書籍やグッズのイラストを手がけてきたけれど、ゲームやアニメのキャラクターデザインに携わってみたいという気持ちが強くなっている。それでも求人票に並ぶ「キャラクターデザイナー経験者」の文字を見るたびに、今の肩書きでは応募すらできないのではないかと感じてしまう。積み上げてきたものが、肩書きが変わった瞬間にゼロ扱いされるかもしれない不安を、まずそのまま置いてみます。

この記事の見方

厚生労働省が提唱する「ポータブルスキル」という考え方では、専門知識・技術だけでなく「仕事のし方」「人との関わり方」といった要素は、業種や職種が変わっても持ち運べるとされています。イラストレーターとキャラクターデザイナーという職種名の違いも、器の違いとしてではなく、その中で実際に担ってきた機能や能力の束として捉え直すと、この考え方がそのまま当てはまります。職種名は転職市場のわかりやすい呼び名にすぎず、その内側には依頼の意図を汲み取る力、キャラクターに一貫した性格を宿らせる力、限られた情報から世界観を補って描く力といった、もっと具体的な中身が詰まっています。職種名は変わっても、こうした中身は器を移しても持ち運べるものだと捉えると、転向は経験の切り捨てではなく積み替えとして見えてきます。この記事では、肩書きではなく「何をしてきたか」という機能の側からキャリアを見ていきます。

肩書きの中身を、動詞でほどいてみる

「イラストレーター」という肩書きは、実際にはいくつもの作業の集合体です。クライアントの要望を聞き取り、意図を言葉から絵に翻訳し、限られた参考資料から人物の背景まで想像して描き足し、修正の意図を汲んで調整を重ねる。これらを名詞ではなく動詞で書き出してみると、「聞き取る」「翻訳する」「補って描く」「調整する」といった行為が並びます。キャラクターデザインという仕事も、突き詰めればこれらの行為の組み合わせで成り立っています。求人票の「経験者優遇」という文字は、職種名の一致を求めているように見えて、実際にはこうした行為ができるかどうかを問うている場合が少なくありません。採用担当者の立場に立ってみると、欲しいのは「キャラクターデザイナーという肩書きの人」ではなく、「意図を汲んで一貫した人物像を描き切れる人」であることのほうが多いはずです。肩書きの違いにひるむ前に、自分がすでに担ってきた行為を一度分解してみることが、最初の一歩になります。紙に書き出すだけでも、想像以上に多くの行為を積み重ねてきたことに気づくはずです。普段は完成した絵だけを見ているため、その裏側にある判断の積み重ねは自分自身でも見落としがちです。

器が変わっても、中身が消えるわけではない

書籍イラストで培った「限られた情報から人物の内面を補って描く力」は、ゲームのキャラクター設定書だけを渡されて絵を起こす仕事でもそのまま生きます。グッズイラストで鍛えた「様々なポーズでも同一人物として認識される一貫性を保つ力」は、複数カットにわたるキャラクターデザインの土台になります。器としての肩書きが「イラストレーター」から「キャラクターデザイナー」に変わっても、その中に詰まっている中身までがゼロになるわけではありません。むしろ変わる必要があるのは呼び方であって、積み上げてきた力そのものではないと捉え直すと、転向は積み上げの延長線上にある移動として見えてきます。書籍の挿絵で登場人物の年齢や立場に応じて表情の作り方を変えてきた経験は、キャラクターの感情表現の幅として評価される可能性がありますし、グッズ展開のために様々な角度でキャラクターを描いてきた経験は、そのまま設定画の三面図制作に応用できます。ポートフォリオを作り直すときも、作品を並べるだけでなく、それぞれの作品でどんな行為を担っていたかを言葉として添えると、器の違いを越えて中身が伝わりやすくなります。「この作品では何を求められ、何を判断して描いたか」を一言添えるだけで、見る側の解釈は大きく変わります。

実際の求人票がキャラクターデザイナーの経験をどう定義しているかを見比べてみると、自分の行為がどこまで重なっているかを確認しやすくなります。

転向のタイミングを、区切りに合わせて考える

派遣という働き方は契約の区切りが明確にある分、転向のタイミングを計画的に選びやすいという側面があります。今の契約が終わるタイミングでキャラクターデザインの案件を含む求人に応募してみる。あるいは契約を続けながら、コンペやSNSでキャラクターデザインの作品を並行して発表し、器の外側から少しずつ実績を作っていく。どちらの進め方でも、これまで担ってきた機能を言葉にして示せるかどうかが、面接や書類選考の場での説得力を左右します。経験がないことを隠すのではなく、経験してきた行為が新しい器でも通用することを、具体的な作例とともに示していく姿勢が助けになります。派遣会社の担当者に相談する際も、「キャラクターデザインの経験はありません」とだけ伝えるのではなく、「一貫した人物像を描き分ける経験は積んできました」と行為の言葉で伝えると、紹介できる案件の幅が変わってくることがあります。担当者もまた、職種名だけでなく中身を知りたがっているものです。

まとめ

肩書きという器と、その中に詰まっている機能は別のものです。器が変わっても、これまで担ってきた行為の中身は持ち運べます。

  • 今の契約が終わるタイミングで思い切って転向を試みる場合は、担ってきた行為を一度すべて書き出し、新しい器でどう活きるかを整理してみます。
  • 契約を続けながら並行して実績を作りたい場合は、コンペや個人制作を通じて、キャラクターデザインという器の中に少しずつ足跡を残していきます。
  • まだ何も動かせていない場合でも、今の仕事の中でどんな行為を担っているかを言葉にしておくだけで、いざ動くときの準備になります。

転向は一夜にして完了するものではなく、器の外側で少しずつ実績を積み、内側で言葉を整えていく、時間のかかる作業だと捉えておくと、焦りに振り回されにくくなります。焦って結論を出す必要がある場合ばかりではなく、器の移し替えには準備の時間がかかることを前提にしておくと、不安に飲まれずに進めます。肩書きが変わることを、経験の否定ではなく呼び方の更新として捉え直せると、これまで積み上げてきたものへの信頼も揺らがずに済みます。器が変わる瞬間は、これまでの自分を手放す瞬間ではなく、これまでの自分を新しい場所に運び直す瞬間だと考えてみます。自分がこれまで担ってきた行為を、一度動詞で書き出してみることから始めてみます。

転向の進め方や、今の経験がどこまで評価されるのか判断に迷う場合は、キャリアの専門家に相談しながら整理していくのも一つの方法です。