性被害の体験をSNSで告白する「#MeToo」運動などをうけ、近年映画界におけるハラスメントが国際的に問題視されています。さらに過労死問題やコロナ禍もあいまって、国内の各エンターテインメント業界で労働環境を適正化する機運が高まっています。
2023年3月13日”エンターテインメントロイヤー&プロデューサー・四宮隆史先生に聞く ~契約と権利と労働 労働編~”ウェビナーでは、元・TVディレクターの弁護士・四宮隆史先生が現場で働くスタッフやキャストの労働問題をクローズアップ。
「安全配慮義務」をキーワードに、「誰がどのように守られている/守られていないのか」「誰が責任を負うのか」を法的な見地から解説します。
【ダイジェスト動画】でポイントをチェック!
【記事で得られる学び、要点】
- 労働契約法で安全が配慮される対象は、「労働者」に限られる
- 業務委託で働くフリーランスは、「労働者」と認められないことがある
- 各エンタテインメント分野で進むフリーランスの労働環境対策
登壇者紹介
四宮 隆史(しのみや・たかし)氏

労働契約法で保障される「安全配慮義務」とは?
労働問題について考えていくうえで避けては通れないのが「安全配慮義務」というキーワードです。
労働契約法の第5条で、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と書いてあります。
この条文を正しく理解するためのポイントが3つあります。
- 「労働者」に対して適用される法律であること。
- 生命・身体「等」とある通り、身体だけでなく精神・心の健康も配慮されるべきであること。
- 法律で規定されているのは「配慮・注意の義務・注意」で「安全の確保」ではないこと。
ここでいう「労働者」という表現がやや曲者。
労働者であればここに書いてある通り、労働契約法や労働基準法に基づく安全配慮義務の対象となり、労災などもおりることになります。 ただし働いていれば労働者かというと、実はそうではないのです。
ここは本日の主題に関わるため、もう少し詳しく見ていきましょう。
労働者とは?
労働基準法9条では、労働者を「使用される者で、賃金を支払われる者」と定義しています。
ただ裁判での判断基準はなかなか厄介で、具体的には次の要素を考慮し総合的に判断することになっています。
使用性があるか
指揮命令を受ける中で労働をしている場合、使用性が強いという判断になります。
- 仕事の依頼への許諾の自由の有無
- 業務遂行上の指揮監督の有無
- 勤務時間・勤務場所の拘束性の有無
- 他人による代替性の有無
賃金性があるか
「報酬の労務対償性」ともいって、労務提供の時間に応じて報酬額が決まる場合、労務対償性が強いという判断になります。
逆に成果報酬制やインセンティブ型は、賃金制が弱いといわれています。
その他の要素
- 事業者性の有無
- 専属性の程度
- 公租公課の負担
では映画、アニメ、テレビなどの制作現場にいるフリーランスのスタッフ・キャストは、労働者といえるでしょうか。
フリーランスは労働者か?
これは立場や仕事の実態によってケース・バイ・ケースで、例を挙げながら解説していきたいと思います。
・スタッフ
拘束時間によって判断が分かれることが多いです。
1~3日程度で終わる→労働者とみなされない可能性がある
明確な基準があるわけではなく、拘束時間が1週間以上だったとしても別の意味で独立性があれば、判断は変わってきます。
・キャスト
俳優は独立性が高いと考えられ、原則として労働者には該当しません。
ナイトシーンを撮るために深夜労働が発生することもあるでしょうが「深夜に働かせたから労働基準法違反だ」みたいなことはあまり起きません。
ただし16歳未満のキャストに関しては、労働者扱いになります。
フリーランスの安全配慮 現状と今後
では、労働者と認められないフリーランスのスタッフへの安全配慮はまったく必要ないか。
法的には労働者でなくても「特別な社会的接触関係」にある者全てに安全配慮義務があるとされています。昭和50年、最高裁の判例で確立されました。
特別な社会的接触関係は、雇用関係類似の関係とされています。ただしどこまでを雇用の類似関係とするのかはケースによって判断が異なるため、一概には言えません。
造園業の労働者が転落事故でケガをし、雇用主である企業に加えて、その企業に仕事を発注した一次請け業者・元請けに対しても、安全配慮義務違反を根拠に損害賠償を請求。各企業間で具体且つ厳守を求める指揮命令系統があったことから、元請けや第一次下請け業者にも安全配慮義務違反が認められた判例です。
ドラマ撮影中の事故で左目を失明したフリーのスタントマンがテレビ局に対して労災を申請したところ、三田労働基準監督署によって却下されました。テレビ局はキャスティングや演出をアクション監督に委ねており、スタントマンと直接の契約はしていなかったことから、スタントマンはテレビ局の労働者ではないとされた判例です。
結論としては、法律上フリーランスのスタッフは労働者と認められない可能性があり、安全配慮義務違反を問えなかったり労災の請求が認められなかったりするケースが起こり得ますし、「特別な社会的接触関係」が認められる範囲によって補償の程度も変わってくる可能性があります。
フリーランスに限らず、制作現場で働くスタッフやキャストの安全が十分に守られていない現状があると言えます。
こうした危機感から今エンターテインメントの各分野で、フリーランスのための労働環境の整備が進められています。
映適(えいてき)(※一般社団法人映画制作適正化機構の略称)
映画業界では2020年から経済産業省が「映画制作現場の適正化に関する調査」を行っており、その結果を踏まえ、今年の4月から一般社団法人映画制作適正化機構(映適)が設立されました。映画制作者連盟である映連(東宝・東映・松竹・角川)を中心に、映画制作の適正化を目指します。
仕組みとしては、まずはフリーランスの方が映適に登録します。そして映適に登録したフリーランスが働く映画の制作委員会や制作会社に対して、映適が定めたガイドラインを守った運営ができるよう調査・指導するかたちです。
詳細なガイドラインはまだ明らかではありませんが、例えば撮影時間は1日13時間まで(準備や休憩を含む)とし、13時間を超える場合は10時間以上の休息や翌日の休みを確保すること、その他契約管理の徹底や安全管理のための相談窓口の設置などが検討されています。
ただ、たとえば撮影時間に関して現場の実態に即してみると、この基準を守ることのハードルはたしかにあります。映画制作期間の長期化とキャストの拘束時間・予算の増加、ともなってインディペンデント映画の制作が困難になる懸念が出てくる…など、映適の基準を順守させることに対する課題も存在します。
文化庁によるフリーランスのスタッフのための契約書の雛形作り
文化庁ではフリーランス向けに契約書のひな型作成に取り組んでいます。
■文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン
文化庁が作成した契約書のひな型やその解説も含まれていますので、ぜひご覧ください。
業務内容を明確にする、報酬を適正な金額にするといった基本的な点と合わせて、コロナ禍のような環境下でたびたび起きた「不可抗力による中止」時の報酬支払いや、ハラスメントや事故を防ぐための責任体制の確立、デザイナーやクリエイターの権利などについて明記されています。
ハラスメント対策
2022年ハラスメント問題が取り上げられた割には、対策が十分にできていないと感じています。
私は映画監督の是枝裕和さん、西川美和さん、深田晃司さんらと一緒に、「action4cinema」という団体を立ち上げ、「ハラスメント防止措置ガイドライン」という文書を公開しました。

