――2020年2月、横浜港に入港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で未知のウイルスに立ち向かった災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」を描く、映画「フロントライン」。企画・脚本・プロデュースを手がけた増本淳からオファーを受けた監督の関根光才は、その脚本を賞賛するとともに指摘したという。「怒りがあふれすぎている」。ワンサイドから描くのでなくニュートラルであることで、より多くの人に届くはず。そこからふたりによる改稿作業は10回以上重ねられ、セリフの修正は撮影現場でも続いた。若い人をはじめとするできるだけ多くの人に、社会性の高い問題をエンターテインメントとして敷居を下げて届ける。そのために徹底的に取材する。そして、魅せるために事実を不当にねじまげたりはしない。映画「フロントライン」で描かれるDMATの信条「やれることは全部やる」。それは、「事実に基づく物語」をつくり続ける増本にも通じる覚悟だった。――
事実はまったく違っていた
僕が企画・脚本・プロデュースを手がけた前作、Netflixシリーズ「THE DAYS」(23)が、2020年3月に撮影を開始して11日目で新型コロナウイルスの影響で中断せざるをえなくなりました。それこそまさに未知のウイルスを前に、企画自体がなくなってしまうのではないか、そうなれば莫大な制作費をお預かりしている僕たちは、億単位の負債を抱えることになってしまうかもしれない、といった混乱と不安の中にいました。そして、どうにか安全を担保しながら撮影を再開する方法はないかと、新型ウイルスに詳しい人にアドバイスを求める過程でダイヤモンド・プリンセス号で災害対応にあたった医師に出会ったのが、取材を始めるきっかけでした。災害対応時のお話をいろいろうかがうと、僕らが報道で知っていた情報とずいぶん違う印象でした。
清潔エリアと不潔エリアのゾーン分けがまったくされていないとか、感染の専門家が乗船していないとか報道されていましたが、実際は感染症の専門家も乗船していたし、ゾーン分けもできる範囲でやっていました。そもそも船内で感染が際限なく広がっていたなんてことはなかったし、下船して入院中に亡くなってしまわれた方はいましたが、船内ではひとりの死者も出ていません。その事実を報じずに、報道や情報番組では悪い部分だけを切り取って報じていると感じました。マスコミもまた広告収入で成り立つ営利企業であるということを考慮すると、ある種そういうふうに極端な方向に色付けして話題づくりをするのは仕方のないことなのかもしれませんが、本来であれば、みんなが一丸となって、なんならマスコミの力を借りて、人類全体の混乱に立ち向かうべきですよね。マスコミの情報がSNSなどで際限なく拡散され、むしろ社会が混乱してしまうという事態は、僕らにとって幸せなことでありません。当事者からお聞きした話を何らかの形で広く多くの人に伝えられないものかという思いがありました。
関根光才監督なら、エンターテインメントと社会性の線引きを見失うことはない
変な話ですけど、僕はよく勝手に脚本を書いているんですよ。取材したものを、企画が通る、通らないとかに関係なく、趣味みたいな感じで書いています。「THE DAYS」の撮影の延期を決め、時間的な余裕が少しできたこともあって、企画として出そうとかそんなことは考えていなかったのですが、ダイヤモンド・プリンセスについて取材したことを、備忘録的に書き綴っていました。「THE DAYS」は2021年6月に撮影が再開され、まだコロナは収束していませんでしたが、撮影チーム内で大きなクラスターが発生しない限りは最後までやりきれるだろうなというところまでの目処は立っていました。一方で、ダイアモンド・プリンセスに関する脚本は、2023年の春頃には他人(ひと)に見せられる状態にはなっていました。「フロントライン」の企画が本格的に動き始めたのはその頃からです。「THE DAYS」のプロデューサーで本作のプロデューサーでもある、ワーナー・ブラザースの関口大輔さんと、「フロントライン」を作品として世に出すには、連続ドラマがいいのか、配信か、それとも劇場公開か、どういう媒体でどのくらいの尺でつくるのがいいのか、ふさわしい公開手段を検討しました。最終的に映画化を決め、まず最初に相談したのが監督の関根光才さんでした。
