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人間中心設計推進機構 鱗原 晴彦さん

人を優先した考え方をもとに“ものコトづくり”を推進し続ける、特定非営利活動法人『人間中心設計推進機構』。製品やシステム、サービスなどの設計・開発・運用など、人間を中心にして設計することにより、ユーザー/利用者が満足できる品質に達し、汎用性も高まります。
ものを作る事を中心に考えるスタイルから、使う人を中心に考えるものコトづくりへとシフトしていくためにはどうしたらいいか。
人間中心設計推進機構の理事長である鱗原晴彦さんと、事務局長である松原幸行さんに、ユーザビリティの必要性やクリエイターに求められることなど、お話を伺いました。

 

■ ユーザビリティという概念は、学問からはじまった

人間中心設計は、Human Centered Desigh(以下:HCD)を訳した日本語で、こちらは1995年に国際標準化機構(ISO)に提案された後、1999年に国際標準ISO13407(現9241-210)として規格化されました。
ソフトウェア/システムやサービスには、利用品質を管理する規格というものが存在します。その中でも、誰もが使いやすいと感じるようになるために考察すべき核となっているのが“ユーザビリティ”という概念であり、常に考えていかなければなりません。

ユーザビリティを考えることは、1980年頃に学問の世界でスタートしました。昔はまだまだマイナーで、デザイン的な取り組みの一部という認識しかなかったのです。
学問における議論を企業や産業界にも広めるためにはどうしたらいいか。

そのためにも、ユーザビリティの先駆者である大学の先生方と企業の方々が集結して、「教える側と、学ぶ側が出会える場を作ろう」ということで、今から10年前に『人間中心設計推進機構 』(以下:HCD-Net)を立ち上げることになりました。1990年代後半から、概念でありノウハウの核としてのユーザビリティが、HCDという設計手法として体系化されるようになり、現在ではUX(User Experience:経験価値)を実現する手段とも通じるようにHCD/UXDと表記されるようになりました。

HCD-Netの主な活動として、ひとつは、HCD/UXDを実践できる専門家を養成し、資格制度を設けています。HCD/UXDを実践するための知識や方法論を提供することにより、現在では全国で約400人の専門家が存在します。

もうひとつは、HCD/UXDを研究した内容を発表するセミナーをはじめ、ユーザー要求を考察するための手法(カスタマージャーニーマップ等)を用いて、HCD/UXDの方法論を紹介するワークショップなど、年間を通して100イベントを日本各地で開催しています。

新しい取り組みの情報を共有することで、HCD/UXDという言葉の意味を世間に広め、より関心の高い方々に興味を持っていただき、HCD/UXDをビジネスシーンに活用してもらうよう、日々活動を行っています。

 

■ 「役立つ、使える、使いやすい」は常にレベルアップしていかなければならない

私たちは当たり前のようにIT技術を享受しながら暮らしています。コンピュータやネットワーク、携帯電話、ゲーム、スマホと、様々な機能を持ったものが世の中に溢れていって、それらを容易に受け容れることができたのは、人間が持つ器用さです。人の手指は自由自在に動くし、優秀な脳がかなりの部分を受け留めてくれる。

そのなかで、多種多様な機能を持つ商品が使いこなせないと、「その人の要領が悪いからだ」と言われることがあります。実はそうではなくて、世の中にある商品やサービスが不完全であったりするだけなのです。

基盤となる大概の生活機器は商品像として完成されている中で、気がつくと人間が我慢していたり強いられていたりするケースが残っています。本来の人間のことを疎外視したものが沢山あります。要因としては、機能や性能の競争が優先され、コストや納期という制約があり、ユーザビリティの考察が不足したまま企業が競争してしまう結果、使いにくいものになってしまう。

いわゆる成熟市場であっても、IT技術が作り出す新市場であっても、人間としっかり向き合っていない、もっと改良の余地があるものがたくさんあります。例えばWebは、すぐに情報発信ができて、それを閲覧することができる。でもページが膨大になっていくことで、サイト内の情報構造が分かりにくくなってしまう。

