「あれも嘘だったということね。」「あれってどのこと。」―5股をしていた女性たちに別れを告げる男・星野(高良健吾)。「おまえにも同情はするんだよ。」―星野の横に“結婚相手”として立つ、粗暴な怪女・繭美(城田優)。

伊坂幸太郎原作の『バイバイ、ブラックバード』をドラマ化したのは、『宇宙兄弟』『聖の青春』で知られる、森義隆監督。ドラマを見て “伊坂ワールド”の再現に驚かれた方も多いのではないでしょうか。

人気原作の映画・ドラマ化が散見される昨今の映像業界。そのなかで私たちが気にするのは“原作との比較”。しかし、その一歩先、“原作を映画化するクリエイターの視点”に立って作品を考えられる方は少ないかもしれません。

そこで今回は森義隆監督のご経歴から、『連続ドラマW バイバイ、ブラックバード』の制作に関してお話しをお伺いしました。

森 義隆(もり・よしたか)
1979年埼玉県出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、2001年 番組制作会社テレビマンユニオンに参加。
ドキュメンタリー番組を中心に演出をつとめる。08年 「ひゃくはち」で 映画監督デビュー。同作で、第13回新藤兼人賞銀賞、第30回ヨコハマ映画祭新人監督 賞を受賞。12年 「宇宙兄弟」で第16回プチョン国際ファンタスティック映画祭でグランプリ、 観客賞をダブル受賞。
同年、テレビマンユニオンを退会。テレビ番組、CM、演劇など幅 広く演出を手がける。16年、最新作松山ケンイチ主演の「聖の青春」が公開。同作にて 第31回高崎映画祭 最優秀監督賞を受賞。

映画監督に至るまでの“まわり道”

僕は最初から映像業界を目指していたわけではないんです。もともとは役者になりたくて。

だからまずは早稲田大学に入学後、劇団てあとろ50’に入団。

最初は先輩が書いた脚本を役者として演じていましたね。でも、その中で自分の性質が役者に合っている気がしなかったんです。僕は押しの強いお芝居しかできなかったから。その中で役者から演出を担当するようになりました。

演出をしている中で、演劇には生の面白さがあることに改めて気づかされましたね。毎回同じ台本をやるのですが、役者一人の体調、お客さんの反応によって舞台が日々変化していく。

でも、そんな演劇の本当の楽しさに気が付いた矢先、先輩の演出家と衝突してしまって。

「同じ演出だったら映像でもやってみるか」と思い、ニューシネマワークショップに半年だけ通うことにしました。

そこで大学時代の劇団の役者を使って初監督作品『畳の桃源郷』をつくったんです。この作品のベースは大学時代の自分の生活ですね。

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その後も映画制作を途切れることなく続けていきたかったのですが、資金集めに苦戦したことから頓挫してしまって。そこで僕はテレビマンユニオンという、ドキュメンタリー番組の制作会社に入り、ADをすることになりました。

すぐに映画業界へ入らなかった理由は、「ちょっとだけ、まわり道をしてみよう」と思ったから。無理して“自主映画の祭典で賞を獲れるような個性”を追い求めてもしょうがない気がしたんです。

そもそも、僕の根底にはディズニーなどの王道ストーリーで育った子供時代の感覚が残っていて、僕にとってのクリエイティブは“感動したいという願望を作品で浄化させること”だったから。

その中でもテレビマンユニオンに入った理由は、“フリーランスの集団”という社風が合っていると感じたからなんです。

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あとは、『ウルルン滞在記』などの海外ロケ番組に興味があったから。一方で自分は四年間ものづくりをしてきた自負があったので、ディレクターの先輩に叱られながら働くAD時代はすごく悔しかったですね。

初ディレクターを務めた番組を観て感じたのは―“虚しさ”

その後二年くらいでディレクターになりました。初ディレクター作品は『ガイアの夜明け』。一年くらいかけて取材をしたドキュメンタリー番組でした。

そして、ついに放送日。OAチェックでテレビ東京へ行きました。何をするのかと思ったら、そこでクレームや質問の電話を一時間受け続けたんですよ。

その体験もあってか、視聴者の心を動かした手ごたえがなかったんです。当時だとSNSにある視聴者の感想は見られないので、なおさらですね。当時はそれを虚しく感じていました。

