専門性を深める?役割を広げる?経験を積んだからこそ迷うことがある

仕事を続けて経験が増えてくると、次のキャリアについて考える場面も増えてきます。

たとえば、
今の専門性をもっと深めていくのか
ディレクションやマネジメントなど、役割を広げていくのか
今の会社で新しい役割を目指すのか
転職して環境そのものを変えるのか
といった選択です。

一方で、キャリアの選択は仕事だけで決まるとは限りません。転職や昇進、チーム変更だけでなく、結婚や子育て、働く時間や場所の変化など、生活側の条件が重なることもあります。

  • 「専門性を高める方がいいのだろうか」
  • 「そろそろマネジメントを経験した方がいいのだろうか」
  • 「今の働き方のままで、この先も続けられるだろうか」
  • こうした迷いは、「自分には何が向いているか」だけでは整理しにくいものです。なぜなら、キャリアの転機では、仕事内容だけではなく、自分の価値観、周囲との関係、生活の条件など、複数のものが同時に変わることがあるからです。そんなときに使えるのが、キャリア・トランジションを整理する「4S」という考え方です。

    キャリア・トランジションとは

    トランジションとは、役割や状況が移り変わる「転機」のことです。

    転職や昇進のように実際に起きた出来事だけでなく、

  • 「期待していた昇進がなかった」
  • 「思い描いていたキャリアが実現しなかった」
  • 「これまで続けてきた働き方が難しくなった」
  • こういった、予定していたことが起こらなかった場合も、本人にとっては大きな転機になることがあります。

    ナンシー・シュロスバーグらのトランジションモデルでは、変化への向き合い方を4つのSで整理します。

    • Situation|状況:今、何が起きているのか
    • Self|自分:何を大切にし、どんな力や制約を持っているか
    • Support|支援:相談できる人や利用できる制度はあるか
    • Strategies|対処:どんな行動を取れるか

    4Sは、「専門職と管理職のどちらが正解か」を判定するものではありません。今の自分が何に迷っているのか、判断するために何が足りないのかを分けて考えるための方法です。

    ここから、4つの視点で今の転機を整理してみましょう。

    Situation|まず「何に迷っているのか」を具体的にする

    「専門性を深めるか、役割を広げるか」と考えていても、迷いの原因は人によって異なります。

    まずは、今起きている変化を確認してみます。

    • 担当する仕事や求められる成果は変わったか
    • 後輩の支援やチーム運営を任されることが増えたか
    • 逆に、同じ仕事が続き、成長の実感を持ちにくくなっていないか
    • 働く時間や場所など、仕事に求める条件は変わったか
    • 自分から望んだ変化か、会社や周囲から求められた変化か
      いつまでに判断する必要があるか

    たとえば、「管理職になるかどうか」で迷っているように見えても、実際には「制作の時間が減ることが不安」なのかもしれません。あるいは、「転職するかどうか」が問題なのではなく、「今の環境では専門性を広げる機会が少ない」ことが迷いの中心かもしれません。まずは、自分が何を決めようとしているのか、その背景で何が変わっているのかを切り分けてみましょう。

    Self|「できること」だけでなく「続けたいこと」を考える

    次に整理するのは、自分自身についてです。キャリアを考えるときは、これまで何ができたか、何を評価されたかに目が向きやすくなります。ただ、「できること」と「これからも続けたいこと」は同じとは限りません。

    • 制作そのものに、今も手応えを感じるか
    • 難しい専門領域を深めることに面白さを感じるか
    • 人に教えたり、チームの成果を支えたりすることに興味があるか
    • 調整や進行管理を担うことに抵抗はないか
    • 今後も生かしたい経験や専門性は何か
    • 収入、勤務時間、働く場所など、外せない条件は何か

    たとえば、「後輩の指導が得意だから管理職を勧められている」としても、自分自身が人を育てることに面白さを感じているとは限りません。反対に、制作スキルに自信があっても、「自分でつくることより、人の仕事を支えたり方向性を考えたりする方が面白くなってきた」ということもあります。

    できるから選ぶのではなく、自分がこれからも続けたいと思えるか。

    この視点を入れると、選択肢の見え方が変わります。

    Support|分からないことを、一人で想像だけで埋めない

    キャリアの選択は、自分の意思だけで決まるものではありません。また、経験したことがない役割については、実際以上に良く見えたり、反対に不安が大きく見えたりすることがあります。

    そこで確認したいのが、使える支援や情報です。

    • 実際に専門職として働く人へ話を聞けるか
    • マネジメントへ進んだ人に、仕事の変化を聞けるか
    • 上司との面談で、今後期待されている役割を確認できるか
    • 人事に、専門職とマネジメントそれぞれの評価基準やキャリアパスを確認できるか
    • 家族や身近な人と、働き方の変化について相談できるか
    • 社内外の研修やメンター制度を利用できるか

    たとえば、「管理職になると制作がほとんどできなくなる」と思っていても、会社やチームによって実際の役割は異なります。転職についても、求人をいくつか比較してみると、今の経験を生かしながら専門性を深められる仕事や、制作とディレクションを両方担える仕事が見つかることがあります。分からないことを頭の中だけで考え続けるのではなく、判断に必要な情報を外から集めることも、キャリアを考える行動の一つです。