だから、サービスや商品というものを常にHCD/UXDで改良していかなければならないし、そういう時代になってきていると思うのです。人間寄り、生活者寄りのものが必要となってきている昨今において、特にユーザビリティという使いやすさの部分の競争は、基本中の基本と思います。

 

■ 今後はどの業界においても、高いレベルのものを皆が求めていく

アップルコンピュータの出現を契機として、ソフト開発者自身も、ユーザビリティが大切なことだと認識し始めましたが、ユーザビリティを“エンジニアリング”として扱うことができず、思うように“使いやすさ”を実現することができなかったんです。

ソフトウェアを開発する上で、エンジニアリングの領域では、チームや組織で動いて目標をシェアすることができるため、基礎を学んで訓練を積めば、到達できる世界です。
そういった数値の目標は理解できても、デザインやユーザビリティの領域となると、エンジニアはどうしても定性的なものとして捉えがちです。かたやデザインは属人性で、センスのあるデザイナーが施す。そういった意識があるために、属人性と定性的の議論になってしまいます。感性的な部分と理性的な部分。それぞれ、根底にある領域が全く異なります。

IT機器が身近な生活空間に溢れ、そして、「自分たちも使いにくい」という問題に直面することで、開発側の人たちもユーザビリティを意識するようになり、時代の流れとして、ソフトウエア/システム品質に関する新しい規格であるSQuaRE(※1) ISO 25000シリーズというものが誕生しました。

この中に「利用時の品質」としてユーザビリティと同等の定義の項目が新たに盛り込まれたことにより、これまではデザインの一部として捉えられていた内容が、ソフトウェアの品質としても扱われるようになったのです。

ユーザビリティやUXという言葉が世に出る前から、既に同様の取り組みをしていた工業デザインでは、人間工学の知見を活用していました。
例えば車を製造する上で、どのような角度で人が座って運転するのかという構想に始まり、エンジンやミッションなどの機械の取り合わせ、最終的には車一台にいくらかかるのか。作り方からコストまで、総合的な面からプロデュースしないといけないため、スタイリングが格好よくて、価格がリーズナブルであってもカーデザインは成立しません。

ですから工業デザインは、エンジニアリングの部分からユーザビリティの部分まで両立して考えた上で、ものづくりをしています。
「安ければ世に浸透する」という考えもありますが、自動車業界においては「安全・安心・快適」というキーワードが掲げられています。今後はどの業界においても、そういった高いレベルのものを皆求めていく傾向にあると思います。

(※1 「System and software product Quality Requirements and Evaluation」 の略)

 

■ 自分が担える責任の幅が広がれば、活躍の場も広がる

クリエイターと呼ばれる方々は、一体何に対して責任を負うのか?その度合いこそが、クリエイターとしての仕事の幅を左右していくような気がします。

自らがクリエイトしたものに対して、どこまでの責任を担いたいのか。それがサービスであれプロダクトであれWebであれ、その手段と出会ってから技術を使いこなして、ものを形にして提供するまでの時間軸の中で、ファーストインパクトだけでいいと割り切るのか、それともその先にある世界観まで伝えたいのか、ひいては生活自体の質を変えたいのか、その範囲というものを明確にする必要があります。

例えば、安心感を提供しなければならないサービスであれば、安心できるビジュアルの入り口として、まず人が安心に感じる色は何色か、また、その色と合う平面構成のリズム感はどのようなものが相応しいか。そういった細部にまで踏み込んで説明責任を担うためにも、HCD/UXDまで踏み込んで考えなければなりません。
クリエイターは、自分が担える責任の幅が広がれば広がるほど、活躍の場も当然広がっていきます。

これは余談になりますが、一流の工業デザイナーと言われた方々は、ユーザビリティという言葉が世に出回らなかった頃から、こうしたことに対して切実に取り組んでいました。ただ、それを後人や社会に説明することを怠ったことにより、自分たちの価値を経済価値に変換することができなかったのは事実なのです。

