企業の商談や研修、打ち合わせでの通訳を多く請け負う渡部泰子さん。質の高い仕事には定評があり、新規クライアントのほとんどが、他のクライアントからの紹介でやってきます。そんな渡部さんですが、東京育ちで19歳まで海外に行ったことはなく、そもそも通訳を目指していたわけではなかったそうです。

通訳という仕事の実際、これまでの経歴や勉強方法などをお話しいただきました。

渡部泰子(わたなべ・やすこ)
東京都出身。TOEIC985点。
航空機内通訳、映像コンテンツの権利契約やプラットフォーム等に関わった後、独立。株式会社マグノリア・コンサルティング代表。

通訳、翻訳、リサーチや海外とのコーディネーション、個人・企業・官公庁向けの英語トレーニング等を行っている。

通訳は準備が8割

──渡部さんは、マグノリア・コンサルティングという会社の代表を務めていらっしゃいますね。この会社の業務内容を教えてください。

個人で行っていた事業を法人化する形で、2006年に立ち上げました。通訳や翻訳の他、英語でご支援できるビジネス、コミュニケーションの間に入ったり、英語でのリサーチ、海外とのやり取り、企業研修・個人レッスンも行っています。

いろいろ経験させていただいてきましたが、現在は通訳と英語教育の2つがメインになっています。

──多彩なビジネスを展開されているのには、渡部さんのキャリアが関係するのですね。そのお話は後ほど伺うとして、まずは本日のテーマである通訳についてお聞かせください。どのようなジャンルの通訳業務をされているのでしょうか。

通訳には、大きく分けて、衛星放送のニュースや大きな国際会議などで使われる同時通訳と、話者の話を区切って訳していく逐次通訳の2種類がありますが、私が行うのは逐次通訳です。対話の時間が2倍になりますが、正確な訳出ができます。

企業の打ち合わせ、商談、研修、セミナーなどの場での通訳が多く、業界としてはIT系が多くなっていますが、幅広い分野を承ります。
ただし、金融など、日本語の段階で知識が十分ないジャンルについては、丁重に辞退させていただくことがあります。

逐次通訳の特徴

  • 話者の話を区切って訳すスタイル
  • 逐次通訳者が活躍する場所は企業の打ち合わせ、商談、セミナーと幅広い
  • 対話の時間は同時通訳の2倍!

──通訳というのは、聞いた英語を日本語に、日本語を英語にするだけではなく、知識も必要なのですね。

はい。適切な用語を使うことはもちろんですが、聞いた内容を自分の頭で理解してから、もう一方の言語に即した言い方で構築しなおして、アウトプットしています。聞いている人、話している人は誰でどんな関係性なのか、どんな目的のある会合なのか把握した上で、そこに最も適した言葉を持ってくることが必要です。

そのためには、そのジャンルの知識と、その打ち合わせやセミナーの内容や出席者に関する情報が必要です。

──なるほど。日頃の勉強に加えて、通訳前の下準備も大変そうですね。

そうなんです。「通訳は準備が8割」ともいわれ、事前の準備がとても大切なのですが、その部分はお客さまにも見えないせいか、なかなか理解されないところです。

話し手・聞き手の関係性、会合の目的に合わせて最適な表現を選ぶ

──具体的にはどのように準備をするのでしょうか。

通訳がある日の2週間前には単語帳を作ります。1回にほぼ1冊のノートを使います。 専門用語や、その分野に頻出の用語はもちろん、すでに知っている用語、通常の表現でも、そのときの通訳業務で登場しそうなものはすべて書き出します。

たとえば、自分が知っている語や表現がひとつのプールにおさまっているイメージを思い浮かべてください。このプールから、あらゆる語をいつでも簡単に取り出せるわけではありません。知っていても底の方に沈んで取り出せない語もあります。