    Strategies|決める前に「少し試す」方法を考える

    情報を整理したら、すぐに大きな決断をする必要はありません。できる範囲で、その役割を少し試してみる方法もあります。

    たとえば、

  • 小規模な案件で進行役を担当してみる
  • 後輩へのレビューやフィードバックを一定期間担当する
  • 今より難易度の高い専門案件に手を挙げてみる
  • 次回の面談で「専門性を深めたい」「ディレクションも経験したい」と具体的に伝える
  • 興味のある職種名やスキルで求人を3件検索し、求められている経験を比較する
  • 社外の勉強会や小さなプロジェクトで、別の役割を経験してみる
  • こうした小さな経験でも、「思っていたより面白い」「できるけれど、ずっと続けたいわけではない」「もう少し経験してから判断したい」といった、新しい判断材料が増えます。

    キャリアの転機では、考えてから動くことだけでなく、少し動いてから考え直すこともできます。

    クリエイターのケースで4Sを使ってみる

    たとえば、あるWebデザイナーが、アートディレクターへの打診を受けたとします。これまで制作を中心に担当してきましたが、最近は後輩へのレビューやクライアントとの調整を任されることが増えています。一方で、「ディレクションへ進むと、好きだった制作から離れてしまうのでは」と迷っています。この場合、4Sで次のように整理できます。

    Situation|状況
    アートディレクターになると、制作そのものの時間が減り、進行管理やレビュー、クライアントとの調整が増えそうです。まずは、実際にどの程度業務が変わるのかを確認します。

    Self|自分
    これまでを振り返ると、デザインをつくること自体にも面白さを感じています。一方で、後輩へのフィードバックや、曖昧な要望を整理して方向性を考えることにも手応えを感じていました。

    Support|支援
    上司に、アートディレクターになった場合の制作とマネジメントの割合を確認します。また、すでに同じ役割を担っている人に、一日の仕事や大変な点を聞いてみます。

    Strategies|対処
    すぐに役割を変えるのではなく、まず一つの案件で進行やレビューを担当し、「自分が続けたいと思えるか」を確かめてみます。

    こうして分けると、「アートディレクターになるか、断るか」だけではなく、「判断するために、まず何を確認し、何を試せばいいか」が見えてきます。

    5分でできる「4S」の整理

    ここまで読んだら、今抱えているキャリアの迷いを一つ思い浮かべて、次の4つを考えてみてください。

    視点 自分への問い
    Situation 今、何が変わっている?何を決めようとしている? 管理職を打診されたが、制作時間が減ることが気になっている
    Self 何を大切にしたい?何を続けたい?外せない条件は? 制作は続けたい。一方で、人を支える仕事にも興味がある
    Support 誰に聞けば、判断に必要な情報が増える? 上司に役割の比率を聞く。実際の管理職に話を聞く
    Strategies 決める前に、小さく試せることは? 一案件だけ進行とレビューを担当してみる

    4つすべてに答えを出す必要はありません。整理してみて、「ここが分からない」と気づいた部分があれば、それが次に確認することです。

    最後に、次の3つの中から一つだけ行動を決めてみましょう。

    情報を集める:経験者に話を聞く、求人を比較する
    小さく試す:一部の業務や役割を経験してみる
    条件を相談する:上司や家族など、関係する人と話してみる

    専門性を深めるか、役割を広げるか。判断するときのヒント

    「結局、自分は専門性とマネジメントのどちらへ進めばいいのか」と思う人もいるかもしれません。すべての人に共通する答えはありませんが、4Sで整理した内容から、自分が今どちらに関心を持っているかは見つけやすくなります。

    たとえば、

    専門性を深める方向をもう少し試してみたい人

    • 難しい仕事に挑戦し、できることが増えることに面白さを感じる
    • 特定の技術や領域について、もっと詳しくなりたい
    • 人を管理することより、自分の専門性で価値を出したい

    役割を広げる方向をもう少し試してみたい人

    • 人に教えたり、チームが動きやすい状態をつくったりすることに手応えを感じる
    • 自分一人の成果だけでなく、プロジェクト全体の成果に関心がある
    • 制作だけでなく、企画、調整、意思決定にも関わってみたい

    ただし、これは二者択一ではありません。専門性を持ちながらチームをリードする働き方もありますし、制作を続けながら小規模な案件だけディレクションする働き方もあります。「どちらを選ぶか」を急ぐより、4Sで見つけた不足している情報や経験を一つ増やしてから考えても構いません。

    転機では、すぐに答えを出すより判断材料を増やす

    キャリアの転機は、これまでの選択が間違っていたことを意味するものではありません。経験を積んだからこそ、次に考える課題が変わったとも言えます。専門性を深めるか。役割を広げるか。今の会社に残るか。環境を変えるか。

    迷ったときは、肩書だけを比べるのではなく、

    • 今、何が変わっているのか
    • 自分は何を大切にしたいのか
    • 判断に必要な情報や支援は何か
    • 決める前に試せることはないか

    この4つから整理してみてください。答えが出なくても、「次に何を確認すればよいか」が分かれば、それもキャリアを前に進める一歩です。

    整理した4Sを使って、実際の選択肢を見てみる

    4Sを整理したら、実際の仕事に当てはめてみると、さらに判断材料を増やせます。

    たとえば、「専門性をもっと深めたい」と分かったなら、今の経験を生かして専門性を高められる求人にはどんなものがあるのかを見てみる。
    「制作だけでなく、企画やディレクションも経験してみたい」と思ったなら、そのキーワードで求人を検索し、実際にはどんな役割や経験が求められているのかを確認してみる。

    求人を見ることは、必ずしも転職を決めることではありません。
    自分の経験には、今の会社以外でどんな生かし方があるのかを知ることも、キャリアを考えるための情報収集です。

    一方で、「そもそも自分が何を大切にしたいのか整理できない」「専門性を深めるか、役割を広げるか、一人では判断しづらい」という場合は、これまでの経験や今の状況を第三者と一緒に整理する方法もあります。