ゼロ知識証明と秘密計算を組み合わせ、信頼できる第三者を介さずにゲーム進行を可能にする試みが実装段階に入った。株式会社Yoiiは、独自に開発した暗号技術「zk-mpc」を用い、ゲームマスターを一切必要としない「トラストレス人狼」を開発し、EthereumのテストネットであるSepolia上に公開した。ソースコードはすべてオープンソースとして公開されており、ゲームにとどまらない幅広い分野への応用を視野に入れている。
人狼ゲームは、各参加者が役職という秘密情報を持ち、それを明かさないまま議論や投票を行う不完全情報ゲームの代表例である。従来のオンライン人狼では、役職配布や投票集計、勝利判定などをサーバー運営者が担い、プレイヤーはその第三者を信頼することが前提となっていた。しかし、匿名性の高い環境では、不正や結託を検知する手段がなく、公正性の担保が課題となってきた。
Yoiiが開発した「トラストレス人狼」は、秘密計算の一種であるマルチパーティ計算と、計算の正しさのみを証明するゼロ知識証明を組み合わせることで、この問題に正面から取り組んだ。各プレイヤーの役職や投票内容は秘密分散によって複数のシェアに分けられ、単一の主体が全情報を把握することはできない。これにより、役職配布や匿名投票、占い、襲撃、勝利判定といった一連の処理を、秘密を保持したまま実行できる。
さらに、マルチパーティ計算によって行われた処理が正しく実行されたことを、ゼロ知識証明によって第三者が検証可能な形で提示する。役職配布のランダム性や、特定の行動を行ったプレイヤーが正当な役職であること、投票結果や勝利条件の妥当性などが、内部データを明かすことなく確認できる仕組みである。この両技術を組み合わせた証明生成は「Collaborative Proof」と呼ばれ、今回のプロジェクトの中核を成している。
検証プロセスの一部はEthereum上のスマートコントラクトで実行され、誰が確認しても同じ結果に行き着く透明性が確保されている。現時点では最大9人までの同時プレイに対応しており、研究開発は研究者1名、エンジニア1名の2人体制で行われた。プロジェクトはEthereum Foundationのエコシステム・サポート・プログラムに2024年と2025年の2度採択され、約2年半の研究開発期間を経て公開に至った。
技術的には、算術演算にとどまらず、ビット演算や大小比較といった複雑な処理を秘密計算上で扱う点が大きな挑戦であったという。計算コストの高いマルチパーティ計算とゼロ知識証明を同時に用いるため、有限体変換の最適化や計算と証明の分離など、実用性を意識した工夫が重ねられている。
Yoiiは本プロジェクトを、zk-mpc技術の実用性を示すリファレンス実装と位置づけている。応用先としては、投票内容を秘匿したまま結果の正当性を保証するガバナンス、入札額を明かさない秘匿オークション、大口取引を対象とする金融取引、複数機関のデータを開示せずに行う信用スコアリングやKYC、さらには秘匿AIやプライバシー保護型の言語モデル推論などが想定されている。
同社はスタートアップ向けにレベニュー・ベースド・ファイナンシングを提供するフィンテック企業でもあり、将来的には審査プロセスにzk-mpcを適用し、企業の機密データを開示せずにスコアリングを行うことも視野に入れる。判断の正当性を第三者が検証できる仕組みが整えば、金融分野における透明性と信頼性の在り方を変える可能性がある。
ゲームという身近な題材を通じて示された「信頼できる第三者に依存しない仕組み」は、金融や社会インフラなど、より広い分野への展開を見据えた技術的実験でもある。暗号技術によって信頼を代替する試みは、今後のデジタル社会における基盤技術の一つとして注目されそうだ。