でも、10年以上経って分かったのは、テレビは“立ち止まらないメディア”なんです。立ち止まって、人の心に残そうと思ったら大間違い。どんどん番組を視聴者に投げつけて、そのレスポンスを番組づくりに活かしていく、それがテレビだと思います。

森義隆が作る『ガイアの夜明け』は別に知られなくていい。『ガイアの夜明け』というものは、人がどんどん入れ替わりながらでも、ずっと視聴者に番組を投げ続けて記憶に残っていくものなんです。

一方で、映画は一回でお客さんと関係を結んで、記憶の中にクリエイターの名前が残るじゃないですか。テレビとは全然質が違うものをつくっているんですよね。だから映画や演劇に触れてきた僕が“虚しさ”を感じて当然だったんだと思います。

演劇で舞台に立っていて、お客さんの拍手を浴びていた時の感覚も求めていたけれど、そんなことはテレビづくりにはないんです。そこで“虚しさ”を感じてしまう人はたぶん僕のようにテレビ業界は向いていないと思います。

痛感したCM制作と映画制作のちがい

実はCM制作もしていました。2012年あたりから4年間くらいで6~7本。でもCM制作も向いてなかったかなあ(笑)

CM制作は“クライアントの満足度”と“自分のクリエイティビティ”の両方をバランスよく盛り込まなくてはいけないので、そこに難しさを感じましたね。やっぱり短時間でメッセージを伝えられる才能はすごいですよ。

映画とCMを比較するなら、映画は“1本の小説を書くイメージ”。CMは“短歌・俳句を書くイメージ”ですね。

そこで映画制作に活かせることはあるかな、と思っていたので一時期CM制作をやらせてもらいました。でも、映画のように2時間で伝えるのとはまったく違う筋肉の使い方をしていましたね。

“まわり道”もすべて映画につながっている

自分の経歴の中で映画制作で一番活きていることは“役者”。一度自分が経験してきたことだから、役者の身体の中で起きていることは大体見抜けるんです。緊張の仕方や、表現しきれないときの心の状態とか。

ドキュメンタリーをやっていたことも役に立っていると思います。ドキュメンタリーと言っても台本に近いものはあるんです。でも、その台本通りにいくことはほぼありません。

その度に台本をどんどん書き換えて、そして、思ってもいなかったゴールたどり着くんです。

そのような経験があるから「逆に台本を裏切ってください、役者さん」と思いながら相手の芝居を観ていますね。最初の構想があった上で、それが裏切られていく方が映画は面白くなっていくんです。

役者がキャラクターにぴったりだと見せるのが監督の仕事でもあるんですよ。これは”役者”と”ドキュメンタリー”を経験してきた自分の武器だと思っています。

役者の個性を活かした、『連続ドラマW バイバイ、ブラックバード』

高良の使いたかった部分は彼のまっすぐさ。星野は5股をかけていて表面的には不誠実な男ですよね。でも、原作の星野には内面的な誠実さを感じたんです。表面的な不誠実さを払拭できる“内面的な誠実さ”をもっている役者は高良しかいないと思いましたね。

繭美を演じる役者はもちろん、女性も視野にありましたよ。でも「どうも違うな」とプロデューサーの武田さんと話し合っていたときに、「男じゃないか?」という案が出てきたんです。

その時に演劇『エリザベート』の城田の写真を見て「これだ!」と思いましたね。これだけ女性らしくてきれいな顔立ちだし、原作の繭美と同じ長身のハーフだし。

でも、最初は繭美役が男性になるということは全く想像していなかったので、視聴者のみなさんも驚かれたのではないかと思いますね。

城田はすごく優しくて、気遣いができる人。だから性格は一見、繭美と真逆なんですね。だから、撮影が始まる時に「とにかく優しさを全部捨ててくれ」と伝えました。

でも登場人物を掘り下げていくと、彼女が一番やさしい可能性があるんです。人と関わる、ということをすごく一生懸命やる人だから。

そこで、星野との関係の中でだんだん女になってきた時、城田の優しさが役に立つんです。実際に最終話の繭美には母性さえ感じますからね。うまいこといったな、と思います。

今までにない原作との向き合い方―「伊坂さんを喜ばせたい」

僕は原作の映画化がほとんどなので、原作との比較というのは気にしていないですね。
でも、原作によって、向き合い方は違います。

『ひゃくはち』は原作者とは交友関係にあったこともあり、原作の再現、というよりは自分の高校野球体験を映画にしました。

『宇宙兄弟』に関していうと、僕が小山さんと同世代で同じような環境で育ったところもあったので、第一巻の一話を読んだ時に「この人は自分と似ている!」と思いました。境遇、感覚、人間観の面で。だから自分の思うことをやっていけば小山さんの本質に近づけるだろう、と思って監督をやりました。