「事実に基づく物語」をつくるときに、僕がいつも苦心するのは、エンターテインメントと社会性のバランスです。当たり前ですがつくり手は興行的な成功を要求されますから、物語を盛り上げようと腐心します。具体的には、問題を大きく見せたり、過剰に音楽で盛り上げたり、ありもしない対立構造をつくったりと、そういうことをすると乗り越えた感があるし、ドラマチックで作劇上は面白くなる可能性が高まります。しかし同時に、それだと事実じゃなくなっちゃうよねというラインを侵していくことになります。さらに言えば、関わる人が増えていくとそのラインはさらに見失われやすくなります。ひとりでやっているときは「これ、さすがにまずいよな」ってブレーキが効くものです。しかしそこに出資者がいたり、それぞれ嗜好の異なるスタッフの意見が出てきたり、個性のあるキャストも加わってきたり、さらには観客の顔が見えてきたりして、いろんな人たちの意見が入ってくると、「こっちのほうがもっと面白くなるよね」「このほうがヒットしそうだよね」といった理由で、最初に思っていた線引きは曖昧になっていきがちです。
では、どうやってそうならないようにするかというと、同じ方向を向いてつくれる人たち、その線引きのラインが最初からある程度違わない、同程度の水準の人と組んでやることが、一番危険性が少ないと感じています。かといってお金を払って観ていただく映画ですから、つくり手の独りよがりなものになってもいけません。そういった中で、関根監督はCM界の巨匠として、より多くの人に情報を届けるという、ある意味商業性というか、マーケティングのど真ん中で経験を積まれていながら、一方で、選挙投票率を上げるための活動「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」(21)のような社会性が強く非営利のプロジェクトの共同発起人をなさっていたり、ファッション産業とそのゴミがもたらす環境破壊に関するドキュメンタリー映画「燃えるドレスを紡いで」(24)なども発表されています。社会問題に対して感性が鋭いというか、ある基準を自分なりに持ってらっしゃって、僕なんかより経験豊富ですし、エンターテインメントと社会性に対する線引きについては僕以上に厳しい方だろうなと思ったことがオファーの理由のひとつです。これまで一緒にやってきた地上波のテレビドラマの監督の方々に撮っていただいたら、ひょっとしたらもっとわかりやすく、万人に通ずるものとして描いてくれたかもしれません。ですが、映画「フロントライン」は関根監督に撮っていただくことで、社会性とエンターテインメント性のバランスを、僕自身としても納得がいく間違いのないものに着地させられるのではないかと思いました。
真っ先に浮かんだのが小栗旬さんでした
キャスティングについては、主役であるDMATの指揮官・結城役として真っ先に頭に浮かんだのが小栗旬さんでした。対策本部で指揮をとる結城は電話をしているシーンがほとんどですから、芝居に幅のある役者さんでないと無理だと考えました。芝居のバリエーションというか、イスに座って黙って電話を取るっていう芝居を「100パターンやれと言われたら100パターンやれます」みたいな引き出しの多さがないとできないでしょう。プラス、作品を普段から社会問題に対して意識が高い人だけに観てもらうのではなく、いつもは社会問題に興味がなかったり、恋愛だとか部活や勉強といったことが生活の大半を占めている中学生、高校生など、若い世代の皆さんにも観てもらいたいという想いがあります。そうなると作品を背負う役者さんは、世代を超えた人気者じゃなきゃいけないという条件も付け加えられます。年齢的に中堅どころで、芝居の引き出しが豊富にあって、なおかつ幅広い世代に支持されているとなってくると、もう日本に数人しかいないわけです。小栗さんとは彼が19歳の頃から節目節目で一緒に仕事させてもらっているのですが、まさに条件に合う、日本を代表する俳優に成長なさっていましたから、すぐにオファーしたところ、幸いにもお引き受けいただけることになりました。
結城と対策本部で対峙する、厚生労働省から派遣されてくる役人の立松役は、僕としては近年その存在感が圧倒的に際立っていると感じていた松坂桃李さんにお願いしたくてご相談したところ、「主役が小栗さんということであればやります」と言っていただきました。ダイヤモンド・プリンセスに乗り込み最前線で対応する結城の戦友でもあるDMAT仙道役には、小栗さんから「窪塚洋介くんはどうですか」と提案があり、ご本人に快諾いただき、出演いただけることになりました。船内で患者の一番近くで対応にあたるDMAT隊員の真田役を池松壮亮さんにお願いしたのは、ともすれば普通の人である真田を、存在感と親近感のある人物として演じていただけると考えたからです。
撮影は2024年2月を中心に約1カ月間で行いました。実際にダイヤモンド・プリンセスで集団感染が発生した季節に撮りたかったので、できるだけ2月がメインになるようにスケジュールを組みました。撮影に関しては、基本的に場所ごとに撮っていきました。実際に撮り上がった映像は、徹底して引き算的計算のなされた最小限の演出と、大げさなところが一切ない抑制された芝居で構成された、極めてリアルでありながら、十分に感情に訴えかける、まさにバランスを追求した仕上がりでした。日本映画でもここまでやれるのか、という驚きと手応えを感じましたし、多くの人に満足してもらえる映画になったと思っています。
