技術の進歩、ハードウェアの発達などにより、VR技術はさまざまな分野で導入が広がり、特に教育や研修分野での活用が進んでいます。そんな中、防衛医科大学校で防衛医学、救急医療を教える清住哲郎教授は、VRを活用した教材を、外部に発注するのではなく自分自身でつくり、その成果は学会でも注目されています。プログラミングの知識なしでできる教材制作システム『シナリオ分岐型教材制作システム』の開発・販売を行なっているのはクリーク・アンド・リバー社(以下C&R社)。営業担当の大石優真氏とディレクション担当の橋本大介氏を交え、開発の工夫やVR教材の効果を伺いました。

防衛医科大学校 医学教育部医学科教授
清住哲郎

1992年防衛医科大学校を卒業後、海上自衛隊の医官として、全国の部隊、自衛隊病院等で勤務。専門は救急医学。海外派遣や災害対応の経験も多数。2017年から現職、防衛医学講座を担当する。
株式会社クリーク・アンド・リバー社 デジタルコンテンツグループXRディビジョン
大石優真

法人向けXRソリューションに関する営業担当。本プロジェクトには、2022年3月から参画し、清住教授・橋本と共に『シナリオ分岐型教材制作システム』の改良にも関与する。株式会社クリーク・アンド・リバー社 デジタルコンテンツグループXRディビジョン
橋本大介

銀行、不動産向けシステム開発のプログラマーや、コンシューマゲームや遊技機開発のディレクターを経て、現在ではXR領域やメタバース開発を中心に幅広くソフトウェア開発に従事本プロジェクトでは、ディレクターとして、システムの開発、改良を行う。

いろいろなシチュエーションの360度動画をつなげたクイズ形式で学べる教材

——先生が活用されているVR技術を使った教材について、概要を教えてください。

清住:「シナリオ分岐型教材」というものです。診療場面の動画が流れ、必要な処置やその後の行動などが、選択肢で表示されるので、適切だと思うものを選び、正解なら次の動画に、不正解ならやり直し、というクイズ形式で進められる教材です。360度動画を使っていますので学習者はVRゴーグルなどを装着して取り組みます。没入感がありリアリティのある体験をしながら知識の習得ができます。医学科の学生の実習の他、医師や医療スタッフの講習会、消防の研修などにも使っています。

——今回C&R社に発注したものは、教材自体ではなく教材をつくるシステムですね。

清住:教材の制作を外部に委託すると時間もお金もかかります。自分たちで必要なときに必要な教材をつくれる環境が必要だったのです。360度動画も私たちが撮影し、その撮影した動画をつなげて教材に仕上げるシステムを開発していただきました。専門知識なし、エクセルの操作でできるシステムです。

——エクセルを使うというのは面白いですね。C&R社からの提案ですか。

大石:はいそうです。元々、当社の社内で『シナリオ分岐システム』を開発しており、今回、清住教授の求めに答えて改良を加えました。

清住:プログラミングなし、自分たちで無理なくつくれる環境で、と要望して提案をいただきました。本当に難しいことはなく、ふだんのパソコン作業の延長でできるという感覚です。

防衛医学ならではのテーマから、新型コロナをきっかけに幅広いテーマで展開

——VR技術を教育に活かそうと考えたのはいつ頃ですか。また、どうしてでしょうか。

清住:防衛医科大学校では、戦傷医療、災害医療、国際貢献など、病院での実習では訓練できない技能を身につける必要があります。VR技術を活用すればよりよい教育、訓練が実現できるのではないかと考えました。2017年に本校に着任した直後からVR技術の活用は考えており、翌年にはスマートフォンを使った簡易な教材を試していました。最初に教材として活用したのは、戦場で衛生兵が行う救急処置、飛行機や船の中で行う医療に関するコンテンツです。

——現在は、通常の救急医療のシチュエーションでもVR教材を活用しているのですね。

清住:救急医療は私の専門分野ですが、現場で長く働いていたこともあり、VRよりも現場で実際の患者さんの治療に参加してこそ知識も技術も身につくと考えていました。VRはあくまでも、現場を体験することが難しいものに使うものという認識でした。事情が変わったのは新型コロナウィルスの流行です。医療現場で患者さんに近づくことができない状況となり、幅広いシチュエーションの習得に、準備してきたVRを使うことにしました。

目的を明確にして、必要なものを限られたリソースの中でつくる

大石:360度動画をベースにつくりたいというご要望は決まっていましたね。

清住:VR技術を使う場合、フルCGという選択肢もあります。しかし、現状、CGにも表現の限界があり、多用したから教育効果が上がるというわけではないと私は考えています。自分たちで撮影できる360度動画を用いることが、コストと教育効果のバランスがよいと考えました。何でも新しい技術を使えばよい訳ではなく、教育したい内容に合わせて、工夫して組み合わせていくことが大切です。それを実現していただけたことに満足しています。

大石:清住先生は、目的を設定し、それに必要なシステムをつくるという意識を明確に持っていらっしゃって、その姿勢が今回の開発でも功を奏していると思います。私が日頃営業活動をする上でも、とても勉強になります。他案件では「VRを取り入れよう」という方針がトップダウンで下りてきて、現場が「とにかく何かVRを取り入れないと」と混乱しているようなケースも見受けられますが、清住先生から学び、そうしたお客様にも、まずは目的を明確にできるような提案を心がけています。

本当に必要なものは何か、コミュニケーションを通して見出す

——目的をしっかり意識していらっしゃるということで、ディレクションをされている橋本さんもやりやすいですか。開発で苦労した点などは?

橋本:そうですね。とても楽しくやれていて、あまり苦労した記憶はないんです。ただ、目的がはっきりしていればそれで全てがうまくいくというわけではないと思います。

——ポイントは目的の明確さだけではない?

