性被害の体験をSNSで告白する「#MeToo」運動などをうけ、近年映画界におけるハラスメントが国際的に問題視されています。さらに過労死問題やコロナ禍もあいまって、国内の各エンターテインメント業界で労働環境を適正化する機運が高まっています。

2023年6月19日”エンターテインメントロイヤー&プロデューサー・四宮隆史先生に聞く ~契約と権利と労働 労働編~”ウェビナーでは、元・TVディレクターの弁護士・四宮隆史先生が現場で働くスタッフやキャストの労働問題をクローズアップ。
「安全配慮義務」をキーワードに、「誰がどのように守られている/守られていないのか」「誰が責任を負うのか」を法的な見地から解説します。

【記事で得られる学び、要点】

  • 023年4月「一般社団法人 日本映画制作適正化機構(映適)」が設立
  • 作業・撮影時間は準備・撤収も含み1日あたり13時間
  • オーディションや企画開発の段階でのハラスメントは映適の対象外

登壇者紹介

四宮 隆史(しのみや・たかし)氏

慶應大学経済学部卒。TVディレクターとして勤務した後、司法試験を受験し2003年に弁護士登録。現在、E&R総合法律会計事務所の代表弁護士として映画、音楽、放送、広告等の各種プロジェクトのリーガルアドバイザーを務める一方、脚本家・福田靖(『HERO』『ガリレオ』『龍馬伝』等)、映画監督・深田晃司(『淵に立つ』等)らを擁するエージェント会社、株式会社CRG(Creative Guardian)を創設し、映画・ドラマの企画製作にも携わる。非営利団体「action4cinema」(共同代表・是枝裕和、諏訪敦彦)の事務局長として映像業界の労働環境保全やスタッフ・クリエイターの権利保護等のための提言や活動も行っている。

E&R総合法律会計事務所|恵比寿のエンタテインメント・著作権・弁護士相談 (er-law.biz)

四宮先生

日本映画制作適正化機構(映適)


エンタテインメントの各分野で労働環境の整備が進められています。映画業界でいうと、令和2年から、経済産業省が「映画制作現場の適正化に関する調査」というものを始めました。その結果を踏まえて、2023年4月に「一般社団法人 日本映画制作適正化機構(映適)」という団体が立ち上がりました。

映適の全体像

左のほうに「日本映画制作適正化機構」という大きな四角があります。その中に「審査機能」というのが真ん中にあります。「審査機能」というのは、一つ一つの映画のプロジェクトに関して、「労働時間1日13時間まで」のような映適が出している基準を満たしているかを審査します。審査した内容を外部の専門家によって構成される第三者委員会に報告すると、その第三者委員会からコメントが出て、さらに審査を進め、この映画は映適の基準を満たしていると認められた場合に認定作品となるわけです。

真ん中にある「制作関係団体」には、「映画製作者連盟(映連)」という東宝・東映・松竹・KADOKAWAの映画業界大手4社で構成される団体、「日本映画製作者協会(日映協)」という実際に現場に立って映画を制作する会社の団体、「職能団体」は撮影監督協会や美術監督協会という、それぞれの専門職のスタッフの団体のことです。こういった団体方が話し合いをして、ガイドラインを作り、協約を作って結んで、映適が出来上がったということになります。この映連と日映協と職能団体は、基本的に利害が一致しないので、この三者が同じテーブルに乗って同じ団体を創ろうと団結したのは画期的なことです。それくらい、映画の制作現場の労働環境を適正化しなければいけないという危機感を同じように持っているということです。