物語をつくることが好きだった
子供の頃から映画とかドラマはあまり観てなくて、いまも観る量はかなり少ないほうだと思います。でもストーリーをつくるのは好きでした。小学生の頃に友達と夢中になっていたのが「テーブルトーク」という、僕がストーリーのつくり手になって、ほかのメンバーがプレーヤーになり会話しながら物語を進めていくというアメリカ発祥の遊びでした。本当に大好きで、子供時代はほとんどの時間を「テーブルトーク」をやって過ごしていました。中学・高校時代は勉強もしてましたけど、普通に学生生活を楽しんでいました。高校卒業後は早稲田大学理工学部に進みました。もともと絵を描くのは好きだったのですが、僕が大学に入学した頃にWindows95が発売されてだれでもコンピューターを触れるようになり、僕も遊びでCGを描いたりしていて、大学在学中はソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で業務委託でゲームのCGをつくっていました。
大学卒業後はフジテレビに入社したのですが、もともとテレビ局を目指していたわけでもなんでもなく、本当に思いつきで受けたような感じでした。僕は田舎育ちなので、目にしたことのある職業が極端に少なかったんです。芸能人という仕事が世の中にあるなんてことも想像したことないぐらいでした。ところが大学で東京に来てみたら無数に職業があって、CGを描いてお金をもらえたり、「あ、こういう仕事もあるんだ」と、知りました。テレビ局を志望したのは、ゲーム制作に関わっていたことが大きかったと思います。僕は物語に合うCGを描く側でしたけど、それよりも物語をつくる側のほうが自分はきっと好きなんだろうなって、そこで改めてわかったんです。で、思いついたのがテレビ局でした。と言っても、当時のテレビ局は採用倍率が1000倍とか2000倍といった世界で、入社試験を受けるにも「普通に考えて落ちるよな」と思い、むしろ落ちた場合のシミュレーションをたくさんしていました。それが運よく受かり、すぐにドラマ制作部に配属になりました。
名作を手がけた人に共通しているのは「勤勉で健康」
AD(アシスタントディレクター)としての最初の1年間は、本当に体力的に限界で、毎日辞めたくてしようがなかったです。それが2年目に「救命病棟24時 第2シリーズ」(01)に参加した頃から変わり始めました。何もわからずがむしゃらに1年やったことでドラマづくりの全貌が見えてきて、自分がやっている作業の意味がわかってきたんです。放送されたものを観て、ここは俺がやったからこうできあがってるんだよなっていう充実感みたいなものを感じられるようになった。もちろんやった自分しか認識できないような小さな部分でしたが。プロデューサーか、演出かについても、自分で選んだわけではなく、あるとき当時のドラマ部長に「プロデューサーやってみるか?」って言われたので、「はい」って答えたって感じです。作品として転機となったのは、やはり「コード・ブルー」だと思います。社会問題をエンターテインメントとして見せるという僕のスタイルがうまくいった作品ですし、人との出会いということでも、「コード・ブルー」を一緒につくった西浦正記監督の存在は大きかったです。AP(アシスタントプロデューサー)時代に僕が初めて書いたプロットを脚本家さんがホン(脚本)に仕上げてくれたことがあって、そうすると、ある程度自分でどんな映像になるか想像つきますよね。それが想像を超えて面白くなっていて、「なるほど、演出ってこういうことなんだな」って思いました。連続ドラマって監督3人ぐらいで撮るんですが、なかでも西浦監督が撮った回が特に面白く仕上がっていて、僕のプロデュースする作品はこの人に撮ってもらいたいと、そのとき思いました。西浦監督には、僕がフジテレビから独立して1本目の作品となった、最初にもお話しした「THE DAYS」もお願いしました。
この業界で残っていくためには、「好き」しかない気がします。でも、人によってスタイルが全然違うので、例えば演出家なら、ユーモアがあってみんなに愛されて、いろんな人の手助けを借りて名作をつくる人もいれば、圧倒的にセンスがよくて、その人のひらめきみたいなもので名作をつくる人もいます。もしくは、何度も何度も失敗を繰り返して、削って付け足して、なんなら1回全部捨ててもう1回つくり直してって、不屈の精神みたいなもので名作をつくる人もいたり。やり方はそれぞれなので難しいですが、強いて言うとしたら「勤勉で健康」。「好き」は大前提にあるとして、名作と呼ばれるものを手がけた人たちの共通点は勤勉。つまり手を抜かないってことです。みんな手抜きなしで、心身ともにタフです。僕は弱いほうなんで、みんな元気だなって、いつも思っています(笑)。
エンターテインメントの新しい挑戦につながるのなら、自分がやる意味がある