スムーズな通訳のためには、ボキャブラリーのプールをかきまぜて、よく使いそうな語を底の方から表層部に浮き上がらせておく必要があるのです。

そして、シチュエーションに最適な表現を選ぶことができるよう、その打ち合わせやセミナーの話し手・聞き手がどんな人か、関係性や会合の目的、目指す結果なども把握しておきます。

最適な表現を瞬間的に判断することは、準備も含めて大変ではありますが、通訳の面白いところでもあります。

──その瞬時の判断は、前もって準備することで可能になるのですね。

その通りです。いただく資料では、スライドも重要です。 通訳は耳に高度な集中をしますが、目にも新しい情報が入ってきては集中は困難になります。使用するスライドをあらかじめ見ておくことで、集中力が途切れることを防げます。

当日の通訳の質を高めるために、お客さまに早めに資料を出していただけるようにお願いすることも準備の一部です。

「資料は特にない」といわれることもあるので、キーワードだけでも、大まかな概要だけでも、ヒントになりそうなものは何でもいただくようにします。

──通訳のお仕事は、単純に英語力があればよいというものではないことがよくわかりました。

英語力という意味では、私より優れた方はたくさんいらっしゃいます。その分、知識やその会合に関する深い理解で、通訳の質を上げているつもりです。

これはその通訳者のスタイルによりますが、私が通訳する際は、内容や出席者のレベルや立場を考慮し、そのまま伝えたのでは聞き手に正しく意図が伝わらないと思われれば、内容をつけ加えることもあります。

聞き手にとってわかりやすく、話し手も両方にとってうまくいくアウトプットを調整することは、その会合の成果をあげるのに重要だと考えるからです。

もちろんクライアントには、事前に必要に応じて説明を加えるスタイルであることを了承いただいた上で行います。 医療の通訳では「会話の内容を足しても引いてもいけない」と聞きます。命に関わることであり、何かあれば訴訟に発展することもあるからです。

商社、航空機内通訳、映画の買いつけ…、多分野の経験が今につながる

──今は通訳業務を主な仕事としてやっていらっしゃいますが、もともと通訳を目指していた訳ではなかったと伺っています。

はい。英語を使った仕事をしたいという希望はありましたが、「通訳になろう」という目標を持っていたわけではなく、通訳学校に通っていたことはありません。※通訳の資格は国によって異なります。
帰国子女であったり、長期留学の経験があるわけでもありません。

通訳業務を主としてから、いろいろな通訳者のブログを読むようになりましたが、大人になって以降の海外滞在経験から、通訳の仕事をするようになったという方も見かけます。

通訳者になる道は人それぞれ。こうでなければなれない、というルートが決まっている訳ではないと思います。

──それでは、どのようにして渡部さんが通訳スキルを身につけたのか、経歴を通して教えてください。新卒では商社に入社されたのですね。

貿易に携わっていた父と祖父の影響で、三菱商事に入社しました。短大で英語を専攻していて、英語を使った仕事をしたいとも考えていました。

役員秘書として働いていましたが、貿易ならばその取り引きや買いつけなど、現場の仕事をしたいという思いが募り、英語力をつけるために、退社して半年間アメリカに語学留学をしました。

帰国後はIBMの契約社員となり、以前よりも英語は使えるようになりましたが、アシスタントではなく主体的な仕事に関わりたいと迷いもありました。そんなときにユナイテッド航空が機内通訳を募集していることを知って応募しました。

──通訳という仕事は、そこから始まったのでしょうか。

そうですね。とはいえ機内通訳は、双方の言っていることを正確に伝える通常の通訳とは異なり、何か起きたときのトラブルシューティングなど、お客さまとクルーの間を取り持つコーディネーターという側面が大きかったと思います。

アメリカとアジアの主要都市を飛び回りながら、好きな英語を活かせるやりがいのある仕事でしたが、6年間勤めた後、部署が閉鎖となり、映画やテレビ放送の権利を買いつける会社に転職しました。