左のほうに、赤い点々で囲まれ、「将来独立も視野に入れている」と書かれている「スタッフセンター機能」があります。実はこの映適を立ち上げる経緯で、本来は映適とスタッフセンターは、別々の団体で立ち上げようとしていました。スタッフセンターは、フリーランスのスタッフを守るための機能を持った団体です。映適は、それが守られているのかも含めていろいろ検証して認定をする団体ですから、その2つが一緒だとスタッフが守られた状態で認定しているのかどうか怪しくなってきます。スタッフセンターは映適とは別の団体として存在して、映適が機能しているかどうか、スタッフを守る立場で干渉していかなければいけません。最初は2つ別々の団体として創ろうとしていたのですが、途中でなぜかこの2つが一緒になって映適という団体で立ち上がりました。立ち上げの経緯としては、バタバタ感は拭えなかったです。経産省が映画界に呼び掛けて創ったものでもあるので予算のこともあり、3月末には何らかの結果を出さないといけなかったため、十分に練られて2023年の4月から始動したのかといえば、決してそうではないと思っています。中身よりもとりあえず期限までに作るということが先行した印象は受けます。

映適のビジョン

映適がホームページに「映像制作の持続的な発展に向けた取引ガイドライン」というのを出しています。そこには、「既存の各種法令において適法であることを前提に映画製作者、制作会社及びフリーランスによってあらかじめ明示的に合意した条件を定めるものです。これにより過剰・過密な就業状況を避け、安全・安心して映画制作に集中できる状態を目指します」ということが書かれています。この条件に基づいて制作された作品に日本映画制作適正化機構が運営する「日本映画制作適正化認定制度」によって認定を与えます。しかし、この中に疑問に思うことがいくつかあります。「…及びフリーランスによってあらかじめ明示的に合意した条件…」と書かれていましたが、フリーランスは合意していません。フリーランスのスタッフも合意したという体裁で始めているという感じです。

あと、「日本映画制作適正化認定制度によって認定を与える制度」とあるのですが、そもそも、認定によるメリット/デメリットについて何もありません。映倫は認定を受けないと映画館で上映できないので取ろうという気になるわけです。映適のマークを取っても取らなくてもいまのところ何の問題もありません。そのうち、映適マークがついてない映画は、映画館で上映できないという風になるかもしれませんが、現状、そこまでやるとハレーションが大きいということで、そうはなっていません。日本の場合、映画の制作予算が非常に少ないので、ただでさえ少ない予算の中で映適マークを取るために、映適の基準に則った労働環境を整備するとなると、かなり予算的に厳しいです。いまのところ、小規模な映画には適用される状況ではありません。

映像制作の持続的な発展に向けた取引ガイドライン

映適という団体ができたことも、このガイドラインができたことも、画期的なことです。名前を連ねている映画業界の製作者・スタッフに関するほぼすべての団体が合意し、シナリオ作家協会という脚本家の団体も含めて合意をしているので、これだけ多くの団体が合意をするというのは、いままでなかったことで、それ自体は画期的なことだと思います。

映画製作者(製作委員会)と制作会社間の取引

「映画製作者(製作委員会)」とありますが、映画やテレビアニメなども予算がそれなりにかかるので、何社かで出資をし合って「製作委員会」(法律上の用語でいうと組合というものになる)というものを作って映画の資金を集めます。いま日本の映画は、製作委員会方式というのが9割以上を占めていると思います。この製作委員会と現場で働く制作会社との取引に関して、ガイドラインに記載されています。

とくに契約書についてです。役割分担や予算の取り決めを明記するとなっていますが、映画業界は長らく、こういった契約書を交わさずに進めてきた歴史があります。過去には契約書がなかった映画もたくさんあり、契約書を交わすとしても映画を作る前ではなく、公開された後に契約書が蒔かれるということが割と横行していたので、「契約書を結んでから映画を作りましょう」というガイドラインができました。また、予算に関しても、この中に「透明化していきましょう」ということが書かれています。

契約書の雛形がそのガイドラインに載っていますが気になる点があります。製作委員会という出資の団体が制作会社に対して「映画の制作業務を委託する」という業務委託の契約になっています。その委託する業務の中に、「映適の審査を受けるため、審査受審のための資料などの作成」というのが含まれています。労働時間を守っているかをチェックすることはけっこう大変です。映画制作の現場はスタジオだけで撮っているわけではなくロケもあります。また、フリーランスのスタッフたちが何時から仕事を始めて何時に終わったのか毎日報告書を作り、それをチェックしなければいけないので、けっこうな作業になると思います。映画を作るだけでも大変なのに、その映画を作りながら映適の審査のための資料を作らなければいけません。上の人たちが作って全部下に丸投げという印象は拭えません。現場にしわ寄せがいく問題は早期に改善したほうがいいと思います。