『聖の青春』の場合は、原作というより村山という存在と向き合っていったというか、お墓に眠っていた彼と向き合っていた気がしていて。ちょっと迷ったら自分のなかにある村山に聞く、というイメージでしたね。

一方で『バイバイ、ブラックバード』は今までにはなかった向き合い方で、視聴者の前に伊坂さんを喜ばせようと意識しましたね。いままでやってきたものと毛色が違う、少し不条理で浮遊感のある“伊坂ワールド”をどう表現するかは常に考えていました。

僕らが生活しているリアリティから1・2センチ浮いているのが“伊坂ワールド”。その“伊坂ワールド”を再現するのに重要だったのが、台詞です。もう作品をご覧になった方は分かるかもしれませんが、原作の文章をほぼ変えずに使っています。

それぐらい一文一文に個性を感じたし、読んでいて宝物をもらっている感じがあって、これは再現したいなと思いましたね。

内容を再現しようとしたのではなくて、“宝物をもらったような感覚”を再現したいと思ったんです。緻密な優しさのある一文一文を、そのままワンカットワンカットに込めていく、ということさえ守りたかったですね。

ぴったりなのはキャスティングだけじゃない―WOWOW連続ドラマという伝え方

ドラマ『バイバイ、ブラックバード』の6時間で視聴者が感じるものは映画の質に近いものだと思います。民放の連続ドラマで感じるものとは明らかに違う。民放の連続ドラマと映画の間にWOWOWの連続ドラマが位置しているイメージですね。

映画は内面的なものがお客さんの心に届くイメージ。テレビはフォルムや文法がきちんと伝わることの方が大切だと思いますね。WOWOWはその間ができると思っています。すごく面白い位置にあるなと思いますね、WOWOWのドラマって。

『バイバイ、ブラックバード』を映画化したかったか、というとそうではないんです。ドラマ『バイバイ、ブラックバード』は原作の章立てと同じく6話で撮影ができたし、WOWOWドラマの枠だからこそ、ぴったりハマったと思っています。

「映画監督をやめてしまうかもしれない」

今後はオリジナル作品も視野にはありますね。逆に言うと、今から仕掛けていかないといけないな、とも思っています。

映画はヒットが大切じゃないですか。だから、ヒットするものがより表面的で内省的なものじゃなくなっていったときに、本当に映画で撮りたい内省的な表現が減っていくと思うんです。

もしかしたら「面白い!」と思えるオファーがない時代がやってくるかもしれない。そんな時にオリジナル作品を手掛けられる監督でないと、映画づくりが楽しくなくなる気がしているんです。

楽しいから映画監督をやっている僕は、そうでなくなったらきっと、映画監督をやめてしまう。だからこそ、オリジナルでヒットさせられる企画を立てられる力を意識していきたいですね。

撮影:TAKASHI KISHINAMI/取材・ライティング:大沢 愛(CREATIVE VILLAGE編集部)

番組情報

WOWOW『連続ドラマW バイバイ、ブラックバード』
(毎週土曜よる10時〜放送中!3月15日(木)深夜1時〜第1話から第4話まで一挙放送)

あらすじ

“ある組織”への、多額の借金の清算として「とてもじゃないけど人間の生活が送れない」場所に<あのバス>で連れ去られるという運命が待ち受ける主人公・星野一彦(高良健吾)。
そんな星野の願いは、<あのバス>で連れて行かれる前に、5股をかけていた5人の恋人たちに会って別れを告げること。
そんな彼のお目付け役として“お別れ行脚”に付き合うことになったのが、怪異な外見と毒舌を発揮する繭美(城田優)。
監視役の繭美と共に「大切な人にさよならを告げる」日々がスタートする…!

公式サイト

http://www.wowow.co.jp/dramaw/bbbb/