを考えるところから授業をスタートさせた。
生徒たちは、インタビューを通じて情報を集め、自分の体型に合わせた制服の丈を調整しながら、試作品を何度も繰り返し作成。仮止めには安全ピンを用いるなど、試行錯誤を前提とした「ダーティープロトタイプ」の手法を実践した。当初は「ダサい」と感じていた制服も、フィードバックを重ねる中で「体型に合っていないことが問題だった」といった本質的な気づきが生まれた。
こうしたプロセスを通じ、生徒は表面的な批判から一歩踏み込み、校則や制服のルールそのものにも疑問を投げかけるようになった。「制服のルールは30年前のままだった」「ひざ下丈は不良に見えないようにするための措置だった」といった背景を掘り下げ、ルール自体を再設計する試みも行われた。生徒と教員が対話を重ねた結果、制服の自由化やジェンダーニュートラルへの対応など、ルールの見直しが現実のものとなった。
この教育改革は、段階的に発展してきた。2021年度はデザイン思考の基礎導入に始まり、2022年度には制服刷新をテーマに本格的なプロジェクトが始動。2023年度は実際の制服リニューアルを通じて学びを深め、2024年度には「理想の会社」という新たなテーマで、問いを立て、仮説を検証する力を育成した。2025年度には地域資源を生かした商品開発にも挑戦し、学びはさらに社会と接続するものへと進化している。
学びの成果は、教室の外にも広がっている。生徒たちは商業実践イベント「TOMI SHOP」で、自ら考案した新制服のファッションショーを開催し、その内容は演出から台本まで全てが生徒主体で作られた。またオープンハイスクールでは中学生を巻き込み、新制服に対する意見交換や投票を実施。自らのアウトプットが社会と接点を持つことで、学びの実感が一層深まった。
富商の安田隆教諭は、この取り組みを通じて生徒たちの変化を強く実感しているという。「社会課題を発見し、行動し、新たな価値を創造できるアントレプレナーシップを持ったチェンジメーカーの育成が目標です」と語る。生徒が「どうありたいか」というビジョンを持ち、前例のない挑戦に主体的に取り組む姿勢が、教育の本質的な成果だと指摘する。
hyphenateは、デザイン思考を「問いを立てる」「見直す」「創造する」という3つの力に集約し、それを育む場を今後も広げていくとしている。学びを社会とつなぎ、未来を自らの手でデザインできる人材を育てることが、これからの教育に求められている。富商とhyphenateが示したこのモデルは、地方の公立高校における新たな教育の可能性を切り拓いている。