大石:これは一般論ですが、お客様は現場の業務を熟知していて、何が必要なのかがよくわかっています。私たちは、その業務をより効率的に、楽に、より精度の高いものにできるように、テクノロジーで支援するわけです。頭でっかちにテクノロジーを使っても業務に合わないものになる危険性がありますし、お客様が業務を熟知しているからといって、お客様も言うとおりのものをつくっても、うまくいかないものです。お互いにコミュニケーションをして、最適な着地点を探すことが大切だと思います。そういう点でいうと、清住先生は、目的をベースにおいて、何をしたいのか、現場ではどこまでならできるのか、そうしたことを明確に示してくださって、そこを起点にとてもよいコミュニケーションができていると思います。

清住:いつも無茶ぶりしているから(笑)

橋本:いえいえ、そんなことはないですよ。ご要望をいただけることは助かります。私が心がけているのは、お客様のご要望から、本質的に何を求めていらっしゃるのか考えることです。「Aが欲しい」とおっしゃった場合に、Aそのものを実装してしまうととても高額になるけれど、Aに近いものだったら安価にできるような場合、必要なのは本当にAそのものなのか、コミュニケーションしながら把握することに努めています。

——今回のプロジェクトでもそうしたことはありましたか?

橋本:たとえば、今回は360度の動画を使って教材をつくることが基本になっていますが、場合によっては2D動画も使えるように、という工夫をしました。これは先生からのご提案ではあるのですが、2D動画も使えるならば、これまで撮りためた別の映像資産を使えるメリットがあり、コスト面のパフォーマンスもよくなります。

清住:本当にいつもよく話を聞いてくれて、ありがたいですね。改良も加えてよいものができています。

——これまでにどんな改良を施しましたか?

大石:適応ハードウェアが増えました。使えるVRゴーグルの種類が増え、パソコンでも使用可能になっています。

清住:使える台数が80台くらいになって、一度に学習できる人数が増えましたね。

橋本:さらに、ちょうど今、新しい機能の実装が完了するところです。エクセルでのデータ管理は、細かい作業が必要で面倒なところもあるのですが、そこをよりグラフィカルに直感的に操作できる画面で、動画管理を行えるようにしています。

VR教材は知識習得を短時間化、知識定着にも効果がある可能性

——シナリオ分岐型教材を使っている人の反応はいかがですか?

清住:学習後に「またやりたい」という声は多く、興味を持って取り組んでもらえていることは間違いないですね。対面の講習よりも習得の時間が短くなることもわかっています。また、実習後に気づいたことを挙げてもらうと、リアルで見る場合と、VRで見る場合、少し異なる傾向が出ています。リアルの場合は、気づかず流してしまうところ、VRだと改めてそこを覗きにいけたりするからかもしれません。「いつでも・どこでも・何度でも」学習できるのは、VRの強みです。まだ検証が必要ですが、知識の定着にもVR教材ならではのよさがある可能性も見えてきています。

橋本:そういうこともあるんですね。

清住:グループで交代でリーダー役をやるような課題だと、順番に1人ずつしかできませんが、VRなら同時にできますし、失敗しても恥ずかしくないので、何度でもできるという利点もあります。指導者へのアンケートでも「VRでやる方がリアルよりも教育効果があるのでは」という意見が出ています。

大石:学会でも成果を発表されていますね。

清住:他大学の先生方もとても興味持ってくださいますよ。「自分で動画を撮って教材にできる」「そんなにお金がかからない」というところはポイントのようです。

大石:実際に、多くの先生方にご相談いただいております。そしてご購入いただいた先生方には、現状研究等でご利用いただいているとのことを伺っております。ありがとうございます!

仮想空間の中での集合教育を行えるコンテンツ開発をめざす

——最後に。今後やっていきたいことを教えてください。

清住:シナリオ分岐型教材制作システムは非常に高いレベルで完成したと思っています。今後は、複数の人が仮想空間の中でコミュニケーションできるものをつくっていきたいですね。他社さんのシステムを使って、簡単な講習会はできるようになっているのですが、より込みいった内容の講習会や授業などにも使えるように提案もいただければうれしいです。

橋本:先生がおっしゃったようなインタラクションのあるコンテンツはぜひつくりたいですね。CGをコンテンツに使うと、仮想空間の中に入れる、中で動ける、物をさわれる、より実際の体験に近いコンテンツにすることも可能です。その場合も、すべてがハイクオリティのCGでないといけないわけではないと思います。何が目的になるのかお話しして、コストバランスのよいコンテンツをつくる工夫をしたいと思います。

大石:今回のプロジェクトでは、清住先生の明確な目的意識があってこそ、よいものをつくることができました。仮想空間の中で集合教育を行うシステムも、清住先生と一緒に開発できれば、より効果的なコンテンツになるのではないかとワクワクします。

清住:VRなら、研修会を開くのが難しい地方でも講師を呼ぶことができて、医療全体の技術向上に役立てられるでしょう。VR技術は、教育効果を高めるだけでなく、医療資源や教育資源の地域偏在の解消にもつながると考えています。

——ありがとうございました。

クリーク・アンド・リバー社では、2016年からXR分野で事業を展開。XR専門の開発スタジオを持ち、コンテンツ開発からハードウェア販売、コンサルティング、人材サービス、DX推進など、法人向けに特化したサービスを一気通貫で提供。だからこそ、単なるXRの導入ではなく、皆さまのビジネスの課題解決を目指した幅広いご支援が可能です。相談をご希望の方は、以下よりお問い合わせください。

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インタビュー・テキスト:あんどうちよ/撮影:SYN.PRODUCT