例えば、音楽や出版の業界は著作権料という制度が確立しているので、売れた分だけ収益を獲得できる構図と仕組みができあがっていますが、一方で工業デザインやグラフィックデザインの領域では、デザインの価値を経済価値に置き換える十分な“制度”が未だに存在しないのです。ロイヤリティビジネスという言葉はありますが、商習慣としてデザインの価値に対価を払い続ける企業文化が育っていません。HCD/UXDによって生み出された価値を、何を持って優れていると認定するのか。今後の大きな課題かもしれません。

そして、クリエイターの方々は、技術面以外にもビジネスをしっかり学ぶことが必要です。デザインが好きな方は、「画だけ描いていれば幸せ」といったようなことを言いがちですが、そうではなく、胸を張って正当な対価を要求すること、その価値をビジネスを通して社会にも説明できるようにしてほしいですね。

 

■ 数値化することで、大勢の方が理解できる

HCD-Netを設立し、ユーザーが満足感を得られるUXの必要性を訴え続けて活動してきましたが、我々の中にはまだ、「20,000分の100」という数字が立ちはだかっています。

その数字の内訳として、大手企業から世の中に流通していくシステムというのは、年間に20,000システムあると言われているのですが、その企業に在籍していてHCDに専従している方というのは、まだ30〜40人しかいないのが実状で、その方々が年間に携われるシステムは、僅か100システムくらいしかないのです。そうすると、残りの19,900システムは、専門的な考察がされることなくリリースされてしまうことになるのです。

そこで、今春よりHCD-Netに新たにビジネス支援事業部という組織を発足させました。今後は残りの19,900をヒューマンセンタードなシステムにしていくために、HCDの知恵をもっと扱いやすくツール化して、例えば、定量的な目標値が設定できるようなメトリクスも開発したいと考えています。ソフトウェアのメトリクスは以前からありましたが、UIのメトリクスという概念はまだ無いのです。数値化することで、開発や流通に携わる大勢の方が理解して会話ができるコミュニケーションツールを作成したいですね。

またトップダウンとしては、「人間を中心に設計することで儲かるのか?」という疑問を持つ経営者に向けて、「あなたの会社が繁栄するのです!」ということを責任をもって伝えていきたいと思います。
Googleでは、50,000人いる従業員の中で、私たちのような役割の専門家が1,500人もいます。でも日本全体ではまだ400人強で、この1社に到底およびませんし、これでは競争にもなりません。

ですから、GoogleやAppleにも負けない最先端を追いかけつつも、現場で専門家が思う存分働ける様な仕組みをしっかり構築し、経営者の方にもっと真剣に向き合ってもらうためにも、理解が得られるような情報発信をし続けていきたいと考えております。


 

 
■人間中心設計推進機構
HCD-Netは、HCDに関する学際的な知識を集め、産学を超えた人間尊重の英知を束ね、HCD導入に関する様々な知識や方法を適切に提供することで、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献します。あわせて経済の発展への寄与と、豊かでストレスのない実りある社会の実現をめざします。

人間中心設計推進機構
http://www.hcdnet.org/

鱗原 晴彦(うろこはら・はるひこ)

1982年金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業。2001年株式会社U'eyes Design 代表取締役、特定非営利活動法人人間中心設計推進機構 理事長。経済産業省委員会、IPA/SEC各委員会、筑波大学大学院、首都大学講師、組込みシステム開発技術展 専門セミナーなど講演多数。


「ユーザーとシステムのインタフェース」に関する研究及び商品化支援活動、「U-business」の普及啓蒙を目指す。目に見えない操作性を「見える化」し、商品のユーザビリティ向上に25年間従事、 車載HMI、カーナビ、携帯電話、デジタルカメラ、スマホなどのほか、業務系システムの使いやすさ構築に取り組む。


ユーザビリティ ハンドブック(共立出版、共著)、ユーザビリティテスティング(共立出版、共著)、GUIデザインガイドブッ ク(海文堂、共著)をはじめ日経各誌に開発マン向けのHCD関連情報を継続的に発信。内閣官房による電子政府ユーザビリティガイドライン検討会にオブザーバ参画。


開発マンのHCDスキルアップのための活動や、SQuaRE ISO25000シリーズ「利用時の品質」を高めるために有効なプロセス研究および実現のための具体的なアクションを展開している。

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