この仕事は、現地に飛んで交渉するという商社時代からまさにやりたいと思っていた仕事で、とても充実していました。

──通訳職ではなくなりましたが、英語のスキルも向上しましたか。

この仕事で身についたことが多々あります。たとえば、午前中に取引先から入ってきた情報を日本語に訳して上司に渡し、午後にはこちらの言い分を英語に訳して送るという日課により、スピーディな翻訳技術が身につきました。

取引先はほとんどが英語圏だったため、ネイティブの自然な英語を覚えることができました。機内通訳に比べると、ビジネス英語に触れる機会が多く、このことも今の仕事につながっていると思います。

通訳では、発言内容を要約してコンパクトにまとめる「サマライジング」という手法が必要になることがあります。

買いつけの際に上司と取引先の間に入って、それぞれ相手が何を言っているのか伝えることがありましたが、今思えば、ちょうどサマライジングを行っているようなものでした。

その後、ケーブルTVやIT系の企業を経て、マグノリア・コンサルティングを法人として設立しました。

英語力の土台には繰り返しの音読がある

──これまでの経験や人脈を活かして、現在も幅広いお仕事をされているのですね。仕事を通して英語や通訳の力を身につけてこられたこともよくわかります。

仕事だけではなく、10代の頃からの積み重ねもあったと思います。 中学・高校は一貫校に通っていましたが、先生に英語の音読を何度も行うことや、文字を見ないでフレーズを繰り返すリピーティングの練習を勧められました。
当時は気づいていませんでしたが、これらが英語の上達、訓練になったと思います。

──通訳で瞬時の判断ができるのは、音読やリピーティングで五感を使い口をしっかり動かす訓練のおかげもあるのですね。業務の準備の他に、ふだんはどんな勉強をされているのでしょうか。

読むことは大きな力がつくので特に心がけていますが、読む・書く・聞く・話すはいずれも日常的に意識して行うようにしています。読むという点では、最近はオーディオブックも数多く出ていますから、本を聞いて読むということも気軽にできるようになりました。

先ほども少し話しましたが、他の通訳者の方のブログなども参考にさせていただいています。

また、IT系企業の仕事が多いので、情報学も本を読んで学んでいます。どんな業種でもITを避けて通れない昨今、役立つのではないかと思います。

──たくさんの勉強が必要ですね。

通訳者は、好奇心のある人が向いていると思います。いろいろなことに興味を持って学び続ける必要がある仕事ですから、それを楽しいと思える人がいいですね。

──最後に、今後の目標をお聞かせください。

今は、はっきりした目標は持っていないのです。
これまで、いろいろな分野に携わりましたが、その都度、目の前の仕事に一生懸命打ち込み、走り続けてはときどき転んで、を繰り返してきました。

そのなかでわかったのは「目指しすぎると失敗する」「考えすぎると動けない」ということです。

通訳と英語を教える仕事、この2本を中心に、しばらくは走っていきたいと思います。教える仕事も、それを目指したわけではなく、人に頼まれて始めたことでしたが、教える形態や生徒さんは少しずつ広がっています。

以前は、世界を飛び回って自分自身でビジネスを回したいと強く思っていました。しかし通訳の仕事を重ねるうちに、私がサポートすることでお客さまのビジネスがうまくいくことが、心から嬉しいと思うようになりました。

教える仕事でも、生徒さんの上達が喜ばしいと思います。そんな自分の変化が私自身、驚きであり嬉しく思うことでもあります。

ハッピーのあり方は人それぞれだとわかってきたこの頃、枠や目標を決めなくても、今までの経験と英語を使うことを軸に、周囲の人々の役に立ち続けていけたら、と思っています。

※通訳スキルを判定する試験ビジネス通訳検定(TOBIS)についてはコチラ

取材・ライティング:あんどうちよ/撮影:SYN.PRODUCT/企画・編集:田中祥子(CREATIVE VILLAGE編集部)