制作会社とフリーランスのスタッフの取引

いままで、フリーランスのスタッフが毎回制作会社や映画会社と契約を結んで映画の現場に入るということは、まずなかったと思います。それを、すべてのスタッフに対して、契約期間開始前に契約書または発注書を交付しなければならないとガイドラインで書いたのは非常に画期的なことだと思います。

スタッフとの契約書雛形の気になる部分

第4条1項のところに、「スタッフは発注者または発注者が指定する者に対して、本業務から生ずるすべての著作物に関わる著作権を譲渡する」これは、スタッフには一切権利は残りませんということです。第5条に「発注者は、スタッフの生命、身体の安全を確保しつつ、本業務を履行できるようにいろいろな配慮をしなければならない」これは法律上もそうなのですが、ここでいう発注者はフリーランスのスタッフとの関係でみると製作委員会ではなくて制作会社です。安全衛生に関しては、制作会社だけではなく出資者サイドも一緒に構築するべきですが、スタッフとの関係で制作会社にその責任をすべて負わせるような雛形になっているのは非常に危険です。

第6条のハラスメントの防止について「ハラスメントが起きないような環境を作ります」というのが、制作会社の義務になっていますが、相談窓口を設置するだけでも大変です。映適の審査対象となる映画に関しては、映適が設置した相談窓口を使えるようにするのが本来あるべき姿ではないかと思うのですが、いまのところ映適に相談窓口はありません。また、「スタッフはいかなる場合においてもハラスメント行為を行ってはならない」と契約書に書いてあるのですが、何がハラスメントなのかという定義がなく、そもそも定義するのが難しいです。だから、「スタッフの皆さん、ハラスメント行為やめましょうね」というのはいいのですが、契約書に書かれると法的な義務になり、守らなければ損害賠償を問われかねないので、ざっくりしすぎな気がします。

映画制作現場のルール

撮影現場の作業・撮影時間は準備・撤収も含み1日あたり13時間。ただ、準備・撤収にかかる時間は、みなし1時間、準備に1時間撤収に1時間合計2時間なので、リハーサルから撮影終了までが11時間となり、それを守らなければなりません。もし、13時間を超えた場合には、必ず10時間以上のインターバルを空けなければなりません。また、撮影がすべて終わって編集を行う仕上げ、音楽をつけたりする段階でも、同じような13時間までというルールになっています。

撮影13時間で2週間に1度完全休業とルールに書いてありますが、フランスでは1週間で40時間、韓国は52時間となっています。それに比べると日本の1日13時間はまだかなり長いです。また、労働時間が13時間を超えると、10時間以上インターバル空けなければいけないのですが、12時間50分で終わったら、規定上は10時間以上空けなくていいので、3時間後に再開することができてしまいます。それが違反にならないというのもどうなのかと思います。

休日は、撮休、撮影をしない休みの日と完全に休養日というのを意味するのですが、撮休のときにだいたいのスタッフは働いています。その翌日からの撮影の準備を行うのが通常なので結局働いており、そこをどうするのかというのがあります。まだまだ、その労働環境が適正化されたとはいえない気がします。また、「1日の撮影時間が6時間以上にわたる場合には、30分以上の休憩を1回以上確保する」これ言い換えると「6時間以上にわたる撮影でも、30分を1回しか取れない」となります。撮影時間・休日・休憩。これらを達成できるように撮影スケジュールを組みます。時間遵守に向けて、プロデューサーたち制作部、監督、撮影部、照明部、美術部、俳優部、みんながそれぞれ協力しなさいと書いてあり、技師は助手の状況を記録して制作会社に報告するとも書かれています。チーフのカメラマンは撮影するだけでも忙しいのに、助手たちの状況をすべて記録して、制作会社に毎日毎日報告する負担は大きいでしょう。