自分は幸運だなと思っています。こんなにいろいろな作品を自由につくらせてもらって、だれかに大きく歪められたりとかもなく、わりと楽しくやらせてもらってきました。独立してからも、いろんなトラブルもありながらも、「THE DAYS」も「フロントライン」も完成させ世に出せていますし、次回作はまだ決まってないですが、楽しみにしてくれる人もそれなりに周りにいて、ありがたい環境だなと思っています。運がよくなるために特別心がけていることはないですが、でも先ほどもありましたが、絶対に手抜きはしない、そして勤勉であろうとは常に思っています。ここで手抜くとあとでうんと後悔するだろうなって思いながら、手抜きしたくなる弱い自分にあらがいながらつくっています。あと、関わった人を裏切っちゃいけないなと思っています。それは昔からずっと変わってないです。苦しいときの乗り越え方なんてないです。普通に落ち込んでますし、でもポジション的に逃げようがないですから、やるしかないし、どうにかするしかない。でも最初にも言いましたが、僕らがつくっているのはエンターテインメントですから。自分はエンターテインメントは素晴らしいと誇りを持ってやっていますけど、一方で、しょせんはたかがエンターテインメントだとも言える。映画「フロントライン」で命がけで職務に向き合ったDMATや乗務員の方々を描いていますが、僕らの制作現場で生じている問題なんて小さな問題だと言えるとも思うんです。映画がなくなってもみなさん普通に生きていけるだろうし、生命が脅かされるといった危機に比べれば、そんなに深刻な問題ではない。
誇りを持っている一方で、映画やドラマにしがみついてはいない、ある種のタフさというか、冷静さも持っているつもりです。「やらせてあげないよ」って言われたらどうすることもできない。出資者、スタッフ、お客さんがいて、いろんな関わりがあって初めて成立する職業ですから。ただ、いまは、チャンスがある以上全力でやりたい、興味のあるテーマもやりたい企画もたくさんありますし、まだつくり続けたいと思っています。意外といま僕がつくっているようなテーマ、「事実に基づく物語」と打ち出し、社会性の高い問題をエンターテインメントとしてしっかり線引きして描く作品って、そんなにないんですよね。テレビドラマや映画業界ではなかなか手が出せない、実現させるところまでやれているケースは少なくて、そういう意味では頑張りたいと思っています。自分がそういった作品をちゃんと成功させることができれば、やりたいけどできないと思っている人たちの企画も通るかもしれないですし、こんな作品やってもいいんだって雰囲気が広がったり、もしくはまったく違うジャンルを提案する人が出てくるかもしれない。そういったエンターテインメントの新しい挑戦につながっていくのなら、自分がやる意味もあるのかなと思っています。映画「フロントライン」は、いまの映画業界を牽引するキャストと監督、スタッフによって、日本映画でもここまでできるんだぞというものになっています。でも映画はつくって終わりじゃなくて、多くのお客さんに観てもらってこそ初めて価値が出る、素晴らしい映画だと言えるんだと思っています。本当に素晴らしい、誇れるものができたからこそ、できる限りたくさんのみなさんに届ける努力を、最後の最後まで続けたいと気持ちをより強くしています。

2020年2月3日、乗客乗員3711名を乗せた豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」が横浜港に入港した。香港で下船した乗客1名に新型コロナウイルスの感染が確認されており、船内では100人以上が症状を訴えていた。出動要請を受けたのは災害派遣医療チーム「DMAT」。彼らはみずからの命を危険にさらしながらも、治療法不明のウイルスに最前線<フロントライン>で、乗客全員を下船させるまでだれひとりあきらめずに闘い続けた。
出演者:小栗旬 松坂桃李 池松壮亮 窪塚洋介
企画・脚本・プロデュース:増本淳
監督:関根光才
製作:バディ・マリーニ、木下直哉、山本大樹、黒川精一、勝股英夫、弓矢政法、五十嵐淳之、プロデューサー:関口大輔、増子知希、玉田祐美子、協力プロデューサー:的場明日香、ラインプロデューサー:大熊敏之、撮影:重森豊太郎、照明:中須岳士(JSL)、録音:田辺正晴、編集:本田吉孝、音楽:Steven Argila、美術プロデューサー:小林大輔、美術デザイン:飯塚洋行、アートコーディネーター:竹田政弘、装飾:石橋達郎、衣装:牧亜矢美、ヘアメイク:那須野詞、ポストプロダクションプロデューサー:篠田学、VFXスーパーバイザー:菅原悦史、カラリスト:長谷川将広、音楽プロデュース:備耕庸、リレコーディングミキサー:久連石由文、音響効果:渋谷圭介、監督補:関野宗紀、助監督:木ノ本浩平、岩坪梨絵、制作担当:松田憲一良
製作:「フロントライン」製作委員会、制作プロダクション:リオネス、配給:ワーナー・ブラザース映画
Ⓒ2025「フロントライン」製作委員会
6月13日(金)全国ロードショー
インタビュー・テキスト:永瀬由佳