本来は映連(※一般社団法人日本映画製作者連盟の略称)や映画業界のリーディングカンパニーが主体となってガイドラインを作るべきだと思いますが、具体的な動きが起こっていないので「こういうのはどうですか」と我々の方から提案をしています。

またハラスメントに苦しむ方々のための外部相談窓口は、実はけっこうたくさんあります。
・ハラスメント悩み相談室 (厚生労働省委託事業)
・みんなの人権110番(法務省)
・フリーランス・トラブル110番
・弁護士会の法律相談センター
・文化芸術分野の契約に関する相談窓口(文化庁/弁護士知財ネット)
・こころの耳(厚生労働省/メンタルヘルス専門)
・こころの119(一般社団法人芸能従事者協会)
ご自身が困ったときに相談されるのもいいですし、現場で困っていそうな人がいたときに「こういう相談窓口があるから、何かあったら相談してごらん」と伝えて頂くのもよいと思います。
質疑応答
Q.作・プロデュースの印刷台本に「本作でのパワハラなどの相談があればこちら」といったように、連絡先を掲載しておくのが良いかと思いました。ご協力いただける弁護士さんはいるでしょうか?
はい、います。
先ほどご紹介した「弁護士会の法律相談センター」や、文化庁と弁護士の知財ネットがタッグを組んで行っている「文化芸術分野の契約に関する相談窓口」あたりがいいのではないかと思います。
Q.品質にはゴールがないと思います。品質を上げることで、次の仕事に繋がります。
それを目論んで、本人が合意して、法律で定められた時間以上のことをすることがあります。品質をマネージメントすることはできますが、本人意思をマネージメントすることはできないので、本人意思が常に重視されてきました。これを変えることはできるのでしょうか。
「時間外労働だろうが残業時間が長くなろうが、本人がいいと言っているのだから問題はないじゃないか」と、エンターテインメント業界ではずっと言われてきました。「本人の意思をマネージメントすることはできない」、たしかにそうですね。
ですがたとえば韓国の映画業界は、労働時間をかなり厳密に制限してきちっと休みも取らせたうえで『パラサイト』みたいな映画を生み出し、良質なドラマがたくさん作られています。
これまでのエンターテインメント業界は根性論を前提にしているところもあり、「いいもの作るなら長く粘れよ、もっとやれよ」みたいな感じがあったのですが、夜中まで働いたからいいものができるという論理的な合理性はありませんよね。実際、世界には時間を制限されてもちゃんと良いものが作られている実績があるので、そういう文化が徐々に根付いていけば、変えることはできると思います。



