副業やパラレルワークといった一つの会社に留まらない働き方が注目されている昨今。
今いる環境よりも、他の場所で評価されたい。
人脈をもっと広げて自分の可能性を高め、チャンスを得たい。
そんな思いを抱く人が増えてきています。
そうした新たなワークスタイルの気運が高まっている今、あえて会社で働く意義を見極め、会社で働く自分のスタンスを貫きながら、社外でもその活動が高い評価を得ている博報堂の小野直紀さん。

「ただひたすらモノづくりがしたいだけ」という小野さんは、自分が思い切りモノづくりを発揮できる場を開拓した結果、会社に軸足を置くことにこだわりながら社外活動を行う、というスタイルに落ち着きます。どんな発想でそのような場を選択するに至ったのか?その働き方とはどのようなものなのか?
小野さんに迫ります。

株式会社博報堂 monom代表 クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー 小野 直紀(おの・なおき)
2008年博報堂入社。広告、空間、インタラクティブと幅広いクリエイティブ領域を経験し、2015年社内のプロダクト・イノベーション・チーム「monom」を立ち上げる。
スマホ連動型ボタン型スピーカー「Pechat」を開発・販売して話題に。
その他手がけたプロダクトがグッドデザイン・ベスト100を3年連続受賞。
社外にてデザインスタジオ「YOY」(ヨイ)主宰。

やりたいことにアンテナを立て、そこに引き寄せられる縁ときっかけに導かれる

――小野さんは2018年12月に「会社を使い倒せ!」という著書を出版されました。そこには副業でもなく、パラレルワークでもない、ユニークな働き方を実践されている小野さんの姿がありのままに紹介されているのですが、ズバリなぜ、このような働き方を選んだのでしょうか?

「選んだ」というよりも、選ぶ前にきっかけがあって、それに「導かれる」ような感じです。
まず僕は前提として「モノづくりがしたい」んですね。シンプルだけど、ここは何があっても今までブレたことがない。
すると、色々ときっかけが目の前に現れるんですよ。それを逃さずに掴んでいったら今に至ったという感じですね。

「CANVAS」(2013)

例えば、YOY(※1)は、プライベートでミラノサローネを観に友人とイタリアに行ったのですが、帰りの飛行機の中で「来年作品を出品しよう」と決めてしまった。その後すぐにYOYをプライベートのプロジェクトとして立ち上げました。

 

そして有言実行でその翌年、YOYとして作品を出品したところ、現地の新聞に掲載されたり、作品が商品化されたりして、そこから毎年出展するようになりました。そして3年目にDesign Report AwardとSalone Satellite Awardという2つの賞をいただいたんですね。すると、YOYが注目されるようになり、かなりたくさんのオーダーをいただくようにまでなったんです。
※1 当時大手家電メーカーのプロダクトデザイナーだった山本侑樹氏と2012年に立ち上げたデザインスタジオ

――ミラノサローネといえば、世界最大規模の家具見本市です。そこで受賞したのですから、世界から認められたということで、問い合わせが殺到するというのは容易に想像できます。そこまで評価されながら、なぜ私的な活動に留めているのですか?

「博報堂×自分(外の自分)」というポジションで面白いことを模索してやっていきたいなと思って。

例えばコピーライティングのようなスキルって、広告業界じゃないとなかなか得られるものではないですよね。
自分がコピーライター、広告制作マンとしてどこまでクリエイティビティを発揮できるだろうかと考えていた時に、博報堂の自分ともう一つの自分を“掛け算”したいと思ったんです。

もう一つの自分とはYOYを手がけている、プロダクトデザイナーとしての自分。
二つの肩書きを持っている人って世の中にそう多くはないと思って、面白そうだなと思ったんです。

博報堂は副業や複業は禁止なので、本格的にYOYをビジネスとして始めようとしたら会社を辞めるしかない。
それよりも、博報堂と社外の二つの領域で得たものを還元・循環させたモノづくりをする方が面白いだろうと考えたんです。
お金を稼ぐことよりも、モノづくりがしたい、これに尽きます。

――広告よりもモノづくりがしたいと思った時に、広告業界ではなくて、メーカーなどプロダクト業界に転職しようとは思わなかったんですか?