安全管理に関しては、「安全管理ガイドライン」を公表しており、その最後に「その他、労働安全衛生規則に準じた労働安全衛生管理を行うとともに、道路交通法との関係する法令や条例、各種規則・ガイドラインを遵守し、スタッフ一人一人が安全管理を意識して作業を行ってください」と書いてありますが、現場に丸投げという感じです。本来であれば映適が、安全管理の研修などを定期的にやって人材を育て、各現場に送り込んでいくということをやるべきで、各現場がそういった人材を用意するというのは負担が大きいです。ハラスメントに関しても同じで、「ハラスメントの関する研修を受講したスタッフを配置しなければならない」となっていますが、そんなに簡単なことではありません。ハラスメントガイドラインは公表されていますが、かなり漠然としていて不十分です。漠然としたガイドラインというのは、ハラスメントに関してはけっこう危険で、何でもかんでもパワハラ・セクハラという状態を生み出しかねません。パワハラとは何か、セクハラとは何かということを法律に則って精緻に見ていかないとダメだと思います。この映適が「映画制作適正化」という名前のとおり、基本的に制作現場の適正化だけなので、制作現場に行く前の段階、役者であればオーディションであるとか、脚本家とか作家や監督が集まって企画開発をするという場は、映適の対象ではありません。そこで行われるハラスメントについては一切何も触れていません。2022年問題になった映画監督が行った性加害はオーディション・ワークショップで行われたものですし、そういったところで若い役者に対する性加害はたくさん起きています。映適は「そこは我々の関するところではありません」と線を引いていますが、はたして映画業界の代表する団体が集まってできた団体として正しいのか疑問に思います。

また、「特定のスタッフだけチームから外して仕事を与えない」というのがパワハラとして例示されているのですが、場合によっては仕方がない可能性もあります。「労働効率上げなければいけない」「適正化しなければいけない」「限られた予算の中で時間内に収めなければいけない」というときに、ある特定のスタッフの能力が低いので外れてもらおうとしたら、パワハラになってしまいます。制作会社やプロデューサーなど管理をしている人からすると、なかなか厳しいです。パワハラの例示には「過大な仕事を押し付け深夜残業や休日出勤を強要する」というものありますが、強要するつもりではなくても仕方ないというときがあるわけです。「みんな動いて予定のスケジュールどおり進行していたが深夜に及んでしまいました」というときに、「いやいまから帰るのでそれダメだよ」といわれてしまえば、止めるとパワハラといわれてしまうわけです。セクハラに関しても、映適のガイドラインには、役者さんのことに関しては載っていません。それも片手落ちという感じがします。

質疑応答

Q:アシスタントディレクター(AD)に裁量労働制を適応するのは許されるのでしょうか?
A:AD、AP、ディレクター、プロデューサーというのは、裁量労働制の2つの中で専門業務型裁量労働制に入ります。雇う側と雇われる側の労使協定があって、専門業務型裁量労働制というのが取り入れられている会社で当然ADもその裁量労働制の中に含まれるというのが会社の言い分なのですが、ADさんとかの立場からすると、「裁量労働制だということを聞いていないし、同意したつもりもありません」というトラブルがけっこう頻発しました。それによって、2024年4月1日に裁量労働制の改正があり、専門業務型裁量労働制においても、本人の同意を得なければいけないということになりました。同意を撤回したいときには、同意の撤回の手続きも定めなければいけないとなりました。ですから、会社では専門業務型裁量労働制を導入していると会社がいくらいったところで、ADさんが「聞いていません」「内容理解していません」「同意したつもりはありません」といわれれば、裁量労働制に組み入れることはできないとなりました。

まとめ

2023年4月から、「一般社団法人 日本映画制作適正化機構」、略して「映適」という団体が立ち上がりました。映画業界の製作者・スタッフに関するほぼすべての団体やシナリオ作家協会という脚本家の団体も含め、多くの団体が合意をするというのは、いままでなかったことで、それ自体は画期的なことだと思いますが、契約書の中で十分に練られていないところがあったり、現場にしわ寄せがいっているのは改善したほうがいいと思ってます。