広告自体を否定する訳ではなく、面白みは感じていました。
ただ、個人的には、世の中に溢れている広告の95%は面白くないものばっかりだなと思って。じゃあ残り5%の領域で勝負していきたいなという思いはありました。

僕は入社してすぐ、空間プロデュースの部門に配属され、その後世界三大広告アワードの一つ、カンヌライオンズで海外の広告作品に触れ、感銘を受けて入社4年目でコピーライターに転属して言葉の領域を極めようとしたりと、新しい広告を創造しようと取り組みました。

それと並行して、企業の課題解決という会社のミッションに追従することとは別のクリエイティブを追求したいという思いで立ち上げたのがYOYです。

これらの社内外の活動が、その後社内プロジェクトとして立ち上げるmonomにつながっていきます。

――「monom」(※2)というプロジェクトを2014年に立ち上げられますが、これが小野さんがずっとこだわっておられた博報堂と自分の掛け算で生まれるものを実現していくということですね。

そうですね。monomが立ち上がった経緯はちょっと特異で(笑)。
ある時役員に「辞表」を提出したのです。そして「もう広告はやりません。モノづくりをします」と書きました。
広告会社がモノづくりをするというのは前例がありませんでした。
でも、博報堂との掛け算で、他のメーカーには作れないものがきっとある、そう信じて役員を説得しました。
辞表と書いたのは、もし認められなかったら辞める覚悟でいたので、そう書いたんです。
※2 博報堂社内で立ち上げたプロダクト・イノベーション・チーム。自社発信のモノづくりを事業として展開している

――その覚悟があったからこそ、monomに注力でき、それがあの大きな話題となった「Pechat」(※3)という形で花開いたのですね。

「Pechat」(2016)

博報堂はモノづくりの会社ではないけれど、日々広告の仕事をするなかで、世の中にはまだ誰も気づいていないアイデアの種がたくさん眠っているなと感じていたんですね。
そういう意味では、メーカーでモノづくりにどっぷり浸かる環境よりもイノベーティブなものを生み出せたのかなと思ったりします。

 

Pechatはコンセプトを思いついたのが2016年1月で、同年12月に製品として発売しました。
「発売元:(株)博報堂」と銘打たれた、広告会社発、デジタル製品です。

こうした取り組みで、Pechatの売上が記載される種目が博報堂の管理会計項目に追加されました。もちろんまだ広告業と比べて圧倒的に額は小さいのですが。
※3 専用のスマホアプリと連動することで、ぬいぐるみを通しておしゃべりができるボタン型スピーカー。

――それはすごい快挙ですね!こうしたモノづくりの事業がしっかり定着していけば、小野さんは広告業界にイノベーションを起こしたイノベーターだと言っても過言ではないと思います。

自分のやりたいことや目指すものをブレずに追求すれば、活躍のステージは自ずと拓かれ、整っていく

――小野さんはご自身が一番やりたいことであるモノづくりを真摯に追求していったことが博報堂に軸足を置いたプロジェクトの展開となっています。
今注目されている副業やパラレルワークといった働き方が果たして自分にあっているものなのか、単にトレンドに振り回されていないか、まずは自分のやりたいことの本質をしっかり見つめることが大事なのだと感じました。

僕は先ほども言いましたが、本当にお金を稼ぐことに興味がなくて、ただひたすらモノづくりをしたいという思いしかなくて。
それが博報堂と自分の掛け算による新しいモノづくりの形を追求することだと考えました。
そして、それをいかに実現するかに全力を注いできました。

もし外に出るかとどまるか迷っている人がいるならば、それは選択肢がたくさんありすぎて困っているのかなぁ?
でも、やりたいことがあるなら、外とか中とか環境のことを考えるよりもまずはやってみたらどうですかと言いたい。
趣味程度の小さなことから始めるでもいいと思うんですよね。だって、そのくらいなら通勤時間とか、休日で時間を作れるじゃないですか。

僕も、当時仕事に忙殺されてましたけど、全く休みがないわけではないので、通勤時間とか休日とか使ってYOYのアイデアを考えたり活動時間に充てていましたから。

飲みに行く回数を減らすとか、読書の時間を少し削ってみる…。
そんなことで少しずつでも、手ごたえを得ていったら、それを活かす場をどこにするのかを決めればいいと思います。というか、自ずと整えられるかもしれませんよ。
やればやっただけ、リターンが大きい。これは僕が自信をもって太鼓判を押します!

撮影:TAKASHI KISHINAMI/インタビュー・テキスト:岩淵留美子(CREATIVE VILLAGE編集部)